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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第4章 王立ルミナス学院 3年目

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10. 悲劇の真相

前回のあらすじ

・セレナが演習へ

・演習で事件発生

王立ルミナス学院の医療棟の一室。

白いカーテンが揺れ、薬草の香りが微かに漂う静かな空間。


その中央のベッドに、セレナ・ヴェルディアが横たわっていた。


クラリスは、椅子に座ったまま、妹の顔を見つめていた。

セレナの瞳は開いているが、焦点は合っていない。

まるで、何かを見ているようで、何も見ていない。


「セレナ……聞こえる?」

クラリスは、そっと声をかける。


だが、返事はない。まばたきすら、反応が遅れている。


医療班の責任者が、カルテを手にしてクラリスの隣に立つ。

「反応はありますが、極めて鈍い状態です。外傷は軽度ですが、精神的な衝撃が深刻です。現時点では、聞き取りは困難です」


クラリスは、セレナの手を握った。

その手は冷たく、指先に力が入っていない。


「……ユリウス様が、庇ってくれたんですよね」

医療班は静かに頷いた。


「はい。殿下は現在、王宮の医療施設にて治療中です。命は取り留めましたが、意識はまだ戻っていません」


クラリスは、目を伏せた。

(ユリウス様が……セレナを守って……)


そのとき、学院長エルマー・グレイヴが医療棟に現れた。

彼は、静かにクラリスの隣に立ち、セレナの様子を見つめる。

「クラリス・ヴェルディア。制度の象徴として、あなたは多くのものを背負おうとしてきた。だが、今ここにいるのは、制度の象徴ではなく――ただ一人の姉だ」


その言葉に、クラリスは顔を上げた。

「私は……何も守れなかった」


声が震える。

「制度の中で、選ばれた者として生きてきた。でも、妹を巻き込んでしまったかもしれない……」


エルマーは、静かに言った。

「制度は秩序を守るためのものだ。だが、秩序の中で生きる人間の心までは、測れない。だからこそ、君のような存在が必要なのだ」


クラリスは、セレナの顔を見つめる。

「私は、制度の象徴としてではなく、姉として――この子を守らなきゃいけない」


その言葉は、静かに、しかし確かに医療棟の空気を変えた。


*


クラリスは、制服のマントを翻しながら、石畳の廊下を歩いていた。

その足取りは速く、けれど決して乱れてはいない。


(セレナにいったい……何があったの?)


妹の虚ろな瞳が、脳裏から離れなかった。

医療棟で見たセレナの姿――まるで魂が抜けたような、あの目。


クラリスは、訓練棟の奥にある副団長室の扉の前で立ち止まった。

深く息を吸い、拳を握りしめる。

「……失礼します」


ノックの音に応じて、扉の向こうから低く落ち着いた声が返ってきた。

「入って」


扉を開けると、そこには銀の鎧を纏い、深紅のマントを羽織ったレイナ・ヴァルシュタインがいた。


机の上には報告書の束が積まれ、彼女はその一つに目を通していた。

「クラリス。来ると思ってたわ」


「……教えてください。セレナの身に一体、何があったのか」

クラリスの声は静かだったが、その奥には怒りと不安が渦巻いていた。


レイナは書類を閉じ、椅子から立ち上がる。

「座って。話すわ」


クラリスは促されるまま椅子に腰を下ろす。


レイナは窓の外に目を向けながら、ゆっくりと語り始めた。

「今回の演習でセレナとユリウス殿下は、同じ班だった。そして演習2日目、模擬戦中に“事故”が起きた」


「事故……?」


「他の班が、彼らの班に奇襲を仕掛けた。模擬戦ではよくあることよ。ただ――」

レイナは言葉を切り、クラリスの目を見つめた。

「使われた剣に刃がついていた」


クラリスの目が見開かれる。

「模擬戦用の剣は、すべて刃を潰してあるはずです」


「そのはずだった。だが、一本だけ――本物の剣が混ざっていた」

クラリスは言葉を失った。


「セレナが狙われた。奇襲の中で、彼女に向かって剣が振り下ろされた。ユリウス殿下がそれを庇い、代わりに斬られた」


「……っ」


「本来であれば、軽いケガをする程度のはずが、殿下は、重傷を負った。だが、命は取り留めた。今は王宮の医療班が治療にあたっている」


クラリスは、拳を握りしめた。

「それじゃあセレナは……どうしてあんな状態に…」


レイナの表情がわずかに曇る。

「ユリウス殿下が血を噴き出して倒れたのを、目の前で見た。そして――」


「そして?」


「騒ぎを聞き、駆けつけた王国騎士団長が、その場で“加害者”の生徒の首をはねた」


クラリスは、息を呑んだ。

「模擬戦の最中に……生徒の首を……?」


「ええ。あの場にいた生徒たちは、皆、凍りついていたそうよ」

クラリスは、震える手を握りしめた。


「セレナは……その場にいたんですね」


「ええ。ユリウス殿下が倒れ、血を流し、そして目の前で人が殺された。……あの子が、あの状態になったのも、無理はないわ」


クラリスは、立ち上がった。

「ありがとうございます、師匠。……本当に事故だったんですよね」


レイナは、クラリスの背中を見つめながら、静かに言った。

「表向きは事故で処理されているわ。ただ、私もその場にいたわけじゃないから詳細は分からないけど、聞いた感じかなりきな臭いわ。何かが、動いてる」


クラリスは頷き、扉に手をかけた。

「私は、誰も失いたくない。セレナも、ユリウス様も」


そして、クラリスは静かに部屋を後にした。


*


王宮の一室。


重厚な扉が閉じられ、外の喧騒は完全に遮断されていた。

窓から差し込む光は薄く、部屋の空気は冷たく張り詰めている。


王妃エレオノーラ・グランフェルドは、金糸の刺繍が施された椅子に腰掛け、ワインのグラスを指先でゆっくりと回していた。

その瞳は、遠くの王立ルミナス学院の塔を見下ろしている。


「……報告を」

彼女の声は、静かでありながら、命令の響きを持っていた。


部屋の奥から、一人の男が姿を現す。


王国騎士団長――ヴァルハルト家の当主、グレイ・ヴァルハルト。

灰色の鎧を纏い、無表情のまま、エレオノーラの前に膝をついた。


「命令通り、演習中に“事故”を起こさせました。セレナ・ヴェルディア嬢を、襲わせました。加害者の生徒は、現場で処分し、事故として処理済みです」

その言葉には、感情の欠片もなかった。


エレオノーラは、グラスを口元に運びながら、わずかに微笑んだ。

「ユリウスが庇ったと聞いたわ。やっぱりあの子はだめね。本当に役に立たない」


「ユリウス様は重傷を負いましたが、命に別状はなく、王宮の医療班が対応しています」

騎士団長は淡々と続ける。


「そう。どうでもいいわ」

エレオノーラは、グラスを机に置き、立ち上がった。

「セレナは、あの場で“壊れた”のよね?」


「はい。精神的に強いショックを受け、医療班の診断では、長期的な影響が残る可能性もあるとのことです」


エレオノーラは、窓辺に歩み寄り、外の王都を見下ろした。

「クラリスは、もう“制度の象徴”としては不安定になりつつある。自我が強く、制度に懐疑的。この間の学院祭でそれが顕著に出ていた。そんな子を王族の隣には立たせない」


「……セレナの方が、従順で扱いやすい」

騎士団長が言葉を継ぐ。


「ええ。今回の件で、彼女は“守られる存在”になった。恐怖と依存――それは、制度に従わせるには最も効果的な感情よ」

エレオノーラの微笑みは、冷たく、計算され尽くしていた。


「クラリスが制度から逸脱するなら、代わりはもう用意されている。セレナに置き換える準備を進めてちょうだい」


「かしこまりました」

騎士団長は、深く頭を下げた。


エレオノーラは、窓の外に目を向けたまま、静かに言った。

「運命力が高いだけでは、だめよ。必要なのは、数字と――従順さ」


そして、王宮の静かな密談は、誰にも知られぬまま、静かに終わった。

読んでくださりありがとうございます。


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また、この小説はカクヨム、アルファポリスでも投稿しています。

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