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風鈴

掲載日:2025/11/10



部屋の隅で、彼のマグカップが冷めていく音がした。

カチ、カチ、と時計の針が、やけにうるさい。


「……ごめん」

その一言で、時間の流れが止まった。


時計の音も遠ざかる……

なぜか彼の唇が動くたびに、空気が薄くなっていく気がした。

離れたくない、と喉の奥で叫んでも、声にならない。


たぶん、泣いたら、終わってしまう。

泣かずにいられたら、もしかしたらまだ隣にいられる気がして……


カーテンの隙間から夕陽が差して、彼の横顔を橙に染めていた。


その光の中に、最初に手をつないだ日のことがよぎる。


笑いながら走った帰り道、

指先が触れた瞬間のあの温度。

あのときの私たちは、永遠を信じていた。



なのに。



「ありがとう」

そう言った彼の声は、どこまでも静かで、やさしかった。

優しすぎて、心臓が痛かった。




私はただ、頷いた。

強がるためでも、彼を責めないためでもなく。


ただ、その声を壊したくなかったから。



ドアが閉まる音のあと、

部屋に残った彼の香水の香りが、ゆっくりと空気に溶けていく。




愛が消えるって、こういうことなんだろう。



爆発でもなく、

涙の洪水でもなく、

静かに、音もなく、

灯がふっと消えるみたいに。


それでも。

私はまだ、その消えた光の残像に手を伸ばしてしまう。

触れられないのに、あたたかかった日々を探してしまう。


窓の外で、風が揺らした

季節外れの風鈴の音がした。


まるで、もう戻れないことを告げる鐘のように。




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