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10 ◇ 罪深き探偵の真実

全11話+後日談2話(執筆済)。基本毎日投稿予定です。

本日は2話分投稿します。

 ──僕の夢は、「魔導工学の研究者」だった。


 きっかけは割とくだらない。

 ただ、とある児童文学に出てきた若き天才魔法博士が、本当に格好良かったからだった。


 天才博士のもう一つの知られざる姿。──それは、自分で開発した魔導甲冑を身に纏って戦う「正義の黒騎士」!

 彼はその最強の魔導甲冑で、悪い海賊や国家転覆を狙う悪党どもをド派手な必殺技でやっつける。

 でもその正体を知っているのは、幼馴染で助手の女の子ひとりだけなんだ。


 ……(きん)じゃなくて「(くろ)」。そこが安直に、少年の僕の心をくすぐった。


 8歳だか9歳だかだった当時の僕は、海辺の街に王子として公務で訪問するたびに、街を襲いにくる海賊船がないか探していた。王城で平和な日々を過ごしながら、使用人の中に僕の命を狙う間者(スパイ)がいないか探していた。空き時間には城の外を塔の中から眺めながら、門を打ち破って反乱軍が押し寄せてこないかと期待していた。

 …………今思うと、ただの自殺願望で馬鹿らしいな。


 でも、馬鹿らしい子供じみたその夢は、消えるどころかどんどん強くなっていった。


 さすがにそれから少し成長したら、黒の魔導甲冑でなくてもよくなった。

 ただその代わりに僕は、本物の魔導器具の奥深さに年々惹かれるようになっていった。


 ちゃんと理解はできていた。

 ……多分、僕に特別な才能はないって。


 隣国の天才女性研究者が14歳の頃に書いた論文を読もうとして、15歳の僕は1ヶ月かけて冒頭3ページを理解するだけで挫折した。

 兄さんや姉さんと比べても、ちょっと魔法の踏み込んだ雑学を多く知っている程度。そんな飛び抜けてできる要素なんて、残念ながら僕の脳には微塵も備わっていなかった。


 けど、だからこそ挑戦したいと思った。

 だって世の中の研究者の大半は、僕と同じ凡人であるはずだから。


〈凡人の私が紆余曲折し、挫折と苦悩を繰り返したその先に、天才すらも思いつかなかった発明が一つ、発想が一つだけ()ったのだ。


 自分たちの手で創り上げた通話機が、何千回の試行の果てに理想の動作をしてくれたとき。遠く離れた場所にいる盟友の声が、受話器から聞こえてきたあの瞬間。

 その音に震えた己の手は、脳と心臓が感じたえも言われぬほどの興奮は──


 ──目の見えない私が強烈に感じた、初めての『光』だった。〉


 ……その頃の僕の愛読書は、世界初の通話機を親友の魔導工学研究者と共同開発したとある全盲の科学研究者の自伝だった。


 そうして僕の憧れは、創作世界の魔法博士から、現実の魔法研究者へと変わっていった。



 そんな、間違った「夢」の方向に変わっていた。


 …………僕は「第二王子」なくせに。



◇◇◇◇◇◇



 僕はエゼル王国の国王の三番目の子ども。

 兄、姉、僕、そして妹の、賑やかな四人兄妹の真ん中に産まれた。


 幼い頃は、兄妹皆でよく嘆いていた。


 なぜ王家などという窮屈な家柄に産まれてしまったのだろうと。

 なぜ自分は生まれたその瞬間から、王子、王女を背負わされているのかと。


 なぜ自分たちは、人並みに夢を思い描くことすら、ままならないのだろうかと。



 けれど、歳を重ねるにつれて、僕の兄姉と妹は精神的に成長した。


 未来の王の重圧に押し潰されそうになって、一時期は感情すらも無くしてしまっていた、王子らしからぬ穏やかな性格の兄さんも。

 妹の手本になろうと気を張りすぎて空回(からまわ)って、一時期は兄妹の中で孤立してしまっていた、不器用で真面目な姉さんも。

 国民にその美貌を持て囃され、理想を押し付けられ続けて……一時期は失踪未遂をするまで追い詰められてしまっていた、少し変わり者な妹も。


 皆、大きくなる過程で、苦悩と葛藤を乗り越えた。


 兄さんも、姉さんも、妹も。

 どうしようもない現実に向き合って、背負うべき使命を受け入れて、王国と国民のことを心から愛せるようになった。

 自分の人生に誇りを持って、前を向いて生きるようになった。



 …………僕だけだった。


 僕だけが、ずっと変われなかった。



 僕だけは他の三人と違って、みっともなく夢を見続けた。

 本格的に魔導工学を勉強して、いつか自分の手で新たな魔導器具を発明してみたいって。


 みっともなく嘆き続けた。

 王子の肩書きなんて要らないから、好きなことを語り合える仲間が一人くらい欲しいって。


 ……僕は情けない感情を、みっともなく抱き続けた。


 国民のために人生を捧げるなんて僕は嫌だ。僕だってその国民たちみたいに、普通に生きてみたいんだ。


 赤の他人の「国民」を「愛せ」なんて、僕には理解ができない。


 政治になんか興味ない。王弟の仕事なんてしたくない。

 僕は……僕は魔導工学の研究者になって、それで、人生を懸けてたった一つだけでも世界を変える発明を──



 僕だけが、そうしてずっと兄妹四人の中で一人だけ「王族の覚悟」を身に付けられずに、大きくなってしまった。



 ……昔、海賊や悪党を探していたみたいに。

 最近の僕は、式典の来賓として皆の前で仰々しい挨拶を口にしながら、魔導工学の合同研究会で登壇して発表している自分を同時にこっそり妄想している。

 机につまらない雑事の書類を広げながら「今の僕、まるで書き散らした研究内容と参考文献の山に埋もれている限界研究者のようじゃないか?」と無理矢理こじつけて思うことで、何とかテンションを上げている。


 馬鹿らしい、恥ずかしい妄想のごっこ遊び。

 いい年齢(とし)をしてまだそんなことをしている僕。


 そんな僕に昨年、さらに欲を出したくなるような魅惑的な話が飛び込んできた。



 ──それが、エゼル王国で初めて設立された高度教育研究機関「エゼル王立大学院」の特待生となる話だった。



◇◇◇◇◇◇



 創立10年足らずの新設の大学院。

 近隣諸国では初の、高等部学校以降の教育機関。


 ──我らエゼル王国は「叡智(えいち)の国」として、世界を牽引する存在となる。


 今後100年の王国の未来の展望を描き現在(いま)の姿勢を示す、新たな試みの形。


 まだまだ国内外で充分な知名度がない大学院。

 ……そこに「箔」をつけるための「お飾り」として。第二王子の僕が選ばれた。



 ………………分かっていた。


 僕は他の学生とは違う。王国の「叡智」なんかじゃない。輝かしい未来の「可能性」なんかじゃない。

 ……ただの、ごっこ遊びだって。


 それでも僕は喜んで話に乗った。


 だって僕は、そもそも「学校」に通ったことがなかったから。

 王子として王宮で個別指導を受けていただけ。兄や姉や妹とともに、すべてを叩き込まれていただけだから。

 だから、期間限定でも何でも、僕は「学生」になってみたかった。


 当然「お飾り」に実力(ホンモノ)は不要。

 僕は必須のはずの入学試験を、一人だけ免除されてしまった。


 …………恥ずかしかった。泣きたかった。

 せめて形だけでも、まともに実力を測って欲しかった。


 だから僕は、その年の試験問題を取り寄せて、一人で時間を計って解いてみた。

 それで解答を見ながら自己採点をして、開示されていた合格最低点をきちんと上回っていることを確認して、一人で安心していた。

 ……僕には試験本番の緊張感が無かった分、自己採点の結果から20点引いた上で。


 …………もしかしたら70点くらいは引くべきかもしれないと、頭の片隅で考えながら。

 僕は昔──13歳のときにエゼル王国から一人で出たとある外国の式典で、本番の緊張で数千人の前であり得ないミスをして大恥をかいた経験があったから。

 そうしたら、僕は不合格になってしまうけれど。



◇◇◇◇◇◇



 従者やら護衛やらがついてくるのは致し方なかったものの、始まった大学院生活は、まさに理想の世界だった。


 僕の長年の夢が一つ一つ、どんどん叶っていくようだった。

 僕はこの大学院の箱庭で、理想の自分になっていった。


 まず最初の一週間で、学友と魔導工学について語り合えるようになった。

 毎日いくつもの講義を聞いてノートを取って、そのノートを何度も見返した。

 割り振られた研究室で教授の研究を手伝って、何時間も実験器具の横で、結果が出るまで待機した。



 ……ああ。今の僕はまさに、研究者志望の苦学生だ。

 研究室仲間と教授の助手をしている僕、まるで本物の研究者みたいだ……!


 僕はそんな自分の今に酔いしれた。



 ──……それで、もっと欲が出てしまったんだ。



 僕は周りの本当に優秀な研究者の卵の同期たちとは違う、新設の大学院の箔をつけるために通わされている──「お飾り」の王子だということも忘れて。

 ……2年間の在学期間を終えたら、僕は王子として兄とともに、本格的に内政と外交に携わることになる。そのことも完全に忘れて。


 僕は、もっと本物の学生っぽくなりたくなった。

 研究者の卵のごっこ遊びを、もっと本格的にしたくなってしまった。


 …………王都の苦学生と言えば。

 煮詰まった研究の息抜きに、講義の合間の時間に。小洒落たカフェで一杯のコーヒーでも飲みながら、学術書でも読み耽るものじゃないか?

 ……それで、研究者の卵ともなれば。

 そんな脳を酷使する日々の隙間時間にも、貪欲に知的好奇心を満たして、格好良く世界を広げていくだろう。


 大学院に通い始めて、「学生」のごっこ遊びを始めて1ヶ月。

 一つ一つ夢を叶えていった僕は、ついにそんな欲をかいた。


 ちょうど午後の講義が講師都合で休講になったのをいいことに。

 僕はそこで素直に王城には戻らずに、夕方の研究室の実験の時間になるまで、王都に出て時間を潰してみることにした。


 ……付け髪(ウィッグ)を被って、色付き眼鏡を掛けて。

 大学院に通うときの服装は、もともとそれっぽい学生に憧れて、普段から質素にしていたから。これでいけると思った。


 ──「小一時間ほどでいいから、王都の喫茶店にでも行ってみたい。」


 僕は正直にそう言って、付き人たちに僕の突発的な我儘に付き合わせた。

 護衛たちに後から入店し離れた席に座るようあらかじめ指示を出して、従者たちを店の外に待機させて、初めて一人で喫茶店に入った。


 僕は苦学生らしく……けれど少しだけ迷って、一杯のミルクティーを注文した。

 そうしてミルクティーの湯気の温かさと香りを少しだけ堪能してから、ゆったりと鞄から取り出した学術書を開いてみた。


 本当にわくわくした。

 今の僕はきっと誰がどう見ても、講義の空き時間に近場の喫茶店に来た、大学院の優秀な学生だ。


 そうやって僕は自分を客観視して一人でシチュエーションに酔いしれながら、夢中になって開いた本を読んでいた。

 それで……うっかり没頭しすぎて、途中でコーヒーを間違えて置かれていたのに気が付いたときは……かなり緊張はしたが楽しかった。


 間違えた品を置かれるなんてハプニング、「王子」なら一生経験できなかった。

 ……どうだろう。ひょっとしたらこれは、一般市民でも割と珍しい体験なのかもしれないな。


 手を挙げて冷静にウェイトレスに声を掛けてみる。


 ……よし。全然気付かれていないぞ。

 僕は今、王子じゃなくて完全に一般市民になっている……!


 そうして僕は、イレギュラーな一般市民の一般客ごっこを、追加でこっそりと楽しんだ。



 …………その、少し後の出来事だった。



 いきなり僕の前のテーブルの客が、コーヒーを飲んで倒れたのは。



◇◇◇◇◇◇



 ──……ああ。「天罰」って、本当にあるんだ。



 倒れた彼の指先を見て猛毒による死亡だとすぐに理解した、そのとき。僕は真っ先にそう思った。



 国民を心から愛せない愚かな王子(ぼく)の目の前で、呆気なく一人の民が死んだとき。


 僕は馬鹿な夢から目が醒めた。

 僕のごっこ遊びは終わった。


 あのとき僕は──……()()、天罰が(くだ)ったと思った。



 だがそれから、僕はそれでも保身のために、その場から逃げようと考えた。

「何故こんなところに第二王子が!?」って騒がれるのは目に見えていたから。だから僕は「そうなる前に逃げなければ」と……そう思ってしまったんだ。


 国王(父さん)王妃(母さん)にバレたくなくて。

 兄さんに合わせる顔がなくて。姉さんに本気の説教をされたくなくて。妹に失望されたくなくて。


 喫茶店にいる人々に、警察の者たちに……国民に……皆に、絶対に知られたくなかったんだ。

 第二王子の僕の真実を。


 だから、変な探偵でも何でも適当に演じて、目の前の死んでしまった愛すべき一人の民を見捨てでも──……苦悩の果てに罪を犯してしまったのであろう、等しく愛すべきもう一人の民を、非情に切り捨ててでも何でも。とにかく僕は逃げようとした。


 ……皆に、暴かれてしまう前に。


 僕の未熟で恥ずかしい──「王子」になれていない()()を。



 ──……こんな愚かなごっこ遊びの天罰を、もうそれ以上、僕は受けたくなかったんだ。



◇◇◇◇◇◇


◇◇◇◇◇◇



 私の追加の推理を聞いた【ロイルスヴィール】第二王子。


「愛称でいい」と私に言ってきた【ロイ】様は、私の一言だけの推理「本当は『探偵』ではなくて、『ただの国民』にずっと憧れていたんじゃないですか?」を聞いて、何かを諦めたように自嘲した。


「…………そうか。

 そこまで見破られてしまっては……僕はもう、敗北宣言以外は何もできないな。」


「……あの、ロイ様──


「虫のいい頼みかもしれないが、君の素晴らしい名推理は、ここだけの話にしてくれないか?

 ……まあ、正直に言ってしまうとだな、僕が恥ずかしいんだ。

 同じ専攻の者たちや身内の耳にでも入ったら、僕は羞恥で一週間は自室から出られなくなってしまうだろう。


 ……ああ、そうか。もう『頼み』でなくても良いのか。……そうだな。

 であればすまないが、()()()()による私的な『命令』ということにしようか。


 ──例の殺人事件の日の一連は、すべて口外禁止だ。


 これでいいか。……というか、最初からこれで良かったな。

 よし、そうしよう。そうしてくれ、ミモリー嬢。」



 一人でどんどんと話を進めていくロイ様。


 でも、「命令」だなんて言いながら……その声には、さっきまでの腹立つ雰囲気は微塵もなかった。


 そのお顔は、今にも泣いてしまいそうな、見ていてとても悲しい……(つら)い作り笑顔だった。



「──あ!あの!ロイ様っ!」


 泣きそうなのを必死に誤魔化しているロイ様からの命令を、私は咄嗟に否定をしてしまった。


「あの!ごめんなさい、そういうことじゃなくって!

 その……っ、私が言いたいことは、まだもう少しだけあるんです!」


 いきなりの語気の強い私の声に驚いて、それから続けて軽く身構えるような素振りを見せるロイ様。

 まるで、ロイ様に話し掛けるためにずっと心の準備をしていた私のように。

 ……ロイ様も私と同じ「人」なんだなって、その姿を見てようやく実感した。


 私はそんな大国の第二王子のロイ様に、不敬だと分かっていながらも自分の「共感」を伝えた。



「烏滸がましいのは百も承知なんですが……私、ロイ様に『共感』したんです。

 ──私も、ロイ様と『同じ』なので。」


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