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四章 †降臨せし天使†

 † † †



 天域(てんいき)


 文字通り、そこは天使たちの住む領域。

 周りを雲海で覆われた、直径十キロメートル程の浮遊する島。

 その中心には数百メートルに達しようかという大樹が直立し、その周囲に白く四角い建物が所狭しと並んでいる。人間界にあるビルのように背の高いものはなく、そのどれもが二、三階建て程度の高さだ。

 だがその北東部に唯一、巨大な白い城塞のような建築物が存在していた。

 名を──"神の塔(テオンピルゴス)"。


 その一室で、白い翼の生えた人間──いわゆる天使たちが数十人、大きな鏡の前にずらりと並んでいた。

 磨かれた鏡面に映し出されていたのは彼らの姿ではなく、地上の景色だ。

 魔獄から這い出てきた魔族によって、混乱の渦に巻き込まれ、逃げ惑う人々。

 戦禍により破壊され、燃え盛り、崩れ去る街。

 天使たちはその映像を緊張の面持ちで見つめ、中にはあまりの被害に目を逸らす者もいる。


「うぅむ……困ったことになったのう。魔族がこれほどの兵力を溜め込んでおったとは……」

 天使たちの真ん中に木杖を突いて立つ、長い白髪と白髭を蓄えた老人が、その髭を撫でながら呟いた。

「どうしますか?神様」

 老人に声を掛けたのは、その右隣に立っていた長身の男。

 サラサラの美しい黒髪を腰の辺りにまで伸ばし、純白のスーツがそれをさらに際立たせている。

「そうじゃのう……ファイブル、おぬしが下界へ降りて戦うわけにはいかんかのう?」

 神様と呼ばれた老人は、その側近らしき長身天使ファイブルに提案するが。

「私がですか?しかし、"神官(シノディア)"たる私がこの神の塔(テオンピルゴス)を離れても良いものでしょうか。下界へ派遣するにしても、まずは"神兵隊(ストラティオーティス)"を向かわせるべきでは?」

 と、ファイブルは代案を提示する。

「ふむ、それもそうか。しかし魔獣はともかく、魔人に太刀打ちできる神兵(しんぺい)となると限られるじゃろう」

「そうですね……」

 と、二人はその鏡の部屋に集まった天使たちをぐるりと見渡す。


「はいはい!私、行きます!」


 元気よく手を挙げたのは、若く小柄な女天使。

 ピンク色に艶がかったショートボブヘアーで、頭のてっぺんにはぴょこんとアホ毛が飛び出している。

「ピレッタ。おぬしは駄目じゃ」

「ええっ!?」

 神に一蹴され、ピレッタと呼ばれる少女はショックで反射的に大声を響かせた。

「ったく、耳元で大声出すなよ……そんなに驚くことか?神兵隊(ストラティオーティス)に入ってまだ半年だろお前」

 気だるげな表情で横から口を出したのは、白い鎧を身に纏った中年天使。

 天然パーマの茶髪と、短い顎髭を蓄えている。

「別に歴は関係ないじゃないですかっ!」

「あーもう、うるせえなぁ……」

 吠えるピレッタをかわすように、中年天使はうんざりした顔で片耳を塞ぎ、気のない声で漏らした。

「まあまあ、積極的なのは良いことですよ」

 とファイブル。

「ただ、私も同意見です。確かにピレッタには才能がありますが、今はまだその時ではありません」

「ファイブル様まで!昨日の修練でも私、一番成績よかったんですよ!?ファイブル様だって見てましたよね!?」

 ピレッタは眉間に皺を寄せ、身を乗り出して頬を膨らませる。

「馬鹿、神官(シノディア)様にまで噛みついてんじゃねえよ」

 と、中年天使はピレッタの白い制服の襟を後ろから掴んで引き留め。

「ハァ……仕方ねえ。俺が行きますよ」

 そしてやはり面倒そうに、後頭部を掻きむしりながら名乗りを上げた。

「おお、ロット、行ってくれるか。おぬしになら安心して任せられるのう」

「えーっ!私の方がロットさんより成績良いのに!」

 納得がいっていない様子のピレッタを無視し、ロットと呼ばれた中年天使は、後ろに立っていた数人に向かって声を掛ける。

「キラベル。ウルハム。フレイヤ。ゲルモン。カイザリー。ついてこい」

「はい」と上品に応えるのは、露出度の高い豪奢な服に、金髪をシニヨンでまとめた美女・キラベル。

「ああ」と力強く応えるのは、岩山のような体つきをした、ツンツン頭の大男・ウルハム。

「うん!」と元気に応えるのは、ロットと同じく白い鎧を纏う、青髪の女騎士・フレイヤ。

「……」と無言で頷くのは、黒マスクで顔の下半分を隠した、全身黒服のモヒカン男・ゲルモン。

「待ってましたァ!」と嬉々とした顔で応えるのは、ツーブロックのヤンキー風の男・カイザリー。

 五人は各人各様の返事をした後、ロットの周りに集結する。

 ロットは五人と顔を見合わせてから、神の方へ向き直す。

「良いですよね?流石に俺一人であの数は荷が重いですよ」

「勿論じゃ。おぬしの選抜なら間違いはあるまい」

 神は信頼の笑みを浮かべて強く頷いた。

「それでは準備が整い次第、下界への門を開放します。他の皆さんももしかすると出番が来るかもしれません。いつでも出れるよう、心の準備をしておいてください」

「はっ!!」

 神官ファイブルの指示に、神兵隊(ストラティオーティス)の天使たちは揃って応えると、それでこの場は解散となった。


 † † †


 およそ三十分後。

 神の塔(テオンピルゴス)の地下にあるホールのような場所に、神とファイブル、そして戦闘準備を整えた六人の天使たちが集まっていた。

 そのホールの中央には、祭壇のように床に水平に置かれた直径三メートルほどの輪があった。

 ロットたちはそれを囲むように並ぶ。

(みな)、準備は()いな?」

 神はその輪に繋がる台座のような部分に立って、六人の顔を見回しながら確認する。

「はい!」

 六人は頷く。

「うむ。それでは門を開くぞ」

 神は杖の先をその台座に開いた穴に、鍵のように差し込む。

 その瞬間、杖の先端から光が放たれる。

 光は台座に刻まれた溝へと吸い込まれ、流れるように輪へと到達した。

 そうして輪の全体が光り始めると、さらに中心に向かってその光が渦を巻くように伸びていき、水面のように輪の内側を埋める。

 光の水面の下には、下界の景色が映し出された。

「そんじゃ、行ってまいります」

 ロットは神に一礼する。

 続けて自分の選んだ五人を見回し。

「行くぞ」

 と、泉に飛び込むように輪の中へ足を踏み入れると、それに続いて他の五人も同様に輪をくぐった。



 † † †



「クククッ……ようやく降りてきやがったか……"天使"が……!」

 ヴァリアール王国・首都ヴァリオスにて、魔族バレットはその降り注ぐ光の中から感じる力を、ビルの上から待ち構えていた。

 その傍らには、涙を流しながら茫然とするガルンビカイナ人・リオの姿もある。

「よう。そこまでだぜ、魔族さんよ」

 その光の中から、ロットの一団が白い翼をふわりと羽ばたかせながら姿を現す。

 スポットライトのように天使たちを照らしていた光の柱は、役目を果たしたように少しずつ細くなって消えた。

「六匹か……!ククッ、天使ィ!俺んとこに降りてきてくれるたぁラッキーだぜ!」

 バレットは嬉々とした表情で両手を広げ、上空の天使たちを歓迎する。

「うわぁ顔こわ……」

 と青髪天使フレイヤは顔を引き攣らせドン引きする。

「あ?ラッキーだぁ?」

 対照的に、ヤンキー天使のカイザリーは喧嘩腰で訊き返した。

「分かってんだよ!テメエらは一度に数人しか下界にゃ降りてこれねえ!天域を常に護ってる障壁に穴ぁ開ける必要があるからだ!すぐ閉じねえと俺らみてえなヤツが天域に侵入してこねえとも限らねえ!そうだろ!?」

「そこまで知られてんのか……面倒臭えな……」

 ロットは溜め息混じりに後頭部を掻く。

「は?だからそれの何がラッキーなんだよ?意味わかんねえぞお前」

 カイザリーは腕を組んで首を傾げる。

「おバカさんね」

 とカイザリーに突っ込んだのは金髪美女のキラベル。

「口振りからして天使(わたしたち)が降りてくるのは想定していたようだけど、同時侵攻している各都市のどこに門を繋ぐかは分からない。それがこうして自分の前に現れて、戦うことができる。きっとそれが嬉しいのよ。"千里鏡(カフレフティス)"で見た限り、この魔族は生粋の戦闘狂のようだから」

「おお、なるほど……ってなるかぁ!」

 カイザリーは持っていた白い槍を両手で上に掲げると、円を描くように回転させ始めた。

「舐めてんじゃねえぞゴルァ!魔獄へ帰りやがれ!"槍嵐(ティエラ)"!!」

 技名を叫びながら、回転させた槍をそのままバレットへ向けて下ろすと、回転によって生み出された風が竜巻となって放たれ、一直線に襲いかかった。

 が、バレットは微動だにせず、それを生身で受け止め。

「何だこりゃ?涼しいぜ」

 と余裕の笑みを浮かべながら煽る。

 次の瞬間には、カイザリーは槍を構えてバレットの眼前にまで接近していた。自ら発生させた竜巻に乗って加速したのだ。

 しかし。

「ガッカリさせんじゃねえぞ、天使ィ!」

「何っ……」

 加速の勢いのままに突き出された槍の先端を、バレットは容易く左手で横から弾いてその軌道を逸らし、残る右手拳によるカウンターをカイザリーの顔面へと放つ。

 その拳は間一髪、ロットの持つ白い盾によって防がれた。

「させねえよ」

「ククッ、良い反応だ!」

 二人は睨み合い。

 刹那、ロットは右手の剣で斬りつけ、それをバレットは拳で弾く。

 反撃の拳がロットを襲い、それを盾で防ぐ。

 目にも止まらぬ速度でその攻防が幾度となく繰り返され始めた。


(はや)るなカイザリー、連携せずして敵う相手ではない」

 巨躯(きょく)の天使ウルハムはカイザリーの側へと降り立ち、挑発に乗り攻撃を仕掛けた独断専行を(たしな)めた。

「すまん!」

 カイザリーは一言謝罪を述べ、ふうっと息を吐いて冷静さを取り戻すと、翼を羽ばたかせることで少し後ろへ飛び退いてバレットから距離を取り、槍を構え直す。

「それからそこの異星人のお嬢さん」

 とウルハムはリオに声を掛ける。

「下がっていなさい。ここは我々がなんとかする」

「は……はい……」

 リオは訳もわからないまま、装甲の浮遊機能でビルの下へと降りていった。

 そこへフレイヤとゲルモンの二人も剣を構えながら近付き、五人の天使がバレットを囲う形となった。

 そしてキラベルだけは、上空からその戦況を俯瞰で窺っている。武器も持っていないことから、なんらかの特殊な役割を持っているのだろう。

 囲まれたことに気付きロットから距離を取ったバレットは、眼球だけをギョロギョロと動かして、天使たちの位置や装備を確認すると、再び歯を剥き出しにして笑みを浮かべる。

「良い!良いぞ!やっぱり地上のカスどもとは違うな!特にテメエ!」

 と、ロットを見て言う。

「そりゃどうも。だが悪いな。サシではやってやれねえぞ」

「当然だ!全員で来いよ!テメエら全員が命懸けで連携取って、それでようやく戦いらしいモンにはなるだろうぜ!それでも対等とはいかねえだろうがな!」

 この誰がどう見ても圧倒的に不利な状況下でもバレットは傲慢な態度を貫き、正面に対峙するロットはまたも溜め息を溢した。

「ったく、うるせえなぁ……そんなに騒ぐなよ」

 ロットもあくまで普段の振る舞いを崩さず、冷静に次なる一手を模索する。


 数秒の睨み合いの(のち)、仕掛けたのは、巨躯のウルハム。

 普通の人間ならば持ち上げることすら困難であろう大斧を片手で振り被り、右後方からバレットの首筋へと振り下ろした。

 バレットはそれを見もせずに右手で掴む。

「む……!」

 ウルハムは咄嗟に引き上げようとするも、斧はびくともしない。

「ククッ!」

 とバレットは悪鬼のごとき笑みを浮かべながら、そのまま掴んだ斧の柄をグイと引き寄せ、フリスビーでも放るかのように、斧ごとウルハムの巨体を宙へと放り投げた。ウルハムは呆気にとられた顔のまま、叫び声を上げる暇もなく前方へ吹き飛んでいった。

 その一連の流れを終える頃、すでにカイザリーとゲルモンはそれぞれ槍と剣を構えて動き出していた。

 左右から同時に繰り出される刺突。

(おせ)えよ」

 刃が到達する瞬間、分かっていたかのようにバレットは両腕を広げ、左手は剣の(きっさき)を、右手は槍の穂先を、それぞれ掴んで止めていた。

 が、それも作戦の内だった。

 ──今だ!

 両手が塞がり無防備になったその背後から、フレイヤが斬りかかる。

 左の首筋へと全力で振り下ろされたその剣を、バレットはかわすことができず切り裂かれたかに思われた──が、折れていたのは剣の方だった。

「魔力防壁か!」

 フレイヤは驚愕しつつも、何が起きたのかすぐに察知する。

 魔力防壁──攻撃を受ける部分に魔力を集中させることによって、防御力を爆発的に高める、魔族の技術。これまであらゆる銃火器攻撃を無効化していたのもこの技術によるものだろう。

 そしてロットにとっては、それすらも想定の範囲内だった。

 ロットも同じくして、正面から剣で斬りかかっていたのだ。

 神兵隊(ストラティオーティス)でも群を抜いた剣技を誇るロットの研ぎ澄まされた刃は、バレットの右肩から左の腰にかけて両断する──はずだった。


「オイオイ、それが本気か?」


 バレットは笑みを浮かべたまま言う。

 ロットの剣ですらもバレットの体には傷一つ付けられず、肌の表面で止められていたのだ。

「何……!?」

 そして両手に持った刃を引き寄せ。

「ぬおっ!?なんつうパワーだこいつ!」

 カイザリーとゲルモンごと持ち上げ、挟み込むように目の前のロットへと叩きつける。

 ぶつかる寸前、咄嗟に左右の二人が武器を手放し、ロットも後ろへ飛び退いてかわしたことで、結果的には剣と槍がぶつかり砕け散った。

「お前……何をした?」

 ロットのその頬には、つう、と汗が伝う。

「ククッ、分からねえか。確かに魔力防壁は、同時に複数箇所展開するにゃぁかなりの魔力精度が要る。それが前後同時ともなれば尚更な。テメエらの狙いは正しかったと思うぜ……だが」

 とバレットは頭を前に向けたまま、瞳だけをぎろりと動かし、背後のフレイヤを睨む。

「残念だったな。俺の体は防御なんざせずとも、コイツ程度の剣じゃ斬れねえ」

「な……どういう意味……!?」

 天使たちは武器を強く握り締め、ごくり、と唾を呑み、返答を待つ。

 そんな緊張した面持ちを見てやはりバレットは嘲るように笑みを浮かべながら、言う。


「俺は──十勇"シュウ・ドレッドノート"の末裔だ!」


「十勇……!」

 天使たちは愕然とし息を呑んだ。

「シュウ……鋼の肉体を持つ伝説の格闘家か……」

 ロットだけは頭の片隅にその可能性も置いていたようで、冷静に十勇の特性を思い出す。

「鋼の肉体……それで剣も弾いたってことか……!」

 フレイヤはその表情を驚愕と恐怖に歪ませた。

「ククッ……ははははは!!そうだ!俺が防壁を張ったのはそっちの男の剣だけだ!それ以外のカスどもの攻撃に、防御なんざ最初(はな)から必要ねえんだよ、俺にはな!!」

「……それを聞いて安心したよ。全ての攻撃が効かねえわけじゃねえんなら、やりようはある」

 そう言うロットの表情から、もはや一切の余裕は失われている。

「クククッ、見込んだ通りだ……この程度で絶望されちゃあつまらねえからな!さあ、もっと俺を楽しませてみろ、天使ども!!」



 そんな戦況を、上空から見守る女が一人。

 武器を持たず何かの役割を担っているであろう金髪美女キラベル──の、さらに遥か上空。

 雲に隠れるようにして、その女は羽ばたいていた。

「あのロットさんが押されてる……──」

 ピンク髪の天使の少女──ピレッタだ。


「……私がなんとかしなきゃ……!」


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