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八章 †揺らぎし心†

 † † †


 

「──はっ……!」


 数時間後。

 メルトは病室のベッドの上で目を覚ました。

 窓の外はすっかり暗くなっている。

「メルト、気が付いたか!」

 目覚めたメルトの傍らで笑顔を見せたのは、父ロウエン。

「よかったぁ……」

 その横の母も涙ぐみながら、安堵したように笑みを浮かべる。

「全身に打撲はあるが命に別状はないそうだ。明日には退院できるよ」

 風船族と言えど人体である限り、打撃を完全に無効化するわけではない。受けたダメージは徐々に蓄積され、限界を越えれば怪我をするのだ。

「父ちゃん、母ちゃん……オレ……負けたんだな……」

「ナイスファイトだったぞメルト!爆薬の使い方も完璧だった!」

 ロウエンは笑顔を作ったまま、俯くメルトへ精一杯の励ましの言葉を掛ける。

「へへ、サンキュな」

 言いながら顔を上げたメルトが無理して笑っていることは、両親にはすぐに分かった。

「でも、ゼギスさんがあそこまでするなんてねぇ……」

 母が言う。

「ああ。いつも彼は十勇の力も使わず相手を場外に放り出して、圧勝で終えるからな。彼の考えてることなんて分からないが、それだけメルトの力を認めてくれたってことなんじゃないか?」

「でも、青い目になってからは何もできなかったぜ」

「そうさせただけでもすごいことさ!少なくとも父ちゃんが引退してからの十年間で、あの力を使わせた人は一人もいなかったぞ?」

 ロウエンは元気付けようと明るく振る舞いながらメルトの肩に手を置く。

「それとな、一つ思い出したことがあるんだ」

「思い出したこと?」

「彼の先祖"チノイ・ルギナミ"は、"竜人族"という種族だった。現代ではオレたち風船族と同じく数が減り、どこかの地域に集落を作って暮らしてるらしいが……寿命は百二十年と長く、その肉体の全盛は三十から六十代だそうだ。つまりゼギスは、今が一番強いかもしれないんだ。どうりでオレが現役の頃より圧倒的なわけだよ」

「そっか……全盛期がそんなに長いのか……オレも一度も勝てないまま終わっちまうのかな……」

 励ますつもりの言葉は逆効果だったようで、メルトは遠い目でシーツをギュッと握り締め、悔しさを滲ませる。

 風船族の寿命は五十年足らずと人類にしては短い。

 その短い人生で、全盛に突入したばかりの王者を相手に戦っていかなければならない事実は、メルトを絶望させるには充分だった。

「何言ってるんだ!逆だ逆!」

「え?」

「風船族の全盛は十五歳から二十五歳と言われてる。メルト、お前はまだ十三だ。今のゼギスが全盛期だとしたら、お前の方が伸び代があるんだぞ?自信喪失してる場合じゃない!」

 ロウエンは厳しい顔で激励を飛ばした後、にっこりと笑う。

「ああ、そうだな……」

 少しだけメルトの目に光が宿ったが、やはり簡単に立ち直れるダメージではない。

「でも歳の差以上に、力の差を感じたんだ。そりゃ鍛錬も経験もゼギスさんの方がたくさんしてきてるんだし、しかも十勇の末裔……正直勝てないのは分かってたさ。胸を借りるつもりで全力でぶつかった。だけど……この先オレがあの人と同じ量、いやそれ以上、その何倍も鍛錬を積んだとしても追いつけるイメージが湧かない……それくらい圧倒的な、根本的な力の差……」

 ここまで重症なメルトを見たのは両親すらも初めてのことだったようで掛ける言葉が見つからず、少しだけ沈黙の時間が流れる。

 そしてもう一度メルトが口を開いた。

「なあ、父ちゃん、母ちゃん」

「何だ?」


「オレ──里の外に出てみたい」


「ど、どうした急に?」

「旅に出て、いろんな人やものを見てみたいんだ。この里で鍛えてるだけじゃ、永遠にゼギスさんに近付けない……そんな気がするんだ。外にはさ、"チノイ"だけじゃない、他の十勇の末裔もたくさんいるんだろ?オレはもっと世界を知りたい……なんとなくだけどそれが、強さに繋がる気がするんだ……」

「里の外は危険なのよ……?学校でも習ったでしょ?」


 風船族の多くは、里の中で一生を終える。

 かつて大陸に広く住んでいた風船族が淘汰されたのは、そもそも生物として弱かったからだ。

 簡単に弾けて死んでしまう体。力は普通の人間よりも弱く、寿命も短い上に、純粋な心ゆえ騙されやすい。奴隷や見世物として捕まり、戦争に駆り出されても戦果は残せず、多くが子も残さず消えていった。

 僅かに残された風船族が集まり、なんとか逃げ延びた先に作ったのがこの里だ。

 時代は移り変わり、かつてほど殺伐とした世界ではなくなったが、それでも里の外を危険視する者が大半だった。


「だけど……オレは、このまま終わりたくない!もっともっと!強くなりたいんだよ!」

 メルトは力強く意志を表明する。

「本気なんだな……」

 ロウエンはその目を見て、半端な気持ちで言っているわけではないと確信する。

 そして。

「……よし分かった!行ってこい!」

 メルトの覚悟を尊重し、笑って送り出すことを決心した。

 母は変わらず不安そうだったが、それでもロウエンとメルトがそう決めたなら応援するしかないと、引き止めたい気持ちを飲み込んで、ただ頷いた。

「ありがとう、父ちゃん、母ちゃん!」



 † † †



 数日後。

「じゃあ、行ってくるよ」

 里の正面にある門の前で、両親と数人の住人たちに見送られながら、怪我を完治させたメルトは旅立とうとしていた。

「達者でな、メルト!帰ってきたらまた()ろうぜ!」

 そう言って芸術家リオンが拳を突き出し、メルトも応えてコツンと拳を突き合わせた。

「おう、またなリオン!別次元に強くなって帰ってくるから、半端な鍛え方してると今度はぶっちぎっちまうぞ!」

「ったく生意気なヤツだぜ。させるかよ」

 二人は笑い合う。

「気を付けてねメルト。必ず帰ってくるのよ」

「ああ、勿論さ」

 涙を浮かべながら抱き締める母に、その背をポンポンと叩いて安心させ。

「父ちゃんもサンキューな!手続きとか、いろいろ任せちゃって」

 その隣に立つロウエンにも声を掛ける。

「なあに気にするな。息子の旅立ちをサポートするのが親の役目だ。……メルト、父ちゃんたちはずっとここで待ってるからな。疲れたらいつでも帰ってきなさい。だからお前は、お前の信じた道を進め!」

「おう!」

 ロウエンとメルトは笑みを浮かべながら力強く別れの握手をして。

 最後に、見送りに集まってくれた者たちを見回し、その一人一人の顔を目に焼き付ける。

「んじゃ、行ってきます!」

 と、大きく手を振り門を潜った。

 見送りの人々もそれに応えるように手を振り、声援を送る。

 メルトはやがて声援に背中を押されながら前を向き、まだ見ぬ世界へと視線を向ける。


 勇者メルトはこうして長い冒険の旅路へ踏み出したのだ。



 † † †



「──って感じのことがあって、オレは今ここにいる」

 メルトは自分が旅に出るに至った一年前の出来事を語り終え、ふう、と一息つく。


「いや、逃げてきた要素どこ!?」


 話を聞いたカガリは眉間に皺を寄せてツッコむ。

「確かに里を抜けはしたんだろうが、自分の成長のためだろ!?なんつーかそれ、勇気の一歩だろ!前向きな旅立ちだろ!別に逃げたわけじゃなくねえ!?」

 と、さらに付け加える。

「へへ、まあ最初はな」

「最初は?」

「ああ……結局オレ、あれから一度も里に帰れてないんだよ」

 メルトはやはり言いづらそうに目を逸らしながら答える。

「何か得られるもんがあると思って一年間旅を続けて……結局何も見つけられずじまいさ。いつでも帰ってこいなんて言われたけど、こんな自分をみんなに見られるのが怖いんだ。今帰ったってオレはゼギスさんの足元にも及ばないまま……この一年は何だったのかって、オレはやっぱりあの人には勝てないのかって……そう思っちまうのが怖いんだよ。怖くて怖くてたまらない。情けないだろ?だからそんな自分を変えたくて、今こうして戦おうとしてる」

 物悲しそうに自身の拳を見つめるメルトに対し、「ぷっ」と思わずカガリは吹き出し。


「あはははは!」


 と結局堪えきれず大笑いした。

「な!なんで笑うんだよ!?」

「いやいや!笑えるだろ!くくくっ……考えすぎなんだ、あんたもあたしも!」

「はぁ……?」

 本気の悩みを打ち明けたにもかかわらず笑い飛ばされたメルトは、困惑の表情を浮かべる。

「戦いが怖いのなんて当たり前なんだよ。戦いが当たり前になりすぎて忘れちまってたんだ。あんたの話聞いてるうちに思い出したよ」

 そう言うカガリは、いつもの自信に満ちた顔になっていた。

「えぇ、そんな話してたか?オレ……」

「難しいこたぁわかんねえけどよ、怖いんなら仲間を頼りゃいいんだ今みたいに。全部打ち明けて、全部打ち明けられて、なんか胸がスッとしたぜ、あたし。あんたみたいな頼れる仲間がいりゃあ、どんな敵にだって立ち向かえる」

「まあ立ち直ったんなら良かったけどさ……」

 納得がいかない様子でメルトは口を尖らせる。

「あんただって、ちょっとはあたしを信頼してくれてたから、話してくれたんじゃねえのか?メルト」

「そりゃ尊敬はしてるさ。言ったろ、今朝のあんたの勇気に感動したって」

「ああ。だから大丈夫だ。何か不安があったら何度でもあたしに話してみろ。ってかあたしじゃなくてもいい、誰かに話を聞いてもらうだけで楽になることもあるんだぜ」

 カガリは温かな笑みを浮かべて言った。

「なんだよ、すっかり元気取り戻しちまってよ。オレの悩みはなんも解決してないってのに」

 と棘のある言い方をしつつもその笑みに感化されたのか、メルトの表情も柔らかくなっていた。

「この戦いに勝った頃には自信もつくだろうさ。それでもダメなら、解決するまであたしがいくらでも面倒見てやる」

「へへ、そりゃどうも。……ってこれじゃオレの方が相談乗ってもらったみたいじゃん」

「いいんだよ。助け合いだろ、仲間なんてさ」

 二人はしばらく互いの笑顔を目に焼き付けるかのように見つめ合う。

 するとカガリはメルトのすぐ(そば)まで近寄って、撫でるように頭に手を置いた。

「ん?何だよ」

「いや、よく見りゃ可愛い顔してると思ってな」

「はあ!?なんだいきなり!子供扱いすんなよ!」

「悪い悪い、そう怒んなって!はははっ!」

 文字通り風船のように頬をぷくっと膨らませて怒るメルトに、カガリは揶揄(からか)うように笑いながら、ぐりぐりとその頭を撫で回す。

 そして次の瞬間その揶揄いの笑みが消えたかと思うと、柔らかな微笑を浮かべ。

「……話、聞いてくれてありがとな、メルト」

 声のトーンを落として、心からの感謝を述べた。

「ホントに話聞いただけだけどな。オレも長話聞かせちまったし」

「それでもあたしは救われたよ。ありがとう」

「へへ、気にすんな!助け合いだろ、仲間なんてさ!」

 メルトは朗らかに笑って、先程のカガリの言葉をそのまま返した。

「…………!」

 その笑顔に、カガリは胸の奥が熱くなるような感覚を覚えていた。

 徐々に心臓の鼓動が速くなっているのが自分でも分かる。

 体温はどんどん上がっていき、同時にじわじわと全身から汗が滲み出す。


 ──え?なんだこれ、なんであたしこんなガキにドキドキしてんだぁ!?


 初めての感覚に混乱しつつも、自らの頬がきっと炎のように紅潮しているだろうことを察し、両手で顔を覆い隠す。

 それでも隠しきれない真っ赤な顔に気付かれまいと顔を逸らし、心臓の鼓動にも気付かれまいと、メルトからさらに少し離れる。

 が。

「……どうした?カガリ」

 急にしおらしく縮こまったカガリの肩を掴んでその顔を覗き込むメルト。

「っ!」

 至近距離まで近付いたメルトの顔に、びくりと目を見開く。

 心臓の高鳴りは最高潮へと達していた。

 カガリは大きく深呼吸し。

「……あ……あのさ……やっぱ……」

 と、意を決したようにその瞳を見つめながら、メルトの頬に手を添えたカガリは。


「今日は……一人になりたくねえ気分だ……お前んとこで過ごしてもいいか?メルト」


 目を細め、甘えるような声でそう言った。

 対して、メルトは。


「おう、それくらいお安い御用だぜ!」


 明らかにその意図を全く分かっていない純朴な笑顔で受け入れた。

 想定以上に無垢な反応に面食らい、口をあんぐりさせるカガリ。

「あ、でもホテルに勝手に人入れていいのかな?訊いてみないと。一人部屋だからベッドも一つしかねえし……」

 などと言いながら腕を組んで首を傾げるメルトの頬から手を離し。

 ──コイツにゃ早過ぎたか?ちょっと揶揄(からか)ってやるつもりだったのに、調子狂うぜまったく……。

 とカガリは肩をすくめて呆れつつも愛おしむような眼差しを向ける。

 そして後頭部で手を組み。

「くくくっ……ま、今日は姉ちゃんが面倒見てやるか」

 年端のいかない弟を見守る姉のような顔で呟いた。

 メルトへ抱いた想いは、色恋などではなく親愛のような感情なのだと、自分に言い聞かせるように。

「はあ!?面倒見てやってんのオレだろ!?」

「はははは!なーに言ってんだガキンチョめ!」

「誰がガキだ!そんなこと言うなら部屋入れてやんねえぞ!」


 言い合いながら、二人はホテルへと帰っていった。



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