風鈴
部屋の隅で、彼のマグカップが冷めていく音がした。
カチ、カチ、と時計の針が、やけにうるさい。
「……ごめん」
その一言で、時間の流れが止まった。
時計の音も遠ざかる……
なぜか彼の唇が動くたびに、空気が薄くなっていく気がした。
離れたくない、と喉の奥で叫んでも、声にならない。
たぶん、泣いたら、終わってしまう。
泣かずにいられたら、もしかしたらまだ隣にいられる気がして……
カーテンの隙間から夕陽が差して、彼の横顔を橙に染めていた。
その光の中に、最初に手をつないだ日のことがよぎる。
笑いながら走った帰り道、
指先が触れた瞬間のあの温度。
あのときの私たちは、永遠を信じていた。
なのに。
「ありがとう」
そう言った彼の声は、どこまでも静かで、やさしかった。
優しすぎて、心臓が痛かった。
私はただ、頷いた。
強がるためでも、彼を責めないためでもなく。
ただ、その声を壊したくなかったから。
ドアが閉まる音のあと、
部屋に残った彼の香水の香りが、ゆっくりと空気に溶けていく。
愛が消えるって、こういうことなんだろう。
爆発でもなく、
涙の洪水でもなく、
静かに、音もなく、
灯がふっと消えるみたいに。
それでも。
私はまだ、その消えた光の残像に手を伸ばしてしまう。
触れられないのに、あたたかかった日々を探してしまう。
窓の外で、風が揺らした
季節外れの風鈴の音がした。
まるで、もう戻れないことを告げる鐘のように。




