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四十章 †学びし者†

 カイは剣を構え直すと、一定の距離を保ったままカガリの周囲をゆっくりと回り、隙を窺う。

 が、それは長くは続かなかった。

 カイは少しずつ周回のスピードを上げ、数秒後には目で追うことすら困難な途轍もない速度に達する。

「はっや~!何あれ!?」

 口をあんぐりさせて驚くアダーに対して、メルトは冷静にカイの動きを観察する。

「これが"魔力推進"ってヤツか」


 † † †


 およそ半日前。

 ラニョーサを発ち、ドラガウルへ向かう筋膨X(パンプアップ)機内で、メルトはカガリに魔力の扱い方を教わっていた。

「いきなり"魔法"を使うのはムズいからな。取り敢えず基礎的な"魔力操作"から教えるぜ」

「おう!」

 するとカガリは二本指を立て。

「全ての魔人が当たり前に使ってる技術が二つある。一つは"魔力防壁"──魔力を鎧のように纏って身を守る。もう一つは、"魔力推進"──魔力の放出を推進力にして身体能力を底上げする」

「……ん?魔人?魔導士じゃなくて?」

「これは魔力の消耗がデカいんだよ。勿論魔導士も使おうと思えば使えるだろうが、アイツらはより効率を求めて魔法に特化してる。だから魔人とかあたしみたいな、魔力が高くて近接戦闘が得意なヤツしか使わねえ」


 † † †


「しかし……それにしても速すぎないか?魔人ってのはみんなこんなに速いのか?」

 メルトは怪訝な顔で言う。

 昨日訪れたピグダスとラニョーサではすでに魔人は倒された後で、魔人の戦いをメルトが見るのは今回が初めてなのだ。

「いやいやいや!ぼくが戦った魔人はここまで速くなかったよ!?全然レベルが違うってあの人~!」

 アダーは大袈裟に首と手を横に振って否定する。

「うふふ、よく見てメルトちゃん。彼、エルフの剣士よ」

 とハルクス。

 その言葉でメルトはハッとして、ニント村で剣術を習った"師匠"とも呼ぶべきエルフの剣士──カルナ・メイギスの顔を思い出す。

「そうか、セレーネの末裔……!魔力推進に加えて、元々の身体能力もめちゃくちゃ高えのか……!」


 カガリは、カイを目で追いながら分析していた。

 ──随分速えが……この違和感は何だ?エルフだけあって魔力の量はかなりのもんだが、扱い方はまるでド素人……魔人でも雑なヤツは多いが、ここまで荒いのは見たことねえ。

 その理由は先程サイガが言った通りなのだが、まさか"魔人化"したばかりの人間だなどと、カガリが知る由もない。

 そうしているうちにカイはさらにスピードを上げ。

 カガリの死角に入ったほんの一瞬を見計らい、踏み込んだ。

「波濤紅蓮拳!」

 カガリはタイミングを合わせて振り返りながら、再び炎の波を放つ。

 が、今度はカイは止まらなかった。

 その炎を右手の剣で斬り拓き、左手でカガリの喉元に掴み掛かる。

 カガリは上体を反らしてかわすも、次の瞬間にはカイは右手の剣を振り下ろそうとしていた。

 ただでさえ魔力防壁を纏ったダイザンの体を容易く斬り刻むほどの斬撃が、魔力推進により速度と威力を増す。常人では反応すらできないだろう──が、カガリは常人ではない。

「!?」

 カイの握っていた剣が宙を舞う。

 紅蓮拳によってカイの右腕ごと吹き飛ばしたのだ。

 さらに流れるように上段前蹴りによるカウンターが繰り出され、カイの顎を的確に打ち抜く。

 カイは脳を揺らされ一瞬意識が飛ぶも、すぐに立て直し、残った左手で二本目の剣を抜いた。

「今ので落ちねえとは頑丈だな、細え体してる割に」

「……ふふ……危ない危ない……」

 カイは笑みを浮かべつつも、大量の脂汗を滲ませ、足元をふらつかせる。

 右肘から先を失い、とめどなく血が流出する。二人の他に誰もいないこの空間では止血する隙すらなく、出血多量で命を落とすのも時間の問題だろう。

「ひえ~痛そ!」

 アダーは自分のツインテールを掴んで、顔を青ざめさせる。

「きちいだろ……もう終わらせてやるよ」

 と、カガリは躊躇なく追撃の紅蓮拳を構え、一気に距離を詰める。

「……なるほど……こうですか?」

「!」

 カイは紅蓮拳の軌道上から僅かに体をずらしてかわすと、すれ違いざまにカガリの胴体へと剣を滑り込ませた。

「いってぇ……!」

 カガリは脇腹を押さえつつ、カイの方を振り返る。

 斬られた部分のセーラー服が破れ、体表にアザが残っているのが見える。

「カガリ!」

 と観戦中のメルトは思わず声を上げるが、こちらの声は仮想空間には届かない。

「斬れていない……ギリギリで防壁を張ったようですね……」

 アザを見たカイが言う。

 カガリは呼吸を整え冷静さを保ちながら、ニヤリと笑い。

「あんたこそ、推進の使い方が急に上手くなったじゃねえか。あたしから学んでやがんのか?」

「ええ……ふふ……感謝しますよ。貴方のお陰で僕は更なる高みへ行ける」

 間髪を入れずにカイは踏み込む。

 カガリは紅蓮拳で迎撃するも、寸前でカイは体を回転させて拳をするりとかわし。

 そして回転の勢いそのままに斬りつけるが、カガリは軽く拳でいなした。

 カイは再び距離を取る。


「ありゃ?なんか遅くなった?」

 その様子を見たアダーは首を傾げた。

 明らかに、カガリの周囲を高速で回っていた時よりその動きが緩やかになっている──それでも普通の人間に捉えられる速度ではないが。

「やっぱ腕が痛むのかな……?でもこれで一勝は貰っ──」

「いや……違う」

 メルトは水晶に映る二人を凝視しながら、静かな声でアダーの言葉を遮った。

「違うって?」

「確かに全体的な動きはさっきほどじゃないけど、攻撃のキレはむしろ増してる。たぶん常に推進するんじゃなくて、攻防の瞬間だけに絞ったんだ……最高速度は変わんないだろうけど、緩急がついたことで体感じゃ全然違って見えてるはずだぜ……」

「ほえ~!すご!それ見えてるメルトくんもすご!」

 アダーは口元に手を当てて驚くが、メルトは特に反応せず、じっと戦いを見守る。

「すごい集中力でしょう?」

 とハルクス。

「メルトちゃん、訓練場の時も凄かったのよねえ。カルナちゃんの動きを観察してトレースするの。勿論身体能力じゃ敵わないから完璧にはできないんだけど……ここに魔力も加われば、きっと十勇の末裔にも劣らない戦士──いや、"勇者"になれるわ」


 しかしそんな話をしている間にも、カイの動きは見違えて鋭くなっていく。

 元々エリートであるカイは学習能力も格段に高く、戦いの中で急激に成長しているのだ。

 カガリは紅蓮拳で捌き続けるが、防戦一方だった。

「ふふ……貴方の動きにも慣れてきましたよ。とは言え、僕の出血量も馬鹿にならない……そろそろ終わりにさせてもらいましょうか」

「そうだな。終わらせる」

 少し距離を取ったところから斬り掛かるタイミングを窺うカイに対し、カガリはその場で右拳を引いて力を込める。


「"穿孔(せんこう)紅蓮拳"!」


 そのまま拳を突き出すと、槍のごとく真っ直ぐに炎が飛び出した。

 初めて見せた技ではあったがシンプルな直線攻撃だ。カイは当然のようにかわすと、攻撃後の隙を狙って仕掛ける。

 その振り下ろされた剣を、カガリは右手で掴む。

「!」

 そして左拳の一撃がカイの胸を貫いた。

 紅蓮拳ではない──ただの拳だ。

「がはっ……!……な……何故……」

 恐らく肺が潰れたのだろう。カイは大量に吐血する。

「別に紅蓮拳じゃなくても魔力さえ込めりゃ人体なんて簡単に貫ける。魔族の幹部どももやってただろ」

 カガリはそう言って拳を引き抜く。

 事実、バレットやインフェルノなどの魔人は素手で何人もの人間を殺していた。

「紅蓮拳は強えが目立つ。だから意識が向きやすい。そうなりゃ相手は無意識に炎を纏ってない拳への警戒を薄める」

「く……っ」

 カイは倒れ、徐々にその意識が薄れていくのを感じる。

「まあ気に病むな。あんたは天才だよ。ただあたしが超天才だっただけだ」

 カガリは笑みを浮かべて言った。


 と。

 次の瞬間、二人は水晶の外のサークルの上に移動していた。

「お、戻れたか」

「カガリ!」「カガリちゃんっ!」

「おう」

 駆け寄ってきたメルトとアダーに軽い返事をするカガリ。

「アイツの言った通り、怪我は治ってるみてえだな」

 カガリは自分の脇腹を触って確認すると、カイに付けられたアザどころか、破れたセーラー服まで元通りになっているのが分かった。

 同じくマウト陣営のサークルへと戻されたカイも五体満足で立っている。

「すみませんね……してやられましたよ」

「くくっ、まあ無理もない。彼奴は人類の中でも最強の部類……今のうぬでは相手にならんことは分かっておった」

「まさか初めから、僕に魔力の扱い方を学ばせようと……?」

「さあ、どうかのう……くくくっ」

 マウトは含み笑いを浮かべてはぐらかす。

「魔人化か」

 と、そこへカガリが口を挟んだ。

「ほう?そこまで気付いておったか」

「……やっぱりな……おかしいとは思ったんだ。魔人にしちゃ魔力に慣れてなさすぎる。"狂魔症"か?」

「くくく……妾が魔人化させたのじゃ」

「……そんなことできんのか?聞いたことねえぞ」

 カガリは怪訝な顔をする。

「してやろうか?」

 マウトは不気味に笑って左手を差し出し、バチバチと黒い稲妻をそこに纏わせる。

「……遠慮するよ……」

 カガリは顔を引き攣らせつつ、話を本題に戻す。

「それより、こっちの勝ちだぜ。仲間を選んでいいんだよな?」

「ああ、勿論じゃ」

 カガリは一度メルトたちの方を振り返って確認してから、竜人たちへ視線を向ける。

「クツミカ、あたしたちと来てくれ」

「ンフッ、まあ当然僕だろうね」

 分かっていたとばかりにクツミカはロン毛を掻き上げつつ一歩前に出る。

 すると、クツミカの足元に他陣営と同様のサークルが浮かび上がった。

「すまないねみんな。一足先に行くよ」

 次の瞬間サークルが光を放つと、クツミカはメルト陣営に移動していた。

「チッ……まあクツミカなら文句はねえよ……だが次に選ばれんのはこのビーツ様だ」

「それはない」

 ビーツとクヤは飽きもせず睨み合い。

「わ、私はあの怪しい集団に選ばれさえしなければ何でも構わないけど……」

 シガナは不安げにそう言って溜め息を吐いた。

「やあみんな。改めてよろしく頼むよ」

「クツミカ、よろしくな!」

 そうやってメルトたちが手短に挨拶を済ませた(のち)

「くくく……ではそろそろ次の試合を始めようかの。代表者を選ぶがよい。無論、クツミカがすぐに出てもらっても構わんぞ?」

 マウトがタイミングを見てゲームを進行した。

「お待ちなさい」

 と、異議を唱えたのはハルクスだ。

「さっきは私たちが先に選んだんだから、次はそっちが先に選ぶべきじゃない?アナタたちだけ対戦相手を見てから選べるのは不公平でしょう?」

「くくっ、それもそうじゃのう」

 マウトは笑ってハルクスの申し出を承諾すると、マウト陣営の面々を順に見つめ。

「サイガ、次はうぬじゃ」

 とサイガを選んだ。

 サイガは気怠げに舌打ちしてから、何も言わずに前に出てサークル上に立つ。

「サイガが来たか……レイジから聞いただけで見たわけじゃねえが、相当強いのは間違いねえ。何しろ当時は学園トップの実力者だったらしいからな」

 カガリは顎に手を当てて言う。

「くくっ、随分評価されておるようじゃのう、サイガ」

「うるせえよ」

 揶揄(からか)うように肩を掴んで揺すってくるマウトの手を、サイガは鬱陶しそうに払い落とす。

「誰なら相性が良いかしら?」

ハルクスがカガリに尋ねる。

「どうだろうな……アイツもカイと同じでセレーネの末裔だ。風船族のメルトや近距離格闘型のハルクスはキツいかもしれねえ。クツミカの竜憑依(ルナ・ゴラド)ならヤツの斬撃も耐えれるかもしれねえが……剣士との戦闘経験は?」

「数えるほどしか無いね」

「だよなあ……だとしたら……」

 と、カガリの視線はアダーへ向かう。

「え……ぼくぅ!?」

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