12. ハプニング
前回のあらすじ
・鉱山の現実
・運がなかった
視察が終わると、もう日が沈みかけていた。
クラリスは、馬車の前でマントの裾を整えていた。
ロジーナは記録用のノートを抱え、ルークとカイは荷物の確認をしている。
そのとき、ダリウスが足早に近づいてきた。
彼の顔には、少し緊張の色が浮かんでいた。
「クラリス様、出発前に一つだけ……」
クラリスは、彼の表情を見てすぐに察した。
「何か、問題でも?」
ダリウスは、周囲を一瞥してから声を低くした。
「最近、この辺りで山賊が出るようになりまして。鉱石を積んだ馬車や、王都からの使者を狙っているようです。まだ被害は大きくありませんが…」
ロジーナが、思わずノートを抱きしめるようにして身をすくめた。
「山賊……」
ルークは、腕を組みながら鼻を鳴らした。
「面倒な連中だな。まあ、来るなら来いって感じだけどな」
カイは、冷静に頷いた。
「警備は足りているのですか?」
「ええ、町の周辺には見張りを増やしています。ただ、山道まで人員を割けていません。どうか、十分にお気をつけて」
ダリウスは深く頭を下げた。
クラリスは、彼の言葉をしっかりと受け止めながら答えた。
「ご忠告感謝します」
ロジーナは、クラリスの言葉に少しだけ安心したように頷いた。
ルークは剣の柄に手を添え、カイは資料をしまいながら馬車に乗り込む。
馬車の車輪が、静かに動き出した。
鉱山町の人々が見送る中、クラリスたちは王都へと向かっていった。
*
馬車の車輪が、乾いた山道を静かに転がっていた。
夕陽は山の稜線に沈みかけ、空は赤く染まり始めている。
クラリスは、窓辺に座りながら、鉱山町での記憶を思い返していた。
坑道の奥で見た、煤にまみれた少年の背中。
数字に縛られ、夢を諦めた人々の声。
「……あの子、十一歳だったのよね」
クラリスがぽつりと呟いた。
ロジーナは、記録用のノートを膝に置きながら頷いた。
「はい。“運命力が低いから”って理由で、進学もできず、危険な作業に回されて……。書いていて、胸が苦しくて……」
「俺は、ああいう現場を見るのは初めてだった」
ルークが腕を組みながら言った。
「数字が高いからって、偉そうにしてる奴もいるけど……あれ見たら、何も言えねぇな」
クラリスは、ルークの言葉に少し驚いたように目を向けた。
「……そう思ってくれるだけで、あの人たちも救われる気がするわ」
「制度は、秩序を守るためにある。ただ…」
カイが、静かに資料を閉じながら言った。
馬車の中に、しばし沈黙が流れる。
そして、カイがふと顔を上げた。
「……前から、疑問に思っていたんだが」
クラリス、ロジーナ、ルークが彼に視線を向ける。
「運命力が高い人は“運がいい”と教わってきた。制度のきっかけも、英雄たちの生存率の高さだった。だから、数字が高い人は危険を避けられる――そういう理屈だったはずだ」
クラリスは、静かに頷いた。
「ええ。私もそう教わったわ」
「でも、今回の鉱山のような危険が伴う場所では、むしろ“運がいい人”がやったほうが、事故は減るんじゃないか?」
カイの声には、理論的な冷静さと、わずかな熱が混ざっていた。
「ただ現実は危険な作業は“運命力が低い人”がやっている。なんか……おかしくないか?」
彼の言葉が、馬車の空気を変えた。
クラリスは、何かを言おうとした。
その瞬間――
馬車が、急に止まった。
「……っ!?」
ルークがすぐに剣に手を伸ばす。
「何かあったの!?」
ロジーナが、ノートを抱きしめながら身をすくめる。
馬車の外から、低い声が響いた。
「降りろ。荷を置いていけ」
その声は、複数。周囲を囲む気配。
「山賊……!」
カイが、窓の外を見ながら呟いた。
クラリスは、マントの裾を翻し、すぐに馬車の扉を開けた。
「ルーク、援護をお願い!」
「任せろ!」
ルークが飛び出し、剣を抜いた。
カイは、馬車の中で弓を構え始める。
ロジーナは、震えながらもノートをしまい、クラリスの後を追った。
夕陽の中、馬車の周囲には十数人の山賊が立っていた。
その瞳には、容赦のない欲望が宿っていた。
クラリスは、剣を抜き、構えた。
「……来なさい。私は、逃げない」
そして、戦いが始まった――。
*
「嬢ちゃんが剣を持ってるとはな。面白ぇ!」
その言葉と同時に、戦いが始まった。
ルークが先陣を切り、二人の山賊を一気に斬り伏せる。
その剣筋は鋭く、力強い。
クラリスは、横から回り込んできた敵を受け止め、反撃に転じる。
彼女の剣は、守るための剣――だが、今は迷いがなかった。
カイの矢が、正確に敵の足元を狙い、動きを封じる。
「クラリス、右!」
彼の声が、冷静に戦況を伝える。
ロジーナは、馬車の陰から様子をうかがっていたが、
クラリスが一瞬囲まれかけたのを見て、思わず叫んだ。
「クラリス様、危ない!」
その声に、クラリスが振り返る。
一瞬の隙――山賊の刃が、彼女に向かって振り下ろされる。
「しまっ――」
「伏せろ!」
聞き慣れた、鋭く力強い声が響いた。
次の瞬間――
銀の閃光が走り、山賊の刃が空を切る。
クラリスの前に、深紅のマントが翻った。
「師匠……!」
クラリスが目を見開く。
レイナ・ヴァルシュタイン。
王国騎士団副団長。
その剣は、迷いなく山賊を斬り伏せていた。
「油断するな。まだ終わってない」
レイナの声は冷静で、しかし確かな威圧感を帯びていた。
山賊たちは、レイナの登場に動揺し、後退を始める。
その隙を逃さず、ルークとクラリスが追撃に転じる。
カイの矢が、最後の一人の足元を射抜き、動きを止めた。
そして――
戦いは、終わった。
夕陽の中、静寂が戻る。
馬車の周囲には、倒れた山賊たちと、立ち尽くす4人の姿。
クラリスは、剣を収めながら、レイナに向き直った。
「……ありがとうございます、師匠」
レイナは、クラリスの肩に手を置き、静かに言った。
「よくやった。だが、油断は命取りになる。忘れるな」
*
そのころ――
王立ルミナス学院の回廊では、ミレーユ・クローディアが上機嫌で歩いていた。
栗色の髪を揺らしながら、唇に笑みを浮かべている。
「せっかく象徴が行くんだもの。何も起こらないわけないじゃない」
彼女は、誰にともなく呟いた。
その瞳には、何かを企むような光が宿っていた。
(ハプニングは起きるものじゃなくて、起こすものなのよ。クラリス。)
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