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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第7章 王立ルミナス学院 6年目

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3. 失踪

前回のあらすじ

・もう一回話を聞きに行こう

・いないのだが?


馬車の車輪が止まり、御者の声が静かに響く。


「王都に到着しました、クラリス様」

クラリスは、深く息を吐いた。

(……着いた。でも、胸の奥の不安は消えない)


フォルセの森で見た黒い染みの記憶が、頭から離れない。

剣士の姿がなかったこと――あれは、ただの偶然だったのだろうか。


マントの裾を整え、馬車を降りる。


春風が頬を撫で、銀髪を柔らかく揺らした。

だが、その風は、どこか冷たく感じられた。


視線の先――王都の正門前に、人だかりができている。

ざわめきが広がり、普段の王都とは違う緊張感が漂っていた。


「……何かあったの?」

小さな声が、胸の奥で呟かれる。


クラリスは、人混みを避けるように歩き出した。

石畳に響く足音が、やけに大きく耳に届く。


(学院祭まで、あと少し。装置の秘密を探る――そのために、私は動く)

そう自分に言い聞かせながらも、背筋に冷たいものが走った。


正門のざわめきが、まるで嵐の前触れのように思えてならなかった。


*


正門前のざわめきが、春風に乗って耳に届く。


クラリスは人混みを避けるように歩き出したが、その足がふいに止まった。


「クラリス」

低く、よく通る声が背後から響く。


振り返った瞬間、胸の奥がわずかに強く脈打った。

深紅のマントを纏い、鋭い眼差しを向ける女性――師匠、レイナ・ヴァルシュタイン。


「師匠……」

クラリスは驚きに目を見開きながら、歩み寄った。


「ここで何をしている?」

その声は、普段よりも硬く、緊張を帯びていた。


クラリスは、わずかに言葉を探し、静かに答える。

「学院に戻るところです」


レイナの視線が、クラリスを射抜くように深まる。

「そうか……」


短い沈黙の後、彼女は視線を正門の人だかりへと流した。

クラリスは、その険しい表情に違和感を覚え、思わず問いかける。

「何か……あったんですか?」


レイナは、わずかに唇を動かしたが、すぐに閉ざした。

「気にするな」

その言葉は、冷たくも優しさを含んでいた。


再び視線がクラリスに戻る。

「どこかに行っていたのか?」


クラリスは、一瞬だけ迷い、答えた。

「……フォルセの森です」


レイナの瞳がわずかに揺れる。

「森で、何か変わったことはなかったか?」


その問いに、クラリスの胸が強く脈打つ。

黒い染みの記憶が、鮮やかに蘇る。


だが――クラリスは、ほんの一瞬の逡巡の後、静かに首を振った。

「……いいえ、何も」


レイナは、短い沈黙を落とした。

その瞳には、言葉にできない影が宿っていた。

「そうか。……気をつけて帰れ」


クラリスは、深く一礼し、その場を離れた。

背後で、騎士団が動き始める気配がする。


その音が、胸の奥に重く響いた。

(何か起きている……でも、何?)


春風が銀髪を揺らし、クラリスの背を押す。

だが、その風は、どこか冷たかった。


*


夕刻のフォルセの森は、昼間の穏やかさを失っていた。


木々の影は濃く絡み合い、冷たい風が枝を揺らすたび、ざわめきが不気味に響く。

王国騎士団の一行は、重い沈黙の中で森へと足を踏み入れた。


先頭に立つレイナの深紅のマントが、薄闇の中でわずかに揺れる。

その瞳は鋭く、周囲の気配を一瞬たりとも逃さない。


「痕跡を探せ」

短い命令が、張り詰めた空気を切り裂いた。


騎士たちは散開し、湿った土を踏みしめながら探索を始める。

鎧の金属音が、森の静寂に不自然なほど響いていた。


やがて、一人の騎士が声を上げる。

「副団長、こちらに……車輪の跡が!」


レイナはすぐに駆け寄り、地面に刻まれた浅い溝を見下ろした。

確かに、馬車のものだ。だが――跡は途中で途切れている。


「……続けろ」

低い声に、騎士たちの緊張がさらに高まる。


森の奥へ進むと、異様な光景が広がっていた。

苔むした岩のそばに、馬車の破片が散乱している。


折れた車軸、裂けた木板――そして、その周囲に広がる黒い染み。

レイナは膝をつき、指先で土をなぞった。


乾いた黒――血の跡だ。しかも、量が多すぎる。

「……襲撃だ」


その言葉が、重く森に落ちる。

騎士の一人が、震える声で呟いた。

「護衛の剣が……折れています。ですが、人影は……」


レイナは険しい表情で立ち上がり、森の奥を睨んだ。

「ユリウス殿下と護衛の姿はない……痕跡が不自然すぎる」


その時、低い風の音が森を駆け抜けた。

木々がざわめき、葉が舞う。


騎士の一人が、かすれた声で言った。

「……獣の匂いがする」


レイナの瞳が鋭く光る。

「撤収だ。これ以上は危険すぎる」


短い命令とともに、騎士たちは足早に森を離れた。

だが、その背後で、風が再び唸りを上げる。

まるで、森そのものが何かを隠しているかのように――。


*


王都の朝は、冷たい緊張に包まれていた。


鐘の音が遠くで響き、石畳を踏みしめる人々の足音がざわめきと混ざり合う。

新聞売りの少年の声が、広場に鋭く突き刺さった。


「――第二王子ユリウス殿下、失踪!」

その言葉は、瞬く間に王都を駆け巡った。

市場の屋台、カフェの窓辺、貴族の馬車――どこも同じ噂でざわめいている。


「護衛も消息不明だって」

「反制度組織UNLUXの仕業じゃないのか?」

「王宮は沈黙しているらしい」


声が重なり、街の空気は不安と恐怖で濁っていく。

王都の掲示板には、黒い文字で速報が貼り出されていた。


『第二王子ユリウス殿下、フォルセの森付近で消息を絶つ』


クラリスは、その文字を見つめたまま、足が動かなかった。

胸の奥が、冷たい手で締め付けられるように痛む。


(……ユリウス様が、行方不明?)

視界が揺れ、脳裏に黒い染みの記憶が蘇る。


あの森の静けさ、屋敷の前に広がっていた不自然な跡――

そして、レイナに「何もなかった」と告げた自分の声。


(……あの時、私は……)

罪悪感が、鋭い棘となって胸に突き刺さる。

だが、その痛みの奥で、別の感情が静かに芽を出していた。


――決意。


(真実を突き止める。何が起きているのか、必ず)

学院に戻ると、講堂では臨時集会が開かれていた。


生徒たちのざわめきが渦を巻き、空気は重く張り詰めている。

壇上に立つレオニスの声が、冷徹に響いた。


「学院祭は予定通り行う。秩序を乱す者は排除する」

その言葉が、クラリスの胸にさらに重くのしかかる。


(秩序……でも、その秩序の裏で何が起きているの?)

窓の外では、風が学院の旗を揺らしていた。

その揺れは、嵐の前触れのように、不穏な影を落としていた。


(学院祭まで、あとわずか――装置の秘密を探る。それが、私にできる唯一のこと)

その決意が、冷たい空気の中で静かに燃え始めていた。


読んでくださりありがとうございます。


もし続きが気になると思っていただけたら、ブックマークや評価で応援していただけると励みになります!


第7章第4話は1週間以内に更新予定です。


また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

そちらでも見ていただけると投稿の励みになります。

どうぞよろしくお願いします。

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