3. 地方視察の準備
前回のあらすじ
・生徒会始動
・セレナが浮いてるらしい
クラリスは、静かな生徒会室で地図を広げていた。
その指先は、王国の地図の上をゆっくりと滑っていた。
「……ここね」
クラリスは、地図の南部を指差した。
「農村地帯。制度の影響が一番分かりやすいと思う。特に、制度に恵まれなかった人たちの日々の生活、暮らしがどう変わったのか、実際に見たいの」
ロジーナは、クラリスの隣で資料を抱えながら頷いた。
「クラリス様、記録係として私も同行させてください。現場の声を、きちんと残したいです」
クラリスは、ロジーナの瞳を見つめ、静かに微笑んだ。
「ありがとう、ロジーナ。あなたがいてくれると心強いわ」
机の上には、候補地のリストが並んでいる。
農村、鉱山町、港町――それぞれに、制度の影響が異なる。
「鉱山町も気になるわね。労働環境がどう変わったのか……悪影響がないといいけど」
クラリスは、指先で北部の鉱山地帯をなぞった。
「港町は、そもそも影響がでているのでしょうか。」
ロジーナは、地図の端にメモを取りながら言った。
「目的は、実際に見て、知ること。そして、人々の声を記録することですね」
クラリスは、懐中時計の蓋をそっと開き、秒針の音に耳を澄ませた。
「数字だけじゃない価値を、見たいの。制度の中で生きる人たちが、何を感じているのか。それを知ることが、私の責務だと思う」
ロジーナは、クラリスの横顔を見つめながら、静かに言った。
「クラリス様は、もう十分“象徴”じゃなく、人の希望になってます」
クラリスは、少しだけ目を伏せてから微笑んだ。
「そうなれたらいいわね……」
そのとき、扉が軽やかに開いた。
「ふふ、面白そうな話をしているじゃない」
ミレーユ・クローディアが、優雅な足取りで入室してきた。
栗色の髪が春の光を受けてきらめいている。
彼女は涼しい笑みを浮かべている。
「地方に行くの?広報効果もあるし、私も協力してあげるわ」
クラリスは、少しだけ眉を動かした。
「これは、遊びに行くんじゃなくて、制度の現実を見るためのものよ」
ミレーユは、肩をすくめて笑った。
「分かってるわ。でも、あなたが行くってことは、どんな場も注目されるのよ。象徴だもの。それを利用しない手はないでしょう?」
クラリスは、地図を見つめながら静かに答えた。
「……注目されるのは構わない。でも、あまり仰々しいものにはしたくない。あくまで、普段の様子が見たいの」
ミレーユは、軽やかに笑いながら椅子に腰を下ろした。
「いいわ。じゃあ、私もその“目的”に乗ってあげる」
春風が窓から吹き込み、地図の端をふわりと揺らした。
その音が、三人の決意を静かに包み込んでいた。
*
ミレーユは、生徒会室を出て、学院の長い回廊を歩いていた。
栗色の髪が夕陽を受けて淡く輝いている。
その足取りは軽やかだった。
その背後から、静かな声が響く。
「ミレーユ」
振り返ると、白金の髪を揺らす少年――レオニス・グランフェルドが立っていた。
その視線は、まっすぐにミレーユを捉えている。
「レオニス様。珍しいわね、こんなところで。どうしたの?」
ミレーユは、涼しい笑みを浮かべながら歩みを止めた。
「クラリスの活動について、聞いてきたんだろう?」
レオニスの声は低く、感情を抑えていた。
「ええ、面白い試みじゃない?広報効果もあるし、制度の印象を良くするチャンスよ。象徴がわざわざ見に来るんですもの。みんな張り切るわ」
ミレーユは、軽い調子で答える。
「制度の印象を良くすることは重要だ。だが、秩序を乱す可能性がある」
レオニスの瞳が、わずかに鋭さを増す。
「クラリスは、制度の象徴だ。その行動が逸脱すれば、制度そのものが揺らぐ」
ミレーユは、肩をすくめて笑った。
「あなたって、本当に真面目ね。でも、クラリスさんはただ見てまわりたいだけよ。普段の生活を。それが、制度を壊すことに繋がるの?」
レオニスは、しばらく黙っていた。
そして、静かに言った。
「……制度は、必ず守らなければならない。それがこの国で暮らすうえで最も大事なことだ」
*
ミレーユの足音が遠ざかる。
回廊に再び静寂が戻った。
レオニスは、窓辺に立ち、夕陽に染まる学院の塔を見上げていた。
白金の髪が淡い光を受けて輝き、その横顔には、冷たい決意が宿っている。
「クラリス……」
低く、誰にも届かない声が、回廊に溶けていく。
「君は危うい。制度の象徴である以上、逸脱は許されない」
レオニスの瞳は、遠くの塔を射抜くように鋭かった。
彼は、懐から小さな銀の通信端末を取り出した。
その表面には、王家の紋章が刻まれている。
指先が、冷たい金属を静かに撫でる。
「……報告する必要があるな」
その声は、淡々としていたが、底には冷徹な響きがあった。
「クラリスの行動は、制度の秩序を揺るがしかねない。母上も動くだろう」
レオニスは、端末を閉じ、マントの裾を翻して歩き出した。
その足音は、静かでありながら、確かな決意を刻んでいた。
夕陽が学院の塔を赤く染める中、彼の影は長く伸び、回廊の奥へと消えていった。
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