11. 真実は闇の中
前回のあらすじ
・真相
・闇が動き出す
王立ルミナス学院の訓練棟を出たクラリスは、制服のマントを翻しながら、医療棟へと急ぎ足で向かっていた。
レイナから聞かされた事故の詳細が、頭の中で何度も繰り返される。
(セレナが……ユリウス様が……)
フォルセの森で起きた“事故”は、もはや偶然とは思えなかった。
模擬戦中に本物の剣が使われ、ユリウスが庇って重傷を負い、そして――目の前で人が殺された。
クラリスは拳を握りしめた。
妹の瞳に、あの光景が焼き付いてしまったのだとしたら――。
医療棟の扉を開けると、薬草の香りが鼻をくすぐった。
白いカーテンが揺れる静かな部屋の奥、ベッドに横たわるセレナの姿が見えた。
「セレナ……」
クラリスは、そっと歩み寄り、椅子に腰を下ろす。
妹の瞳は開いていたが、焦点は合っていない。
まるで、何かを見ているようで、何も見ていない。
クラリスは、セレナの手をそっと握った。
その手は冷たく、指先に力が入っていなかった。
「セレナ。……もう大丈夫。あなたは、何も悪くないの」
声は震えていたが、言葉はまっすぐだった。
「ユリウス様があなたをかばって大けがをした。だけど、それはあなたのせいじゃない。誰も、あなたを責めたりしない。……私も、絶対に責めない」
セレナの瞳が、わずかに揺れた。
その瞬間、扉の外から足音が近づき、医療班の一人が顔を覗かせた。
「クラリス様。王宮からの連絡が入りました。第二王子ユリウス・グランフェルド殿下が――意識を取り戻されたそうです」
クラリスは、息を呑んだ。
「……本当ですか?」
「はい。まだ安静が必要ですが、意識ははっきりしており、セレナ様のことを気にされていたとのことです」
その言葉を聞いた瞬間、セレナの瞳に光が戻った。
「……ユリウス様……」
かすれた声が、唇からこぼれた。
クラリスは、妹の手を握りしめたまま、涙をこらえながら微笑んだ。
「そうよ。ユリウス様は、あなたを守ってくれた。そして、今も生きている。あなたもちゃんと生きなきゃ」
セレナの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。
その涙は、恐怖でも絶望でもなく――安堵の涙だった。
クラリスは、妹の髪をそっと撫でながら、心の中で誓った。
(もう、誰にも――この子を傷つけさせない)
*
セレナが意識を取り戻した日から数日後の朝。
王都の空は薄曇りで、冷たい風が吹き抜けていた。
クラリスは、王立ルミナス学院の正門前に立っていた。
制服の上に旅装を重ね、腰には剣を携えている。
その隣には、銀の鎧に深紅のマントを纏ったレイナ。
副団長としての威厳を保ちながらも、今日は一人の剣士としてクラリスに同行していた。
「準備はいい?」
レイナが問いかける。
「はい。……いろいろと確かめに行きたいです」
クラリスは、懐中時計の蓋をそっと閉じながら答えた。
二人は馬に乗り、学院を後にした。
目的地は――フォルセの森。
あの“事故”が起きた場所。
そして、かつてクラリス自身が獣と対峙した場所でもある。
*
森の入り口に着いた頃には、空はすっかり曇り、木々の間から冷たい風が吹き抜けていた。
フォルセの森は、静かだった。
だが、その静けさは、どこか張り詰めたような気配を孕んでいた。
「ここから先は、馬を降りましょう」
レイナが言い、二人は馬を繋ぎ、歩いて森の奥へと進んだ。
やがて、苔むした小屋が見えてきた。
木々に囲まれ、まるで森と一体化しているような佇まい。
その前に立っていたのは、年老いた男――フォルセの森の管理人の一人だった。
灰色の髪を後ろに束ね、粗末な外套を羽織ったその男は、クラリスたちの姿を見ると、ゆっくりと顔を上げた。
「……あんたら、学院の者か」
低く、掠れた声。
「はい。私はクラリス・ヴェルディア。こちらは王国騎士団副団長、レイナ・ヴァルシュタイン。数日前の演習で、ここで事故が起きました。何か、知りませんか?」
クラリスは一歩前に出て尋ねた。
管理人は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「事故のことは知らん。あの日は、森の北側にいた。騒ぎがあった場所にはいなかった」
クラリスとレイナは顔を見合わせる。
「それじゃあ、何か不審な人物を見かけたりは?」
レイナが問いかける。
管理人は、目を細めた。
「……そういえば、模擬戦の前日だったか。森の外れで、生徒らしき若い者に、剣を渡していた影を見た。顔は見えなかった。少なくとも学院の制服には見えなかった。……妙に静かで、気味が悪かった」
クラリスの胸がざわついた。
「その人物は、学院関係者ではないと?」
「少なくとも、私は見たことがないよ。毎年演習に来ているような人じゃないな。剣も、学院で使う模擬戦用のものじゃなかった。……試し切りをしていて、本物の剣だと確信したよ」
レイナは、眉をひそめた。
「つまり、それが事故の原因になった可能性は高いわね」
クラリスは、拳を握りしめた。
(誰かが、意図的に――セレナを狙った?)
「それ以上のことは、わしには分からん。森のことなら何でも知ってるが、それ以外のことは、わからん」
「ありがとうございます。あと、最後に一ついいですか?」
管理人はそう言って、再び小屋の奥へと戻ろうとしたが、クラリスは最後に尋ねる。
「昨年、私を助けてくれた方がいるのですが、今日はいらっしゃらないのですか?」
「?ここには私しかいないよ。ここ数年、私一人で管理しているよ」
「そうですか。それでは失礼します」
そう言ってクラリスは小屋を後にした。
*
森を後にする道すがら、クラリスとレイナは無言のまま歩いていた。
「……計画的なものだった可能性が高いですね」
クラリスが口を開いた。
「ええ。誰かが、学院の制度に揺さぶりをかけようとしている。セレナを狙ったのは、偶然じゃない。事故に見せかけた事件ね」
レイナの声は低く、確信に満ちていた。
「でも、これ以上は分からない。証拠も、手がかりもない」
クラリスは、懐中時計の蓋を開き、秒針の音に耳を澄ませた。
「そうですね、悔しいですが…。ただ、いつかこの報いは受けさせてやります」
そして、二人は学院への帰路についた。
森の風は、静かに彼女たちの背を押していた。
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