11. 実技試験に向けて
前回のあらすじ
・馬術
・気性難の黒い馬、名をノクターン
・レッツ、サバイバル
新たに始まった実技科目の初回授業が終わった、ある日の放課後。
クラリスは寮へ戻る途中、ロジーナと並んで歩いていた。
「実技科目も始まったけど、次の試験では、さらに学力試験もあるのよね。大丈夫かしら。」
「そうですね。かなり大変です、正直。クラリス様、剣術……どうでしたか?」
ロジーナが少し疲れた顔で尋ねる。
「難しかったわ。でも、もっとできるようになりたい。剣を握るのは初めてだったけど。」
クラリスは、木剣を握ったときの感触を思い出していた。
ロジーナは苦笑する。
「私にはちょっと厳しいかもしれないです。力がなさ過ぎて、腕が痛くて……弓術に変更しようかなと思います。レイナ先生に相談しに行くんですけど、クラリス様も一緒に行きます?」
「ええ、ちょうど私も先生に話したいことがあるの」
*
二人は武術場の控室へ向かい、副団長レイナ・ヴァルシュタインのもとを訪れた。
「弓術に変更したいのですね。了解しました。それでは明日からは弓術の授業に参加するようにしてください。」
レイナはロジーナに淡々と告げる。
「ありがとうございました」
ロジーナは丁寧に頭を下げ、クラリスに微笑みかけて寮へと戻っていった。
クラリスはその場に残り、レイナに向き直った。
「先生。私、もっと剣術を学びたいんです。授業だけでは足りない気がして……剣を教えていただけませんか?」
レイナはクラリスを見つめ、しばらく沈黙した後、静かに頷いた。
「わかりました。では、明日の放課後、武術場に来なさい。」
*
翌日、放課後。
クラリスは武術場に向かい、レイナの前に立った。
「来たわね。じゃあ始めましょう」
レイナは自らの剣を抜き、静かに振り始める。
その動きは、昨日授業で習ったものとは違っていた。
「副団長、その動きは……授業で教わったものと違うのですね」
「よく見ているわね。これは私の師匠の動きを、私なりにアレンジしたものよ。授業で教えているのは、王国騎士団が使う“守りの型”。基礎としては優れているけれど、実戦ではそれだけでは足りないわ」
クラリスは目を輝かせた。
「その型、私にも教えてください」
レイナは木剣をクラリスに手渡しながら言った。
「まずは授業で習っている型をできるようになりなさい。それができてから、また来なさい。何事も基礎ができてこそよ」
クラリスは木剣を握りしめ、深く頷いた。
「はい。必ず、習得してみせます」
*
武道場での特訓を終え、クラリスは夕暮れの石畳を歩いていた。空は茜色に染まり、学院の塔の影が長く伸びている。
寮へ向かう途中、ふと視線の先に厩舎の屋根が見えた。
(ノクターン……)
自然と足がそちらへ向かっていた。
*
厩舎の扉をそっと開けると、乾いた藁の香りと、馬たちの静かな息遣いが迎えてくれた。
夕餉の時間を迎え、馬たちはそれぞれの区画で穏やかに過ごしている。
クラリスはゆっくりと歩きながら、馬たちの様子を見て回った。
白毛の小柄な馬が、鼻先で藁をつついている。
その隣では、栗毛の馬が首を振りながら、壁に掛けられた水桶に顔を寄せていた。
「みんな、落ち着いてるのね……」
その声に、奥から人影が現れた。
「おや、クラリス様。お疲れ様です」
現れたのは、厩舎を管理する厩務員の青年――ライナス。
年の頃は二十代前半、柔らかな物腰と、馬たちへの深い愛情で知られている人物だった。
「こんばんは、ライナスさん。ノクターンの様子を見に来たの」
ライナスは微笑みながら頷いた。
「ええ、ノクターンなら奥ですよ。今日は少し機嫌が良さそうです。クラリス様が来るのを待っていたのかもしれませんね」
クラリスは奥へと進み、黒い毛並みの大きな馬――ノクターンの前に立った。
ノクターンは、クラリスの気配に気づくと、ゆっくりと顔を上げた。
「こんばんは。今日もお疲れさま」
クラリスが柵越しに手を伸ばすと、ノクターンは鼻先を寄せてきた。
その仕草は、まるで「よく来たな」とでも言っているようだった。
「剣術の特訓を始めたの。まだまだだけど…」
ノクターンは静かに瞬きをし、クラリスの手に頬を寄せた。
ライナスがそっと言葉を添える。
「ノクターンは、気性が荒いと言われてますが……本当は、少し臆病なんです。ここに来る前にいた場所でひどい扱いを受けていたので…。」
クラリスはたてがみに手を伸ばしながら話を聞いている。
ライナスはそのまま話を続ける。
「実は血統もとても良いので優秀な馬ではあるんですけど、過去のトラウマで信頼できる人にしか心を開かない。なぜかクラリス様には、最初から心を許していたようですね」
クラリスは、ノクターンのたてがみを撫でながら微笑んだ。
「そうね。なぜなのかしら。でも不思議と落ち着くのよね。」
ライナスは頷いた。
「なるほど。気が合うのかもしれませんね。馬も人も、似たようなものです。言葉が通じなくとも、気持ちは通じているのかもですね。」
クラリスは、少し照れくさそうに笑った。
「ありがとう、ライナスさん。また、乗せてくれるかしら?」
ノクターンは、まるで応えるように鼻を鳴らした。
*
厩舎を出る頃には、空はすっかり夜の帳に包まれていた。
クラリスは振り返り、厩舎の灯りを見つめた。
その背中には、剣と馬と、そして少女の決意が、確かに宿っていた。
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