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六章 †導きし強さ†

「ごめんねぇ」


 と、映像上のインフェルノは、嘲笑を含ませながら謝罪を口にする。

 そして取った王の首を無造作に放り、話を続ける。

「別に初っ端から王様殺して乗っ取ることもできたんだけどさ、やっぱりまずは知ってほしかったんだ。僕たち魔族の強さを。キミたちの無力さを。そして刃向かうことの無意味さを。下等生物のキミたちでも、ここまでやれば流石に理解できたよね?」

 飄々とした顔で淡々と言う。

「今ここへ僕らの王、ライザー様が向かってる。ライザー様のための玉座も用意したんだ」

 血塗れの玉座の()の中心に、かつてあった人間用の玉座はなく、代わりに十数メートルはありそうな玉座が置かれていた。

 ライザーのサイズに合わせて壁も天井も破壊され、もはや元の城の面影はない。

「ここにライザー様が着座された時こそ本当の支配は始まる。"この国"じゃなく──"この世界"のね」

 世界への宣戦布告。

 普段と何ら変わらない軽いトーンで、インフェルノの口からそれは放たれた。

 ──何で俺までこんなモンに映されてんだ?結局テメエが全部喋ってんじゃねえか。

 と横に立つバレットはつまらなそうに手をポケットに突っ込んで溜め息を()く。

「ライザー様が到着したらまた放送するからさ、まあ楽しみにしててよ。それじゃ、今度は"僕らの世界"でお会いしよう。さようなら~」

 インフェルノがにこやかに手を振りながら、放送はそこで途絶えた。


 † † †


「こ……これって……」

 ホテルでテレビを見ていた風船族の少年・勇者メルトは、呆然としていた。

 そこへ一本の電話が鳴り響く。

 メルトはその音にびくりと跳ね上がり、慣れない手つきでホテルの備え付けの電話の受話器を取る。

「は、はい!もしもし!」

「私です。ムガです」

 野太い声で名乗ったのは、ヴァリアール王国陸軍中佐、ユネ・ムガだった。

「お、おお、中佐さんか!どうしたんだ──って、聞くまでもないか」

「今の放送、観ていたみたいですね。ヴァリオスの基地からの通信によると、残念ながらフェイクではないようです……この国のトップは、ヤツらに一人残らず殺害されました」

「……そっか」

「一時間後、演習場へお越しください。マキア大佐より、緊急会議がしたいとのお達しです。勿論、可能であればで構いません、貴方はこの国の国民ではありませんから。すぐにこの国を出て、ヤツらからできる限り遠ざかるというのも一つの手です」

「いや、行くよ!戦うって決めたんだ。それにあの様子じゃ、この星にいる限り逃げ場なんてなさそうだしな」

 そしてメルトはすぐに準備を整え、ホテルを出た。


 † † †


 ニント村北部・王国陸軍第35演習場。

 そこには、二日前から過酷な訓練に参加していた屈強な男たちが集まっていた。

「諸君、今日もお集まりいただき感謝する!」

 お立ち台に立って声を張り上げたのは、大佐グィン・マキア。

「皆もすでに知っているだろうが、この国は魔族に乗っ取られた!僅か二日間で、ヴァリアールの五大都市、及びその他の主要施設を有する都市、全てが陥落した!犠牲者は五百万人を超えている!だが、我々王国陸軍は決して屈しない!一人でも多くの命を守るため、どうか我々と共に戦ってくれ!」

「はい!」

 民間から集められた烏合の衆だったはずの者たちが、まるで統制のとれた軍隊かのように揃った返事を演習場に響かせる。

 二日間という短い時間だが、訓練を共に乗り越えた男たちの団結力は凄まじいものがあった。

 ただ、その数が僅かに減っていることに、勇者メルトは周りを見回して気付く。

 ──そりゃあんな光景見せられちゃ、覚悟が揺らいじまうヤツもいるか……。

「あら、メルトちゃん、逃げずに来たのね。さすがよアナタ、惚れちゃいそう」

 と横から話しかけてきたのは、ハルクス・ジェン・フートラッド。

「へへ、ハルにゃんこそ、全然ビビってない感じだな」

「ウフフ、この私が魔族なんかに負けるわけがないもの。あんなゲス野郎ども、この上腕二頭筋で捻り潰してあげるわよ」

 ハルクスは余裕の笑みを浮かべながら腕の筋肉を膨らませる。

「さすがだぜ。オレもハルにゃんくらいムキムキになりたいけど、風船族(バルーンズ)には筋肉がないんだよなぁ」

「どうやって動いてるのよ?」

「よくわかんないぜ。ちなみに骨もないらしい」

「軟体動物?」

 談笑していると。

 マキアが立っていたお立ち台に、もう一人の人物が登壇した。

 二人は話をやめて視線を移す。

「作戦会議の前に、まずは紹介する!彼女も今日から新たに訓練に加わってくれることになった!」

 マキアは一歩下がって、隣の人物を前に立たせる。

「え?あれって……」

 見覚えのあるその姿に、メルトも目を見開いた。

 燃えるような真っ赤な髪と、黒いセーラー服のスカートを靡かせて、その女は名乗る。


「カガリ・スパイラルだ!よろしく!」


 カガリ──魔族が侵略を開始した西方都市ウートゥラーにて大敗を喫し、最東端のこのニント村まで吹っ飛ばされてきた二人組のうちの一人だ。

 男たちはざわつき始める。意識を取り戻すだけでも奇跡に近いと感じるほどの瀕死状態で落ちてきた女が、全身至る所に包帯を巻きながらも、当然のように立って歩いている。

「オイオイ、何だよお前ら幽霊でも見たような反応しやがって」

 カガリは顔を(しか)める。

「あんた、こないだ降ってきた人だろ?動いて大丈夫なのか?」

 降ってきたカガリたちをその体で受け止めた張本人であるメルトが、心配そうに尋ねる。


「お!?お前かーっ!!」


「えっ」

 カガリはお立ち台から大ジャンプしてメルトの前に着地すると。

「その風船みてえな体!お前があたしたちを救ってくれた勇者だろ!?グィンから聞いたぜ!ありがとなー!」

 満面の笑みを浮かべながら、メルトの背をバンバンと叩く。

「い、いや勇者じゃないし……てか怪我は……?」

「へへっ、これくらいの怪我どうってことねえさ!あたしは十勇の末裔だからな!」

「え!?」

 自慢げに胸を張るカガリに、一同は驚愕の眼差しを向ける。

「その通り」

 とマキアが説明に入る。

「彼女は十勇"レッカ・ヒノワ"と"マイナ・スパイラル"の末裔だ。世界連盟に所属し、これまでにも幾度となく魔族の撃退に当たってきた。特にレッカの力を強く受け継ぎ、並外れた身体能力と拳から放つ灼熱の炎が武器だ。ついた渾名(あだな)は"烈焔(れつえん)のカガリ"」

「魔族と戦ったことがあるのか!心強いな!」「ん?なんで二人?」「たしか伝説じゃあレッカとマイナは結婚したんじゃなかったか」「そういやそんな話もあったな」「マイナってのはたしか、すごい魔導士だっけか?」

 男たちは記憶を探り、幼い頃に聞いた十勇伝説を振り返る。

「そう!つまりあたしらスパイラル家は、二人の十勇の力を受け継いだ最強の血筋ってことだ!」

 誇らしげに言いながらカガリは両拳を握り締め、そこに激しい炎を灯して見せた。

 男たちは初めて見るその特異な力に感嘆の声を上げる。

「その手は熱くないのか……?」

「ああ、うちの家系は全員、遺伝子レベルで炎耐性マックスだぜ」

 にしし、と笑いながら、燃えたままの手で親指を立てる。

「ねえ、"あたしら"ってことはもしかして、もう一人のイケメンくんもそうなのかしら?」

 と、ハルクス。

「おう、アイツは弟のレイジだ。あたしと違ってマイナの力を継いでる。だからいくつか魔法も使えるんだが、ほとんどは氷の魔法だな。どうも才能がねえようで、ご先祖サマみてえにいろんな魔法使いこなすのは無理なんだとさ」

「そうなのね。ひとえに末裔と言ってもピンキリあるってことかしら」

「だな。アイツあたしより軽傷だったクセにまだ寝てやがるし」

 カガリは拳の炎を消しながら溜め息混じりに言う。

 むしろあんたが異常なんだ、と全員が脳内でツッコんだが、同時に、肉体派であるレッカの末裔が魔導士であるマイナの末裔より頑丈なのも当然だろうと納得していた。

「その点あたしは超天才だ!この"紅蓮拳(ぐれんけん)"は歴代最高の威力だと専らの評判だぜ!」

 カガリは意気揚々と拳を突き出す。

「つうかよ、なんでおめえらいきなり空から降ってきたんだよ?」

 獣人のオオカミ男が尋ねる。

 するとその瞬間、これまでの態度が嘘のように突然表情が曇り。

「………………てきた」

 小声になったカガリに、一同は首を傾げる。

「あ?なんて?」

 追い打ちをかけるかのようにオオカミ男は耳をピコピコと動かし訊く。

「に……逃げてきたっつったんだよ!ウートゥラーで魔族の幹部にボコボコにされてな!」

「!?」

 二日間寝ていたせいで忘れていた敗北の味を思い出したのか、瞳を潤ませ、握り拳を震わせながら、カガリは行き場のない悔しさをぶつけるように言った。

 男たちはざわつく。

 十勇の末裔にして、拳から炎を放つ異能者にして、命の危険のある重傷から二日で回復してきたこの化け物のごとき女が、一方的にやられる程の相手が敵軍にいる──それは多くの一般人を絶望させるには十分な事実であった。


「うるせぇっ!」


 カガリは吠え、そんな不安の声を掻き消す。

「このままじゃ終わらねえさ……やられっぱなしで終わるなんて死んでもゴメンだ!だからてめえら、しっかりリハビリに付き合ってもらうぞ!」

 炎は出さずとも、その熱気は全員に伝播し。

 この場に満ちた絶望は、あっという間に闘志へと変わった。

 瞳に潤んでいた涙も蒸発したようだ。

「はは、よく考えたらあんなに大怪我してもまだ戦おうとしてるってだけですげえことだよな。十勇の凄さは力の強さだけじゃない……文字通り、勇気の強さなんだ」

 メルトは感心して笑う。


「──さて。そろそろ良いか?作戦会議を開始するぞ」

 黙って見守っていたマキアがそこで口を開いた。


 マキアは理解していた。リーダーとしての資質が自分には不足しているということを。

 ただの軍人として見れば何も問題はないが、今のこの状況で必要なのは──強さだ。

 メルトも言った通り、その強さとは"力"だけではない。

 それはカリスマと言い換えても良い。

 筋肉アイドルとして"名"の強さを持つハルクス。

 剣技において突出した"技術"の強さを持つカルナ。

 そして"力と勇気"の強さを持つカガリ。

 何の強さも持たない一介の軍人たるマキアは、その全てを利用しなければ人はついてこないと知っている。

 だからこそ彼らのコミュニケーションに深くは介入せず、彼女はただ静かに待つのだ。


 † † †


 作戦会議とは銘打ったものの、集められた一般素人に作戦など考えられるわけもなく、実際にはすでに軍内部で行われた会議で決定した作戦を共有するものだった。

 作戦の共有は一時間程度で終わり、昨日一昨日と同じく訓練が始まっていた。


「どわぁっ!」

 木刀ごと弾き飛ばされ、メルトは壁に叩きつけられる。

 生身の人間なら大怪我していてもおかしくない勢いだったが、風船の体のお陰で大したダメージもなく、バインバインと体が弾む。

「あっ、ごごごめんなさいメルトくんっ!大丈夫!?」

 弾き飛ばした相手であるカルナは慌てて駆け寄り、地面に手をつくメルトの肩を抱えた。

「いつつつ……へへ、大丈夫大丈夫!でも今の、結構良かったんじゃないか?」

 メルトは膝を立てて座り直し、落とした木刀を拾う。

「ええ、素晴らしい才能だわ。追い詰められてつい力が入っちゃって……ほんと私ったら……」

「いやいや、カルナさんは流石だよ。オレも軽いとはいえ、めちゃくちゃ吹っ飛ばされちまった。けど、なんとなくコツを掴んだ気がするぜ」

 メルトは確信めいた笑みを浮かべ、木刀の柄をゆっくりと、確かな力で握り直す。

 そして座ったまま弾力を利用してその場でバインと跳ね上がると、空中で一回転し、木刀を構えた状態で着地。

「おっし!もう一本頼む!」

 改めてカルナと対峙する。

「勿論、何度でも受けて立つわ」

 若者が恐るべき早さで成長していくさまを楽しむように、カルナも笑みを浮かべて木刀を構えた。



 † † †



 それから数時間が経ち、陽が沈む頃。

 訓練が終了し、集められた面々は三々五々に帰っていく。

「ふいー、疲れたぜ」

 勇者メルトもタオルでキュッキュと音を立てて、ゴム質の肌に伝う汗を拭きながら、自らの滞在するホテルへの帰路についていた。

 ニント村は元々あまり人口が多くない──だからこそ重要度が低いと見られて、未だ狙われずに済んでいるのかもしれない──が、やはり魔族への恐怖や警戒によるものだろうか、普段以上に人通りは少ない。

「でもこんだけキツい訓練を乗り越えりゃ、もしヤツらが攻めてきても楽勝だな!へへ」

 などと、閑散とした歩道を歩きながら、頭の後ろで手を組んで楽観的な独り言を口走る。

 メルトはまだ実際に魔族と戦闘することは勿論、その目で見たことすらもないのだ。この国が乗っ取られているということへの実感が著しく欠けていた。

 それはメルトだけではなく、訓練に参加している多くの者たちにも当てはまるだろう。


「待てよ、メルト」


「ん?」

 振り返ると、カガリがいた。

「おー、えっと、カガリだっけか?どうした?」

 メルトは軽い口調で訊いたが、夕陽の逆光でよく見えなかったカガリの表情が少しずつ見えてくると、すぐに真面目モードになる。

 その顔は今朝、魔族から逃げてきたことを打ち明けた時と同じだったからだ。

「何かあったのか?」

「……あたしは……やっぱり怖いよ」

 震える声で、カガリは言う。

「ライザーの右腕──B2(ビーツー)とか言ったか。アイツの強さは別次元だった。正直言って、全く勝てるビジョンが見えねえんだ……」

「おいおい、らしくねえな!いやまだあんたのことそんなに知らないけどさ!」

「分かってるさ。こんなんあたしじゃねえ……でもダメなんだ……思い出すとどうしても不安になっちまってよ……」

 俯くカガリにメルトは困惑し、頭を掻きながら。

「なんでそんなのオレに言うんだ?オレなんてあんたよりよっぽど弱っちいぜ。今日もカルナさんにボコボコにされちゃったしな」

「そんなことねえよメルト。あんたは(つえ)え。訓練、ちょっと覗いてたんだ。あのエルフのおばさんも十勇の末裔なんだろ?みんなあのおばさんからアドバイスは貰っても、直接手合わせするのは避けてた。そりゃそうだ、普通の人間が敵うわけがねえ。なのにあんたはどうして、あんなにボコボコにやられて、何度も挑んでいける?」

「なんでって言われてもな…… カルナさんも手加減してくれてるし、オレ風船族だから吹っ飛ばされて怪我することもないし、別にただの訓練じゃん?」

「そ、そりゃそうだけどよ……」

「あんただって今朝、負けても立ち上がってリベンジに燃えてただろ?オレ感動したんだぜ、やっぱ十勇は(すげ)えって」

「あんなの、無理やり自分に言い聞かせただけだ。あたしにはそうするしかねえから……でもちょっと気ぃ抜くと、やっぱ怖くなっちまう……だからこうしてあんたに話してんだよ」

 まるで神に救いを求めるかのように、今にも泣き出しそうな顔で、声で、カガリは言う。

 メルトはそれを見て深く溜め息を()き。

「……あんまり言いたくねえけど、一つ教えてやる」

 と、心底イヤそうな顔をしながら口を開いた。


「オレも──逃げてきたんだ」


「え?」

 カガリは目を見開く。

「旅行でこの国に来たとか言ったけどさ、本当は違うんだ」


 そしてメルトは、この旅に至った理由──自身の過去を、語り始める。



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