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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第2章 王立ルミナス学院
8/11

8. 初めてのホームルーム

前回のあらすじ

・入学式当日

・歓迎!挑戦!期待!

入学式が終わり、クラリスは案内係に導かれて、自分の所属するクラスへと向かった。

廊下の窓から差し込む光は柔らかく、壁に飾られた王家の紋章が静かに輝いていた。


「こちらが、クラリス様の教室です。」


扉が開くと、教室内のざわめきが一瞬で止んだ。

生徒たちの視線が、一斉にクラリスへと向けられる。

すぐにまた、教室内は再びざわめいた。


クラリスは席を探す。

教室の窓際の席。

周囲の生徒たちは、わずかに距離を取るように座っていた。


クラリスが席に着くと、隣の席の少女がちらりと彼女を見た。

その目は、好奇心と警戒心が入り混じっていた。


「王子の婚約者って、本当にあの子なの?」

「測定免除って、ずるくない?」

「でも、レオニス様も同じ学年だし、私たちにもチャンスがあるんじゃ……」


囁きは、声にならない風のように教室を流れていた。

クラリスは窓の外を見つめた。

庭のチューリップが風に揺れている。

その揺れが、彼女の心のざわめきと重なっていた。


「私は王子の婚約者。気を抜いちゃダメ」

彼女の中では、すでに静かに燃え始めていた。


そして、鐘の音が静かに鳴り響き、教室の扉が閉じられた。

新入生たちはそれぞれの席に座り、緊張と期待の入り混じった空気が教室を満たしていた。


クラリスは窓際の席に座っていた。

隣の席との距離は、ほんの少し広く空いている。

それは偶然ではなく、意図的な“間”だった。


教壇に立ったのは、担任の教師――ミス・カレナ。

黒髪をきっちりとまとめた、厳格そうな女性だった。


「皆さん、このクラスを担当するカレナです。今日からこの教室が、あなた方の学びの場になります。これから、運命力にふさわしい知識と振る舞いを身につけていただきます。」

その言葉に、クラリスは背筋を伸ばした。


“ふさわしい”という言葉が、重く響いた。

「まずは、自己紹介をしていただきましょう。順番に前へ出て、名前と測定結果、そして学院での目標を述べてください。」


ざわめきが起こる。


クラリスは、順番が最後に回されていることに気づいた。

それは配慮か、それとも試練か。


一人ずつ、生徒たちが前に出ていく。


「運命力72です。王国法学を学びたいです。」


「運命力81です。王室近衛隊を目指しています。」


数字が、名前よりも先に語られる。

クラリスは、手のひらに汗がにじむのを感じていた。


そして、最後の順番が来た。


クラリスは静かに立ち、教壇へと歩いた。

教室の視線が、一斉に彼女に向けられる。


「クラリス・ヴェルディアです。運命力は……94です。」


一瞬、教室が静まり返った。

その数字は、誰もが知っていた。


けれど、本人の口から語られると、空気が変わった。

「私は……この学院で、将来の夢を見つけたいと思っています。」


その言葉に、教師はわずかに眉を動かした。

生徒たちの反応は、まばらだった。

拍手はなかった。

ただ、沈黙があった。


「さて、自己紹介は全員済んだな。これで午前中のホームルームは終わりだ。最後に、これから色々なことが起こるだろうが、クラスで協力するように。以上」

カレナはそう言い、教室を後にした。


そして、ホームルームは静かに終わった。


*


ホームルームが終わり、学院の食堂は新入生たちで賑わっていた。

長いテーブルが並び、銀の食器が整然と並べられている。

窓から差し込む春の光が、白い皿の縁を柔らかく照らしていた。


クラリスは、食堂の隅の席に一人で座っていた。

周囲にはすでにグループができ始めており、笑い声や囁きが飛び交っていた。


「王子の婚約者って、あの子?」

「測定免除って、ずるくない?」

「数字だけで偉そうにしてるけど、どうせ親の力でしょ。」


声は直接ではない。

けれど、確実に彼女に向けられていた。


クラリスは、スープに静かにスプーンを入れた。

食欲はなかった。

けれど、それを周りに悟られてはいけない。

“数字にふさわしい者”として。


そのときだった。


「ここ、空いてますか?」

クラリスは顔を上げた。


目の前に立っていたのは、栗色の髪を三つ編みにした少女。

制服は少し大きめで、袖口を丁寧に折り返していた。

同じクラスにいた気がする。


「……ええ、どうぞ。」


少女はにこりと笑って、クラリスの向かいに腰を下ろした。

「ロジーナ・エルスです。よろしくお願いします、クラリス様」

クラリスは少し驚いた。

こんな周りから好奇の目にさらされるところに自分から来るとは。


「…同じクラスの方でしたわよね。クラリス・ヴェルディアと申します。こちらこそどうぞよろしくお願いします。」

ロジーナはパンをちぎりながら、さらりと言った。


「みんな、クラリス様のことが気になっていらっしゃるようですわ。」

クラリスは、スプーンを止めた。

「ええ、私の“数字”が気になっているのでしょう。あなたは?」

少し苛立ちを覚えつつ、彼女に言った。


「私ですか?気にはなりますけれど、重要なのでしょうか?」

クラリスは少し驚いた。

その言葉は、今日初めて“人”として自分に向けられたものだった。

「……そう。あなた、いい人ね。」


ロジーナは笑った。

クラリスは、少しだけ笑った。


それは、今日初めての、心からの笑みだった。

スープの味は、ほんの少しだけ温かくなった。



*


夕暮れが近づく頃、クラリスは学院の寮棟へと案内された。


石造りの廊下を歩く足音が、静かに響く。

壁には王家の紋章が刻まれ、窓からは中庭のチューリップが見えた。


「こちらがクラリス様の部屋です。」

案内係が扉を開けると、そこには整えられた個室が広がっていた


白いカーテン、木製の机、銀縁の鏡。

ベッドの上には、学院の紋章が刺繍された制服が丁寧に畳まれていた。


「特待生用の個室です。必要なものはすべて揃っております。」


クラリスは静かに頷き、部屋に足を踏み入れた。

扉が閉まると、外の喧騒はすっと遠ざかった。


彼女は窓辺に立ち、外を見つめた。

講堂、食堂、教室――今日一日で通った場所が、遠くに見える。


「頑張らなくちゃ。」

ただ、自分自身に確認するように呟いた。


机の上には、入学式の式次第と、学院生活の心得が並べられていた。

その文字は整っていて、まるで制度そのもののようだった。


ベッドに腰を下ろすと、静けさが部屋を満たした。


それは、今日一日で初めて訪れた“誰にも見られていない時間”だった。


クラリスは、制服の刺繍を指でなぞりながら、そっと目を閉じた。


運命に選ばれた者として。


彼女の学院生活は、静かに、そして確かに始まった。

読んでくださりありがとうございます。

第9話は9/18(木)6時更新予定です。


また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

そちらでも見ていただけると投稿の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

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