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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第5章 王立ルミナス学院 4年目

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10. 鉱山へ

前回のあらすじ

・第二王子は心配なようです

・妹に話を聞きに行きます

王立ルミナス学院の朝は、夏の終わりを告げる風に包まれていた。


石畳の回廊には、色褪せ始めた花々が揺れる。

空には秋の気配を含んだ薄雲が浮かんでいる。


虫の声は遠く、代わりに涼やかな虫の音が耳に届くようになっていた。


クラリスは、生徒会室の窓辺に立ち、遠くの塔を見つめていた。

その瞳には、妹セレナの姿が浮かんでいる。


(セレナ……笑顔は戻ってきたけれど。ユリウス様が言っていた通り、まだ何かを抱えているのかもしれない)


「クラリス様、準備できました」

ロジーナ・エルスが、資料の束を抱えて生徒会室に入ってきた。

制服のマントを整え、記録用のノートをしっかりと抱えている。


「ありがとう、ロジーナ。……今回は、少し様子が違うわね」

クラリスは、窓から目を離し、ロジーナに微笑みかける。


「はい。鉱山町は、治安があまり良くないと聞いています。だからこそ、記録は確実に残さないと」


そのとき、扉が開き、ルークとカイが姿を現した。

「おーい、出発するぞ。女だけで行くのは流石にまずいって言われて、俺たちが同行することになったんだ」

ルークは腕を組みながら、少し面倒くさそうに言う。


「学院側の判断だ。鉱山町は、制度導入後も不満が多く、暴動になりかけたこともあったと記録されている。君たちが行くなら、警護は必要だ」

カイは冷静に言いながら、視線を資料に落とす。


クラリスは、二人に向かって軽く頭を下げた。

「ありがとう。心強いわ。……ところでミレーユさんは?」


「『今回はパス。鉱山なんて埃っぽいし、面白くなさそう』だとよ」

ルークが肩をすくめる。


クラリスは、少しだけ笑みを浮かべた。

「彼女らしいわね」


ロジーナが、記録用のノートを開きながら言った。

「労働の現場にどう影響しているか。ちゃんと記録します」


クラリスは、マントの裾を整えた。

「行きましょう」


学院の門が開かれ、馬車が静かに待っていた。


クラリスは、セレナのことを胸に残しながらも、視察という責務に向かって歩き出した。


*


馬車の車輪が、乾いた石畳を静かに転がっていく。


窓の外には、夏の終わりを告げる風が吹き抜け、色褪せた草花が揺れていた。

遠くには、うっすらと秋の雲が浮かび、空はどこか高く感じられる。


クラリスは、窓辺に座りながら、静かに外を見つめていた。


「……鉱山町って、どんなところなんでしょうね」

ロジーナが、記録用のノートを膝に置きながら口を開いた。

「制度が導入されてから、作業の割り振りが数字で決まるようになったって聞きましたけど……」


「危険な作業に回されるのは、運命力が低い奴らだろ」

ルークが、腕を組んだまま少し不機嫌そうに言う。

「それって、ある意味当然じゃないか?数字が高い奴が危ない仕事するのは、効率悪いし」


「それは制度の理屈としては正しいが、実際はどうなんだろうか」

カイが、資料をめくりながら冷静に言葉を継ぐ。

クラリスは、窓から目を離し、三人の顔を見渡した。

「私は、制度を否定するつもりはないわ。でも、この目で見たいのよ。実際に起きていることを」


ロジーナは、クラリスの言葉に頷きながら言った。

「記録することとしては、どういうことが起きていたかと、実際の当事者の声も残す予定です」


ルークは、少しだけ目を伏せてぼそりと呟いた。

「……俺は、数字が高いからって、偉いと思ったことはない。でも、周りがそう見るんだよな。だから、黙って剣を振ってる方が楽なんだ」


クラリスは、ルークの言葉に少し驚いたように目を向けた。

「……それでも、あなたは守ってくれる。だから、私は安心して行けるの」


ルークは、照れくさそうに顔をそらした。

「……まあ、任せとけよ」


カイは、視線を資料からクラリスに移しながら言った。

「講演会、どうするつもりだ?農村、港町、そして鉱山。三つの視察を終えた君の言葉は、制度の象徴としてだけでなく、王国の未来に影響を与える」


「……私は、見たこと、聞いたこと、感じたことを、全部話すつもり。制度の中で生きる人たちの“現実”を、隠さずに」


ロジーナは、クラリスの横顔を見つめながら、静かに言った。

「それが、クラリス様らしいです」


馬車の窓から、遠くに山の影が見えてきた。

鉱山町は、もうすぐそこだ。


*


馬車の車輪が、乾いた土の道をゆっくりと進んでいく。


石畳の王都とは違い、鉱山町の道は荒れていて、ところどころに岩が転がっていた。

空には秋の気配を含んだ雲が浮かび、風は冷たく、土の匂いを運んでくる。


「……着いたみたいですね」

ロジーナが、窓の外を見ながら呟いた。


その声には、わずかな緊張が滲んでいる。


クラリスは、マントの裾を整えながら馬車を降りた。


目の前に広がるのは、灰色の岩肌に囲まれた町。

建物は石造りで、どこか無骨な印象を与える。


遠くには、煙を上げる坑道の入り口が見えた。


町の空気は重く、静かだった。

市場の賑わいもなければ、子どもたちの笑い声もない。

代わりに聞こえるのは、鉱石を砕く鈍い音と、風に混じる金属の匂い。


「……なんか、空気が違うな」

ルークが、眉をひそめながら周囲を見渡す。

「まるで別世界だ」


「ここは、制度の影響が最も“直接的”に現れる場所かもしれない」

カイが、冷静に言葉を継ぐ。


「労働の割り振り、危険度、待遇――すべてが数字で決まる」

クラリスは、町の入り口に立つ人物に目を留めた。


粗末な制服を着た中年の男性が、こちらに向かって歩いてくる。

彼の顔には、歓迎の笑みはなく、どこか警戒と疲労が滲んでいた。


「王都からお越しの方々ですね。鉱山管理局の副責任者、ダリウスと申します」

彼は、形式的に頭を下げたが、その動きはぎこちない。


「クラリス・ヴェルディアです。制度の視察で参りました」

クラリスは丁寧に一礼し、ロジーナが記録用のノートを開く。


「……正直、こういう視察は久しぶりです。制度が導入されてから、王都の方々は“数字”だけを見て判断するようになった。現場の声を聞きに来る人は、ほとんどいませんでした」


その言葉に、クラリスは静かに頷いた。

「だからこそ、私は来ました。いまそこにある“声”を聞くために」


ダリウスは、クラリスの瞳を見つめ、少しだけ表情を緩めた。

「……分かりました。では、まずは鉱山の作業現場をご案内します。制度がどう運用されているか、実際にご覧いただいた方が早いでしょう」


クラリスたちは、彼の案内に従って、町の奥へと歩き出した。

坑道の入り口が、ゆっくりと近づいてくる。


その背後では、数人の鉱山労働者たちが、無言でクラリスたちを見つめていた。

その視線には、羨望でも憧れでもない――ただ、遠いものを見るような、冷めた光が宿っていた。


クラリスは、その視線を受け止めながら、歩みを止めなかった。


読んでくださりありがとうございます。


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