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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第2章 王立ルミナス学院
9/10

9. 制度のきっかけ

前回のあらすじ

・私がクラリスよ

・ロジーナ、いい子

・ここが私の部屋ね

朝の鐘が、学院の空に静かに響いた。


クラリスは寮の個室で制服の襟を整えながら、鏡の前に立っていた。

窓の外には、朝露に濡れた中庭の花々が揺れている。


「今日から、授業が始まる。」

その言葉を自分に言い聞かせるように、クラリスは深く息を吸った。


昨日の入学式、食堂での孤独、教室での沈黙――すべてが、まだ胸に残っていた。


扉を開けると、廊下にはすでに何人かの生徒が歩いていた。

制服姿の彼らは、談笑しながら階段を下りていく。


クラリスが歩き出すと、周囲の空気がわずかに張り詰まった。


「おはようございます、クラリス様。」

すれ違いざまに、使用人が一礼する。

その声は丁寧だったが、どこか機械的だった。


階段を降り、寮棟の玄関を抜けると、朝の光が差し込んだ。

石畳の道が、校舎へと続いている。


その道を、クラリスは一人で歩き始めた。

周囲には、同じクラスの生徒たちが何人もいた。

けれど、誰も彼女に声をかけなかった。

視線は向けられる。

けれど、それは“人”ではなく、“数字”を見ている目だった。


「王太子の婚約者って、あの子よね。」

「測定免除って、ずるくない?」

「でも、顔は綺麗よね。さすが王族推薦。」


囁きは風のように流れてくる。


クラリスは顔を上げ、背筋を伸ばした。

それが、彼女にできる唯一の防御だった。


校舎の前に着くと、扉の前で一人の少女が待っていた。

栗色の髪を三つ編みにしたロジーナ・エルスだった。

「おはようございます、クラリス様。今日から授業が始まりますね。」


クラリスは、少しだけ表情を緩めた。

「おはよう、ロジーナ。そうね。お互い頑張りましょう。」


ロジーナは微笑んだ。

「はい。がんばりましょう。」


その言葉に、クラリスの胸の奥が少しだけ温かくなった。


そして談笑しながら、歩いていると、いつの間にか教室に到着した。

扉を開け、教室の空気が迎え入れる。


クラリスは、静かにその中へと足を踏み入れ、自分の席に着いた。


数分後。


教室の扉が開き、年配の男性が教材片手に入ってくる。

王国地図を黒板に貼り、こちらを向き、話始めた。

声は低く、語り口は淡々としている。


「初めまして、歴史の授業を担当する、ハーランじゃ。

さて、今日の授業は、“運命力制度”の誕生についてやっていこうかの。」


クラリスはノートを開きながら、耳を傾けた。


周囲の生徒たちは、教師の言葉を当然のように受け止めていた。

「今から15年前、王国は第三次北方戦争真っ只中。

隣国との領土紛争ははげしくなり、王国軍はだいぶ追い詰められておった。」


黒板に「第三次北方戦争(戦時期:15年前)」と書かれる。


「ただ、不思議なことに一部の兵士が、高い生存率と戦果を挙げておったのじゃよ。」


「ここで、問題じゃ。とりわけ高い生存率と圧倒的な戦果を挙げて、この戦争の英雄とまで云われた人物の名前を答えてもらおうかの。はて、誰にしようかの?」

先生は教室を見渡す。

そして、クラリスが目に留まる。


「おお、そうじゃ。せっかく特待生がおるんじゃ。答えてもらおうかの、クラリス君」

そして、クラリスを指名する。

教室中の視線が一気に集まる。


クラリスは静かに立ち上がり、答える。

「レイモンド・カスティールです。」


先生はクラリスに微笑む。

「正解じゃ。よく勉強しとるの。」


クラリスは内心ほっとしながら、静かに着席した。

「そう。レイモンド・カスティール、当時中佐だった彼は、ありえないほど凄まじい活躍をし、王国を勝利へと導いたのじゃ。」


クラスの一人が質問する。

「そんなにすごいの?」


「ああ。本当にすごかったと聞く。いくつか有名な逸話がある。例えば、ある戦場で、待ち伏せをされておったんじゃが、それにいち早く気が付いたレイモンドは、逃げるんじゃなく、敵軍に正面から、突っ込んでいったんじゃよ。」


教室はざわつく。先生は続ける。

「他の兵士はそれに気づいて、身を隠したんじゃが、いつまでたっても敵軍が来ないんで、一人が様子を見に行ったんじゃ。そしたら、敵軍の大量の死体の中で、一人立っているレイモンドがおったと。しかもほぼ無傷だったそうじゃ。」


また、教室はざわつく。


「当時は剣や槍以外にも、銃が使われ始めての。そんななか敵軍に突っ込んだら、普通はハチの巣じゃ。物陰から様子を見ていた兵士が言うには、“弾が避けていった”と感じたそうじゃ。」


教室の男子は目を輝かせる。


「そして、そんなことが続くことを不思議に思った軍上層部が、何が起こっているのかを解明したいといって、とある科学者に声をかけたのじゃ。さて、この科学者の名前はわかるかな。ほれ、クラリス君の隣の君、答えてみなさい。」


ロジーナは突然当てられ、慌てて席を立つ。

「ええっと。エルンスト・ヴァルム博士です。」


「正解じゃ。当時天才科学者として知られていた博士に声がかかり、研究が開始されたんじゃ。そして、皆も覚えておろうが、数年前にこの偶然では片付けられない“幸運“が、理論的に証明された。」

クラリスはペンを止めた。


「そうして軍の研究機関と王立学術院が共同で“運命力理論”を発表。科学者ヴァルム博士が提唱した“運命力”は、個人の可能性を数値化する画期的な指標となったのじゃよ。」

先生は、黒板に貼ったヴァルム博士の肖像画を指さす。

冷たい目をした男だった。


すると、一人の生徒が手を挙げて、尋ねた。

「先生。レイモンドの運命力はいくつだったんですか?」


「レイモンドの運命力については、詳細な記録は残っていないんじゃよ。ただ、王族並みの運命力を持っておったといわれておる。そう、クラリス君と同じようにな。」

また教室の視線が集まる。


「さて、この理論が発表後、王国は血統主義を改め、“運命力主義”へと移行。

制度は王族の主導で導入され、現在に至っておる。皆も入学時に測定したじゃろうが、運命力は成人するまで安定せんと云われとる。だから成人するまでにあと2回測定することが決まっておる。」

クラリスは、周囲の生徒たちが真剣に話を聞いているのを見た。


「運命力の高い皆は、王国の未来を担う責務を負っておる。

英雄レイモンドのように、自らの数値にふさわしい役割を果たすよう、心がけるのじゃぞ。」

先生の言葉は、広く一般的なこととして語られていた。


クラリスはノートの余白に、そっと書き込んだ。

「レイモンド・カスティールはその後どうなったのか?」


そんな王国の英雄がなぜ制度の象徴になっていないのかは、授業では語られなかった。



読んでくださりありがとうございます。

第10話は9/19(金)6時に更新予定です。


また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

そちらでも見ていただけると投稿の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

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