4. 英雄の剣
前回のあらすじ
・森に向かうよ
・英雄のことはあんまり覚えてないんだ
馬車の車輪が、乾いた土を静かに踏みしめる音を響かせながら止まった。
クラリスは、ゆっくりと窓を開け、外の空気を吸い込む。
春の風が頬を撫で、淡い草木の香りと、どこか冷たい湿り気を運んでくる。
目の前に広がるのは、深い緑に覆われたフォルセの森。
学院の演習が行われている場所、そして事故が起きた場所。
今、クラリスの視線の先には、奥へと続く暗い影が伸びている。
クラリスは、馬車を降りる。
足元の土は柔らかく、踏みしめるたびにわずかな音を立てる。
遠くで鳥の声が響くが、それはどこか不自然に途切れがちだった。
(……ここで、私は獣に襲われた、そしてセレナはひどい目にあった…)
記憶がよみがえる。
獰猛化した獣の咆哮、血の匂い、そして――薄れゆく意識の中で剣を振るった影。
あの剣士。
レイナ様の兄弟子であり、戦場で英雄と共に戦ったという男。
彼の痕跡が、この森に残っているかもしれない。
クラリスは、深く息を吸い込み、視線を奥へと向けた。
木々の間から差し込む光は、細く、頼りない。
その奥に何があるのか――誰も知らない。
「……今回は、奥まで行く」
小さな声が、静かな森に溶けて消える。
だが、その言葉には、揺るぎない決意が宿っていた。
足音が、湿った土を踏みしめる。
木々の影が、彼女を飲み込むように迫ってくる。
学院の演習で見た景色とは、まるで違う――
ここから先は、未知の領域。
クラリスは、剣の柄にそっと手を添えた。
(無駄骨でもいい。私は、知りたい――真実を)
*
クラリスの足音が、湿った土を静かに踏みしめる。
木々の影が濃くなり、差し込む光は細く、頼りない。
森の奥へ進むほど、空気は冷たく、重くなっていく。
(……この辺りだったはず)
微かな記憶を辿る。
獣の咆哮、血の匂い、そして――必死に逃げた足音。
あの時、意識が遠のく中で見た剣の閃き。
その影が、今も脳裏に焼き付いている。
(無駄骨でもいい。私は、知りたい――真実を)
木々の間を抜けると、視界がわずかに開けた。
そこには、苔むした岩と、折れた枝が散乱している。
まるで、何かが暴れた跡のように。
クラリスは、しゃがみ込み、指先で土をなぞった。
そこには、古い血痕のような黒い染みが残っていた。
時間が経ち、乾いているが――確かに、ここで何かがあった。
「……ここで、戦いが?」
小さな声が、森に吸い込まれる。
その瞬間――
背後で、枝が折れる音がした。
クラリスは、反射的に剣の柄に手をかけ、振り返る。
だが、そこには誰もいない。
風が木々を揺らし、葉が舞うだけ。
(……気のせい?)
胸の奥に冷たいものが走る。
だが、確かに――誰かの気配を感じた。
クラリスは、剣を抜き、静かに構えた。
森の奥に、何かが潜んでいる。
その気配は、獣ではない――
「……誰?」
声は、わずかに震えていた。
森の奥から、低い風の音が響く。
そして――影が、ゆっくりと動いた。
*
クラリスは、剣を構えたまま、森の奥を凝視した。
低い風の音が、木々を揺らし、葉が舞う。
だが、その中に――確かに、別の気配がある。
影が、ゆっくりと動いた。
木々の間に、黒い輪郭が揺れる。
人影――そう見えた瞬間、クラリスの心臓が強く脈打った。
「……誰?」
声は、わずかに震えていたが、瞳には恐れではなく、決意が宿っていた。
返事はない。
ただ、影が一歩、こちらへ踏み出す。
その足音は、湿った土を静かに踏みしめる音――重く、確かな音。
クラリスは、剣を握る手に力を込めた。
(……人?でも、なぜこんな場所に――)
影が、さらに近づく。
木漏れ日の隙間から、わずかに光が差し込み、銀の輝きがちらりと見えた。
剣――その影は、剣を持っている。
クラリスの胸に、あの日の記憶がよみがえる。
獣を斬り伏せた剣の閃き。
その剣筋――まさか。
「……あなたは――」
言葉が喉で絡まり、最後まで出ない。
その瞬間、影が立ち止まった。
距離は、わずか数歩。
顔はまだ見えない。
だが、低い声が、森の静寂を切り裂いた。
「――ここに来るとは、思わなかった。レイナの差し金か…」
クラリスの瞳が大きく見開かれる。
その声は、冷たく、深く、そしてどこか懐かしい響きを帯びていた。
風が強く吹き、木々がざわめく。
影の輪郭が、ゆっくりと光に溶けていく――
だが、その瞬間、クラリスの耳に届いたのは、鋭い金属音だった。
剣が抜かれる音。
クラリスは、反射的に構えを取り、息を呑む。
森の奥で、二つの影が対峙した。
静寂が、嵐の前のように張り詰める。
その刹那、影の輪郭が消えた。
次の瞬間、クラリスの背後で何かが倒れる音が聞こえた。
振り返ると、そこには、目の前にいたはずの影と横たわる獣の姿。
よく見ると異常に発達したその姿は、あの日見た獣と瓜二つだった。
そしてまた、あの時と同じように一撃で屠った目の前の影は振り向き、クラリスに声をかける。
「ここに来た理由を教えてもらおう、英雄の剣を継ぎし者よ」
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