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三十四章 †罪深き若者たち†

 † † †



 時を同じくして、クリンゴ共和国・ワルチアでは、未だ娑卍那組のヤクザたちが七落閻(ドミネイトセヴン)の巨人ダイザンから逃げ回っていた。

 およそ一時間前にはクリンゴの軍隊も駆けつけ、娑卍那組と上手く連携を取ってダイザンをギリギリのところで食い止めているものの、魔力貫通弾も撃ち尽くし、さらに次々と周辺の建物が破壊されることで隠れ場所が減ると同時に足場も悪くなっていく。

 そうして動けなくなった者から、ダイザンに狩られるのだ。

 それだけではない。レオザークの死亡後には、ダイザンが現れた大穴から雑兵の魔獣も出現し、人類を襲い始めた。ワルチアの最大戦力と見做していたレオザークが死んだことで、もはや警戒には値しないと考えたのだろう。

 ヤクザ、軍隊、住民──犠牲者は加速度的に増加していた。


「クロス……無事か……?」

 チワワ獣人のチウスは瓦礫の影に隠れて息を切らしつつ、スマホで黒ネコ獣人クロスと連絡を取る。

 生存率を少しでも上げるべく散り散りに逃げ、こうして他の組員たちと連絡することでダイザンを撹乱しているのだ。

「ええ、なんとか……そっちは?」

「俺は大丈夫だ……しかしもう限界が近えぞ……軍もかなり劣勢だし、ウチの生き残りも俺入れてあと四人……全滅も時間の問題だ……」

 チウスは瓦礫から顔を出し、軍隊と交戦──もとい、軍隊を蹂躙していくダイザンの様子を窺いつつ、隙を見て移動する。

 ダイザンを引きつけるため街に残った組員たちはすでにほとんどが仕留められていた。手脚を負傷したラビオや一部の組員は住民たちとともに避難しているとは言え、実質娑卍那組は崩壊したと言っても過言ではない。

「なんとか耐えてください……!もうすぐ目的地に着きます!」

 クロスはどうやらどこかに向かっているらしかった。

 現在ダイザンが暴れているワルチア中央部から南に五百メートル地点──そこには古びたアパートがあった。

 その一階、一〇四号室の前にクロスは到着すると、迷うことなくインターホンを押した。

 戦場からはまだ離れているとは言え、二時間以上にわたってあれほどの戦闘音が続いていれば、すでに住民は避難していてもおかしくはない。実際この周辺のビルはすでにもぬけの殻になっていた。

 だが。

「はい、どちら様ですか?」

 と、家主は平然とドアを開けて現れた。


「力を貸してください──カイ・ルプスさん」


 その家主とは、十勇セレーネの末裔の青年、カイだった。

 二日前、娑卍那組本部に現れた時とは違いシンプルな部屋着を着ているせいか、印象は随分違って見える。

「貴方は確か、娑卍那組の……」

 ゼエゼエと息を切らすクロスの顔を見てカイは動揺する。

「俺はクロス・アンブラムです……気付いていると思いますが、またこの街に魔族が現れました……今はウチの者とクリンゴ軍が対処に当たっていますが……このままでは勝ち目はありません……!」

 藁をも縋る勢いでクロスは頭を下げる。

「どうか……一緒に戦ってもらえませんか……!俺たちだけじゃない、この街全体が危ないんです……!ここにもいずれヤツらは攻めてくるはず……」

「え、そんなにヤバいんですか?レオザークさんは?」

 カイは心配そうに尋ねる。

 戦いが起きていることには気付いていてもその状況までは分かっていないようだ。

 実際に見たり、魔人や魔導士のように魔力を感知することができないのであれば、見えない場所のことなど知りえない。それはいかに十勇の末裔であろうと変わらない。

「兄貴は……死にました」

「……!」

 カイは素直にショックを受けていた。

 レオザーク・キングはワルチアでも有名な正義のヤクザだった。直接顔を合わせることはなかったが、カイもその存在を認知していて当然である。

「…………分かりました。貴方は先に戻っててください。僕もすぐに向かいます」

 カイは覚悟を決めたように、凛とした表情で言う。

「ありがとうございます」

 クロスはその表情を信じて頷き、再び戦場へと戻っていった。

 それを見送ったカイはドアを閉め、部屋着から戦闘に適した恰好へ着替え始める。

 そして。

「話、聞こえてたよね」

 と誰かに語りかける。

「気が向いたら助けに来てよ──サイガ」

 その部屋の奥には、無気力な顔で壁にもたれかかって座る、殺人鬼サイガの姿があった。



 † † †



 およそ一年前。

 カイがワルチア大学に入学し、数ヶ月が経ったある朝のことだ。

「ルプスくん!ちょっと分かんないところあるんだけど、教えてくれない!?」

「ちょっと、私が先に教えてもらう約束してたんだけど!?ねえルプスくん!」

 廊下を歩きながら、数人の女子たちに囲まれるカイの姿があった。

「まあまあ、順番に……大丈夫ですよ、ちゃんと皆さん教えますから」

 カイは苦笑しつつ、女子たちを宥める。

 と。

「カイ、行こうぜ。こんなの相手してると日が暮れるぞ」

「あ!ちょっとぉ!」

 友人と思われる青年が手を引き、カイを女子の群れから救い出した。

 そこには男友達の集団が待ち受けており、カイもそこに加わる。

「はは、すみません。講義もあるし、勉強会はまた今度にしましょう」

 カイはそう言って、友人らとの談笑に混ざる。

 女子たちは不貞腐れたように諦めつつ、その集団の後ろを尾けた。


 高身長の美形で頭も良く、身体能力も抜群。誰にでも分け隔てなく接し、深い優しさもある一方で、悪を許さない強い正義感も持つ。

 男女問わず愛され、常に皆の中心的立ち位置に存在する──カイ・ルプスはそんな完璧超人だった。


「ん?あの人って……」

 と、渡り廊下に差し掛かったところで、中庭のベンチに寝転がる青年が目についた。

 耳の尖り方からしてエルフ族のようだ。

「ああ、アイツいつもあそこいるよな」

「ジャーキスだろ?関わんない方がいいぜ。ヤクザと関わりがあるとか、深夜に血塗れで歩いてたとか……怪しい噂もあるし」

「何十回も留年してて実はもうオッサンだとかな、あははは!」

「そりゃ尾ヒレ付きすぎだろ!そんな歳には見えねえよ」

「でもエルフだぜ?見た目じゃ判断できなくね?」

 友人たちは好き勝手に噂話を口にする。

「っておい!なんでそっち行くんだよカイ!」

 カイはそのエルフの方へゆっくりと足を踏み出していた。

 友人たちの噂話を聞いても、不思議とそのエルフに対して拒絶感は抱かなかった。

 前述の通りカイは誰にでも分け隔てなく接するという性質を持ち、一度関わりを持ってみないとどんな人物かは分からないという考え方だったのもあるだろう。

 セレーネの末裔である自分ならば、たとえ相手がどんな危険人物だろうと簡単に制圧できるという自信もあったのだろう。

 しかしそれよりも、どうしてかこのエルフには、ただ無性に興味が湧いたのだ。

「えっ……と……サイガ・ジャーキスさん、でしたっけ。隣、いいですか?」

「あ?誰だよテメエ」

 突然話しかけられて、そのエルフ──サイガは、怪訝な顔で睨みながら上体を起こす。

「僕はカイ・ルプス。一応同じ学科なんですけど……覚えてないですかね。どうしていつもこんなとこにいるんですか?講義、全然出てないですよね」

「関係ねえだろ」

 親しみやすく微笑を浮かべながら話すカイに、サイガは目も合わせず吐き捨てると、再びベンチに寝転がる。

「その耳、貴方もエルフですよね。出身は?」

 カイはめげずに尋ねるが、サイガからの返答はない。

「はは、まあ話したくないこともありますよね……」

 言いながら、サイガに独占されたベンチの手すりにもたれ掛かり。

「僕は隣町のギルツ出身です。ワルチアと違って治安いいんですよ。まあワルチアもこの辺はまだマシですけど、東の方に行くと昼間でもチンピラが彷徨(うろつ)いてて怖いですよね」

 と一方的に自分語りを始める。

 そこへ友人の一人が近付き、恐る恐るカイの肩を叩いた。

「お、おいカイ……早く行こうぜ。講義始まっちゃうぞ」

「……そうですね。行きましょう」

 カイは後ろ髪引かれるようにサイガへ視線を残しつつ、友人たちとともにその場を離れた。


 これがカイとサイガの出会いだった。


 † † †


 それから数週間が過ぎた。

 カイは学内でサイガを見掛けるたび何度も話し掛け続けたが、次第に見掛ける回数は減っていた。


 そんなある日。

「なあカイ、聞いたか……?」

「え?何がですか?」

「……やっぱまだ聞いてなかったか……お前あんま噂とか好きじゃねえもんなぁ……」

 言いづらそうに友人の一人が口を開いた。

「カイが気に掛けてたジャーキス……ヤクザのとこで飼い慣らされてるみたいなんだよ」

「はい……?」

 カイは眉を顰める。

「ジャーキスもお前と一緒ですげえ身体能力があったらしくて、目ぇ付けられたんだ……"賦杯組(ふはいぐみ)"って知ってるか?何年か前に"凶亞狗會(きょうあくかい)"っつうクスリの密売してたデカい組織が抗争で潰れて、今はその賦杯組が薬物業界を牛耳ってるって話だ」

「その人たちがサイガさんを利用していると……?」

「ああ。今まではただの噂でしかなかったんだが……こいつを見てくれ」

 友人はスマホの画面を見せる。

「!」

 そこには夜道でヤクザらしき人物たちと行動を共にするサイガが映っていた。

「これは……」

 横にスワイプすると、今度はサイガが抗争らしきものに参加し、別のヤクザを襲っているところが動画で捉えられていた。

 言い逃れできないほど鮮明に映されたその映像を目にして、カイは絶句する。

「同じ学科のヤツがネットに上がってたのを見つけてよ……カイ、お前もうあいつに関わるなよ……俺ら心配なんだよ……」

 友人はカイの肩を掴んで、不安げに訴える。

 カイはその表情から友人の本気度を感じ取ったのだろう。

「はは、流石にこんなの見せられたら僕も関わりたくないですよ。少し残念ですが……こんなのバレたら彼も即退学でしょうしね」

 口角を上げ、にこやかに答えた。



 が、その夜。

 ──来てしまった……。

 カイは賦杯組の事務所前で張り込んでいた。

 顔を見られないよう黒いマスクを着用し、護身用に腰には剣を差して、事務所の向かいの雑居ビルに身を隠しつつ、正門の様子を窺う。

 すると。

「!」

 一台の黒い高級車が止まった。

 まず運転手と助手席の下っ端らしき者たちが降り、後部座席のドアを開ける。

 そこから降りてきたのは、明らかに上役らしきスーツの老人と。

 ──サイガさん……!

 口から一筋の唾液を溢しながら、朦朧とした(まなこ)でニタニタと笑みを浮かべるサイガだった。

「サイガ、今日も上出来だったぜ。てめえがいりゃあ、あの娑卍那組も絶殺会(ぜっさつかい)も怖くねえ」

 老人は上機嫌に言いながら、サイガの背を叩いて称える。

「ほ……報酬は……?」

 サイガは物欲しそうに老人のスーツを掴んだ。

「クックッ……まあ慌てるな。ちゃんと上等なのを用意してあるさ」

 そんな会話をしながら、賦杯組のヤクザたちはサイガを連れて事務所へ入っていく。

 あまり大きな声で話していたわけではなかったが、長い耳によってその会話を全て聴き取っていたカイは。

 次の瞬間、踏み出していた。

 サイガの手を取り、ヤクザたちから引き離す。

「ああ!?」

「誰だてめえは!」

 すぐに下っ端たちが振り向き、両拳を構える。

 が、ただの人間がカイに勝てるわけもなく、一瞬のうちに二人の下っ端は顎に裏拳を入れられて気絶する。

「貴方がサイガさんを引き込んだんですか?」

 カイは老人に向かって尋ねる。

「フン、そいつが勝手にハマっただけだ。ここはてめえみてえな良い子ちゃんの来るとこじゃねえ。痛い思いしないうちに帰った方が身のためだぜ」

 老人がそう言うと、事務所の奥からゾロゾロと武装した組員たちが現れた。

 カイも流石に素手では分が悪いと見て剣を抜き。

「本気で言ってますか?」

 月明かりを反射してギラリと光る剣を見せつけながら、カイは静かに言う。

「ああ!?」「ガキが!舐めてんじゃねえぞ!」

 組員たちは怒号を上げるが。

「……よせ」

 と、老人がそれを止めた。

「え!?」「なんでですか親父!」「こんなガキやっちまいましょうや!」

「やめとけ、勝てねえよ。てめえその構え……それにその()……セレーネの末裔だな?」

「!」

 賦杯組の組長と思われるその老人に正体を見破られ、カイは僅かに動揺する。

 が、しかし戦わずに済むならば好都合だった。

「分かってもらえて良かった。二度とサイガさんに関わらな──」

 と、言いかけたところで、背後からの斬撃に遮られる。

「どけよ!まだクスリ貰ってねえんだよ!」

 その剣を振るったのはサイガだった。

 カイは剣でそれを弾く。

「やっぱり薬物か……!薬漬けにして良いように利用されてるんですね……!」

「うるせえ!関係ねえだろ!」

 サイガは途轍もないスピードで斬撃を繰り返し、同じくカイはそれを全て見切って受け流す。

「う、嘘だろ……あの野郎、サイガと互角に()り合ってやがる……!」

 その光景を見た組員たちは信じられないという表情で足を竦ませていた。

「互角?馬鹿言うな。サイガは完全に手玉に取られてんぜ……一仕事終えた後で消耗してるとは言えだ……殺そうと思えばいつでも殺せる程度の差があるように見える」

 組長は冷静にその戦いを分析する。

「くっ……だが……今なら()れる!」

 と組員の一人が拳銃の銃口をカイへと向けた。

 目の前の戦いに集中している今、こちらに気を回す余裕はないと考えたのだろうが──その瞬間、サイガとカイの意識が同時に組員たちの方へ向かった。

 斬り合いの中で研ぎ澄まされた二人の感覚は、その殺意を強く感じ取ったのだ。

 そして。

「ぐああああああっ!!」

 同時に踏み込んだ二人が大きく剣を薙ぎ、銃口を向けた組員を含めた数人の組員たちを斬り裂いた。

 事務所の出入り口が鮮血で真っ赤に染まる。

 さらにそのど真ん中で二人は再び斬り合いを再開し。

「てっ、てめえら!」「ぐあっ!」「ぎゃああっ!」

 巻き込まれた組員が次々と倒れていく。

「落ち着いてください……!ヤクザに関わったって良いことなんか一つもありませんよ!」

 周囲のヤクザには見向きもせず、斬り合いの最中にもカイはサイガに訴えかけていた。

 だがサイガは。

「うるせえよ!だったらテメエがくれるってのかぁ!?クスリをよぉ!」

 当然、止まることはない。

 薬物依存は言葉で訴えかけた程度でどうにかなるものではない。

 薬物を手に入れるためなら何であろうとやり遂げる──サイガはそんな状態にあった。

「クスリなんてやめてください!身を滅ぼすだけだ!」

「綺麗事抜かしてんじゃねぇよ!!」

 瞬間、サイガはこれまで以上に強く地面を蹴り、より速く、より深く踏み込んだ。

 激しい打ち合いの最中に僅かな差を作ることで相手の距離感を狂わせ、攻撃の隙を生み出す。

 が、カイはそれも読んでいた。

 振り下ろされた一撃を素早くかわすと、そのままサイガの背後に回り込み。

 ガツン、と剣の柄の部分で後頭部を突き、気絶させた。


 倒れようとするサイガの体をカイは手で支え、ふう、と一息つくと。

「もう二度と……この人に関わらないでください」

 改めて組長へ向かって言い直す。

「ハッ、こんだけ好き勝手やっといてよく言うぜ……今更俺に何ができるってんだよ」

 組長は諦観したように苦笑を浮かべて吐き捨てた。

 周りを見れば、組員たちは無惨に斬り刻まれて床に転がっていた。恐らくそのほとんどが息絶えている。

 立っていたのは組長ただ一人だ。

「……さようなら」

 静かに、震える声でカイは言う。

 人を斬り殺したのは初めての経験だった。

 斬り合いの最中にはサイガに集中していた意識が徐々に周囲へ向けられ、自身の犯した罪を自覚する。

 カイは心を落ち着けようと大きく溜め息を吐くも、体の震えは増すばかりだった。

 とにかくこの場を離れようと、サイガを背負って去ろうとした時。

「待てよ……」

 組長の呼び止める声に、カイは足を止める。

「てめえ……何なんだ……?サイガのことは常に監視させてたが、親しいヤツなんざ一人もいなかったはずだ……一体てめえは……」

「ええ、確かに……別にサイガさんとは友人じゃないですし……まともに口を利いてもらったことすらありませんよ」

 振り返らずにカイは答えた。


「ただ……放っておけなかっただけです。初めてだったんですよ、僕と同じセレーネの末裔に出会えたの」


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