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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

第七中央大戦戦記

作者: 月嶺しずく
掲載日:2025/12/12

 最期に、自分の大きく関わった戦争について他者からの目線でどう語られているのかを知りたかった。


 最期の願いというのもあってか、いつもよりも早くそれは手元にやって来た。


「第七中央大戦戦記」


 表紙には終戦に大きく貢献しながら、終戦をその身をもって行ったとされる英雄の姿が描かれている。


 あれからかなりの歳月がたっているからこそ、やはり美化されたものが多いのだろう。


 表紙のそれは英雄譚や伝記のそれと似通っていて、戦争もフィクション物語のように読み解かれてしまうのではないかと思わさせる。


 そんな不安を抱きつつ、一ページ目に手をかけた。


 ページをめくる音が、無機質な部屋に響く。


 始まりは長ったらしい宣言みたいなものだった。


 曰く、この戦争は恥ずべきものであるとか、再度起こってはならないことだ、とか。


 そんなものに意味がないからこそ、今まで六度の大戦を許しているのだろうと思う。ますますこの先を読むのをためらわせてくるじゃないか、こいつ。


 視線を横へとずらす。そこでは表紙に描かれた英雄の、英雄譚らしきものが始まっていた。




 かの英雄は、大戦の戦勝国、ウォールディア帝国生まれ。ではなくその隣国、帝国付近での紛争によって消滅した国にて生まれた。


 英雄は幼くして親を亡くし、当時中立の立場として難民の救助をしていた帝国の兵士によって拾われる。


 帝国では大体このあたりに兵士育成プロジェクトを立ち上げていたと記憶している。奴もその人材の一人として拾われたのだろう。


 帝国の施設によって保護や教育が行われ、貴重な実験台の一つとして丁重に扱われる。まだ幼く何も知らない英雄は、帝国が正義そのものに見えているように描かれる。


 当時、こういった人体実験はそう珍しいことではない。


 帝国の隣の国では動物に宿る人間よりもはるかい優れた能力を人体に取り込む、なんて実験が行われていたし、奴が生まれたあたりの紛争だってそういった類の実験台が民草から強制的に選ばれ改造を行うことで激化していたとも聞く。


 そうしてページをめくっていくうちに、英雄は成長していき、やがて軍に入隊する。


 大体戦争の起きる三年前だ。


 この時ですでに英雄は軍の中でトップだったらしい。戦時中にあれだけ目立っていた理由にも納得がいく。


 その頃の俺も、軍に入隊してからは好成績で、奴と同じ様に陸軍に所属していた。


 英雄は他よりも優れている能力があるわけではなかったようだ。プログラム等に才能があったのだが、自動機兵を捨て人間同士で戦う戦争において意味は為さなかった。


 帝国出身ではないことを理由に英雄をいびることもあったようだが、幼少期、両親を失った経験に勝る酷さのものはありはしない。


 帝国が周辺のある一国から宣戦布告をされた。そこも今となってはもう無い国、大戦によって滅びた国である。


 勿論、英雄もその戦争にに参加することとなる。


 俺も参加した。


 陸軍にとって当時の冬は辛く、それは英雄でも変わらない。


 英雄は帝国の北西部、そこから五十キロ先に大都市がある戦線に参加。


 俺は南西部からの侵攻を防ぐ隊に参加していたので別行動。


 帝国の隣、かの人体実験で人間を大きく上回る能力がどんなものなのか目の当たりにする。


 酷い話だ。


 俺を含む隊はまだ知りもしなかったことだが、奴と衝突した場所には人体実験で失敗した者たちが送られていた。


 合成獣ーーキマイラなんて言えば聞こえはいいが、実際はそんなものではいない。


 人と獣が混ざり合った生物、悪いものだと肉塊そのものに見えるものもあった。


 それが戦場へと送られ、英雄の怒りに触れた。


 自身の国の戦争に使われていたものであり、さらに言えばそれの改悪版ーー科学的な面では改良版に当たるものだがーーを目の当たりにして奴は冷静ではいられなくなったのだろう。


 付近の町もろとも英雄が滅ぼしてしまった。


 いくら科学が発展していたとしても、たった一つの隊がそんなことが出来る筈がない。この戦争からかなり経過したが、今でもそれができる人間はいない。


 だが、奴はやってのけた。


 被害は数百万人。人口が十億ほどのかの国では、降伏がまともな選択だったが、実験の成功作のせいでまだ勝てると思案し戦闘を続行する。


 この功績によって英雄は英雄と呼ばれるに至り、軍部での権威も強くなる。


 対する俺は、作戦の失敗によって降格。


 その頃の俺は、完全に奴を恨んでいた。軍が衝突したときにあっけなく死んでしまえばよかったと。


 それからまたしばらくしたころだ。


 大規模な侵攻を受けたかの国が、急に軍の増設をし始めた。


 実験が成功し、強化された兵士が大量に用意できたためだ。


 改造の対象となったのは軍人のほぼすべてで、その九割が改造に成功している。


 クラゲを使って、不老になったものもいると描かれている。


 当時、ここまでの人体改造が成功した例はない。戦時中にそんな賭けをしたような馬鹿がいたとは思いたくないが、これによって兵力の増強に成功している。


 強力な戦力を得た効果は大きく、帝国にも百万人もの被害が出たそうだ。


 奴が帝国内部へと召還され、戦線に現れなかったのがあるのかもしれない。


 その時英雄は敵国に多大な被害を与えた功績によって表彰され、軍の上層部に仲間入りを果たしている。


 むしろ、被害を出すことが目的だった、なんて可能性もある。


 奴が戦線に駆け付けたのち、奴の暴走によってかなり帝国内部に進みつつある戦線が一気に元通りとなってしまったからだ。


 けれど、戦力増強の意味がここにきても発揮され、被害はほぼ出なかった。むしろ、巻き込まれた帝国兵が負傷するほどだった。


 俺の友人も参戦していったが、無事に帰って来たのを驚いたくらいだ。


 そんな一進一退が続く。最初の被害から学んだのか、互いに大きな被害は出ないようになっていた。


 それが約二十年。人の寿命が三百を超える今でも、そう短くない年月が経った。


 帝国で革命が起きた。


 英雄が自国含め世界中の戦争を終わらせるという口実をもとに、英雄が革命軍を立ち上げたのだ。


 くだらない子供の綺麗ごとだとばかり思っていたが、読んでいくうちに気が付く。帝国軍の実験にも関わってしまったのだろう。


 俺もそうだった。軍によって隠されていたことも、軍に入隊してしばらくすれば全容が見えてくる。


 非道だと罵ったのも、化け物だと拒絶したことも、すべてが自分に向かってやってくるあの感触。


「嫌なこと思い出しちまった」


 無機質な部屋の中でつぶやく。そこには誰もおらず、ただ声が少しばかり響くだけだった。


 指を本に向ける。


 ページをめくると、革命の全容が描かれていた。


 皇帝暗殺、議事堂爆破、首都放火。


 これが考えなしに自国の正義を掲げることの代償か。


 少なくとも、軍に参加して、人が化け物にされることに怒り、自国民のために戦線に飛んで参加するような奴が自身と自分の国に正義があると思わないはずがない。


 英雄の軍功は本物であり、帝国は一夜にして壊滅。英雄を新たに皇帝とした新帝国が成立する。


 知っている内容もあってか、飛ばして読むところもあったが、大体の内容も分かった。


 そして、この結末も。


 旧帝国は国際前建同盟加盟国、つまりは国際会議に参加し、国の運営は国際法を守り、また戦争を起こす際は国際法に従ったうえでの戦争を行う義務が生じる。


 けれど新興国にそんな同盟はない。


 だから国際法によって禁じられた戦い方ができるし、使用が禁じられた兵器の使用も可能だ。


 それらによって、旧帝国の敵対国は滅んだ。


 停戦も、和睦も、降伏も。すべてが許されることなく一瞬にしてなくなった。


 奴はすでに英雄であることを捨てていた。


 一国を滅ぼしたということもあってか、同盟の対応は早い。


 しかし、世の中早いだけがすべてじゃない。


 同盟は『すぐに滅ぼした国の所有権を破棄し、武装を解除せよ。その後、貴国は同盟に加盟し、国際裁判を受けてもらう』


 従わないのなら連合国で軍を引き連れ報復攻撃に移るぞ、と最後に付け加えて。


 同盟は新帝国を舐めていた。


 革命直後でまだ力もない。戦争終結のために力を使い切ったようで、武力をちらつかせれば腹を出して平伏するだろうと。


 舐めていたのは英雄だったものか、新帝国か、それとも禁じられていた兵器なのか。


 はたまた知らなかったのか。兵器と戦争の恐ろしさを。


 早い話、帝国はこの条件を蹴ると同時に、世界中に宣戦布告を仕掛ける。


 そして世界の九割が帝国領となる。


 残りの一割は人の住めぬ極地のため、帝国は世界を支配したことになる。


 ーーこうして、彼によって非人道は断たれ、世界は安寧を得る。決して彼の功績を無駄にしないよう、戦争をこの世から廃絶するべきである。


 最期の一文はこう締めくくられていた。


 検閲がかなり入っているようで、かなり不自然。非人道は断たれたとか言いながらその断った手段が非人道的だとは思わないのかとか。


 それに、奴の処刑についても描かれていなかった。


 確認してみるが、俺程度に渡せる戦争に関する情報はこれだけで、処刑については何も新しく知れることはなかった。


 かつて英雄だったものは、自身の非人道的行為にかかわる処罰として、自身の処刑を決定した。


 帝国では皇帝が全権を握っているので、誰も反対することなんてできやしない。


 焼かれながら首を落とす、壮絶なものだったときている。加えて自身に拷問まがいの暴行を行わせたとか。


 狂っている。


 戦記を取り寄せた理由に、この行為について知りたかったのもある。


 だがまるで分からず、せいぜい仮説を立てる程度。


 一つは、自身の死をもって非人道の根絶を示したかったという説。


 もう一つは、町を一つ潰したように、自身の行いが許せなかったという説。


 前者は処刑に苦しむ方法を選ぶ必要がなく、後者なら人では到底為せない所業である点。


 けれど、奴は激怒した。人体実験に、殺戮に、腐敗した自国に。


 その矛先を自分に向けたというのなら、この行動はむしろ自然ともいえる。


 だからこそ狂っている。そして、自己中心的だ。


 呼ばれて外に出る。


 前にいるこの人間も、そしてこの国にも皇帝なんて存在しないのが当たり前である。


 先を行く人物に従い歩くと、重厚な扉が目に入る。


 今の帝国の皇帝の席は空で、実際は民主制の国である。


 当時は混乱し、新皇帝を立てる案もあったが、今はこの形に落ち着いている。


 自己中心的といったが、それは何も政治を後釜を考えずに放任したことだけではない。


 むしろ、個人的にはこっちの方が圧倒的に思いが強い。


 奴は自身の感じた悪意、非人道に対しては容赦することはなかった。


 だが逆に、これから自分が欠けたことでそれらが発生するかについては考えられなかったようだ。


「ここに座れ」


 反抗することなく指示に従う。


「これより、第七中央大戦特A戦犯、カイ・エルネストの死刑執行を行う」


 奴は最期に憲法を記した。主に非人道的行為の廃絶と、国家の目指すべき形をまとめたものである。


 それが通る前に、騒動は起きた。


 例の旧帝国に宣戦布告した国。あれがなければここまでの戦争にはならなかったと罪の押し付けが行われたのである。


 実際には、奴の独断専行によって生まれたことだが、今の国のトップに当たる人物にそんなことを言おうものなら消されかねない。


 そこで都合のいい存在ーーかつての敵対国だったところの住民たちに白羽の矢が立ったのである。


 数が少なく、身寄りがあるわけでもない。擁護する人間などいないし、止める法律はまだ作成されていない。


 一斉に生き残りたちがとらえられた直後、憲法と法律が何とか完成し、拷問や処刑は避けられた。


 だが一部私刑を行ったものもいたらしく、生き残りの三分の一が投獄される形となった。


 胸糞悪い話だ。これを考える頭がない英雄だった残りカスに吐き気がする。


 ともに入った同郷たちも次々に死んでいく。


「薬物用意完了。投与開始します」


 旧帝国の敵対国兵士にして、唯一の不老を持つ人間。それが俺だ。


 戦犯は即刻処刑が基本だったのだが、それさえも非人道とみる考えがあり、かなりの間獄中で過ごした。


 今日処刑されるようになったのは、予算の削減とかそんなところだろう。


 人の命なんて考えていないようだが、そもそも俺らを人間として見ていなかったり、そんな奴に時間と金をかけることこそ人道に欠けるとか考えていそうだ。


 この国も長くない。そう直感したが、歴史がそれの繰り返しで作られてきたのを思い出し、腹が立つ。


「最後に何か言い残すことは?」


 執行人が注射器を持ちながら聞いてくる。


 死に際だ。一人呪ってやるくらいなんの問題もないだろう。


「皇帝陛下に地獄あれ」


「執行」


 急速に意識が薄れていく。


 これから、戦地に行った友とも再会できるだろうか。


 目を閉じると、もう何も残るものはなくなった。




 カイ・エルネスト。帝国最後の死刑囚となった人物。


 殆どの情報が失われており、敗戦国の情報をほぼ無視したせいだと考えられる。


 彼の処刑が行われて一年、不確かな政治体制に不安や不満から各地で独立運動が頻発。


 やがて帝国は跡形もなっていった。新興国に、彼の名前を知る人間などいはしなかった。

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