四十一章 †創造されし想像†
「え……ぼくぅ!?」
アダーは狼狽する。
「アダーの"夢想の絵筆"なら遠距離攻撃もできるんだろ?剣士相手ならあんたが一番有利だ。魔人との戦闘経験もあるしな」
「ええっ!?ムリムリムリっ!カガリちゃんがそこまで言うってことは、さっきの人と同じくらい強いんでしょ!?あんな速さで来られたらぼく、お絵描きする暇もなく一瞬で死んじゃうよ~!?」
アダーは全力で首を横に振って拒否するが。
「アダーちゃんが無理なら他の誰でも厳しいってことよ。ここまでついて来たんだから、頑張りなさい」
とハルクスが背中を押す。
「だな!負けたって誰も責めやしねえさ。当たって砕けろだ!」
メルトもそう言って気合を入れるようにアダーの背を軽く叩き、その横のカガリとクツミカも応援するようにアダーへ微笑を向ける。
「……はあ〜……」
とアダーは肩を落としながら大きく溜め息を吐き。
「しょうがないなぁ……まあそうだよね、ここまで来ちゃったんだもん。やるだけやってみるよ!」
自分の両頬をパチンと叩いて、覚悟を決めた顔でサークルに足を踏み入れた。
「くくっ……準備は良いな。それでは二回戦を開始する!」
マウトの開始宣言と同時に、サークルが光を放ち。
次の瞬間、アダーとサイガは水晶の中の仮想空間へと召喚された。
荒野の真ん中で、二人は対峙する──などと言う間もなくサイガは一瞬で距離を詰め、アダーの胴を真っ二つに斬り裂いた。
「アダーッ!」
メルトは思わず叫ぶ。
「こっわ~!絶対そう来ると思った~!」
「あ?」
両断したはずのアダーの体が、段々と色味を失い、薄れて消えていく。
「残念!ニセモノのアダーちゃんでした!」
べ、と舌を出した本物のアダーは、すでに数十メートル先まで全力で逃げていた。
「あぁ!?やる気あんのかテメエ!」
サイガは再び凄まじい速度でアダーへと斬りかかるが。
「ぎゃ~!こっち来んな~!」
アダーは夢想の絵筆をブンブンと振り回す。
すると次々に"ニセモノのアダー"が周囲に出現した。
「チッ、何だよコイツぁ!」
サイガはその大量の人形を豆腐でも切るかのように易々と斬り倒し消滅させていくが、出現する速度はそれをさらに上回る。
人形とは言ってもある程度の動きをインプットされているらしく。
「ふぎゃぁ!来ないで!」「ぼくニセモノだよ!?」「ぴえ~!」
などと、本物のアダーも言いかねないようなセリフを吐いて逃げ回っているため、無視するわけにもいかない。
「ど、どうなってんだ?あれって描いたものを実体化させるんじゃなかったっけ?」
観戦中のメルトは呆気に取られる。
「ああ、そのはずだ……あんな技隠してたのかよアダーのヤツ……!」
これについてはカガリも何も聞かされていなかったようで、驚きつつも笑みを浮かべた。
ニセモノに紛れてどこまでも逃げ続けるアダーは。
──みんな今頃驚いてるだろうな~!夢想の絵筆の隠し機能……"コピペ"!一度描いたことのあるものはぜーんぶ記憶して、念じながら筆を振るだけで再現できる!
「プププ」と笑いながら、メルトたちのリアクションを一人で妄想していた。
サイガはアダーを追いかけるが、もはや本物を視界に捉えることすらできないほどにニセモノが溢れかえっている。
「クソッ、面倒臭え……」
するとサイガは、静かに深く呼吸して集中力を高め。
「"浮遊移動"」
唱えた瞬間、サイガの体がふわりと浮かび上がった。
「ほえぇ!?飛んでる!?うっそ〜ん!」
とアダーはそれを見て驚愕する──が。
「ま、準備は間に合ったけどね〜」
ニヤリと悪戯っぽく笑う。
すると無数のニセモノたちが、一斉に上空のサイガの方を向いた。
「"アダーちゃんミサイル"ッ!!」
アダーが言いながら筆を高く振り上げると、同時にニセモノたちの頭部がミサイルの形に変化し、勢いよく発射された。
「はあっ!?」
サイガはその異様な光景に目を疑いつつも。
「"甲空"!」
と空気の壁を作り出し防御する。
数十発のミサイルを防いだところで甲空は限界を迎え砕け散るも、ミサイルはまだまだ残っている。
どこまでも追ってくるアダーの顔面ミサイルを、サイガは空中を自在に飛び回ってかわしていく。
「わお、避けるね〜流石!でもいつまで保つかな〜?」
アダーは勝利を確信したかのように余裕の笑みを浮かべながら、上空のサイガを目で追う。
「ケケッ、馬鹿が!テメエが死ね!」
「ほえっ!?」
サイガは空中から本物のアダーを発見するや否や、一気にアダーの方へ急降下する。
当然ミサイルもそれを追いかける。
「ちょちょっ!?それはダメだって〜!」
アダーがサイガの思惑に気付き逃げようとした時にはもう遅かった。
サイガは墜落寸前で急上昇し自滅を免れるが、ミサイルはその動きに対応できず、そのままアダーの周囲の地面に激突──大爆発を起こした。
「ア、アダーッ!!」
メルトは叫ぶ。
「なんちゃって~!」
「あぁ!?」
そのセリフにサイガは勿論、水晶の外で見守る観戦者たちも呆然とする。
しかし肝心のアダーの姿は、黒黒とした爆煙に隠れている。
見えるものと言えばその周囲を埋め尽くす、頭部発射済みの首無し人形たちだけだ。
「……爆煙の形が……変わってないか……?」
と、それに最初に気付いたのはレイボンだった。やはり爆発には目ざとい。
「……んだこりゃあ……!」
少し遅れてサイガも気付き、天へ立ち昇っていく爆煙を見上げる。
爆煙が少しずつ、巨大な人間のような形に近付いていたのだ。
「"ギガンティックアダーちゃん"、大☆降☆臨っ!!」
そう名乗ったのは、煙の大巨人。
巨人族や、あの魔獄王ライザーすらも比較にならないほどの巨大アダーがそこに現れた。
「なんだ!?おい!何も見えねえぞ!何が起こってんだ!?」
メルトは水晶に顔面を張り付けて覗き込もうとする。
ここまでの大きさはマウトも予想外だったのだろう──水晶の画角に収まり切らなかったのだ。
「まったく……妾の手を煩わせおって……」
マウトがパチンと指を鳴らすと、水晶のズームが引いていく。
「どけメルト。見えねえよ」
とカガリがメルトの首根っこを掴んで水晶から引き剥がした頃に、ようやく巨大アダーの全体像が映し出された。
しかし。
「うおっ!?なんだアレ!?」
「……分からん……」
見えたところで、理解はできなかった。
「ケッ、くだらねえまやかしだ」
「まやかし~!?プププッ、ただの煙と思ってるの~?残念っ!ギガンティックアダーちゃんは~……」
巨大アダーは言いながら、二十メートルはあろうかという右腕を大きく振り上げ。
「最強なのだっ!!」
拳を一気に振り下ろす。
瞬間、仮想空間全体が揺れるほどの物凄い轟音とともに、その拳は巨大なクレーターを作り出した。
「……っ!どんなカラクリだよ!」
サイガは浮遊移動でかわしこそしたものの、途轍もない風圧に当てられて吹き飛ばされる。
すぐに体勢を立て直して着地し、次の攻撃に備えて剣を構えるが。
「えいっ!」
と、巨大アダーは地面に突き付けた腕でそのまま地上を薙ぎ払い、サイガもそれに巻き込まれた。
なす術もなく百メートルほど吹き飛ばされ、地に伏してピクピクと体を痙攣させる。
──クソッ……あの巨体があんな速さで動けるわけはねえ……どっかに隠れた本体と動きを連動させてんのか……原理は分からねえが……。
倒れながらも思考を巡らせるサイガ。
しかしアダーは反撃の隙を与えないため、攻撃の手を緩める気はない。
「とりゃあ~っ!!」
「!!」
百メートル先のサイガまで僅か数歩で詰め寄ると、両足を揃えて跳び上がり、そのまま踏み潰す。
さらに地面を踏み均すように、足を交互に上げては落とす。
空気まで震えるかのような地響きが仮想空間内を支配していく。
「す……凄え……」
「くくっ、あんなの食らったらひとたまりもねえな……」
応援していたメルトとカガリも、その目を疑うような光景には圧倒されていた。
が。
「ほえ?いない……」
気付けば巨大アダーの足元からサイガの姿が消えている。
「あれ~?おっかしいな~……確かに踏んづけたと思ったのに~……」
「ああ、一発目はな。魔力防壁で耐えてすぐ"召喚"で離脱させてもらったぜ」
と、サイガは巨大アダーの頭上に浮かんでいた。
防壁で耐えたとは言っても、その左腕は数箇所折れてひしゃげている。完全に防げたとは言い難い。
それでも右腕が残っていれば充分だった。アダーが反応する前にサイガはその頭頂部を剣で切開し、迷わず内部へと侵入する。
「わわっ!?何してんのっ!それずるい!」
「ケケッ、戦いにズルいもクソもあるかよ!つうかこんなもん出してくるテメエの方がよっぽどズリいだろうが!」
アダーの内部はただただ煙が充満しているだけで、視界は灰色に染まるが、サイガはスルスルと迷いなく降りていく。
どうにか体内のサイガを取り除こうと巨大アダーは踠くが、中に入られてはどうしようもない。
煙の体であるため、自身の体に腕を突っ込んで無理矢理引っ張り出すこともできそうなものだが、サイガの推察通り、アダー本体の動きと連動しているのであれば、その動きも"アダー自身が可能なもの"に限られる。
そしてサイガが下っていった先に辿り着いたのは、巨大アダーの胸部に当たる部分──心臓部であった。
「ケケッ……思った通りだ」
心臓部は小さな空間になっており、そこにアダー本体が居座っていた。
「うわわわわ──」
と降りてきたサイガに発見され慌てふためくアダーは、次の瞬間、頭から真っ二つに両断された。
「わわわ……わ…………あれ?」
アダーは目をぱちくりさせて周囲を見回すと、そこには苦笑するメルトたちがいた。
決着がつき水晶の外に二人が弾き出されたのだ。
「え、ぼく死んじゃった感じ?」
唖然として訊くアダー。
サイガの斬撃が速すぎたのか、斬られたことにすら気付いていなかったようだ。
「まあよくやったよあんたは。ナイスファイト」
そう言ってカガリはアダーの肩に優しく手を置く。
「ああ、凄かったぜ!つうか、どうなってるんだよその筆!あんなのできるんなら教えといてくれよ!」
とメルトも目を輝かせながら駆け寄った。
「えっへへ、みんなごめんね!いや~勝てると思ったんだけどな~」
アダーは特に落ち込む様子も無く、ぺろっと舌を出して自分の頭をコツンと叩く。
「意外と図太いのねアナタ」
とハルクス。
「だって死ぬまでやるっていうから、すっごい痛いの覚悟してたのに……なんか気付いたら終わってたし?プププ、痛くしないでくれてありがとね~」
アダーは結界越しに礼を言うも、サイガは近くの岩に腰を掛けて睨む。
「ケッ、別にテメエに気ぃ使った訳じゃねえよボケ。速攻で決めねえと何してくるか分かったもんじゃねえだろ」
「くくくっ、あんな戦い方を見せられてはな」
マウトもご満悦の様子で笑う。
そんな笑いを遮るように。
「……さあ、そっちの勝ちだぜ。とっとと選べよ」
とカガリは眉間に皺を寄せて催促する。
「まあそう急かすな。妾も決めかねているところじゃ。恐らく防壁を張った相手には何の役にも立たぬビーツは論外として──」
「誰が役立たずだコラ!」
「炎か水か……うぬらならどちらを選ぶ?」
吠えるビーツをガン無視して、マウトは自分の仲間たちに尋ねる。
「さあ、知りませんよ。貴方にお任せします」
カイは興味がないというふうに突き放し。
「私たちに訊くなと言ってるだろう?判断しかねるよ。君が強いと思う方にすればいいじゃないか」
とレイボンは困り眉で肩をすくめた。
すると見かねたサイガがポケットからコインを取り出し。
「ケッ、めんどくせえ。適当でいいだろ。表なら炎、裏なら水だ」
そう言って指でピンと弾く。
弾いたコインは高速回転しながらマウトの顔面へと飛んでいき、マウトはそれを手のひらで受け止めた。
マウトは手の上のコインを確認し。
「……裏じゃ。シガナ、妾たちとともに来るが良い」
「えええええっ!?」
と悲鳴のような叫声を上げるシガナの足元に、移動用のサークルが出現するが。
「ひえっ!!」
思わず飛び退き、シガナは結界の隅にその巨躯を極限まで縮めて拒絶する。
「あんまりですよぉ!なんであんな訳の分からない人たちと一緒に行かなかきゃいけないんですかぁ!」
「行ったほうがいい、シガナ。逆らうとどうなるか分からない」
とクヤは励ますようにその肩に手を置く。
「やだぁぁ!自分は免れたからって他人事みたいに──」
シガナは目に涙を浮かべつつ断固として動かない姿勢を見せていたが。
突如すっくと立ち上がり、サークルへ自ら踏み入った。
「え?シ、シガナ……?」
クヤたちはその急変した態度に困惑するが、止めるわけにもいかず、ただ見送る。
それからクツミカの時と同様にサークルが光を放つと、次の瞬間、シガナはマウト陣営に移動していた。
「くくっ、よろしく頼むぞシガナ」
マウトは手を差し出す。
「は、はい!よろしくお願いします……!」
シガナは笑みを浮かべてその手を握り返した。
「あぁ?な、何がどうなってやがる……気味悪ぃぜ……」
ビーツは片眉を上げて言う。
「"決定結界"の強制力が働いたんだ」
とカガリ。
「思考まで書き換えられるってのかよ……!?」
「……らしいな。あたしも見たのは初めてなんだ……」
つう、とその頬に冷や汗が伝う。
現代で使用者がいない以上、カガリも目の前で起きた事実を受け止めることしかできない。
しんと静まり返った空間の中、マウトが口を開いた。
「さて、それでは三回戦を始めるとしようかの」




