三十八章 †最強たる所以†
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メルトたちは燃料補給を終えた筋膨Xでおよそ一時間かけてドラガウル国東部・ドラウィング空港へ移動し、そこからハルクスの手配していたバスに乗ってさらに東へ一時間弱。
ドラウィングに隣接する、ルギナミ村に到着した。
「ここがルギナミ村か。随分静かだな……」
公民館のような建物の駐車場に停められたバスから降りたメルトは、人気の少ない寂れた村の景色を見渡して呟く。
「ああ、人口は少ないからな」
とカガリ。
「この村はその名の通り、十勇"チノイ・ルギナミ"の故郷と言われてて、数少ない"竜人族"が暮らしてるわ。彼らこそ、このドラガウル国が最強と言われる所以……私たちはここで、チノイの末裔を味方につける」
勿論すでに情報は共有済みだが、改めてハルクスが説明した。
と、そこへ。
「ようこそお越しくださった」
老人男性が歩み寄ってきて、一礼する。
その尖った耳や少し爬虫類的な顔、ウロコに覆われた白い肌、そして竜を彷彿とさせる民族衣装的な恰好から、恐らくは竜人族であると窺える。
「トフデウ村長ね?初めまして。私がハルクス・ジェン・フートラッドよ」
とハルクスも綺麗な姿勢で紳士的に頭を下げる。
「話は伺っております。どうぞこちらへ」
竜人族の老人──トフデウはそう言って建物の敷地内へメルトたちを招き入れた。
どうやらハルクスはここへ来る前に、部下に連絡を入れさせていたようだ。そもそもこれが自然な流れなのだろう。
ラニョーサの街でアダーを仲間に引き入れる際には、アダーの存在自体が秘匿されていたため連絡を入れる意味もなかったが、本来ならアポ無しでいきなり仲間になれと言われてノコノコついてくるお人好しはそういない。
それからメルトたちは建物の中へは入らず、壁沿いをぐるりと回ってその裏の訓練場のような場所へと案内された。
そこには竜人族らしき四人の青年青女たちが各々訓練をしながら待ち受けていた。
「あ?」
とそのうちの一人がメルトたちに気付いて睨めつける。
金髪で目付きの悪い、いかにも不良といった雰囲気の、横柄で大柄な青年だ。首には派手なヘッドフォンを掛けており、ヘヴィメタらしき音楽が漏れ出している。耳にはいくつかのメタリックなピアスを装着し、腕や衣服の至るところにもゴテゴテとした装飾品が目立つ。
「馬鹿、ビーツ。仲間になるのにガン飛ばしてどうする」
平坦な口調で言いながら、その不良青年──ビーツの頭に容赦なく拳骨を振りかざしたのは、長い青髪を頭の左右で二つのお団子に纏めた女。
背は低く肉付きも貧相だが、殴られた部分を押さえて声も出せずにのたうち回るビーツの姿を見れば、その強さは一目瞭然だろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい!ビーツは馬鹿なので許してあげてください!」
と気弱な表情で何度も深く頭を下げるのは、銀髪ベリーショートの女。
ポニテの女とは対照的にビーツ以上の高身長で、ハルクス程ではないにせよかなりの筋肉を全身につけていることが服の上からでも分かる。その分厚い胸筋の上には、さらに豊かな膨らみが目立つ。
「いや、別にいいけど……だ、大丈夫か……?」
メルトは困惑しながら、悶えているビーツに尋ねると。
「あぁ!?このビーツ様がこんなチビの拳骨でのされるとでも思ってんのか!?」
ビーツは飛び跳ねるように立ち上がって涙目で吠えた。
「お、おう、そうか、すまん……それで、あんたたちが仲間になってくれるのか?」
ビーツの頭頂部にギャグ漫画ばりの大きなタンコブができているのをスルーしつつ、今度は他の三人に向かって尋ねる。
「ああ」
と頷いたのは、三人の若者たちに混ざって少し大人の竜人族の男。
人間で言えば三十代前半といったところだろうか。体格は普通の成人男性程度だが、やや癖のついた紫髪を肩の辺りまで伸ばしているのが印象的だ。
「アナタがクツミカちゃんね。噂は聞いてるわ」
と、メルトの後ろのハルクスが口を開く。
「ンフフ……その通り。僕こそがまさしく君たちの欲しがっている、チノイ・ルギナミの末裔──クツミカだ。この村で一番の戦士だと自負しているよ」
ファサァ、と髪を手で払いながら、自信に満ちた笑みを浮かべて紫髪の竜人──クツミカは言った。
「プププ、すっごいナルシスト臭」
「またこういうタイプか……」
クツミカの態度を見て笑うアダーと、若干顔を引き攣らせるカガリ。
「騒がしくて申し訳ありません……クツミカはすでに自己紹介を終えたようですから、次はシガナですかな」
村長トフデウが言うと。
「は、はいっ」
と銀髪の気弱そうな女がぺこりと頭を下げた。
「シ……シガナです。に、二十八歳です。え、えっと、チノイの血筋ではありませんが、この中だと私が一番強いです……たぶん……」
次に、隣の青髪お団子女が口を開き。
「私はクヤ。二十六歳。シガナの妹。クツミカさんとシガナには悪いけど、一番強いのは私」
平坦な口調で、まるでロボットのように言う。
そして最後にヘッドフォンの竜人ビーツが、舌打ちをした後に名乗る。
「ビーツだ。馬鹿どもがほざいてるが、こん中じゃ間違いなく俺が──」
「一番弱いのはビーツ」
「あ!?誰が最弱だクヤてめえ!」
自己紹介らしきものをクヤに遮られ、ビーツは喚き散らすも。
「ンフフ、まあそれについては異論ないね」
「お、落ち着いてビーツ……!事実なんだから仕方ないじゃない……!」
クツミカとシガナもクヤに同調し、いよいよビーツの額に血管が浮かび上がる。
「てめえら……ッ!」
「こらこら、やめなさいお前たち……客人の前だぞ。申し訳ありません皆様。見ての通り彼らは問題児でして……実力は確かなのですが……」
溜め息を吐きながら村長トフデウはビーツたちの煽り合いを止めつつ謝罪する。
「ちょっとぉ〜、問題児を押し付けようってこと〜?」
からかうようにアダーが言うが、トフデウは首を振る。
「いえ、そうではありません。ルギナミの民たちの力は絶大ゆえ、戦争が始まってすぐに政府からドラガウル全土への派遣要請があったのです。まともな戦士たちは村を離れ、国中の都市へ散っています」
トフデウの説明に、メルトはハッとする。
「そう言や、変だとは思ったんだ。この一大事なのにドラヘッドもドラウィングも全然慌ててる様子がなかった」
「確かに……!あれ全部ここの人たちのお陰ってこと~!?」
アダーは特に気にしていなかったようだが、メルトに言われて気付き、大袈裟にリアクションをとった。
「ええ。どちらの都市も二日前に攻撃を受けてるけど、竜人たちが退けたそうよ」
とハルクス。
「当然だ。俺らが魔族なんぞに負けるかよ」
小馬鹿にするように鼻を鳴らして言うビーツに。
「別にビーツは何もしてない」
冷静にツッコむクヤ。
二人が飽きもせず睨み合っているのを横目に、トフデウは話を進める。
「それでハルクスさん、誰を連れて行きますかな?」
「えっ!?みんな来てくれるんじゃないのか!?」
とメルト。
「そういうわけにはいきません。この村を守る者がいなくなってしまいますから。村には戦士ではない住人もおります」
「……そりゃそうか……どうする?ハルにゃん」
ハルクスは腕を組んだまま四人を順に見送り。
「力を見せてもらえないかしら。竜人族の強さを疑うわけじゃないけど、ここは慎重に選びたいわ。命を預け合う仲間になるのだから」
とトフデウに提案する。
「良いでしょう。では我々が普段の鍛錬で行っている組み手をお見せします。お前たち、始めなさい」
トフデウが指示すると、ビーツは首に掛けたヘッドフォンを訓練場の傍に置き、他の三人もそれぞれ軽く腕を回すなどして準備を始める。
それから竜人戦士たちは訓練場の真ん中へ行くと、クヤとビーツ、シガナとクツミカがそれぞれ向かい合った。
「さあ、手加減はいらないよシガナ。その方が僕の力のアピールになるからね」
「し、心配しなくてもクツミカさん相手に手加減なんてできませんよ……!ただ、もし私が勝っちゃっても文句言わないでくださいね……!」
「ンフフ、言うようになったものだね」
穏やかな雰囲気ながらも静かにプレッシャーを放つ二人に対し、クヤとビーツは。
「ブッ潰してやるよクソチビ」
「は?無理。ビーツじゃ一生かかっても私に勝てない」
やはりバチバチに闘志をぶつけ合っていた。
「……始めっ!」
トフデウの合図でそれぞれ組み手を開始。
とてつもない速度で繰り出される打撃の応酬により、まるでスコールでも降っているかのような音がその場を包み込む。
「凄えな!めちゃくちゃ速えじゃん!しかも一撃一撃が的確で重い……とんでもなく強いぞコイツら!」
「うひゃ〜激ヤバだね〜。倍速再生してるみたい」
メルトとアダーは圧倒されて、思わず笑みが溢れる。
しかしハルクスは腕を組んだまま。
「うふふ、竜人の凄さはこんなものじゃないわ」
静かにそう告げる。
「その通り。我々にはこの身体能力の高さに加え、力を増幅させる能力──"竜憑依"があります。お前たち、見せなさい」
トフデウが言うと。
「シャァッ!本気で行くぞクヤァ!」
「うるさい。組み手中の私語は慎むべき」
その瞬間、組み手をしている四人の瞳が青く光った。
「これは……!」
メルトの脳裏に蘇ったのは一年前、チノイの末裔である詩人ゼギスと対峙した"風戦の儀"の光景。
あの時、ゼギスが目を光らせた瞬間から自分の力は一切通じなくなった。
そして同じようにこの四人もまた、動きが大きく変化する。
攻撃を空振りするたび、その余波で周囲に風が吹く。その拳が当たれば、当てられた方は数メートル吹っ飛ばされる。その跳躍力は風船族のメルトをも上回り、その頑強さは恐らくハルクスをも上回る。
「あ、あれってチノイの末裔だけの技じゃなかったのか……!」
「ほう、メルトさん、この力をご存知でしたか。そうです。竜憑依は全ての竜人が普遍的に使える能力……ただし、チノイの宿すその力は効果が桁違いなのです」
「桁違いって?もしかして百倍くらい強くなっちゃったりする感じ~?」
アダーは楽しそうにニヤつきながら訊く。
「流石にそこまでではありませんが……実際、力の上昇幅は通常の竜人より遥かに大きいですよ。しかし特筆すべきはそこではない。チノイの竜憑依は、他人にも付与することができるのです。力の名は"竜憑共鳴"……十勇チノイはこれによって仲間の十勇たちの力をさらに高め、敵を圧倒したと伝わっています」
「なるほど!その力でドラヘッドとドラウィングを守ったってわけか」
メルトは得心がいったように言い、「はい」とトフデウは軽く頷く。
その隣で、よく分かってなさそうなアダーを見かねたカガリが言葉を付け足した。
「魔獣が大量に雪崩れ込んできたら、いくら竜人だけが強くても全部は捌き切れねえからな。それでも街にほぼ被害が無かったのは、その"ルナなんちゃら"で街の警備全体を強化してたっつうことだ」
「ほえ~、そゆことね」
アダーは手のひらに拳を置いて納得する。
「お前、頭良いのに察しは悪いのな……」
カガリは呆れたふうに苦笑し、アダーは「でへへ」と照れ笑いを浮かべる。
話しているメルトたちをよそに、ハルクスは竜人たちの組み手をしっかりと観察していた──もはやそれは組み手と呼べるような穏やかなものではないが。
──村長との取引で、私たちが連れて行ける竜人は二人と決まってる。竜憑共鳴もあって実力も申し分ないクツミカちゃんは確定として……もう一人は誰にするか……。
じっと黙って見物を続けるハルクスに気付いたトフデウは、激しい組み手を繰り広げる四人の方を向き。
「お前たち、これは鍛錬ではなくお披露目の場です!怪我をしない程度に、本気でやりなさい!」
と呼びかける。
「ま、まだ本気じゃなかったのか!?」「うっそ~ん!」
メルトとアダーは驚愕する。
瞬間、ビーツはクヤから距離を取って、両手を大きく引く。
そして直後、両手を突き出すと同時にその指先から十発の弾丸のようなものを撃ち出した。
高速で飛んできたそれをクヤは上手くかわし、後ろの岩に十個の小さな穴が穿たれる。
「なんだ!?」
弾を目で捉えることすら叶わなかったメルトは戸惑う。同じくアダーも、何が起きたのか分かっていないようだ。
カガリだけは驚異的な動体視力で弾丸の正体に気付いていた。
「……爪だな」
「爪!?」
そう言われてメルトたちはビーツの手に注目すると、確かにその爪が剥がれていた。
とは言え、どうやら初めからそうなるように出来ているのか、爪が剥がれたからといって出血などはしていない。
「ハッ、俺の爪の力はこんなもんじゃねえよ!」
ビーツが両手を広げてクロスさせる動きをすると、爪が撃ち込まれた岩が、突如として砕けた。
そして岩の中から飛び出した爪が、再びクヤへと襲い掛かる。
「標的を貫くまで絶対に止まらねえ、追尾性能付きだ!」
クヤも凄まじい速度で走り抜けて爪をかわすが、その爪はどこまでも追尾してくる。
と、クヤは走りながら大きく息を吸い込み、爪の方を振り向くと。
「ガァッ!!」
口から勢いよく火炎を噴射した。
「火ぃ吹いた!?」
その光景にメルトやアダーは当然驚いたが、冷静に見ていたカガリも同じ炎を操る者として感じるものがあったのか、ぴくりと眉を動かす。
クヤを追ってきていた爪は灰となって、風に流されていく。
「チッ、めんどくせえ」
面白くなさそうにビーツは眉間に皺を寄せつつ、再びその両手に爪を生やす。
撃ち出した爪が敵を捕えるか爪自体が消失すると、次なる攻撃のために爪が再生するのだろう。
「凄え……!本当にドラゴンみてえだ!」
ただただ驚愕していたメルトだったが、まさしく竜人の名に相応しいその力を前に、いよいよ目を輝かせた。
「竜憑依は文字通り、竜の力を身に宿す……竜の子孫とも言われる我々竜人族の、遺伝子の奥深くに刻まれた記憶を引き出すことで、一人一人異なる特殊能力が発現するのですよ」
メルトの純粋な反応を受けて、トフデウは嬉しそうに笑みを浮かべて解説する。
ビーツたちが爪と炎を飛ばし合いながら激しく動き回る一方、シガナとクツミカは訓練場の中心部からほとんど動かずに戦っていた。
その周囲には大きな水溜まりができ、二人の足元はぬかるんでいる。
「ンフフ、無駄だよ。キミの竜憑依じゃ僕には傷一つ付けられない」
ゼエゼエと肩で息をするシガナに対し、息一つ切らしていないクツミカが言う。
「"水流"は色々応用も効くし良い能力ではあるけどね……いかに高圧水流を飛ばしてきたところで、僕の肉体は全てを弾く」
「はあ……やっぱりまだクツミカさんには及びませんね……」
とシガナは諦めたのか、竜憑依を解いた。
それを見てクツミカも同じく竜憑依を解除し、二人の瞳に宿っていた青い光が消える。
「え、やめちゃうのか?まだクツミカって人の能力が見れてないぞ?」
メルトが残念そうに言うと。
「いえ、もう見れたわ」
とハルクス。
「え?」
「"竜の肉体"──それが彼の力よ。そうでしょ?」
「ご明察だ」
ハルクスの問い掛けに、組み手を終えて歩み寄ってきたクツミカ自身が答えた。クツミカは得意顔で前髪を掻き上げながらさらに続ける。
「竜憑依を使用した僕の肉体は、竜と同じになる。強度は勿論、爪や牙もより鋭くなり、五感や反応速度も皆のそれとは比較にならないほど上昇するんだ。派手な能力こそ無いが、僕の竜憑依はここにいない皆を含めても最強だと自負しているよ、ンフフ……」
「ほえー……!」
メルトとアダーはただただ感心する。
「なるほどな。つうかよく気付いたなハルクス、見た目ほぼ変わんねえのに」
カガリにもクツミカの竜憑依の正体は見抜けていなかったようで、素直にハルクスの観察眼を評価した。
「全身の筋肉の動きが変わったからね。それはつまり肉体自体が変化したということよ」
"筋肉アイドル"を名乗るだけあり、筋肉において右に出る者はいないのだろう。
未だクヤとビーツは組み手に夢中のようだが、大方の力を見せ終えたところで、トフデウは再度尋ねる。
「ハルクスさん、いかがでしょう。誰を選ぶかお決めになられ──」
「ふむ。それでは奪い合いといこうかの」
と、トフデウの言葉を遮ってそこに出現したのは、仮面の女魔族──マリカ・マウトだった。




