5 ◇ 証拠不十分の追及劇
全11話+後日談2話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
本日も3話分投稿することにしました。
「………………フィリップ殿。
申し訳ないが、今のその君の行動も──
──……ものすっっっごく『犯人』っぽいぞ。」
俺を馬鹿にするような腹立つ声。
ムカつくくらい怜悧な声だった。
その声の主──【ルイス】は、俺をじっと見つめたまま、続けて腹が立つことを言ってきた。
「すまないフィリップ殿。
……僕は正直、君のことをもう少し馬鹿だと思っていたんだ。
──『小瓶の中の角砂糖をすべて毒入りにしてしまったら、犯行後に小瓶ごと入れ替えなければいけなくなるじゃないか。そんな隙はさすがに作れないだろう。なんて杜撰な計画なんだ。馬鹿だな。』と。実は内心そう思っていた。
だが、違ったんだな。
君は実際は《小瓶の中の角砂糖に一つだけ毒入りの角砂糖を入れた》んだな。取り出す可能性が高い、一番上の位置に。
…………ふむ。まあまあよくできている計画だ。
もしその毒入りの角砂糖が使われなければ、犯行こそ失敗に終わるが、その場合は次の客を案内する前にただ回収すればいい。特に問題は起きない。
そして、もし狙い通り毒入りの角砂糖が使われたとしたら──……」
そう言ってルイスは、俺の後輩のミモリーちゃんと雇い主の店主の方を見た。
「──その角砂糖はコーヒーに溶けてしまうから、毒はコーヒーに仕込まれていたように見えるはずだ。
そうなれば、警察の疑いの目はフィリップ殿よりもミモリー嬢か店主の方に向くだろうな。コーヒーに触った可能性がある者に。……まあ、そうなると一度間違えてテーブルに置かれてしまった僕も候補か。
そして君は、隙を見て《『毒を包んでいた紙』などの偽の証拠品を、ミモリー嬢のポケットや店主のいるカウンター、僕の座っていたテーブルあたりに適当に仕込む》だけでいい。そうすれば、その人物が最も疑わしい『犯人』になってくれる。
……そういう予定だったんだな?君のもともとの計画は。」
ルイスはそう言いながら、色付き眼鏡越しに再び俺と目を合わせた。
眼鏡越しだから、その目はあまりよく見えない。
そもそもまず俺には、コイツが何者なのかも分からない。
……でも俺はこの瞬間、このふざけた探偵気取りの【ルイス】に異様なまでに気圧されて、何も言えなくなってしまった。
無言のまま立っている俺にルイスは──意地悪く煽ってるつもりなのか、素なのか。眼鏡を軽く指で押し上げながら──とにかく本気で腹が立つ声で、俺に追い打ちをかけてきた。
「その計画で良かったじゃないか。
君が一体何に焦っているのか、僕には分からないが。
何故不審な行動を、犯行後に重ねてしまったんだ?
……ああ。もしかして、その床に広がっている彼のコーヒーの中の角砂糖が『溶けきっていない』からか?
冷めやすいティーカップを使う店主に、一度提供し間違えたミモリー嬢。二人の常識外の行動が偶然にも重なった結果残ってしまった、その溶けかけの角砂糖の塊。
それこそが、君が回収したかったものなのか。警察に調べられてしまったら、毒の本当の在処がハッキリと分かってしまうから。
だとしたら、気が逸ってしまうのも分かるな。隙を見て拾い処理するというのは、意外と難しそうだからな。
…………それか、『殺害する対象でも間違えた』か?
君はフィリップ殿ではなく、彼女の方を殺害するつもりだったのか?
だとしたら焦るだろうな。……僕は何も知らないが。普段は砂糖など入れないアレン殿が、今日不意に思い立って砂糖を混ぜたのだとしたら。それはたしかに、不幸にも程があるというものだ。」
──…………っ!!
「しかしいずれにしろ、君は当初の予定通り、変に僕を疑いにかかったり角砂糖を食べたりせず、大人しくしていればよかったんだ。
いくら計画が乱れ焦ろうとも。不審な行動を重ねれば、違和感が増し推理の材料が増えてしまう。真実がより見えやすくなってしまうぞ。
──いいか?フィリップ殿。
君が本当に犯人でないのであれば、当然『恐ろしくて角砂糖など口にできない』はずだ。
僕の推理が間違っていて、君以外の誰かがすべての角砂糖に毒を盛っていたらどうするんだ?
君はいきなり湧いて出てきた素人探偵の僕の戯言を信じて、自分への疑いを晴らすためだけに死ぬのか?
……僕だったら、絶対にそんなことはできないな。
当然だ。僕は犯人ではないからだ。
こうして推理を話すことくらいはできるが、その推理をもとに実際にこの場で何かを口にすることなど、僕には恐ろしくてできない。
素人の僕には100%の確信がないからだ。
『お前の推理通りなら、事件発生時に店主が淹れかけていたあのコーヒーは飲めるよな?そこには毒は入っていないんだろ?』と君に言われても飲めない。
もしかしたら僕の推理が間違っていて、店主が適当に気まぐれでコーヒーに毒を混ぜていた無差別殺人者かもしれないだろう?
……僕が飲みかけていたミルクティーの続きを飲むことすらも、今はもうしたくない。
ミモリー嬢が自分の手のひらに猛毒をまぶしている異常者で、自分が一度でも触ったものに毒が付着するようにしていたらどうするんだ?
僕がたまたまその毒のついた部分に口を付けていなかっただけで、カップの淵の一部にはまだ毒があるかもしれないじゃないか。
──毒殺が起こった現場で、躊躇わずに何かを口にできる者。
そんなのは、毒の在処が100%分かっている『真犯人』しかあり得ないだろうな。」
◇◇◇◇◇◇
気のせいか、ルイスの口調がどんどん威圧感を増して尊大なものになっていく。
意図的なのか、もとの性格なのか何なのか。俺には分からなかったが。
何も言い返さない俺のことなど気にせず、ルイスは嫌味を付け足すかのように
「……ああ。それか、自身の推理に100%の信頼を置いて犯人と直接対決できる『小説の中の名探偵』か。
身体を張って危険を冒して真犯人を炙り出す場面は、物語の山場だな。
…………だが、僕はそんなことはしたくない。
探偵というものは難しいな。……よし。探偵業は、今日限りで廃業することにしよう。」
と、一人で勝手に変な方向に着地していた。
何だよこいつ……何だよ、これ……。
そうして俺が無言で突っ立っていると、
何年もずっとお世話になっていた俺の雇い主の店主が、信じられないものを見るような目で俺のことを見つめながら、静かに問いかけてきた。
「…………フィリップ。本当にお前なのか?
俺のこの喫茶店で、人なんて殺しちまったのは。
……嘘だろ?…………な、嘘だよな?
お前は真面目で仕事もできて気が利いて──……優しくて、本当にコーヒーが大好きな、立派なウチの店員じゃねえか。」
店主のその呆然とした顔を見て声を聞いて、そこで俺はやっともう一度、口を動かせるようになった。
「…………違います店主。
俺は、この店で殺人なんて……そんなことしようなんて思ってません。
本当です。俺はそんな人殺しなんて──」
人殺しなんて、考えたこともない。
俺はこの喫茶店が大好きだし、優しい店主のことは、本当に尊敬してるし感謝もしてる。
俺はギリギリ残った理性で、なんとか店主に本心を伝えた。
本心だった。嘘じゃない。俺は本当にそう思っていた。
…………でも、
次に聞こえてきた、店主じゃない別の声で、俺に残っていた最後の理性は吹き飛んだ。
「うぅっ……ねえ、もういいよ。もういいって。
フィルは、私のことを殺そうとしたんでしょ?
っ、私に死んで欲しかったんでしょ?
……フィルは、私に怒ってるんでしょ?」
泣きながら俺を愛称の「フィル」と呼ぶ声。
──それは、死んだアレンの恋人【イザベラ】。
──……俺の恋人のはずだった女。……彼女「ベラ」の声だった。




