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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第7章 王立ルミナス学院 6年目

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2. 黒い染み

前回のあらすじ

・ユリウス学院に戻る

・途中で何者かに襲われ、森に逃げる

・森の奥で屋敷を発見

馬車の揺れが、クラリスの思考を静かに揺さぶっていた。


窓の外には、春の光を浴びた草原が広がり、遠くで小鳥の声が微かに響いている。

けれど、その穏やかな景色とは裏腹に、胸の奥では小さなざわめきが止まらなかった。


膝の上には、一通の封筒。


差出人の名は記されていない。

ただ、簡潔な文面だけが、クラリスの視線を捉えて離さない。


“至急伝えたいことがある。森のあの場所で待つ”


クラリスは、指先で封筒の端をなぞりながら、深く息を吐いた。

(差出人は不明……でも、恐らくあの剣士だろう)


あれから、どれほどの時間を費やしただろう。


学院の図書館で古い記録を探し、王都の噂に耳を傾けた。

だが何一つ核心には触れられなかった。


英雄、魔法、制度の起源――すべてが霧の中。

だからこそ、この手紙は、暗闇に差し込む一筋の光に思えた。

(ちょうどいい……このままでは、何も進まない)


けれど、その光の奥に潜む影を、クラリスは感じ取っていた。

胸の奥で、言葉にならない不安が小さく芽を出している。


「……大丈夫よ」


馬車の窓から吹き込む春風が、銀髪を柔らかく揺らした。

その風は、希望と――わずかな不穏さを、同時に運んでいた。


*


馬車の車輪が、乾いた土を静かに踏みしめていく。

窓の外には、春の光を浴びた草原が広がり、淡い緑が風に揺れていた。


遠くで鳥の声が響き、空はどこまでも澄んでいる。

けれど、その美しさが、なぜか胸に重くのしかかる。


クラリスは、窓辺に手を添え、視線を外に向けた。

学院を出てからしばらく、何も考えずに景色を追っていた。


ふと、視界の端に異様なものが映る。

「……?」

道沿いに、黒い染みがいくつか点在していた。


乾いた土の上に、不自然なほど濃い黒。

まるで、何かがこぼれ落ちて染みになったような――そんな形。


クラリスは、身を乗り出し、窓から覗き込む。


染みは一つではない。二つ、三つ……いや、もっと。

道の先へと続くように、途切れ途切れに並んでいる。


胸の奥で、冷たいものが小さく芽を出した。

(……何? ただの泥じゃない。雨も降っていないのに、こんな跡が残るなんて)


「……気にしすぎね」

小さく呟き、視線を窓から外す。


だが、その言葉は、自分を安心させるためのものに過ぎなかった。

胸の奥で、不安は静かに膨らみ続けていた。


馬車は、黒い染みを過ぎ、さらに森へと近づいていく。

窓の外の緑が濃くなり、木々の影が長く伸びていた。


その影が、まるで何かを隠しているかのように――不穏な沈黙をまとっていた。


*


馬車がゆっくりと止まった。


窓の外には、深い緑に覆われたフォルセの森が広がっている。

学院の演習で訪れたことのある場所――けれど、今はまるで別世界のように見えた。


クラリスは、懐中時計をそっと閉じ、マントの裾を整える。


「ここで降ります」

御者にそう告げると、冷たい空気が頬を撫でた。


馬車を降りた瞬間、背後の静けさが妙に重く感じられる。

鳥の声は遠く、風の音さえも途切れがちだった。


(……こんなに静かだったかしら)

クラリスは、剣の柄に指先を添えながら、森の奥へと歩みを進める。


足元の土は湿り気を帯び、踏みしめるたびにわずかな音を立てた。

その音が、やけに大きく耳に響く。


記憶を頼りに、あの屋敷への道を辿る。

木漏れ日は細く、影は濃く、まるで何かを隠しているかのように絡み合っていた。


胸の奥で、不安が静かに膨らんでいく。


(……本当に、あの剣士が待っているのよね)

そう自分に言い聞かせながらも、背筋に冷たいものが走る。


やがて、視界の奥に古びた屋敷の輪郭が浮かび上がった。

苔むした壁、崩れかけた石畳、割れた窓――まるで時が止まったような静寂が、その場所を支配していた。


クラリスは、深く息を吸い込み、屋敷の前に立った。


だが――そこには、人影ひとつなかった。


屋敷の前に立ったクラリスは、しばらくその場に佇んだ。


風が止み、森のざわめきさえも消えている。

まるで、世界が息を潜めているかのような静けさだった。


「……誰もいないの?」

小さな声が、重い空気に吸い込まれていく。

クラリスは、屋敷の周囲を歩き始めた。


苔むした石畳を踏みしめる音が、やけに大きく耳に響く。

割れた窓、崩れかけた壁――どこを見ても、人の気配はない。


胸の奥で、不安が静かに膨らんでいく。

(本当に、ここで待っているはずだったのよね……?)


屋敷の裏手まで回り込んでも、剣士の姿は見えなかった。


その時――視界の端に、異様なものが映った。


屋敷の正面、扉の前。

乾いた土の上に、黒い染みが広がっている。


クラリスは、足を止め、ゆっくりと近づいた。

染みは一つではない。


よく見ると、二つ――並ぶように、地面に刻まれている。

胸の奥で、冷たいものが走った。


(……馬車の中から見たものと、同じ……)

指先が、無意識に震える。

染みの形は、不自然なほど濃く、乾いている。


まるで――血が地面に染み込んだ跡のように。


「……まさか」

声が、かすれていた。


剣士の姿はどこにもない。

ただ、この黒い染みだけが、重い沈黙の中で不気味に存在している。


胸の奥で、不安が恐怖へと変わっていく。

(ここで……何があったの?)


クラリスは、視線を屋敷に向けた。

割れた窓の奥は暗く、何も見えない。


だが、その闇が、何かを隠しているように思えてならなかった。


*


冷たい風が、屋敷の前でクラリスの頬をかすめた。

その瞬間、背筋にぞくりとした感覚が走る。


黒い染み――二つ並んだその跡が、まるで無言で何かを告げているようだった。


胸の奥で、不安が恐怖へと変わっていく。

剣士の姿はどこにもない。


ただ、重い沈黙と、不穏な痕跡だけが残されている。


(……ここにいてはいけない)

直感が、鋭い声となって心に響いた。


クラリスは、視線を屋敷の扉に向ける。

割れた窓の奥は暗く、何も見えない。


だが、その闇が、何かを潜ませているように思えてならなかった。


指先が、無意識に剣の柄を握りしめる。

だが、戦うためではない――逃げるためだ。


「……戻ろう、ここには何もない」

小さな声が、静寂に溶けて消える。


クラリスは、屋敷に背を向け、足早に森の道を戻り始めた。

湿った土を踏みしめる音が、やけに大きく耳に響く。


背後の闇が、じっとこちらを見つめているような錯覚に、心臓が早鐘を打った。

森の出口が見えたとき、冷たい風が再び吹き抜けた。


木々がざわめき、葉が舞う。

その音が、まるで誰かの囁きのように聞こえた。


クラリスは、振り返らなかった。

ただ、前だけを見て歩き続けた。


胸の奥で、重い予感が静かに膨らんでいく。

(剣士は……どこへ消えたの? あの黒い染みは――何?)


答えは、まだ闇の中。

だが、確かなことが一つだけあった。


私は何かに巻き込まれたのだ。


読んでくださりありがとうございます。


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