3 ◇ 探偵二人の直接対決
全11話+後日談2話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。
一話の長さがまちまちなので、明日は2話分くらい投稿しようと思います。
「──ちょっと待った!
死体にそれ以上近付かないでくれ。
そうやって証拠隠滅でもするつもりだろ?」
「…………何?」
「なあ、ルイスさん。
あなたこそが、この事件の犯人なんじゃないか?
俺は、あなたが一番怪しいと思う。」
割れたティーカップと床に広がったコーヒーを慎重に跨いで死体の方に近寄り、死体とその周辺を調べようと思った矢先。
僕は背後から聞こえたその声に、内心で舌打ちをした。
「僕が『怪しい』……と?」
僕は仕方なく振り返り、声の主の方を見た。
声の主は、若い男性のウェイター。たしか名前は【フィリップ】だったか。
彼は僕に向かって、思いつく限りの疑わしい要素を、一気に挙げ連ねてきた。
「ああ。……最初から怪しいと思っていたんだ。
──まずあなたは、事件が起きてすぐに、真っ先に『これは殺人事件だ』と言った。
おかしいと思わないか?
病気の発作とか、自殺とか。普通は考えるんじゃないか?」
「あんな前触れもなく、いきなり10秒足らずで脈も呼吸も止まるような発作があるのか?この特徴的な指の変色が現れる、僕の知らない病気があるのか?
いきなり喫茶店で服毒自殺をするなんて、一般的ではないだろう?
……まあ、仮に本当に病死だったとしても。自殺の可能性も無きにしも非ずだとしても。その可能性は限りなくゼロに近い。
その可能性を考慮するのは、他殺の線を消してからで良いだろう。
──まずはより現実的な仮定に基づいて考える。極めて稀な例外を同じ熱量で最初から追うべきではない。
こんなの、思考の基本だろう。
……それとも。君は常にすべての可能性を考慮した会話を心掛けているのか?
だとしたら、君は僕に接客するときに、最低でも教養3ヶ国語すべてを使って話しかけるべきだったな。僕がペペクル語話者でなかったらどうするつもりだったんだ。」
「屁理屈言うな!
……っ、それだけじゃないぞ!
あなたは周りの皆が動揺しているのを利用して、いきなりこの場を仕切りだした。
警察でも医療従事者でもなさそうなのに。
……あなた、一体何者なんだ?
俺は何年もここで働いてきているが、あなたのことは記憶にない。少なくとも常連じゃないよな?
いきなり探偵気取りで勝手に店主やミモリーちゃんを疑い始めて。
──もしかして、そうやって自分のいいようにこの場を持っていって、誰かに罪を擦りつける気だったんじゃないか?
だって現に、自分の番を飛ばしてるじゃないか。
店主、ミモリーちゃんときたら、次は【ルイス】さん……あなただろう?例のコーヒーが手元にあったのは。
……その間違えてテーブルに置かれていた数分の間に!あなたが毒を仕込んだんじゃないのか?!」
ビシッと僕のことを指差してくる、たしかフィリップという名のウェイター。
僕は指を差されて皆の注目を浴びながら、軽く顔を動かして壁に掛かった時計の針の位置を確認した。
…………事件発生から20分、といったところか。
僕は内心焦りながら、平静を装って言い返した。
「……まあ、たしかに怪しいな。
仕方ない。理由を説明しよう。
──僕が探偵気取りなのは、僕が『探偵』だからだ。
ちなみに実績はまだない。これが初めての事件だ。」
フィリップが「それは『探偵』とは言わないだろ!自称探偵の不審者だ!」とケチをつけてきた。
それはその通りだ。僕も正直そう思う。
だが、そんな細かいことはどうでもいい。僕は気にせず反論を続けた。
「僕のもとに一度コーヒーが来たのは事実。
だが、それはその新人ウェイトレスがたまたま間違えたから、置かれてしまったに過ぎない。
しかもそれから彼女は、そのコーヒーを破棄せずにそのままアレン殿のもとに持って行くという、さらなるミスを重ねた。
そのことによって、ようやく僕にも『アレン殿に毒を送る』タイミングが与えられたんだ。
……こんな偶然だらけの状況を、僕が狙って作れたと思うか?
無理に決まっているだろう。
僕がその新人ウェイトレスと事前に打ち合わせでもしていたならまだしも。僕と彼女は初対面だ。……君の言っていた通り、僕は常連でも何でもない。ここにも初めて来店した。
もちろん、被害者のアレン殿のことも、僕は何も知らないな。
つまり『来店してからずっと同じ席に座っていた僕には、確実にアレン殿を殺す手段も動機も存在しなかった』という訳だ。」
僕がそう言い切ったのを見たフィリップは、諦めるどころか、謎に自信ありげな顔をした。
「ルイスさん。それこそがあなたの狙いだったんじゃないか?」
「…………?どういうことだ?」
意味が分からず思わず首を傾げると、彼は堂々と僕に、狂った「動機」を押し付けてきた。
「ルイスさんの狙いは、まさにそれ。
ルイスさんは『失敗』しても良かったんだ。
もしミモリーちゃんがちゃんとコーヒーを破棄してしまっても問題ない。
そして、標的も『無差別』だった。
たまたま不幸にもアレンが死んでしまったけど。本当は誰が死んでも構わなかったんだろ?
ルイスさんは、今こうして『探偵』ごっこを楽しんでいるけれど──……それこそが『目的』だったんじゃないのか?
……普通に生きていたら『探偵』になれる場面になんて、まったく遭遇しないもんな。
だから、ルイスさん──あなたは、探偵が活躍するための『殺人現場』という舞台を作り上げるために、コーヒーに毒を仕込んだんだ。」
……………………。
「…………なるほど?
僕が無差別に人を殺した愉快犯だと。そうして事件を起こして、探偵気取りの推理ショーまで自作自演する狂人だと。
君はそう言いたいのか。」
フィリップの意外と筋が通っていそうな推理に、僕は微塵も納得はしていないが頷いた。
そしてここで僕は、やっとまともな「推理」ができた。
だが──……
普通ならば、警察の捜査によって状況証拠と証言、そして物的証拠が揃えられ、そこでようやく犯人が確定するに至るのだろう。
だから、この場にいる僕ら素人にできるのは、精々犯人を正しく指摘するところまで。
今こうして僕はフィリップとごちゃごちゃと言い合ってはいるが、結局は何の意味もなさない。警察がこの場を調べ事情聴取を終えるまで、どうせ大人しく待つ必要があるのだから。
…………分かっている。普通に考えれば無理だって。
それでも、僕はやらなければならない。
警察に介入される前に、なんとか犯人を確定まで持っていきたい。
──そうして僕はこの場を去りたい。一刻も早く逃げたいんだ。
焦燥感に駆られているのを皆に悟られないように、必死に顔を取り繕う。
そんな僕を横目に男性ウェイターのフィリップは、隣に立っている新人ウェイトレス──【ミモリー】だったか──そのミモリーに、いかにも先輩らしい優しそうな笑顔で質問をした。
「ミモリーちゃん。俺はあのとき、他のお客様の対応をしていたからちゃんと見れなかったけど……君は彼を見ていたよね?
だから、俺たちに教えてくれないか?
ルイスさんが何か不審な動きをしていなかったかどうか。
あの例のコーヒーを、一度触っていなかったか。」
◇◇◇◇◇◇
「え?……っ、え?!ええっと特には──
「よく思い出してみてくれ。どんな些細なことでもいいんだ。
例えば、ミモリーちゃんを呼ぶときに挙げた手の動きが、少し不自然だったーとか。コーヒーを置いてから再び呼ばれる前に、彼と一度でも目が合ったとか。」
突然話を振られて戸惑うミモリーに畳み掛けるフィリップ。
そっと気遣うような雰囲気を出そうとしているようだったが、その口調には隠しきれない圧がある。
フィリップは明らかに動揺している若い後輩の返答を、自らが望む方向に誘導しようとしていた。
……無茶をする。
それで僕が犯人だと決めつけて、僕に注目を集めて、隙でも作ろうという訳か。
…………僕も、フィリップも。
こうして追い詰められた人間は、だいたい似たようなことを考えてしまうものなのかもしれないな。
「え?ええっと……うーん……どうだったかな。……えぇー……」
話を振られて注目を集めながら、回らない頭を回そうと唸るミモリー。
僕はフィリップのような博打などしたくなかったが、時計を再度確認して諦めた。
これ以上の「最悪」を回避するために。
僕はフィリップに対抗すべく、哀れな証人ミモリー嬢に、僕の望む答えを期待した。
見切り発車の質問は二つだけ。これで望む答えが得られなければ、僕は終わってしまうだろう。
「…………ミモリー嬢。」
「……?!っ、はい!何でしょう?……すみません!あの、ちょっと混乱してしまって、よく思い出せなくて……!」
「いや、いいんだ。
そうだな。まあ、どちらを先に答えてくれても構わないが。
僕からも二つほど、質問をしても良いだろうか。僕のものは彼とは違い、ただの事実の確認だ。答えるのは容易だろう。
──まず一つ。
《被害者アレンを席に案内したのは、君かフィリップ殿か、どっちだ?》
そして、もう一つ。
《その被害者のテーブルに置いてある小瓶の角砂糖補充は誰がしている?》
仕事を始めてまだ3日目の君も、すでに担当しているのだろうか。」




