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8/12

8 ◇ 追加の探偵ミモリー嬢

全11話+後日談2話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

本日も3話分投稿してしまうことにしました。

「…………おかしい。やっぱりおかしい。」



 夜中の1時半。

 微かに聞こえるカチッカチッという時計の秒針の音が、今日は妙に耳障りで、気になっちゃって眠れない。


 私はベッドで仰向けになったまま、布団を握りしめながら天井を見つめていた。



 今日は、本当にいろいろあった。

 ……あ。日付が変わっちゃってるから、定義次第ではもう「昨日」か。


 私は午前中に大学院の講義を受けて、大学院内のカフェテリアでお昼ご飯を食べた。

 なんだかそれが、ものすごく昔のことのよう。


 それから私は、午後は講義がなかったから、新しいアルバイト先の喫茶店「シャンテ」に行った。

 服を着替えて髪を纏めて、慣れない仕事に奮闘した。


 ……そのアルバイト3日目にして、私は初めて、やらかした。

 お客様に違うお品を提供するミスをした。でもお客様は全然怒ってなくて、優しくミスを教えてくれた。

 それでも私は焦っちゃって、そのコーヒーを作り直しもせずに本来お渡しするはずのお客様に、慌てて提供し直した。


 …………そうしたら、そのちょっと後。


 私が持っていったコーヒーを飲んだお客様──【アレンさん】が、倒れた。

 コーヒーの入ったティーカップが、床に落ちて派手に割れた。



 まるで、舞台演劇を見ているようだった。


 …………人が死ぬときって、本当にあんな感じなんだ。



 それで、そうしたら私がコーヒーを渡し間違えたお客様──【ルイスさん】が、いきなり「探偵」になってその場を仕切り始めて……


 その推理の過程で、【店主(マスター)】も、私【ミモリー】も、ちょっとずつ疑われていったけど……



 ──……最後に、【フィリップ先輩】が犯人だって分かって、


 よく分からないけど、先輩が突然アレンさんの恋人【イザベラさん】に怒鳴りながら掴み掛かろうとして、



 ちょうどそのタイミングで、警察が来てフィリップ先輩が逮捕されて終わった。


 私たちはそれから長々と拘束されて、夜まで事情聴取をされたりしてたけど……何故か探偵のルイスさんは、いつの間にか現場から消えていた。




 …………………………。




 事件は「解決」したんだけど。

 犯人もちゃんと捕まったから、もう「安心」ではあるんだけど。



「…………なんか、まだモヤモヤする。」


 私は天井を見つめながら、独り言を呟いた。



 ところどころに感じる引っかかり。

 なんとなくモヤモヤっとした霧が、今日のあの事件の全体を覆っているような気がした。


 ──「一つ一つの要素だけなら、『まあ、そういうこともあるか。』と流せる程度のものだが……さすがに三つも重なってくると、そこに何らかの意図を感じざるを得なくなってくる。」


 今日、あの事件現場で聞いた言葉。

 私はそれをふと思い出した。


 私が感じている疑問。うっかり流してしまった「違和感」。

 その正体が知りたくなった。



 ……………………。



「フィリップ先輩の殺人計画は実は失敗に終わってて、それを上手いこと利用して本当に殺人をしたのが『真犯人』のルイスさん……とか?

 真犯人のルイスさんはいつの間にか逃走してて、それで真実はお蔵入りー……みたいな。」


 私はとりあえず呟いてみて、自分でぶるっと身震いした。


 ……いやいや、まさか。それはないって。

 だってフィリップ先輩は本当に、毒入りの角砂糖を仕込んでたんだから。

 アレンさんを殺したのはフィリップ先輩。それはもう、間違いない。



 ……………………。



「る、ルイスさん……まさか『お化け』だったり……しないよね?」


 私は自分で呟いて、自分で怖くなってきてしまった。


「っ、いやいや。そんなことないって。だって、警察の人にルイスさんの話をしたら『把握してます』って言ってたもん。実在してた人だって。」


 けど……警察の人も、ルイスさんを見たけど見てない……みたいな?集団で幻覚を見てたみたいな?

 や、やっぱりルイスさんはお化け──……


「──っ、そんな訳ない!そんな訳ない!

 私、霊感とか全然無いし。そもそもお化けとか信じてないし。そんなの非科学的すぎるって!」


 殺人現場に居合わせるっていう恐怖体験をしちゃったから、油断するとすぐに、そういう背筋が凍る方向に行っちゃう。

 ……けど、これは「現実」なんだから。もっと何か、普通の!現実的なものだって。



 私は結局その日の晩、全然眠れなかった。

 どうしてもこのモヤモヤを最後にスッキリさせたくて、今日の「違和感」の正体を、私は徹夜で推理した。



◇◇◇◇◇◇



 カーン、カーン、カーン──……



 事件から一夜明けた、今週の平日2日目。


 王都の中心部にあるエゼル王立大学院で、午前の講義終了の鐘が鳴る。

 私は大講義室の最後列で、鐘を聞いた教授が講義を終える締めの言葉を発するのを聞いた。


 ……私の専攻の「国際政治学」とは違う、「魔導工学」専攻者向けの講義。


 この大講義室に私の知り合いはいない。

 私はコソコソと後方の隅で縮こまって、90分間、訳の分からない呪文のような講義をただひたすら大人しく聞いて……いや、聞いてすらいない。完全に聞き流していた。



 わざわざ自分の専攻の講義を欠席してまで、今日この魔導工学専攻者向けの講義に潜り込んだ理由。


 ──私はこの講義の直後に、()()()に話し掛けようと思っていた。


 それで私は90分間、ずっとその人の後ろ姿を見ながら、心の準備をしていた。



 別に、知り合いじゃない人に初めて声を掛けるのに90分もずっと緊張してしまうほど、私は人見知りじゃない。


 ……でも、今回だけは話が別。


 90分の講義時間の最後。

 私は今日一番心臓をバクバクと鳴らしながら、()()()()が席を立ってしまう前に──誰か別の人に話し掛けられてしまう前に──素早く講義室の前の方に、小走りで向かっていった。



◇◇◇◇◇◇



「──っ、あ、あの!

 突然失礼いたします!」


 大講義室の長机。通路側の端から数人分空けた奥に座っている()()()()に、私は思い切って声を掛けた。


 周りの席にいた数人の男子学生たち……ううん。数人どころじゃない。講義室にいた学生たち全員が、一斉にこっちを向いた気がした。


 私はその瞬間に一気に緊張で頭が真っ白になりかけたけど、私が声を掛けた御方は、悠然と机上に広げていたものを整えて、それから私の方を見た。


 ──冷んやりとした冬の朝の空のような、綺麗な水色の髪。透明なレンズの細いフレームの眼鏡の奥には、宝石のように鮮やかな希少な碧色の瞳。


 彼と目が合った瞬間、90分かけてしてきたはずの心の準備が、いきなり揺らいでしまった。


「あ……えっと、お初にお目にかかります。

 私、大学院1回生の【ミモリー・ケランシェット】と申します。

 あの、本当に少々で良いので……少しだけお話しする時間を、この後いただけますでしょうか……?」


 急速に勢いを失いながら(しぼ)んでいく自分の声。

 それでも合わせてしまった目は逸らせずに、私はそれだけを辛うじて言い切った。


 1秒経つごとにどんどん弱気になって、声を掛けたことを後悔し始めていく私。

 ……でも、そんな後悔と不安は、彼の一言で消え去った。



「『お初にお目にかかります』?

 一体、何を言っているんだ?


 君に会うのは()()()だろう?


 だから君はこうしてわざわざ、僕に話し掛けてきたんだろう?

 ……久しぶりというほどでもないな。昨日振りだな、ミモリー嬢。」



 ちょっと嫌味っぽい言い回し。

 こっちを無駄に煽ってくるような怜悧な声。


 髪の色も眼鏡も全然昨日とは違うけど……


 その御方は間違いなく、私の推理通り。

 あのとき喫茶「シャンテ」にいた、探偵の【ルイスさん】だった。



◇◇◇◇◇◇



「ああ、別に問題ない。

 …………さて。よし、いいだろう。君の話を聞くとしよう。」


 私ではなく……でも別に誰と視線を合わせるでもなく、ルイスさんは軽くそう言いながらその場で右手をひらひらとさせた。

 そして立ち上がらずに悠然と背もたれに背中を預けて腕組みをして、優雅に足を組んだ。


「君も座ったらどうだ?

 立ち話で済む程度ならば、立ったまましてもらっても構わないが。」


 軽く視線だけで隣の椅子を示すルイスさん。


「……座らせていただきます。」


 私は少しでも図々しくない控えめな感じを身体で表現しようと思って、ルイスさんの隣の席に恐縮しながらかなり浅く腰掛けた。


 そんな私たちの様子を見た他の学生たちが、空気を読んで静かにスーッと()けていく。

 そうして大講義室には、あっという間に私たち以外の学生はいなくなった。残っているのは私たちよりも少し離れた壁のところにチラホラと立っている、護衛っぽい身の引き締まった男の人たちだけ。

 人の気配が去っていったのを確認したルイスさんは、(うっす)らと笑みを浮かべながら、私に話を振ってきた。


「そんなに身構えなくていい。昨日ああして少しだが会話をしたばかりじゃないか。

 そして、まあ……君が僕に声を掛けてきた理由は、その昨日の件についてだろう?

 ……というか、そもそもまず、君はよく僕が分かったな?よくいきなり確信を持って僕に話し掛けてきたな?

 君は昨日の時点で、僕の顔を見て()()()()()()()のか?」


「いえ。お顔に気が付けた訳ではありません。

 ……私は地方の田舎出身で、王都に来て大学院に入ってまだ1ヶ月なので。直接お見かけする機会は全然ありませんでした。

 お写真は何度か見たことがありますが。……【ルイスさん】はクセのある暗めの茶髪で色付き眼鏡も掛けていたので。全然違っていて分かりませんでした。」


 それを聞いたルイスさんは苦笑した。


「まあ、そうだろうな。僕は変装していたからな。

 もとの顔つきがあっさりしていてあまり特徴がないからか、少しああやって地毛や目の色を隠すだけで、全然バレないんだ。

 ……では、ミモリー嬢はどうやって(ルイス)に気付けたんだ?」


 私はその質問に、素直に正直に答えた。


「私も、昨日の夜『推理』してみたんです。


 ……ルイスさんが言っていたように。

『一つ一つは小さな違和感でも、それが複数重なってくると、そこに何らかの意図が見えてくる』と思って。


 昨日感じた違和感を並べて考えてみて──……そうしたら辿り着けました。」


 話し掛けた最初こそものすごく緊張しちゃったけど、昨日振りのルイスさんの独特な話し方を聞いているうちに、だんだん緊張が(ほぐ)れてきた。



 ……うん。案外、いけそう。大丈夫そう。

 意外と普通に話せそう。


 この御方は多分、理屈と根拠をきちんとお話ししないと、納得してくれないだろうから。


 ……だって、このルイスさんは、一日限りでも立派な探偵だったもん。



 私はそんな風に思いながら、自分の昨日の発言を掘り起こされて少し驚いたように目を丸くしているルイスさんに、僭越ながら私の「推理」をここで披露させていただくことにした。



◇◇◇◇◇◇



「一つ一つの違和感。

 私が感じたものは、大きく分けて三つです。


 ──まず一つ目は『いきなりその場にいたルイスさんが探偵になった』ことです。

 ……ルイスさんがあまりにも堂々としすぎていたせいで、私も他の人たちも受け入れちゃってましたけど。あんな人、相当な変わり者ですよね?」


 私の言葉を聞いて、ルイスさんは再び苦笑した。


「──そして二つ目。『ルイスさんが現場からいなくなった』こと。

 これは、どう考えてもおかしいです。勝手に帰るなんて、あり得ないですよね。『変わり者』だけでは済まされない『非常識』です。」


「そうだな。あり得ないな。なんて非常識なんだ。」


 他人事のような相槌を打ってくるルイスさん。

 私は三つ目の違和感を言う前に、その二つの違和感について思考の過程を伝えた。


「……その二つの違和感について、まず考えてみたんです。


《ルイスさんは本当に探偵に憧れていた『変わり者』で、初めて遭遇した殺人現場で渾身の推理を披露した。》

《そして真犯人を言い当てて夢が叶って満足して、警察が来る前にうっかり帰ってしまった『非常識な人』だった。》

 ……まあ、ギリギリ納得できなくもありません。そういう人も、世の中には探せばいるんじゃないかと思います。


 でも、そうするとまた別の、より大きな違和感が湧いてきてしまうんです。


 ──何故、警察はルイスさんが消えたことを、あっさり許してしまったんでしょう?


 明らかに真犯人だったフィリップ先輩は、たしかに逮捕できましたけど。

 ()()()()怪しかったルイスさんを事情聴取もせずに見逃していい理由にはならないと思います。


 ……いろいろ考えました。

『もしかしたら、ルイスさんは喫茶店の外で警察の人に話を聞かれているのかも』とか、『エゼル王国の王都警察の職務怠慢なのかな?』とか。『ルイスさん……実はお化け?』なんて突拍子もないことまで、頭に浮かんじゃいました。」



 でも、そうやって新たな違和感に無理矢理納得してみても……そうするとまた別の違和感が新たに湧いて出てきてしまうだけだった。


「一人だけ特別扱いなんて、そんなことある?普通に『店内に戻ってください』って言われるはずじゃない?」とか、「王都警察って、そんなに無能?」とか。

「お化けなんて非科学的なこと、そもそもある訳ないじゃん!」って。



「それに、その『警察が見逃した』ほどではないんですが……まだ他にも不自然な点はあるんです。

 本当にルイスさんが探偵に憧れていた『変わり者』だとしたら、それもそれでおかしいんです。」


「何がだ?

『変わり者』が『変わっている』のは、むしろ自然なことだろう?」


 白々しく質問してくるルイスさん。私はあまりにもその声が白々しすぎて、思わず少し笑ってしまった。


「ふふっ。いえ、まあ……そうなんですけど。

 もし仮に私が、ルイスさんのように『探偵に憧れていた素人』だったとしたら。

 ──私ならあの場面で絶対に体験しただろうな〜っていうイベントが、一つ残っていたんですよね。


『自分の推理で真犯人を言い当てる』ことの()()──……いえ。人によってはそれと()()()()()気持ち良くなれる大事なイベント。


 でもルイスさんは、それを思いっきりスルーしてしまっていたんです。」



 ルイスさんが今度は本当に心当たりが無かったのか、白々しいことは言わずに無言で訝しげに片眉を上げた。


 その表情で、少しルイスさんの「隙」が見えてきたような気がした。

 いつの間にか私も、ガチガチに身構えていたことを忘れて、どんどん()の自分の喋り方になっていってしまっていた。



「真犯人をビシッと言い当てて事件を解決した探偵。

 で、だいたい推理小説なんかではその後、こういう流れになっていくと思うんです。


 ──探偵が皆に『お見事!すごい!』『名探偵◯◯さん!』って褒められて名前を覚えられて、警察にも『君、なかなかやるな。今回は助かったよ。』って認められる。


 っていう流れ。

 ……これ、けっこう大事じゃないですか?

『顔を売って警察のコネを作る』って、探偵デビューの初事件では一番やっておかなきゃいけないことですよ。そうしないと次の事件に繋がっていかないじゃないですか。」


「僕は昨日、自分が探偵に向いていないと確信した。だから『昨日限りで廃業』を決めた。

 ……別に顔を売る必要はないな。」


 全然本心じゃなさそうな棒読みで、とりあえず反論をしてくるルイスさん。

 私は彼の適当な反論に、すかさず反論を返した。


「『承認欲求』もゼロですか?

 見事犯人を言い当てたっていう『お手柄』は、誰にも褒められなくてよかったんですか?警察に認められなくてもよかったんですか?」


「まあな。そんな承認欲求はゼロだ。【ルイス】はそういう『変わり者』だ。」



 ……………………。



「…………っていう『違和感』が、またそこで生じますよね?」



 私がそう言うと、ルイスさんは失笑した。



 そんなつもりはないんだけど……私は今、ルイスさんを、どんどん追い詰めてしまっている気がする。

 怒らせてしまっているかもしれない。ものすごく不快にさせているのかも。


 ──……「何かの推理を披露する」って、「誰かを苦しめる」ことなのかも。



 私は昨日のルイスさんとフィリップ先輩の様子を思い出しながら、そんなことを思った。


 でも、私はもう話し始めてしまった。

 今さら後に引けなくなった私は、そのままルイスさんの隣の席で、推理の後半に突入した。



「……でも、そんな『二つの違和感がまた別の違和感を呼ぶ』っていう(はま)りかけていた泥沼から、私は()()()()()()()に気が付けたことで、ようやく抜け出せたんです。


 ──その三つ目は、『時間』です。


 昨日、あのとき。

 王都中心部にしてはあり得ないくらいに、『警察と救急隊の到着が遅かった』んです。」


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