三十六章 †変わりし姿†
† † †
現在。
「オイ、デカブツ!」
チウスは瓦礫の影から飛び出して、僅かに息のある軍人にトドメを刺そうと片脚を上げるダイザンへ叫ぶ。
散々人が殺されていくのを見てきて尚、目の前で善良な人間が殺されそうなら、それを見捨てることはできない──娑卍那組はそういう人間の集まりだ。
「こっちを見やがれ!レオザークの兄貴の右腕、チウス様はまだ健在だぞコラ!」
恐怖からか大汗を流しつつもダイザンの意識を自分へ向けさせようと挑発する。
しかし、無情にも振り下ろされる足は止まらず、軍人は踏み砕かれた。
「フン、なぁにが右腕だべ。オメェみたいな雑魚いつでも殺せんだど」
ダイザンは上半身を捻ってチウスを一瞥すると、地面に散らばる百キロはあろうかという瓦礫を片手で掴み上げる。
──くそっ……俺もここまでか……!
何度も見せられて目に焼きついた、得意の投擲攻撃。
来ると分かっていても、チウスの身体能力では回避が間に合わないことは明らかだった。
「そら!かわしてみろ!」
次の瞬間、ダイザンはやはりその瓦礫をチウスの方へ投げつける。
もはや諦めの境地に達し、チウスは強く目を瞑る。
「ああ?なんだ、オメェもまだ生きてたべか」
「え?」
しかしチウスは無事だった。
そこへ駆けつけたクロスが横からチウスを突き飛ばし、ギリギリで瓦礫をかわしていたのだ。
「すいません兄貴、遅くなりました」
「クロスゥ!マ、マジで遅えぞコラ!」
チウスは涙目で訴える。
「ですが……もう大丈夫です……」
クロスは立ち上がってダイザンを睨めつける。
「大丈夫?何が大丈夫だ?ゴミが一匹増えたとこでオラにゃ勝てねえことくらい分かってんだろ!」
そう言うとダイザンは一気に距離を詰めて二人に手を伸ばす。
表情からは笑みが消え、殺意を剥き出しにしていた。
ヤクザや軍隊との鬼ごっこが始まってから、かれこれ九十分を超えようとしている。楽しもうなどという気はとっくに失せていたのだろう。
「オイオイオイオイ!!待て待て待て待て!!」
チウスは情けない悲鳴を上げつつ、クロスとともに背を向けて逃げる。
が、二人がとても逃れられるスピードではなかった。
その巨大な手に追いつかれる直前。
「ぬあっ!?」
ダイザンは突然バランスを崩して転倒する。
「失礼、大きい脚が邪魔だったもので」
と、ダイザンの足元に現れたカイは静かなトーンで言う。
ダイザンの左足首はカイの持つ二本の剣によって斬り落とされていた。
「カイ……!来てくれたのか!」
チウスは希望を見出したように笑みを浮かべる。
準備に時間を取っただけあり、カイは全身に防具を装着したフル装備の状態だ。
「ルプスさんは元々とても正義感の強い人です……普段から人助けを積極的に行い、ひったくりや強盗を鎮圧したことも数知れない……必ず来てくれると信じていましたよ」
クロスも嬉しそうに言う。
そんな二人とは対照的に、ダイザンは不愉快そうな表情でカイを睨んだ。
「チッ……誰だ?オラの足斬り落とすたあ、随分ウデの立つ剣士だべな」
そう言いながらも、斬り落とされた足は即座に再生され、当たり前のように立ち上がる。
「カイ・ルプス──ただの学生ですよ」
両手の剣を交差させて構え、カイは名乗り。
そして先手必勝とばかりに速攻を仕掛ける。
「ぐあっ!?」
まずは再び足首を斬りつけ膝をつかせると、そのまま股の間を抜けて背後に回り、背中に飛び乗る。
さらに上へと駆け上がりダイザンのうなじの辺りへ辿り着くと、交差させた剣を大きく振り抜き、首を斬り落とした。
「す……すげえ……!」
チウスはその姿に思わず感嘆する。
二日前にもカイの戦いは見ていたとは言え、相手はあくまでただの雑兵だった。
しかし今回は、娑卍那組や軍隊がまるで歯が立たなかったダイザンを容易く斬り伏せたのだ。
「!」
カイは何かに気付き、反射的に背から飛び降りる。
「……これでも再生するんですね……」
首の断面から徐々に骨や筋肉が蠢き始め、少しずつ頭部が再生していた。
ここへ来る道中にダイザンの持つ再生能力についてはクロスから聞いていたが、それでも実際に目の当たりにすると驚愕せずにはいられなかった。
「クソッ、やっぱりダメか……!」「どうすりゃ死ぬんだよこの野郎……!」
見ていたクロスとチウスは頭を抱える。
「……ふむ。しかし攻略法は分かりました」
「え?」
カイは再度その背を駆け上がると、治りかけの頭部を斬り落とす。
「ど、どうするつもりだ?何度斬ったってそいつは復活しやがるぞ……!攻略法って……」
チウスは困惑するが。
「そうか……!皆さん!至急、杭か何か、固定する道具をここへ集めてください!それと頑丈なワイヤーも!」
クロスはカイの思惑に気付き、周囲の生き残った軍人たちに向けて呼びかける。
「な、何言ってんだ?」
やはり分かっていない様子でチウスは尋ねる。
「こいつを地面に固定して、動きを封じます……!」
「はあ!?そんなことできるわけ……」
とチウスは否定しかけて、取り下げる。
頭部を失ったダイザンの体が大きな音を立てて倒れたのだ。
横たわった巨体はビクビクと痙攣しているものの、起き上がることは勿論、指先すら動かない。
「そうです。再生能力は確かに脅威ですが、脳で考えて動いていることに変わりはない……今のアイツは、動くこともできなければ魔力を出すこともできない。ならば頭が再生する前に、動けない状態にしてしまえばいい……!」
「なるほど……頭いいなお前ら!」
こうしてクロスが説明している間にもダイザンは再生を続け、カイはその端から斬り落としている。
「分かったら兄貴も動いてください!軍の皆さんと協力してヤツを止めるんです!」
「おう!拘束なら俺の十八番だぜ!」
それからカイがダイザンを足止めしているうちに、生き残った数人の娑卍那組員と数十人の軍隊はクロスの指示の下で作戦を開始した。
軍隊もヤクザと組むなど当然初めての経験であり、戸惑いながらもとにかくこの状況でやれることをやらなければと、ただただ必死に体を動かしていた。
そんな時だった。
「くくくっ、相も変わらず魔族は傲慢で身を滅ぼしておるようじゃのう」
突如、カイの目の前にその女は現れた。
マリカ・マウト──魔獄最強を名乗る仮面の魔人。
「だ、誰ですか……?」
カイは戸惑いつつ訊く。
明らかに只者ではないと察し、いつでも剣を振り抜ける構えをとる。
「妾はマリカ・マウト……魔人じゃ。ライザー率いる魔獄軍を討つために仲間を集めておる。……本当はレオザークとやらが欲しかったんじゃが……」
マウトは溜め息混じりに言い。
「まあこの際うぬでも良かろ。妾とともに来ぬか?カイ・ルプス」
と、微笑を浮かべて手を差し伸べる。
──魔人が魔獄軍を討つ……?一枚岩じゃないってことか……?
当然ながらカイはその怪し過ぎる勧誘にあっさりと乗るほど単純ではない。
と、そこで。
「なんだあの女……?」「誰かいるぞ!」
周囲の軍人や娑卍那組員たちが徐々にマウトの存在に気付き、ざわつき始める。
当然警戒して銃口を向ける者もいたが、カイは手のひらを向けてそれを制止した。敵対するべきではないと判断したのだろう。
そして尋ねる。
「……どうして僕のことを知ってるんです?」
もっともな疑問に対して、マウトは手のひらを上に向けると、そこに水晶玉を出現させた。
「妾はこの水晶を通して離れた場所を覗き見できる。これで人間観察するのが妾の趣味でな。うぬの戦いも見ておった」
「……なるほど……」
疑問はまだいくつもあるが、今はそんなことを訊いている場合ではないと切り捨てる。
ダイザンの再生が止まらない以上、悠長に喋っている暇などないのだ。
そしてカイの意識が自分よりもダイザンへ向いていることに気付いたマウトは。
「ふむ、此奴が邪魔じゃな」
と、しゃがみ込んでダイザンの体に手のひらを当てる。
「しばらく大人しくしておれ、ダイザン」
その瞬間、ダイザンの体は踏み潰された虫のようにひしゃげて、大きな血溜まりとなった。
足場としていたダイザンの体が潰れたことでカイも地面に落ち、着地と同時に大量の返り血を浴びる。
「なんだぁ!?」「一体何が……!」
周囲の人々は勿論、最も近くで体感したカイですらも何が起きたのか分からず、呆然と目を見開き。
「な……何をしたんです……?」
震える声で訊く。
「何、妾の魔力を固めて押し潰しただけじゃ。ここまですれば数十分は蘇れぬ。これで話に集中できよう」
マウトはニヤリと笑って言う。
その体にはカイと違って返り血一つ付いていない。恐らく魔力防壁か何かで血を弾いたのだろう。
ここまで損傷しても復活するというダイザンの異常な生命力すら霞むほどの、マウトの圧倒的な力に、カイは本能的恐怖を感じて体を震わせていた。
マウトはそんなカイの様子など気にも留めず。
「くく、妾には分かるぞ……うぬは妾と同じタイプの人間じゃとな」
レイボンにも言った誘い文句をカイにも転用する。
「どういう……意味です……?」
「妾は面白きを求める。うぬもそうであろう?まるで聖人のような振る舞いをしておるが、瞳の奥に宿るその黒い感情……妾には隠せぬぞ、カイ」
言って、マウトはカイの顔にぬるりと手を伸ばす。
「!!」
反射的にカイはその手を剣で弾いた。
手首を斬り落とさんばかりの勢いだったが、やはり魔力防壁によってか、その手は無傷だ。
「くくっ、そこまで拒絶されると妾とて傷付くぞ。それとも図星を突かれて動揺したか?」
「何の話ですか……黒い感情?思い当たる節がありませんね……」
眉間に皺を寄せて言うカイに、マウトは目を細める。
「くくく、隠さずとも良い。……いや、それともうぬ自身がその感情に気付いておらぬのか?」
「は?」
と、その瞬間。
マウトがカイの視界から消え──そして気付けば背後に立っていた。
両手をカイの側頭部に伸ばし。
「どれ、妾がうぬの本性を引き出してやろう」
言うと、マウトの両手のひらから放たれた黒い稲妻がカイの頭の中へと突き刺さるように吸い込まれていく。
「ぐ……!?」
カイの表情が驚愕と苦痛で歪まされると同時に、その体は痙攣を始める。
「ルプスさん!」「カイ!」
クロスとチウスは反射的に叫ぶ。
カイはそんな声に反応する余裕もなければマウトに反撃する余裕もないようで、むしろ痙攣は激しくなっていく。全身に汗を垂れ流しながら、目は白目を剥き、体表には血管が浮かび上がっている。
「くっ……仕方ない……」
明らかに異常な状態に曝されたカイを見て、クロスは拳銃を構え。
──いざという時のために一発だけ残しておいた魔力貫通弾だが……今この場で最も重要な戦力はルプスさんだ……失うわけにはいかない!
マウトの背に向かって引き金を引いた。
響く銃声。
しかし。
「ほう、これが魔力貫通弾か」
マウトは平気な顔で立っており、放たれた銃弾はその体表で止まっていた。
「そんな馬鹿な……!効いてない……!?兄貴に渡された最後の一発が……!」
クロスは全身の体毛を逆立てながら、思わずその手に握っていた拳銃を落としかける。
「嘘だろ……!?幹部格ですら一撃で殺せるんだぞ!?何者だよあいつ……!」
横で見ていたチウスも絶望して顔を引き攣らせた。
七落閻のキュートを一撃で屠った弾丸──ダイザンには大きなダメージは与えられなかったものの、あくまでそれは巨体と再生力によるもので、ダイザンの張っていた魔力防壁は間違いなく貫通していた。
「くくくっ、面白い技術じゃ」
マウトは余裕の表情で貫通弾を掬い上げると。
「……が、妾には通用せぬ」
と少しだけ観察した後に投げ捨てる。
マウトが手を離し黒い稲妻から解放された隙に、カイは背後のマウトへと剣を振り抜いたが。
「くく、流石じゃカイ」
「!」
マウトは防御姿勢すらとることなく腕の表面でカイの剣を受け止めていた。
「よもや、その状態で剣を握れるとはのう。普通なら意識を保つのもままならぬはずじゃ」
「……な……にを……し……た……」
カイは朦朧としながら、今にも倒れそうに震える脚で必死に踏み留まる。
「何をしたとはどれのことじゃ?今この剣を止めておるのは、魔人の持つごく一般的な能力、"魔力防壁"じゃ。魔力を体表に押し固めて防御しておる」
わざとらしく、とぼけた顔で言うマウト。
カイは「違う、そんなことは知っている」と言いたげな鋭い視線を向けるも、喋ることもままならないようだ。
「くくっ、そう怖い顔をするな。すぐに分かる」
マウトはそう言うと、再びカイの頭を両手で挟み込んで黒い稲妻を放った。
「ぐ……ああああっ……!」
呻き声を上げて苦しむカイを見た娑卍那組員たちは何度も発砲するが、銃弾はマウトの体表に届く前に、魔力防壁によって弾かれていく。魔力貫通弾すら効かないマウトに対し、ただの銃弾が通るはずもない。
「くそっ……ルプスさん……!」
銃弾が効かないなら、とクロスはその身一つでカイらの方へと突進した。
勿論自分の攻撃など効くはずもないことは百も承知だったが、それでもここで少しでもカイが動く隙を作らなければ完全に勝機は失われると判断したのだ。
「どけ、カス」
そんなクロスを押し除けて真っ先にマウトへ飛びかかったのは。
「サイガ!?」
サイガだった。
サイガは途轍もない速度でマウトに接近し、剣を斜め上から振り下ろす。
マウトはそれを左腕で受け止めたが、僅かに刃が減り込み、つう、とそこから血が伝い落ちる。
「ほう?この威力……うぬ、魔力を纏っておるな?」
嬉しそうに口角を上げてマウトは言う。
「うおお!サイガの野郎、あの女に一撃入れやがった!」
見ていたチウスも思わずガッツポーズしてテンションを上げた。
「うるせえよバァカ!」
とサイガは狂気的な笑みを浮かべながら、さらに何度も斬りつける。
しかしその全てをマウトは片手で捌いていく。
初撃では傷を負ったものの、以降はこれまで通り無傷だ。
──チッ、硬くなりやがった。防壁の強度を上げたか。
魔力防壁は魔力で作っているだけあり、その強度は魔力の強さに比例する。
サイガは攻撃が通らないと見るや、一度距離を取った。
「くくく……良いぞ、うぬもまだまだ全力ではあるまい?」
マウトはサイガの秘めた力を高く評価しているようだが、サイガ自身は眉を顰めて、マウトとの力の差に苛立ちを見せている。
「しかし惜しいのう。少し遅かったようじゃ」
「あ……?」
サイガは突如、マウトの奥に巨大な魔力を感じて視線を向ける。
「……ふふ……一体何をしたんです?……悪くない気分だ……」
そこに見たのは、左右の顳顬から三日月のように湾曲したツノを生やした、カイの姿だった。




