9 ◇ 探偵二人の煽り合い
全11話+後日談2話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
明日は本編の残り2話分を投稿すると思います。
「私は事件が起きてすぐに、警察と救急に通報をしました。
そしてその警察と救急隊は、私が通報してから30分ほどで同時に到着していました。
……ちょうどルイスさんが真犯人を追い詰めた、出来すぎたタイミングで。
──……喫茶『シャンテ』から徒歩で10分以内のところに、警察署も王立病院もあるのに……ですよ?
さすがにそれはおかしいって、私、冷静になって気付きました。
そして、この三つ目の違和感について、今度は考えてみたんです。
さっきの二つの違和感のように。無理矢理納得するための理由を、いくつか考えてみました。
『殺人の通報があっても警察も救急隊もしばらくのんびりしていた』とか『中で探偵のルイスさんが推理をしていたから、外で待機して様子見をしていた』とか。
『たまたまそのタイミングで警察も救急隊も皆、別のところに出払ってしまっていた』……とか。
……でも、これらではどれも、警察と救急隊に対して『大きな違和感』が生じてしまいます。
大国エゼル王国の王都警察と医療部隊とは思えません。
モタモタしている間に犯人がさらに被害を拡大させるかもしれない。被害者が死んだと通報されたとしても、まだ生きていたり蘇生可能な状態だったりするかもしれない。……そのくらい、プロなら当然想定しているはずです。
それでも通報を後回しにしたり現場に入るのを無駄に躊躇ったりするような実態なのだとしたら。それはそれで、おかしい。
エゼル王国の王都は、世界的に見ても治安が良い。高い水準で守られています。もしそんな無能な警察と救急隊なのだとしたら、この王都の治安はもっと悪くなっているはずです。
もし、たまたま運悪く警察も救急隊も別のところに出払ってしまっていて、出動が遅れてしまっただけなのだとしても。
……そんな『同時に出払っていた別の機関の人たちが、その後同時に喫茶店に到着する』なんて偶然、本当に起こると思いますか?
昨日近くで別の騒ぎがあったなら、朝刊に当然書かれているはず。そう思って今朝の朝刊にも目を通してみましたが……昨日はあの喫茶店での殺人事件以外に、大きな事件や事故は起こっていないようでした。
まあ、それでも警察や救急隊が忙しかった可能性も、一応あり得なくはないですが……他の違和感も合わせると、さすがに『奇跡の連続』すぎます。」
私の言葉を静かに聞いているルイスさん。
そんなルイスさんの様子を横目で窺いながら、私は謎の核心に迫っていった。
「……ですが、私はその次あたりに思いついた理由で、初めて無理矢理ではなくまともに納得できたんです。
──もしかして警察と救急隊は『何か真っ当な別の理由があって、外で待機することにしていた』んじゃないか?
って。
それで、その理由を何とか探してみて──……一つ、見つけたんです。納得できる理由を。
『いざとなったときに犯人を即座に制圧できる人物と、確実に被害者が死亡していると診断できた人物がちゃんと店内にいて、さらにそれを踏まえた上で突入待機の指示を出せるほどの権限を持った人物もいた。』
……そんな無茶苦茶な状況。
一番あり得ない、突拍子もないシチュエーションですが。
…………ですが、さっきまでの違和感の数々は、『たった一つの奇跡』を仮定してみるだけで、全部一気に解消できちゃうんです。」
もう、答えは分かっているけど。
答え合わせも、すでに終わっているけど。
私はそこで一息ついて、ルイスさんの方に顔を向けた。
そして私は、その答え──残されていた謎の核心──目の前の【ルイスさん】の「正体」を、思い切って口にした。
「あり得ないほどの偶然です。信じられないほどの奇跡です。……あまりにも、不運です。
……ですが、
『昨日、実はあの殺人が起きた喫茶シャンテに、お忍びで【我が国の王子様】がたまたま御来店されていた。』
これだけで、違和感が全部綺麗に消えてくれるんです。すべてに納得がいくようになるんです。」
◇◇◇◇◇◇
「──まず、三つ目の違和感の『警察と救急隊の到着時間』。
これは、こう考えれば納得できます。
《事件が起きてすぐに、王子様は軽い動作による合図か一言二言の会話程度で、即座に護衛たちに指示をした。
店内で別のお客様グループのフリをして控えていた王家直属の護衛たちは、王子様と同じように被害者の状態から猛毒摂取による死亡を瞬時に正しく確認し、その王子様の指示により緊急時の犯人制圧の役目も請け負った。
そしてそれから、すぐに店外に誰か出たか、もしくは外に控えていた別の従者たちにさらに言伝をしたか──その従者たちは、警察と救急隊に指示された内容を伝えて『王子様の指示があるまで待機させた』。》
たとえ『公爵家相当の高い身分の貴族』だったとしても。さすがに殺人現場で警察や救急隊をコントロールすることはできないと思います。
ですので、その指示した人物は『王家相当の高い身分の御方』でほぼ確定。……ルイスさんの外見年齢からして、国王様ではなく王子様だと思いました。」
「………………。」
「──二つ目の違和感。『ルイスさんが現場からいなくなった』こと。
これも、ルイスさんが王子様だと仮定すればすぐに納得できます。
《状況的に真犯人は明らか。そして王子様がその場を去ろうとしている。》
……まあ、そうなったら事情聴取くらい、警察も見逃ししちゃいますよね。
職務怠慢と言えば怠慢なのかもしれませんけど。……このくらいなら、あり得る『怠慢』だと思います。」
私の言葉に、苦笑いと小さな溜め息と「……いや。警察はいつもよくやってくれている。昨日は僕が特別に我儘を言っただけだ。『職務怠慢』というほどではない。一応、現場にいた証明として本名で署名を書かされたしな。」という擁護が、そっと軽く添えられた。
「そして、最後に。
順番が逆になり遡る形になりましたが、最初に挙げた一つ目の違和感です。
──『いきなりその場にいたルイスさんが探偵になった』こと。
これは恐らくですが、単純な理由だろうと思います。
《王子様は、自分が【王子様】だと周囲にバレたくなかった。
一般市民と同じ場所で事情聴取をされたくなかった。長々と拘束されたくなかった。だからさっさと事件を解決して、すぐにその場を去りたかった。
そのために咄嗟に【ルイス】という偽名で嘘をついて場を取り仕切って、多少の無茶も強引に押し切ってしまうことにした。》
この方がよっぽど自然です。
初めての殺人現場でいきなり探偵気取りで堂々と場を取り仕切る度胸があって、でも犯人を言い当てた直後に探偵の廃業を決意する謎の潔さもあって、警察にも会わず周りからの賛辞も受けずにさっさと消える無欲さまである。
……こんな不自然な『変わり者』よりも、よっぽど納得がいきます。
人の上に立つことに慣れている王子様なら、場を取り仕切ることくらい、毎日のようにされているかと思います。
実は私、昨日あの場ではルイスさんの喋り方をすごく『探偵っぽい!』って思っていたんですが……いま振り返ってみると、かなり『王子様っぽかった』です。
あっさり『廃業』するのも『承認欲求なんてない』のも当然ですよね。……そもそも『探偵』に憧れたことすらないのであれば。」
「……そうか。そんなに『王子らしかった』のか、僕は。
完全に無意識だったんだが……どこでそんな差が出てしまっていたのだろうな。一般市民と比べて。」
反省するように呟かれる独り言。
私はその独り言を聞きながら、推理の締めを口にした。
「現在、エゼル王国にいらっしゃる王子様はお二人。
第一王子様と第二王子様です。
どちらもいち喫茶店にいらっしゃるような御方ではないのですが──……
──より可能性が高いとしたら、それはあの『喫茶シャンテ』から徒歩5分と近い『エゼル王立大学院』に、現在学生として通っていらっしゃる【第二王子様】の方。
そう思ったので、今日、こうしてお声を掛けた次第です。
……どうですか?ルイスさん。
…………いえ。如何でしょうか?
──第二王子【ロイルスヴィール・エレスフィール】様。」
◇◇◇◇◇◇
「…………【ロイ】でいい。
長ったらしくてややこしいだろう?僕の名前。」
あまりにも突然で、無礼で、あまりにも不敬すぎる私のいきなりの推理披露。
最後まで突っ走った私を待っていたのは、推理で追い詰められたことによるお怒りのお言葉でも不快なお気持ちの表明でもなかった。
ただ観念したように笑ってからの、お名前を愛称で呼ぶことを許可する優しいお言葉だった。
「へっ……?え?……えーっと、」
「名前を省略する程度のことで、何を戸惑っているんだ?
……いきなり声を掛けてきて散々推理を披露しておいて。今さら何を遠慮することがあるんだ?」
「あっ……はい。そうですね。……【ロイ】様。
あのー……えぇーっと、……本当に今さらなのですが、大変失礼いたしました。」
私が困惑し、恐縮し、今さら申し訳なく思いながらとりあえずお許しいただいた通りにお呼びすると、ロイ様は笑って
「おや?いきなり大人しくなったな?ミモリー嬢。
さっきまでの勢いは一体どこへ行ったんだ?
ああ……だがまあ、そういうこともあるか。
たまにあるな、僕にも。ハイになってノリノリで突っ走ってらしくなく格好付けた言葉まで口にして、そして後になって急に冷静になって羞恥に悶えてしまうことが。」
と、全然フォローになっていない、むしろ煽るようなことを言ってきた。
…………な、何も言い返せない。
ちょっと腹立つけどあまりにも図星すぎて、恥ずかしくて上手く言い返せない……!という意味でも。
相手が第二王子様なんてものすごい身分の御方なせいで、悔しくても言い返せないぃ〜!という意味でも。
……いろんな意味で、私は言い返せなかった。
無言で縮こまる私を横目に見ながら、ロイ様は続けて私にこう言ってきた。
「それにしても……面白い。今の君の方が、僕なんかよりもよっぽど『探偵』っぽいじゃないか。
……昨日は君、相当動揺していたんだな。普段の冷静な君はこんな感じなのか。まるで別人みたいだ。」
「………………。」
嫌味ですか?とは言えないし、ぐぬぬ……!なんて唸れないし。
そうなんですぅー!あははー!なんて笑っておどけるのも、ちょっとな。
私が返しに迷って詰まっていたら、ロイ様は笑顔のままさらに追い討ちをかけてきた。
「僕は君のことを大学院で見た記憶はないんだが……君、専攻は?」
「え?……あ、えっと、私は『国際政治学』専攻です。」
「ああ、なるほど?君、もしかして王宮に就職を希望しているのか?外交官あたりか?」
「…………!」
「本科には女学生はまだまだ少ないというのに、君はすごいな。優秀で向上心もあって。素晴らしい。
……ただ、通報程度であれだけ頭が真っ白になって噛みまくってしまうようでは、少々厳しいかもしれないな。
採用面接のときは深呼吸をして、ちゃんと落ち着いてから臨むといい。」
……………………。
…………こんの腹立つ嫌味王子め。
今まで戸惑いながらどうすべきか探っていた、ロイ様への取るべき態度。
イマイチどう捉えるべきか迷ってしまっていた、ロイ様への印象。
私の中での「【ロイ様】像」は、今この瞬間に決定した。
この人、アレだ。
「王子様だから」なのももちろんあるとは思うけど、多分……いや、絶対「素の性格」からして、もうこういう人なんだ。
めっちゃ腹立つわ、この王子。
…………王宮を「ウチ」って言う人、私、初めて見た。
「──それで?
君の僕への話はこれで終わりか?
《探偵のように見事に真実を言い当てて、そのあと何も享受せずにただ帰る。》
君は第二王子の僕にわざわざ突撃してきて推理披露だけして満足してしまうような『相当な変わり者』なのか?」
また私を煽るように質問を重ねてくるロイ様。
でもロイ様はもう、すでに察し始めているようだった。
……私がこのあと享受しようとしていることを。
ロイ様は言い回しこそ嫌味ったらしかったけど……
でもその声音は、ちょっと……気のせいかもしれないけど……ほんの少しだけ、暗く沈みかけていた。
……………………。
私の目的……私の「本音」。
これはきっとロイ様のことを、救う以上に傷付けてしまうだろう。
……やっぱり、誰かを追い詰める「推理」って、あんまり気持ちのいいものじゃないな。
──……私も「探偵」って職業には、全然向いていない気がする。
私はそんなことを思いながらも、今度は完全な「憶測」でしかない「推理」を、追加でロイ様にお伝えすることにした。
だってもう、話し始めちゃったから。今さら後には引けないから。
私には本当にもう後がない。
18歳の私の人生はもう、詰みの一歩手前の崖っぷち。私は絶対に絶対に、あの田舎には戻りたくない。
だから、ここまできたら不敬でも何でも、やり通すしかないんだ。
……昨日【ルイス】さんが、最後まで「探偵」をやり通したように。
「ロイ様。」
「……何だ?」
「私、ロイ様に一つ『ご提案』があるんです。
もし、ロイ様にお望みがあるのであれば。お力になりたいと思いまして。」
「…………どういう意味だ?」
……………………。
「これは、証拠も何もない、完全なる憶測の『推理』なのですが。
昨日、ロイ様が喫茶シャンテにお忍びでいらしていた理由。
──ロイ様は本当は『探偵』ではなくて、『ただの国民』にずっと憧れていたんじゃないですか?」




