三十九章 †絶対なる領域†
「ふむ。それでは奪い合いといこうかの」
トフデウの言葉を遮ってそこに出現したのは、仮面の女魔族──マリカ・マウトだった。
刹那、その場の全員が目を見開いて硬直する。
「誰だてめえは!」
真っ先に反応したのは、やはり戦慣れしているカガリ。即座に炎を灯し、両拳を構える。
「くくっ、そう警戒するな"烈焔のカガリ"。妾は手を出すつもりはない。一瞬で終わってしまっては面白くないからの」
わざとらしく両手を上げて、自分に戦意は無いとアピールするマウト。
そしてその後ろには四人の部下を従えていた。
ドンボカン半島で勧誘した、芸術家レイボン・ラルバルと、その助手フロン・ミデュアールの別人格であるリヴァス。そしてワルチアで勧誘した、殺人鬼サイガ・ジャーキスと、魔人化されたその友人カイ・ルプスだ。
「……人間か?ソイツら……なんで魔族についてやがる……?それに何の真似だこの結界……」
「結界?」
カガリの言葉に、メルトたちは周囲を見る。
すると訓練場が半透明の青いバリアーのようなものに取り囲まれていることに気付いた。
「あぁ!?なんだこりゃ!これもてめえの仕業──んがっ!?」
ビーツはマウトに詰め寄ろうとしたが、見えない壁に阻まれ顔面を強打する。
「クソッ!こっちにも結界みてえなのがありやがる……!」
ビーツは力任せに何度もその壁を殴りつけるが、びくともしない。
大きな円の結界の中にさらに三つの壁が設けられ、メルトたち、竜人族、マウトたちの三陣営を仕切りのように分断しているようだ。
「──"運命の遊戯"」
マウトは静かに両手を広げ、その名を口にした。
「妾の創り出した"決定結界"じゃ。ゲームが終わるまで何者もここから出ることは許されぬ。無論、妾も含めてのう」
「な……!決定結界だと……!?」
楽しげに語るマウトに、カガリだけが異様な焦燥を見せた。
「知ってるのか?カガリ」
全員の視線がカガリに集まる。
魔法に関する知識は世界連盟の情報操作によって隠されていた以上、唯一魔法を知るカガリに頼る他ないのだ。
「……結界にルールを付与し、ルールが完遂されるまで結界が解けることは絶対にない……伝説級の結界魔法だ。今この時代に使える魔導士は一人もいねえ……」
「ンフフ、要するにそんなものを事も無げに使える彼女は化け物ということだね」
カガリの説明を聞いたクツミカは呑気に髪を掻き上げながら言う。
「まあ……本物ならの話だがな」
カガリはそう言って左拳の紅蓮拳を解除すると、その分右拳から大きな炎を放った。力を片方に集中させたのだろう。
「うおっ……!何する気だカガリ!」
「ブッ壊す。離れてろ」
とメルトたちを遠ざけると、その右拳を包む炎はさらに膨れ上がっていく。
「凄え……っ!」
熱気で満たされた結界の中でメルトは改めてカガリの力を思い知る。
「ほえっ!?なになにっ!?すっごい熱いんだけどっ!?」
今の今まで、マウトが現れた時の硬直を引きずって呆然とし続けていたアダーも、舞い散る火の粉に怯み、しゃがみ込んで頭を抱えた。
「なんて火力……これが……紅蓮拳……!」
とクヤは自分の吹く炎とのレベルの違いに衝撃を受ける。
炎はカガリを中心として渦を巻き、竜巻のようになったかと思えば、次の瞬間、その巨大な炎の竜巻がカガリの拳へと一気に収縮する。
そして、これまでに放ったどんな紅蓮拳よりも強い光を放ち始め。
「"究極紅蓮拳"!!」
カガリは技名を叫ぶと同時に、結界に向かってその赤赤と光る拳を打ちつけた。
「!!」
だが、結界は傷一つ付いていなかった。
「嘘だろ……!?あたしの最強の技でも破れねえのかよ……!」
カガリは愕然とし、つう、と頬に一筋の汗を垂らす。
見ていたメルトたちもただただ呆然とする。
「くくっ、うぬが言ったのではないか──決定結界は絶対に解けぬと。破壊力の問題ではない。それがルールなのじゃ」
マウトは余裕綽々とした表情で言う。
「くそっ……!」
「どうやら本当にその"伝説級の結界"ってので間違いなさそうだな……」
メルトは呟く。
今のカガリの一撃は恐らくこのパーティーで出せる最大火力だった。それが通じないとなれば、認めざるを得ない。
どちらにせよ、もはやこの結界から出る術はないのだ。
「ケケッ……こんなもんまで持ってるたあ、つくづくイカれてやがんなこのババア」
マウトの後ろでサイガが諦めたような乾いた笑みを浮かべた。
それに気付いたカガリは息を整えながら、サイガの顔を怪訝な顔でじろりと見つめる。
「ん?どうしたカガリ」
メルトは首を傾げて訊くが、カガリは黙ってサイガを凝視し続け。
そして徐々に目を見開く。
「……あんた……サイガか……!?」
カガリは微かな記憶からその正体を導き出した。
「あ?誰だよテメエは」
サイガの方はカガリを認知していないようだが。
「ふふ……この人の知り合いですか?だとしたら残念でしたねぇ……今この人、記憶が滅茶苦茶になってるんですよ」
と隣のカイが割って入って説明し、サイガは不快そうに舌打ちする。
「記憶が……?いや、あたしは別に知り合いじゃねえんだが……うちの弟が学園にいた時の友達だったんだよ」
──消息不明になったと聞いたが、なんでこんなとこに……ああくそっ、色々起こりすぎだろ!
カガリが混乱して頭を掻き毟っていると。
「それで?ゲームっていうのは?」
相も変わらず冷静なハルクスがマウトに尋ねる。
「言ったじゃろう、奪い合いじゃ。うぬらと妾たち、それぞれの陣営から一人ずつ代表者を出して戦ってもらう。勝てばそこの竜人族から一人選んで仲間に引き入れることができる」
「そ、そんな勝手な……!」
村長トフデウは狼狽するがマウトは意に介さず、指を四本立てて見せる。
「試合は全部で四回。うぬらも四人、妾を除けばこちらも四人、そして仲間候補も四人。ぴったりじゃろう?のう、竜人の長よ」
「くっ……ふざけないでいただきたい……!敵に付くなど、竜人の誇りに反する行為だ!」
マウトの圧に怯みつつも、トフデウは理不尽な提案に対して憤りを露わにする。
「そう言われてものう……一度設定してしまったルールを途中で変えることはできぬ」
マウトは困ったふうに頬に手を当てて言うと、それからまたすぐに微笑に戻り。
「ああ、言っておくが、本意ではない陣営に入れられても裏切りはできぬぞ?ルールが完遂され結界が解けた後も、その結果齎されたものはルールの一部として機能する……ルールに逆らおうとした場合は強制力が働き、体の自由が奪われることになろう」
「ん~?勝敗はどうやって決めるの~?仲間増やしたくてこんなことしてるのに、怪我で欠員が出ちゃったら元も子もないよね~」
アダーは口の下に人差し指を当てながら尋ねる。
「いや、死ぬまでやってもらうぞ?」
「ええ!?」
予想外の返答にアダーは目を丸くする。
「くく……ただしうぬらが戦うのは、"仮想空間"の中じゃ」
すると三陣営を隔てる壁の中心に、一メートルほどの巨大な水晶玉が浮かび上がった。
水晶の中には、荒野のような景色が映っている。
「この水晶内の空間でなら、怪我をしようが命を失おうが何も問題は無い。試合が終わり水晶から弾き出されると同時に、全て元通りになる」
「ほえ~、すご!未来のゲームみたい!」「どうなってんだ!?」
緊張感のない素直な反応をするアダーとメルト。
カガリは呑気な二人に呆れつつも、お陰で少し冷静さを取り戻した。
「くく……さあ、それではゲームを始めるぞ」
ゲームの説明を終え、楽しそうにマウトは両手を広げるが。
「待てよ。あんたらの目的は何だ?」
と、水を差すようなカガリの問いに、マウトの顔から少しずつ笑みが消えていく。
「……毎度説明するのも飽いた……問答は終いじゃ。代表者は前に出よ」
そう言うと、それぞれの陣営の前の地面に、人一人が入れる程度のサークルが浮かび上がった。
「チッ……まあいい。先手はあたしが行く。どっちもまず欲しいのはクツミカだろ。初戦を落とすわけにはいかねえ」
カガリはメルトたちの顔を見回して確認を取るが、止める者がいるはずもない。
「ま、カガリなら大丈夫だろ」
「カガリちゃんが負けるような相手だったら、ぼくたち誰も勝てないしね~、プププ」
「そうね。肩の力抜いて行ってらっしゃい」
そう言って三人は頷く。
カガリも任せておけとばかりに力強く頷き返し、サークルの上に立った。
「くく、やはりカガリか。ならばこちらは……うぬの新たな力を見せてもらおうかのう、カイ」
「ふふ……いいでしょう」
マウト陣営の一番手は、魔人となったカイ・ルプス。
二人がサークルに入ると同時に、足元から光が放たれる。
「仮想空間に入った瞬間から試合開始じゃ。さあ、存分に殺し合うが良い!」
光が収まると、二人は水晶の中の仮想空間に入り込んでいた。
カガリは辺り一面に広がる荒野をぐるりと見渡した後、目の前のカイに狙いを定めて拳を構える。
「……もう試合開始ってことでいいのか?」
「いいんじゃないですか?」
カイもそう言って腰に差した剣を一本抜いて構える。
「あ?二本差してんのに、一本しか使わねえんだな。てっきり二刀流かと思ったが」
「ふふ……さあ、どうでしょう」
──舐めてんのか、それとも何か狙いがあんのか……警戒するに越したことはねえな。
カガリは両拳の紅蓮拳を発動しつつ、カイの出方を窺う。
同じくカイも静かにカガリの動きを観察している。
「ひえ〜、見てるこっちが緊張するよ〜!」
水晶に映る二人の試合を観戦しながら、アダーは高鳴る胸に手を当てる。
「へへ、心配すんなアダー。カガリが負けるわけねえさ」
一方でメルトは落ち着いていた。
まだ長い付き合いとは言えないが、それでもカガリへはすでに絶大な信頼を寄せているようだ。
「どう見る?サイガ」
マウトは最もカイの強さを知っているであろうサイガに訊く。
「……あの女……魔力量が桁違いだ。魔人になって間もねえヤツが勝てるほど、甘い敵だとは思えねえな」
「ほう、カイが負けると?」
「……フン」
くだらねえ、とでも言いたげに片眉を上げて、面倒そうにそっぽを向くサイガ。
「ふむ。うぬらはどうじゃ?レイボン、リヴァス」
と、後ろで黙って見ていた二人にも尋ねる。
「私たちは戦闘に関しては素人だよ。君たちと違って魔力も分からないんだ。見当もつかないね」
「右に同じや」
両手を広げて肩をすくめるレイボンに、リヴァスも腕を組んだまま同意する。
「くくくっ、真面目なヤツらよの。何も本気で訊いたわけではないぞ?ただの予想大会じゃ」
「……なら私は相手の女のほうだ。先程放った究極紅蓮拳とやらの炎は美しかった」
「ウチはカイやな。ツノが強そうやから」
「くはははっ!良き理由じゃな」
睨み合いの末、先に仕掛けたのはカガリだった。
何の小細工も無く真正面から飛び掛かり、紅蓮拳を真っ直ぐに放つ。
──一撃でもまともに受ければ致命傷になりそうですが……鈍い。
カイはタイミング良く横跳びしてかわすと、反撃の剣を構える。
が。
「"波濤紅蓮拳"」
瞬間、カガリは紅蓮拳をそのまま地面に打ちつけ、大量の炎を放出。波紋のように全方位へと巨大な炎が広がる。
カイは咄嗟に反撃の手を止めて後ろへ大きく飛び退いた。
「ほぉ、かわしたやがったか。良い反応だ」
カガリはそう言ってニヤリと笑う。
同じくカイも僅かに焦げついた袖を手で払いつつ、不気味な笑みを浮かべたまま構え直した。
「ふふ……僕のこの力を試すには、恰好の実験体だ貴方は……!」




