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運命力ゼロの悪役令嬢  作者: 黒米
第3章 王立ルミナス学院 2年目

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6. いざ課外演習へ

前回のあらすじ

・妹は頑張った

・姉も頑張らないといけない

・タイミングが悪かった

学院の厩舎には、秋の朝の澄んだ空気が満ちていた。

木々の葉は赤や黄に染まり、風に乗って舞い落ちる。


クラリスは、訓練用の軽装に身を包み、厩舎の扉をそっと開けた。

藁の香りと朝露の匂いが混ざった空気が、彼女の頬を撫でる。


「ノクターン、来たわよ」


その声に反応するように、黒毛の馬――ノクターンが奥から姿を現した。

彼はいつもより早足でクラリスに近づき、鼻を鳴らした。


「ふふ、今日はずいぶん元気ね。楽しみにしてたの?」


ノクターンはまるで「もちろんだ」と言っているように首を上下に振った。

その瞳には、静かな興奮と、どこか誇らしげな光が宿っていた。


クラリスは微笑みながら、たてがみに手を伸ばした。


ノクターンはその手に頬を寄せ、目を細める。


「今日から課外演習。あなたも一緒に行けるのが嬉しいのね」


厩務員のライナスが、奥から現れた。

「クラリス様。ノクターンは昨夜から落ち着かなくて……。馬具の準備を見て、何度も扉の前に立っていたんですよ。まるで『早く行こう』って言ってるみたいに」


「そう……やっぱりかしこいのね。あなたは、私の相棒だもの」


クラリスは懐中時計を取り出し、ノクターンの前でそっと蓋を開いた。

秒針の音が、厩舎の静けさの中に響く。


「私が、みんなを引っ張ってみせる。あなたも、協力してくれる?」


ノクターンは鼻を鳴らし、力強く地面を踏み鳴らした。

その音は、まるで「任せておけ」と言っているようだった。


クラリスは、たてがみを撫でながら微笑んだ。

「ありがとう。それじゃあ、またあとで会いましょう」


そして、クラリスは厩舎を後にした。

その背中には、ノクターンのまっすぐな視線が、いつまでも注がれていた。


*


課外演習の出発を控え、各班の集合が始まっていた。


クラリは、第6班の集合場所に立っていた。

その表情は落ち着いていたが、内心では緊張が走っていた。


(私が、指揮官……班を導く立場。数字だけじゃないことを、見せなきゃ)


最初に現れたのは、ロジーナ・エルスだった。


栗色の髪を三つ編みにし、少し大きめの荷物を抱えて駆け寄ってくる。

「クラリス様!今日からよろしくお願いします。私、精一杯頑張ります!」


クラリスは微笑みながら頷いた。

「こちらこそ、心強いわ。あなたがいてくれて、本当に助かる」


次に現れたのは、エミール・グランツ。

黒髪をきっちりと整え、資料を手にしたまま、無言で歩いてくる。

「クラリス・ヴェルディア様ですね。指揮官として、合理的な判断をお願いします。感情に流されるような采配は、班の損失に繋がりますので」


クラリスは少しだけ眉を動かしたが、冷静に答えた。

「もちろん。状況に基づいてきちんと判断します。あなたも意見を言ってくれると助かるわ」


エミールは頷いたが、目は資料から離れなかった。


続いて現れたのは、ナディア・ローレン。

明るい茶髪を揺らしながら、軽快な足取りで近づいてくる。

「クラリスさんって、王子の婚約者なんすよね?すごいなぁ。でも、運命力ってそんなに大事ですか?自分の直感のほうが信じられるんですけど」


クラリスは少しだけ微笑んだ。

「だからこそ、行動で示したいと思っています」


ナディアは「へぇ」と言いながら、まだ半信半疑の様子だった。


最後に現れたのは、トーマス・ベルク。

がっしりとした体格で、剣を背負い、腕を組んだまま立っている。

「俺は、戦術と体力には自信ある。けど、貴族のお嬢様に指揮されるのは、正直気が進まない。足だけは引っ張らないでくれよ」


クラリスは、彼の目をまっすぐに見つめた。

「ええ。頼りにしているわ」


トーマスは少しだけ目を細めたが、何も言わずに視線を逸らした。


班員が揃い、クラリスは一歩前に出て、静かに口を開いた。

「私は、クラリス・ヴェルディア。制度の象徴と言われていますが、それ以外何もないことを、私自身が一番よく知っています。だからこそ、皆さんと共に、頑張りたい。協力して、ベストを尽くしましょう」


その言葉に、ロジーナは力強く頷き、ナディアは少しだけ笑みを浮かべた。

エミールは無言のまま資料を閉じ、トーマスは腕を組んだまま、何も言わなかった。


(温度差はある。でも、ここから頑張っていくしかない)

そんな決意を胸に、課外演習への出発準備を進めるのであった。


*


王立ルミナス学院の正門が、ゆっくりと開かれた。


各班が順に出発していく。

馬の蹄の音が石畳を打ち、風に舞う落ち葉がその後を追いかける。


クラリスは、ノクターンの背にまたがっていた。


黒く艶やかな毛並みが朝日に照らされ、まるで影のように美しく輝いている。

ノクターンは誇らしげに首を上げ、他の馬たちを先導するように歩を進めていた。


「落ち着いて。先は長いわ」

クラリスが小さく囁くと、ノクターンは鼻を鳴らして応えた。


第6班の面々は、それぞれの馬に乗ってクラリスの後ろを進んでいた。


ロジーナは少し緊張した面持ちで手綱を握り、ナディアは景色を見回しながら楽しげに鼻歌を口ずさんでいる。エミールは無言で前方を見据え、トーマスは馬の手綱を片手で操りながら、時折クラリスの背中をじっと見つめていた。


*


街道を抜け、王都の郊外へと進むにつれ、風景は徐々に変わっていった。

石畳は土の道へと変わり、両脇には黄金色に染まった田畑が広がる。


農民たちが収穫の作業に追われる中、彼らの視線が一斉にクラリスたちに向けられた。


「見て、あれがクラリス様じゃないか?」

「王子の婚約者だって話だろ?」

「運命力94だってよ……やっぱり、違うなぁ」

「でも、数字が高いからって、何でもできるのかねぇ……」


そんな声が、風に乗って耳に届く。

クラリスは、無意識に背筋を伸ばした。

ノクターンの歩調がわずかに速くなる。

(見られている。私は、学院の生徒としてじゃない。制度の象徴として、多くの人に見られている)


「クラリス様」

ロジーナが馬を寄せてきた。

「皆さん、少し緊張しているみたいです。特にトーマスさん……ずっと黙っていて」


クラリスは頷いた。

「ええ、分かってる。でも、大丈夫よ。口より行動で示すから」


ロジーナは微笑んだ。

「そうですね。クラリス様なら、きっと大丈夫です」


*


やがて、遠くに演習地の森が見えてきた。

紅葉に包まれた木々が、まるで試練の門のように彼らを迎えていた。


クラリスはノクターンのたてがみに手を添え、静かに呟いた。

「さあ、行きましょう。ここからが本番よ」


ノクターンは鼻を鳴らし、力強く前へと歩を進めた。


その背に乗る少女の瞳には、迷いのない光が宿っていた。



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