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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第5章 王立ルミナス学院 4年目

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8. 港町にて

前回のあらすじ

・港町への道中

・妹へ急接近


青く澄み渡る空の下、潮風が吹き抜ける。

遠くからカモメの鳴き声が響いてくる。

王都とは違う風景がそこにはあった。


クラリスは、馬車の窓からその景色を見つめている。

銀髪が風に揺れ、瞳には静かな好奇心が宿っている。


「……着いたのね」

彼女は懐中時計の蓋をそっと閉じ、マントの裾を整えながら馬車を降りた。


ロジーナ・エルスが、記録用のノートを抱えて後に続く。

「潮の香り……王都とはまるで違いますね。風が気持ちいいです」


「でも、ここにあるものは、あまり気分がいいとは言えないかもしれない」

クラリスは、港の方へ視線を向ける。


そこには、活気ある市場が広がっていた。


元気よく魚を売る声。

荷を運ぶ船員たち。

異国の商人が並べる珍しい品々。

色とりどりの布、香辛料、そして見たことのない果物。


ミレーユ・クローディアが、涼しい笑みを浮かべながら言った。

「ふふ、まるで舞台の幕が上がったみたい。クラリスさん、今日はどんな“物語”を見せてくれるのかしら」


クラリスは、港の喧騒の中に目を凝らす。

その奥に、制度の影が潜んでいる気がしてならなかった。

「まずは、港の管理局へ行きましょう。制度導入前後で、どういう変化があったのか。話を聞きたい」


ロジーナは頷き、ノートをしっかり握りしめる。


ミレーユは、軽やかに歩きながら言った。

「じゃあ、案内は私に任せて。こういう場所、意外と得意なのよ」


港町の石畳を踏みしめながら、クラリスたちは歩き出した。


*


港の喧騒を抜け、クラリスたちは石造りの建物の前に立っていた。


それは港の管理局――この町の物流と制度運用の中心を担う場所だった。


扉を開けると、潮風の匂いと紙の香りが混ざった空気が流れ込む。

中には帳簿が積まれ、制服姿の職員たちが忙しなく動いていた。


「ようこそ、王都よりお越しの皆様」

出迎えたのは、管理局長のマルセルという中年の男性。

礼儀正しく頭を下げながらも、どこか緊張した面持ちだった。


「クラリス・ヴェルディアと申します。制度について、現場の声を伺いたくて参りました」

クラリスは丁寧に一礼し、ロジーナが記録用のノートを開く。


「わざわざご苦労様です。制度導入後、港町は大きく変わりました」

マルセルは、壁に掛けられた地図を指しながら説明を始める。

「高い運命力を持つ者は、交易管理や船舶運用の責任者に任命されるようになりました。町の効率は飛躍的に向上しました。王都との連携も強まり、経済的にも潤っています」


「それは素晴らしい成果ですね」


ロジーナが記録を取りながら頷く。


「ですが……」


クラリスは、帳簿の端に目を留めた。

「この欄、“適性なし”というのは?」


マルセルの表情がわずかに曇る。

「制度導入後から、運命力が一定以下の者は、船に乗ることができません。事故防止と効率化のためですし、彼らは港の雑務や荷運びに回されています」


クラリスは、静かに息を吐いた。

「なりたかった人もいたのでは?」


「……はい。代々漁師の家系の少年もいました。ですが、制度により“適性なし”と判断され、今は倉庫番です」


ロジーナが、ペンを握る手を止める。

「それは……制度の“恩恵”の裏にあるもの…」


ミレーユは、涼しい顔で言った。

「でも、制度がなければ混乱していたかもしれない。実際に事故は減って、効率は上がっているのでしょう?多少の犠牲は仕方ないんじゃない?」


クラリスは、ミレーユの言葉に目を向けながら、静かに答えた。

「犠牲を“仕方ない”で済ませてしまえば、制度はただの枷になる。私は、そうはしたくない」


マルセルは、少しだけ目を伏せた。

「……クラリス様のような方が、制度の象徴であることを、少しだけ救いに感じます」


クラリスは、その言葉をしっかりと受け止めるようにうなずいた。

(数字だけでは見えないものが、ここにもある。私は、それを見逃さない)


そのとき、窓の外で、黒い外套の人物の姿が一瞬だけ写る。

港の倉庫の影――誰にも気づかれないように、ただじっと、クラリスたちを見つめていた。


*


港の管理局を後にしたクラリスたちは、再び市場の通りへと戻っていた。

夕方の光が石畳を赤く染め、潮風が香辛料の匂いを運んでくる。


「少し歩きましょう。町の空気を、肌で感じたい」

クラリスはそう言って、市場の奥へと足を向けた。


ロジーナは記録用のノートを抱えながら、ミレーユは涼しい顔でその後を歩く。


通りの一角、異国の旗を掲げたテントが目に留まった。

鮮やかな布地、見慣れない文字、そして異国の言葉が飛び交っている。


「ここは……?」

クラリスが足を止めると、テントの中から一人の商人が姿を現した。

褐色の肌に金の刺繍が施された衣装を纏い、瞳には穏やかな光が宿っている。


「おや、王都の方ですか?ようこそ、東方商連の交易所へ」

流暢な王国語で、彼は微笑んだ。


「クラリスと申します。制度の視察で港町を訪れています」

クラリスが礼をすると、商人は少しだけ首を傾げた。


「制度……ああ、この国の人が気にしている数字のことですね。私の国では、あまり馴染みがありません」


その言葉に、クラリスは目を見開いた。

「馴染みが……ない?」


「ええ。我々の国では、数字で人を測ることはありません。商人も船乗りも、実力と信頼で選ばれます。数字は、記録には使いますが、人の価値には使えません」


ロジーナが、驚いたようにノートを見つめる。

「制度が……ないんですか?」


「ありませんよ。もちろん、大変ですよ。でも、誰もが挑戦できる。失敗しても、またやり直せる。それが我々の流儀ですから」


クラリスは、潮風に吹かれながら、商人の言葉を噛みしめた。

(制度がない世界……そこでは、誰もが“挑戦”できる)


「それは……素晴らしいですね」

クラリスの声は、少しだけ震えていた。

「でも、王国では制度が秩序を守っています。数字があるからこそ、安定している部分もある」


商人は、静かに頷いた。

「秩序は大切です。でも、秩序の中で“夢”を諦めなければならないなら、それは本当に正しいのでしょうか?」


その言葉に、クラリスは何も言えなかった。


ミレーユが、少しだけ肩をすくめて言った。

「理想論ね。でも、あなたの国ではそれが成り立っているのなら……それも一つの答えなのかもしれないわ」


商人は、笑みを浮かべながら言った。

「制度がある国も、ない国も、それぞれの道を歩いています。大切なのは、どちらが“正しい”かではなく、どちらが“人を幸せにするか”です。それに…」


商人は改めてクラリスのほうを見る。

「どんなことにも、いいところと悪いところはありますから」


読んでくださりありがとうございます。


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また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

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