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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第5章 王立ルミナス学院 4年目

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7. 潮風に揺られて

前回のあらすじ

・メリットとデメリット

・クラリスは悪いところしか見ていない

夏の気配が近づく頃。


王都から港町へ向かう馬車の中には、柔らかな陽光が差し込んでいた。

窓の外には緑の丘が広がり、遠くには海の気配が感じられる。


クラリスは、窓辺に座りながら、資料を静かにめくっていた。

銀髪は軽く編み込まれ、制服のマントが揺れている。


その隣では、ロジーナ・エルスが記録用のノートを抱えている。

少し緊張した面持ちで座っていた。


向かいの席には、ミレーユ・クローディアが優雅に腰掛けている。

栗色の髪を揺らしながら、涼しい笑みを浮かべていた。

「クラリスさん、今回行く港町と、次回の鉱山の視察が終わったら、ちょっとした“講演会”を開いてもらう予定なの。学院の講堂でね」


クラリスは、驚いたように顔を上げた。

「講演会……ですか?どうしてまた急に…」


「ええ。あなたの視察は、制度の象徴としても意味があるもの。だから、学院生や貴族、王国の上層部を集めて、あなたの言葉で“今の制度”を語ってもらいたいの。失敗はできないわ」


ロジーナは、目を輝かせながら身を乗り出した。

「それってすごいことですよね!記録係として、ちゃんとまとめておきます!」


クラリスは、少しだけ考え込んだあと、静かに頷いた。

「……分かりました。私の言葉で、見てきたことをありのまま、伝えます。制度の中で生きる人たちの声を、届けたいから」


ミレーユは、満足げに微笑んだ。

「それでこそ、クラリス・ヴェルディア。制度の象徴としてだけじゃなく、“語る者”としても、あなたはふさわしいわ」


そのとき、馬車の窓からふわりと風が吹き込んだ。

ほんのりと磯の香りを含んだその風は、遠くの海が近づいていることを知らせていた。


クラリスは、そっと目を閉じた。


(潮の香り……もうすぐ、港町)


馬車は、港町へ向かって走り続けていた。


*


一方そのころ。


学院の中庭には、夏の気配を含んだ風が吹いていた。

紅葉の季節とは違う、緑の濃さと陽射しの強さが、季節の移ろいを感じさせる。


セレナ・ヴェルディアは、制服の袖を整えながら、静かに石畳の回廊を歩いていた。

演習の後、少しずつ日常を取り戻しつつある彼女は、こうして一人で散歩する時間を大切にしていた。


(姉様は今ごろ、港町か……)

(私も、もっと強くならなきゃ)


そんなことを考えていたときだった。


「セレナ」

静かな声が、背後から響いた。


振り返ると、白金の髪を揺らす少年――レオニス・グランフェルドが立っていた。

完璧な制服姿、整った姿勢。けれど、その瞳はどこか柔らかさを帯びていた。


「レオニス様……」

セレナは、少し驚いたように立ち止まる。


「一人で散歩か?」


「はい。少し、気分転換に……」

セレナは、視線を落としながら答えた。


レオニスは、彼女の隣に並ぶように歩き出す。

「学院の空気にも、ようやく慣れてきたようだな」


「……はい。まだ少し怖いこともありますけど、でも……頑張ってます」

セレナは、少しだけ笑った。


「君は、強い」

レオニスの言葉は、静かだったが、どこか確信に満ちていた。

「去年のことを乗り越えて、こうして前を向いている。それだけで、十分だ」


セレナは、驚いたように彼を見上げた。

「……ありがとうございます。そんなふうに言ってもらえるなんて」

「君は、誰かのために動ける人間だ。だからこそ、これからも変わらないでいてほしい」


レオニスは、ふと空を見上げた。

「制度の中で生きることは、時に苦しい。だが、君のような存在がいることで、救われる者もいる」


セレナは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。

「……私、まだ何もできていないけど。姉様みたいにはなれないけど……」


「君は、君のままでいい」

レオニスは、はっきりとそう言った。


その言葉に、セレナは小さく頷いた。


*


学院の回廊の影。

陽射しが差し込む中庭とは対照的に、そこはひんやりとした静けさに包まれていた。


ユリウス・グランフェルドは、壁に背を預けたまま、遠くに見える二人の姿を見つめていた。


セレナと――兄、レオニス。


(……兄上が、セレナと話している)

(どうして……?)


二人の距離は近すぎるわけではない。

けれど、セレナの表情は柔らかく、どこか安心しているように見えた。


ユリウスの胸に、言葉にならないざわめきが広がる。

(僕が……守ったはずなのに)

(あの時、命を懸けて庇ったのに……)


彼は、拳を握りしめた。

けれど、それは怒りではなかった。


ただ、どうしていいか分からない、居場所のない感情だった。


(セレナに、どう接すればいいのか分からない)

(あれ以来、僕は……彼女の前で、何も言えなくなった)


演習の事故以来、ユリウスは学院を離れ、王宮で療養していた。

身体は回復した。だが、心はまだ、あの日のままだった。


セレナの瞳に映るのが、自分ではなく兄だったことが、ただ――少しだけ、痛かった。


(兄上は、制度の象徴を守る者。僕とは違う)

(でも……セレナは、僕のことをどう思っているんだろう)


ユリウスは、そっと回廊の影から離れた。

足音を立てず、誰にも気づかれないように。


(今は、まだ話しかけられない)

(でも、いつか――前みたいに)


彼の背中に、夏の風が静かに吹き抜けた。

その風は、彼の心の揺らぎを、そっと包み込むようだった。



読んでくださりありがとうございます。


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また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

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