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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第5章 王立ルミナス学院 4年目

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12. ハプニング

前回のあらすじ

・鉱山の現実

・運がなかった

視察が終わると、もう日が沈みかけていた。


クラリスは、馬車の前でマントの裾を整えていた。

ロジーナは記録用のノートを抱え、ルークとカイは荷物の確認をしている。


そのとき、ダリウスが足早に近づいてきた。

彼の顔には、少し緊張の色が浮かんでいた。

「クラリス様、出発前に一つだけ……」


クラリスは、彼の表情を見てすぐに察した。

「何か、問題でも?」


ダリウスは、周囲を一瞥してから声を低くした。

「最近、この辺りで山賊が出るようになりまして。鉱石を積んだ馬車や、王都からの使者を狙っているようです。まだ被害は大きくありませんが…」


ロジーナが、思わずノートを抱きしめるようにして身をすくめた。

「山賊……」


ルークは、腕を組みながら鼻を鳴らした。

「面倒な連中だな。まあ、来るなら来いって感じだけどな」


カイは、冷静に頷いた。

「警備は足りているのですか?」


「ええ、町の周辺には見張りを増やしています。ただ、山道まで人員を割けていません。どうか、十分にお気をつけて」

ダリウスは深く頭を下げた。


クラリスは、彼の言葉をしっかりと受け止めながら答えた。

「ご忠告感謝します」


ロジーナは、クラリスの言葉に少しだけ安心したように頷いた。

ルークは剣の柄に手を添え、カイは資料をしまいながら馬車に乗り込む。


馬車の車輪が、静かに動き出した。

鉱山町の人々が見送る中、クラリスたちは王都へと向かっていった。


*


馬車の車輪が、乾いた山道を静かに転がっていた。


夕陽は山の稜線に沈みかけ、空は赤く染まり始めている。

クラリスは、窓辺に座りながら、鉱山町での記憶を思い返していた。


坑道の奥で見た、煤にまみれた少年の背中。

数字に縛られ、夢を諦めた人々の声。


「……あの子、十一歳だったのよね」

クラリスがぽつりと呟いた。


ロジーナは、記録用のノートを膝に置きながら頷いた。

「はい。“運命力が低いから”って理由で、進学もできず、危険な作業に回されて……。書いていて、胸が苦しくて……」


「俺は、ああいう現場を見るのは初めてだった」

ルークが腕を組みながら言った。

「数字が高いからって、偉そうにしてる奴もいるけど……あれ見たら、何も言えねぇな」


クラリスは、ルークの言葉に少し驚いたように目を向けた。

「……そう思ってくれるだけで、あの人たちも救われる気がするわ」


「制度は、秩序を守るためにある。ただ…」

カイが、静かに資料を閉じながら言った。


馬車の中に、しばし沈黙が流れる。


そして、カイがふと顔を上げた。

「……前から、疑問に思っていたんだが」

クラリス、ロジーナ、ルークが彼に視線を向ける。


「運命力が高い人は“運がいい”と教わってきた。制度のきっかけも、英雄たちの生存率の高さだった。だから、数字が高い人は危険を避けられる――そういう理屈だったはずだ」


クラリスは、静かに頷いた。

「ええ。私もそう教わったわ」


「でも、今回の鉱山のような危険が伴う場所では、むしろ“運がいい人”がやったほうが、事故は減るんじゃないか?」


カイの声には、理論的な冷静さと、わずかな熱が混ざっていた。

「ただ現実は危険な作業は“運命力が低い人”がやっている。なんか……おかしくないか?」


彼の言葉が、馬車の空気を変えた。

クラリスは、何かを言おうとした。


その瞬間――


馬車が、急に止まった。


「……っ!?」

ルークがすぐに剣に手を伸ばす。


「何かあったの!?」

ロジーナが、ノートを抱きしめながら身をすくめる。


馬車の外から、低い声が響いた。

「降りろ。荷を置いていけ」

その声は、複数。周囲を囲む気配。


「山賊……!」

カイが、窓の外を見ながら呟いた。

クラリスは、マントの裾を翻し、すぐに馬車の扉を開けた。

「ルーク、援護をお願い!」

「任せろ!」

ルークが飛び出し、剣を抜いた。

カイは、馬車の中で弓を構え始める。


ロジーナは、震えながらもノートをしまい、クラリスの後を追った。


夕陽の中、馬車の周囲には十数人の山賊が立っていた。

その瞳には、容赦のない欲望が宿っていた。


クラリスは、剣を抜き、構えた。


「……来なさい。私は、逃げない」

そして、戦いが始まった――。


*


「嬢ちゃんが剣を持ってるとはな。面白ぇ!」

その言葉と同時に、戦いが始まった。


ルークが先陣を切り、二人の山賊を一気に斬り伏せる。

その剣筋は鋭く、力強い。


クラリスは、横から回り込んできた敵を受け止め、反撃に転じる。

彼女の剣は、守るための剣――だが、今は迷いがなかった。


カイの矢が、正確に敵の足元を狙い、動きを封じる。

「クラリス、右!」


彼の声が、冷静に戦況を伝える。


ロジーナは、馬車の陰から様子をうかがっていたが、

クラリスが一瞬囲まれかけたのを見て、思わず叫んだ。

「クラリス様、危ない!」


その声に、クラリスが振り返る。

一瞬の隙――山賊の刃が、彼女に向かって振り下ろされる。


「しまっ――」


「伏せろ!」

聞き慣れた、鋭く力強い声が響いた。


次の瞬間――


銀の閃光が走り、山賊の刃が空を切る。

クラリスの前に、深紅のマントが翻った。


「師匠……!」

クラリスが目を見開く。


レイナ・ヴァルシュタイン。

王国騎士団副団長。

その剣は、迷いなく山賊を斬り伏せていた。


「油断するな。まだ終わってない」

レイナの声は冷静で、しかし確かな威圧感を帯びていた。


山賊たちは、レイナの登場に動揺し、後退を始める。

その隙を逃さず、ルークとクラリスが追撃に転じる。

カイの矢が、最後の一人の足元を射抜き、動きを止めた。


そして――


戦いは、終わった。


夕陽の中、静寂が戻る。

馬車の周囲には、倒れた山賊たちと、立ち尽くす4人の姿。


クラリスは、剣を収めながら、レイナに向き直った。

「……ありがとうございます、師匠」


レイナは、クラリスの肩に手を置き、静かに言った。

「よくやった。だが、油断は命取りになる。忘れるな」


*


そのころ――


王立ルミナス学院の回廊では、ミレーユ・クローディアが上機嫌で歩いていた。

栗色の髪を揺らしながら、唇に笑みを浮かべている。


「せっかく象徴が行くんだもの。何も起こらないわけないじゃない」

彼女は、誰にともなく呟いた。


その瞳には、何かを企むような光が宿っていた。

(ハプニングは起きるものじゃなくて、起こすものなのよ。クラリス。)


読んでくださりありがとうございます。


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