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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第4章 王立ルミナス学院 3年目

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11. 真実は闇の中

前回のあらすじ

・真相

・闇が動き出す

王立ルミナス学院の訓練棟を出たクラリスは、制服のマントを翻しながら、医療棟へと急ぎ足で向かっていた。


レイナから聞かされた事故の詳細が、頭の中で何度も繰り返される。

(セレナが……ユリウス様が……)


フォルセの森で起きた“事故”は、もはや偶然とは思えなかった。

模擬戦中に本物の剣が使われ、ユリウスが庇って重傷を負い、そして――目の前で人が殺された。


クラリスは拳を握りしめた。

妹の瞳に、あの光景が焼き付いてしまったのだとしたら――。


医療棟の扉を開けると、薬草の香りが鼻をくすぐった。

白いカーテンが揺れる静かな部屋の奥、ベッドに横たわるセレナの姿が見えた。


「セレナ……」

クラリスは、そっと歩み寄り、椅子に腰を下ろす。


妹の瞳は開いていたが、焦点は合っていない。

まるで、何かを見ているようで、何も見ていない。


クラリスは、セレナの手をそっと握った。

その手は冷たく、指先に力が入っていなかった。


「セレナ。……もう大丈夫。あなたは、何も悪くないの」

声は震えていたが、言葉はまっすぐだった。

「ユリウス様があなたをかばって大けがをした。だけど、それはあなたのせいじゃない。誰も、あなたを責めたりしない。……私も、絶対に責めない」


セレナの瞳が、わずかに揺れた。


その瞬間、扉の外から足音が近づき、医療班の一人が顔を覗かせた。

「クラリス様。王宮からの連絡が入りました。第二王子ユリウス・グランフェルド殿下が――意識を取り戻されたそうです」


クラリスは、息を呑んだ。

「……本当ですか?」


「はい。まだ安静が必要ですが、意識ははっきりしており、セレナ様のことを気にされていたとのことです」


その言葉を聞いた瞬間、セレナの瞳に光が戻った。

「……ユリウス様……」

かすれた声が、唇からこぼれた。


クラリスは、妹の手を握りしめたまま、涙をこらえながら微笑んだ。

「そうよ。ユリウス様は、あなたを守ってくれた。そして、今も生きている。あなたもちゃんと生きなきゃ」


セレナの瞳から、ぽろぽろと涙がこぼれ落ちた。

その涙は、恐怖でも絶望でもなく――安堵の涙だった。


クラリスは、妹の髪をそっと撫でながら、心の中で誓った。

(もう、誰にも――この子を傷つけさせない)


*


セレナが意識を取り戻した日から数日後の朝。

王都の空は薄曇りで、冷たい風が吹き抜けていた。


クラリスは、王立ルミナス学院の正門前に立っていた。

制服の上に旅装を重ね、腰には剣を携えている。


その隣には、銀の鎧に深紅のマントを纏ったレイナ。

副団長としての威厳を保ちながらも、今日は一人の剣士としてクラリスに同行していた。


「準備はいい?」

レイナが問いかける。


「はい。……いろいろと確かめに行きたいです」

クラリスは、懐中時計の蓋をそっと閉じながら答えた。


二人は馬に乗り、学院を後にした。


目的地は――フォルセの森。

あの“事故”が起きた場所。


そして、かつてクラリス自身が獣と対峙した場所でもある。


*


森の入り口に着いた頃には、空はすっかり曇り、木々の間から冷たい風が吹き抜けていた。


フォルセの森は、静かだった。

だが、その静けさは、どこか張り詰めたような気配を孕んでいた。


「ここから先は、馬を降りましょう」

レイナが言い、二人は馬を繋ぎ、歩いて森の奥へと進んだ。


やがて、苔むした小屋が見えてきた。

木々に囲まれ、まるで森と一体化しているような佇まい。


その前に立っていたのは、年老いた男――フォルセの森の管理人の一人だった。

灰色の髪を後ろに束ね、粗末な外套を羽織ったその男は、クラリスたちの姿を見ると、ゆっくりと顔を上げた。


「……あんたら、学院の者か」

低く、掠れた声。


「はい。私はクラリス・ヴェルディア。こちらは王国騎士団副団長、レイナ・ヴァルシュタイン。数日前の演習で、ここで事故が起きました。何か、知りませんか?」

クラリスは一歩前に出て尋ねた。


管理人は、しばらく黙っていた。

そして、ゆっくりと口を開いた。

「事故のことは知らん。あの日は、森の北側にいた。騒ぎがあった場所にはいなかった」


クラリスとレイナは顔を見合わせる。


「それじゃあ、何か不審な人物を見かけたりは?」

レイナが問いかける。


管理人は、目を細めた。

「……そういえば、模擬戦の前日だったか。森の外れで、生徒らしき若い者に、剣を渡していた影を見た。顔は見えなかった。少なくとも学院の制服には見えなかった。……妙に静かで、気味が悪かった」


クラリスの胸がざわついた。

「その人物は、学院関係者ではないと?」


「少なくとも、私は見たことがないよ。毎年演習に来ているような人じゃないな。剣も、学院で使う模擬戦用のものじゃなかった。……試し切りをしていて、本物の剣だと確信したよ」


レイナは、眉をひそめた。

「つまり、それが事故の原因になった可能性は高いわね」


クラリスは、拳を握りしめた。

(誰かが、意図的に――セレナを狙った?)


「それ以上のことは、わしには分からん。森のことなら何でも知ってるが、それ以外のことは、わからん」


「ありがとうございます。あと、最後に一ついいですか?」

管理人はそう言って、再び小屋の奥へと戻ろうとしたが、クラリスは最後に尋ねる。

「昨年、私を助けてくれた方がいるのですが、今日はいらっしゃらないのですか?」


「?ここには私しかいないよ。ここ数年、私一人で管理しているよ」


「そうですか。それでは失礼します」

そう言ってクラリスは小屋を後にした。


*


森を後にする道すがら、クラリスとレイナは無言のまま歩いていた。


「……計画的なものだった可能性が高いですね」

クラリスが口を開いた。


「ええ。誰かが、学院の制度に揺さぶりをかけようとしている。セレナを狙ったのは、偶然じゃない。事故に見せかけた事件ね」

レイナの声は低く、確信に満ちていた。

「でも、これ以上は分からない。証拠も、手がかりもない」


クラリスは、懐中時計の蓋を開き、秒針の音に耳を澄ませた。

「そうですね、悔しいですが…。ただ、いつかこの報いは受けさせてやります」


そして、二人は学院への帰路についた。

森の風は、静かに彼女たちの背を押していた。


読んでくださりありがとうございます。


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