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三十三章 †邂逅せし異分子†

 † † †



「……私は……生きているのか……」


 アトスティ連邦・ドンボカン半島。

 深夜零時を回った東の病院の一室で、小人族のX-TUBER(エックスチューバー)"ボンたむ"もとい芸術家、レイボン・ラルバルは目を覚ました。

 体を少し起こそうとしただけで全身にズキズキと痛みが走り、その左腕には輸血パックが繋がれていた。

 とても動ける状態ではないが、一命は取り留めたようだ。

「あ……レイボン……よかったぁ……もう目覚めないかと思った……」

 とホッとした様子で声を掛けてきたのは、隣のベッドに寝てレイボンの方を見つめる、フロン・ミデュアールだった。

「フロン、戻ったのか」

「戻ったって……え……?もしかして私、またリヴァスになってた……?」

「ああ」

 リヴァス──即ちフロンのもう一つの人格によって、この街に攻めてきた魔族パンチャーは倒された。

 しかし戦いで力を使い果たしたのか、今は再びフロンと入れ替わっている。

「フン、アイツは嫌いだが、今回ばかりは感謝しなければなるまいね……リヴァスがいなければ私たちは間違いなく死んでいた。そしてこの街も魔族の手に落ちていたことだろうさ。魔族に芸術など分かるまい……この美しき街並みも無差別に破壊されていたやもしれん」

 レイボンは胸を撫で下ろすかのように安心した声で言うが。

「……いやあなたも爆破しようとしてたよね?」

 とレイボンの言動を思い返してフロンは冷静にツッコむ。

「まったく、まだまだ勉強が足りないなフロン。爆破より素晴らしい芸術などない。私の芸術であのモチーフを更なる高みへ昇華してやろうとしたまでだよ……ヤツに横取りされてしまったがな……」

 眉間に皺を寄せ奥歯を噛み締めつつ、恨めしげにレイボンは言う。


 レイボンが目を付けていたドンボカンのシンボルとも言うべき英雄像だが、パンチャーが現れた際に発生した爆発により、レイボンが手を出すより先に焼滅してしまった。

 恐らく狙ってやったわけではないだろうが、レイボンや何よりこの国にとっては大問題であった。


「そう言えばお医者さんから聞いたんだけど……私たち、あの子に助けられたみたい」

 と、フロンはレイボンの爆破への執念に呆れつつ、話題を変える。

「あの子?」

「ほら、いたでしょ、ボンたむファンのカフィくん」

「……ああ、あの獣人の」

 魔族が現れる少し前にレイボンたちが出会った、三毛ネコ獣人の青年である。

「あの子も近くの宿に泊まってたみたいで、気になってあの現場に戻ったらしいの。そしたら血塗れで倒れてる私たちを見つけて、救急車が来るまで応急処置をしてくれてたみたい。あの子、医学生なんだって。的確で良い腕だってお医者さんも褒めてたよ」

「ほう。流石は私のファンだ」

「それは関係ないでしょ」

 なぜか誇らしげな顔をするレイボンにフロンは苦笑する。


「うぬら、面白いのう」


「!?」

 と、何の前触れもなくその病室に出現したのは、背中の開いた黒いドレスに身を包み、顔の上半分をジャッカルの仮面で覆った不気味な女──マリカ・マウトだった。

 病室のドアは閉まったままであることから、恐らくは"瞬間移動"による侵入だろう。

 マウトは二人のベッドの間に立ち、仮面の穴から覗く金色の瞳で二人を見下ろす。

「誰だい、君は」

 レイボンは最初こそ驚愕したもののすぐに冷静さを取り戻し、マウトを睨みながら尋ねる。

 一方フロンは呆然とした表情のまま固まり、完全に思考停止している。

「くははっ、(わらわ)を見て取り乱しすらせぬか。凄まじい精神力じゃ。ますます気に入ったぞ、レイボン・ラルバル」

 マウトは楽しそうに笑う。

「誰だと訊いているんだが?」

 異質な存在感を放つマウトに、レイボンは警戒を最大まで強めていた。

 もっとも、警戒したところで今の状態では戦うどころか逃げることもままならないのだが。

「妾はマリカ・マウト。魔族じゃ」

 ──魔族──!

 その答えを聞いた瞬間にレイボンは察する。

「チッ……あの魔人の報復に来たのか……」

 パンチャーを倒した二人を、魔族が放っておくはずもない。

 自分のことを知っており、わざわざこんな病室に一人で現れたとなれば、尚更そう考えるのが自然だろう。

 しかし。

「報復?くくくっ、妾があんな雑兵のためにか?」

「……何?」

「言っておくが妾はライザーの部下ではない。彼奴とはただの友人……いや、対等な関係、とでも言うべきかのう」

 顎に人差し指を当てながらマウトは言う。

「どういうことだい……?ヤツは魔獄の王だろう」

「王か、確かに……じゃが、ライザーはただ圧倒的な力で支配しているに過ぎぬ。妾がその力で支配されることはない。分かるか?」

 すぐにその意味を理解したレイボンは、ごくり、と息を呑む。

 マウトはその顔を見て口角を上げた。


「そう──妾こそが、魔獄で最強だからじゃ」


 勿論それが事実であるかどうかはレイボンに分かるはずもないのだが、マウトの自信に満ちた笑みのせいか、それが嘘には思えなかった。

「最強ねえ……そんな御方が私なんかに一体何の用があると言うんだい……?」

 レイボンは額に冷や汗を滲ませつつも表情は変えず、恐る恐る尋ねる。

「くくくっ、そう恐れずともよい。言ったじゃろう。うぬらは面白かった。うぬらの力を見込んで、頼みがあるのじゃ」

「頼み……?」

 予想とは違った反応にレイボンは戸惑う。

 ──魔獄最強とまで言う強さが本当なら、力で従わせることも容易いはずだ……何故頼みなどする……?だが確かに、敵意は感じない……力の差があり過ぎて敵と認識すらされていないのかもしれないがね……。

 そんな考えに至り自嘲的な笑みを浮かべる。

 するとマウトはそのベッドに優雅に腰掛け、レイボンの手を取り。


「妾とともに魔族と戦ってほしい」


 怪しい笑みで見つめながら告げた。

 ──……魔族と……?何を言ってるんだ……?

 レイボンは怪訝な表情で、その金の瞳に吸い込まれるように見つめ返す。

「妾はただ面白きを求める。今の地上の状況の中で何をするのが一番面白いか、妾は考えておった。そこで思い付いたのじゃ。地上を支配せんとする魔獄軍を討ち──世界を横盗りするのじゃ!」

 楽しそうに力説するマウト。

 レイボンはやはり理解が追いつかず、呆然とそれを見ていることしかできなかった。


「何言ってんねんボケェ!」


 と横からマウトにドロップキックをかましたのは、フロン──もといリヴァスだった。

 マウトは吹っ飛んでベッドの向こう側に倒れ込む。

「……リヴァス……また出てきたのか……」

 レイボンはマウトが出てきた時以上に嫌そうな顔で言う。

「フロンがビビり過ぎてフリーズしとったからな!機能せんよりはマシやろ?」

 あからさまに嫌われていることを気にも留めず、リヴァスは得意げな笑みを浮かべる。

「チッ、君が出てくると話がややこしくなるだろう……」

「ヒヒヒッ、これ以上ややこしくなることなんかないやろ。なんやねんコイツ」

 そう言ってリヴァスは、ベッドの奥にひっくり返って脚をバタつかせるマウトを鋭い目つきで見下ろす。

 レイボンも同じくそちらへ視線を移す。

 が、次の瞬間にはマウトを見失った。

「くく……見込んだ通りじゃ。妾を蹴り飛ばすとはのう」

 マウトが現れたのはリヴァスの背後だ。

 後ろから覆い被さるように手を回してリヴァスを抱擁する。

「どわっ!?なんや気色悪い!」

 リヴァスは思わずその腕を振り払って飛び退く。

「くくくっ、良い反応じゃ」

「うっさい!」

 揶揄うように笑うマウトに、リヴァスはペースを乱され不快感を示す。

「フロン、いや、リヴァスか。シナンの末裔にして、二重人格という個性……爆発で弱っていたとは言えパンチャーを討ち取った戦闘力も見事じゃった」

 乱れたドレスを直しつつ、マウトはリヴァスを高く評価した。

 当の本人は眉を顰めて警戒しているが、構わずマウトは二人の方へ、その両手を差し伸べる。

「して、どうじゃ?レイボン、それにリヴァスよ。最強の魔族が味方になると言っておるんじゃ。人類にとっては最高の提案じゃと思うがのう」

「……何故私たちなんだい……?確かにあの魔人は運良く倒せたが、魔族と戦うための戦力としては小粒もいいところだ。それに私たちは軍人ですらない。わざわざ危険を冒してまで戦地へ乗り込む義理はないよ」

 レイボンは冷静に言う。

「だからこそじゃ。軍人でもなんでもないうぬが、ただあの像を破壊されたことへの怒りで彼奴に喧嘩を吹っ掛けた。くく……正気の沙汰とは思えぬぞ」

「芸術を愛する者ならば誰もがああしただろうさ。たまたま私しか近くにいなかっただけだ」

「くく、まあうぬがどう思っていようが、妾の気持ちは変わらぬ。うぬは妾と同じタイプじゃと思っておるのじゃがな」

「同じタイプだって……?」

 聞き捨てならないとばかりに、レイボンは目を細めて睨む。

「常に面白きを第一とする妾と、常に芸術を第一とするうぬは紙一重じゃろ。戦う義務とやらは確かにないが、爆破したいとは思わぬのか?芸術の分からぬ魔族どもを徹底的に爆破し尽くしたいと、思わぬのか?」

「…………」

 沈黙。

 マウトの言う通りだったからだ。

 この現代において常にルールに縛られ、自身の芸術を自由に曝け出すことができなかったレイボンが、パンチャーとの戦いで気兼ねなく爆弾を使いまくった結果、その胸の内に抱いたのは。


 ──もっと爆破したい……!!


 そんな強い衝動だった。

 抑え続けてきた欲求は一度(たが)が外れた途端にどんどん膨れ上がり、レイボンの心を埋め尽くしていく。

 とは言え、葛藤もあった。

 ──しかしあくまで爆破は芸術だ……!無差別にただ爆破すればいいというものではない……私が爆破するに相応しいモチーフでなければ、それは真の芸術たり得ない……!……どうする……!

「おいレイボン、何黙っとんねん。こんなヤツ信用できるわけないやろ」

 とリヴァスは十勇"シナン"の変身能力によって腕をライフルに変形させ、銃口をマウトの頭に突きつける。

 が。

「……よせ、リヴァス」

「は?」

 レイボンはそれを制止した。

「よく考えるんだ。彼女の言う通りだろう。最強の魔族が味方につけば世界は救われるぞ」

 あたかも理性的な判断だとでも言いたげに冷静な表情で口走るレイボンに、リヴァスは呆れて目を細める。

「正気か?」

「正気……?フフ……そんなものに囚われていては真の芸術には辿り着けないよ……!」

 そう言うレイボンの顔には、隠しきれない狂気的な笑みが浮かび上がっていた。

 ──そうだ、歴史上のどんな偉大な芸術家も、全てが大作というわけではない……夥しいほどの練習と失敗を経て、苦しみ抜いた先に真の芸術が生み出される……!魔族どもには私の習作のモチーフとして、存分に爆ぜてもらうとしよう……!

 ──……とか考えてんだろうな……。

 とリヴァスは大きく溜め息を吐く。

 長い付き合いのせいで、嫌でもレイボンの考えていることが分かるのだ。

 レイボンは間違いなくイカれているが、それがある一方向にのみ向けられている分、その思考は単純と言ってもいい。

「そう言ってくれると思ったぞレイボン」

 マウトは嬉しそうに笑みを浮かべ、次にリヴァスの方へと目を向ける。

「勿論うぬも来るじゃろう?リヴァス」

「……チッ、しゃあないなあ。ウチはレイボンについてくだけや」

 リヴァスは苦笑する。人格が変わってもレイボンに振り回されるのは変わらないようだ。

「くく、そう来なくてはな」

 全て思い通りに事が進み満足げなマウトを見て、レイボンが口を開く。

「しかし……私はまだ動けないよ。どうする、リヴァスだけでも連れていくかい?」

「はあ!?」

 自分勝手なレイボンの提案に、リヴァスは目と口を大きく開いて怒りを露わにするが。

「心配は無用じゃ。さっきうぬの手に触れた時、妾の魔力でうぬの治癒力を高めてやった。夜が明ける頃には、その程度の怪我は治っておるじゃろう。朝には発つぞ」

「そんなことまでできるのか、魔力というのは……」

「くく、妾は特別じゃ。妾ほど完璧な魔力制御ができるのは魔獄でもトマホークくらいのものよ……彼奴も魔導士どもに敗れてしもうたがの」

 マジポリア学園にて敗れた七落閻(ドミネイトセヴン)の投げ斧使い・トマホークを思い出すマウトの表情は、僅かだが寂しげだった。

 ただ斧での戦いを極めるためだけに鍛錬し、自分に並ぶほどの魔力コントロールを手に入れたあの男も、マウトの追い求める"面白き者"の一人だったのかもしれない。

「では、明日またここへ来る。出立の準備をしておけ。くはははは──」

 そう言い残し、マウトは蝋燭の火のように静かに消え去った。


 病室に残された二人は、緊張が解けて一気に脱力する。

「な、なんちゅう勝手なヤツや……どうすんねんレイボン」

 ベッドにどさりと腰掛け、リヴァスは物憂げに溜め息を溢しながら言う。

「……どちらにせよ、断れば殺されるだけだろう。こうなったら流れに身を任せるしかあるまいよ」

 レイボンも少しだけ冷静さを取り戻したのか、苦笑を浮かべた。

 結果的には我欲も多分に含まれているとは言え、とんでもないことに巻き込まれてしまったという自覚はあるようだ。

「ヒヒ……こっちはこっちで自己中やなぁ、まったく……全部終わったら、今度こそ思いっきり"チュー"したるから、覚悟しとけよ」

 リヴァスはニヤリと笑って牙を見せつけた。



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