三十二章 †仕掛けられし罠†
「どうも~。やっと見つけたよ──人類の拠点」
いつもの薄気味悪い笑みを顔に貼り付けて、七落閻インフェルノは言う。
瞬間、アウクストゥスは左手を突き出し青い炎を放った。
炎は真っ直ぐに伸びインフェルノを襲うも瞬間移動でかわされ、その奥のイディオンが映されたモニターを貫いた。
「あらら、壊れちゃった。勿体ない」
部屋の隅に移動したインフェルノはそれを見て残念そうな表情を作る。
「……瞬間移動……厄介な魔法ですね」
アウクストゥスは言いつつ、伸びた炎を鞭のように操り移動先へと追撃を仕掛ける。
しかしまたもインフェルノは瞬間移動でかわし、エキチェスの背後に出現した。
「私らを殺すつもりですか?無駄や、お前たちじゃ人類の支配なんかできん」
エキチェスは全く怯まずインフェルノを睨め付ける。
そして次の瞬間、エキチェスの腹部をインフェルノの腕が貫通した。
「かはっ……」
エキチェスは大量に吐血する。
「アスパイアード!」「エキチェスさん!」
ペトロナとアウクストゥスは反射的に名前を呼ぶが、エキチェスはビクビクと体を痙攣させるだけで、当然返事などできる状態ではない。
「うわぁ……やっぱり素手で体貫くの気持ち悪いなぁ……こういうの平気でやれちゃうバレットとかって、やっぱどこかおかしいんだろうな……」
自分でやっておいて心底不快そうに言いながら、インフェルノがその腕を引き抜くと、エキチェスはそのまま崩れるように倒れる。
腹に開いた風穴から溢れ出した血が床一面に広がっていく。
すでに息絶えているようだ。
「……いいのか?魔族」
その姿を見たペトロナは静かに闘志の宿った眼差しをインフェルノへ向け、呟く。
「え?何が?」
インフェルノは腕にべっとりと付着した血を払い落としながら首を傾げた。
「我々は何も仲良しこよしのチームではないのだ。一人殺された程度で動揺などしない。人質にでもしておけば交渉くらいできただろうに」
「はは、そんなのする気ないんだけど」
「ならばなぜ来た?人類の拠点などと言っていたが、我々はあくまで平和を取り持つための一機関でしかない。何を勘違いしたのか知らないが、エキチェスの言った通り、ここを潰したところで人類の支配など夢のまた夢だ」
「はあ……僕らを舐め過ぎ」
インフェルノは気怠げな溜め息とともに再び瞬間移動し、ペトロナの背後に現れる。
そしていつでも殺せると言わんばかりにその肩にぽんと手を置いた。
「確かに文明レベルで言えば魔獄は地上に遥かに劣るよ。でも情報収集くらいしてるさ。会議の様子をネット配信なんて、危機管理がなってないんじゃない?」
「!」
† † †
数十分前。
「魔力貫通弾?」
魔族の拠点となっているヴァリアール城の一室で、インフェルノはポンダーと話していた。
「ええ、先ほどダイザン様からも確認が取れました。恐らくキュート様を殺害したのもこの特殊な銃弾によるものでしょう。我々の魔力防壁を貫通する代物のようですじゃ」
「防壁を……そりゃ初見殺しにも程があるね。僕らも無敵じゃいられないってわけだ」
「ええ。とは言えこれは人類の最後の希望……クリンゴのヤクザなる連中以外には今のところ使用例はなく、量産もされてはおりますまい。どこでどうやって製造されているのか突き止めれば、我々の勝利は確実ですじゃ」
「なるほど。じゃあ僕がそのヤクザとかいうヤツらのとこ行って探って来ましょうか?」
「いえ、連中の中に魔力を扱える者はいないようですから、無駄足でしょう。別で製造されたものを手に入れたと考えるのが自然かと」
「……だとするとやっぱり魔法学園か……あるいは──」
「世界連盟……ですな」
† † †
「ふふ……まさか自分から種明かしをしてくれるなんてねぇ」
世界連盟の発表によって連盟代表会議の様子を生配信で公開することは広く報じられていた。
一般向けに公開するので当然のことではあるが、魔族にとってもそれが情報収集の場として機能してしまったのだ。
「くっ……侮っていたか……」
ペトロナは眉間に皺を寄せ、背後のインフェルノを睨む。
「キミたちが持つその技術、全部僕たちが貰っていくよ」
小動物程度ならば殺せそうなほどの刺すような視線を受けながらも、インフェルノは余裕の笑みを浮かべたまま言う──が。
「……できるものならな」
「は?」
突如、部屋の上部の通気口から、白い霧が勢いよく噴射された。
あっという間に霧は部屋を埋め尽くしていく。
「毒ガスか……面倒なことしてくれるね」
すぐに察し、インフェルノは鼻と口を右手で覆う。
そして左腕を大きく広げて、空気をかき混ぜるかのように動かす。
と、その手から魔力を放出したのか、はたまた何らかの魔法を使ったのか、周囲の毒ガスが吹き飛ばされていく。
「無駄だ。この部屋だけじゃない、万が一貴様たち魔族がこの連盟本部に侵入すれば、自動的に全エリアへ致死毒が散布される仕組みになっている。毒ガスを一時的に吹き飛ばそうとも、いずれは完全に充満する」
ペトロナは淡々と告げる。
「ははっ、でもこれじゃキミたちも死ぬんじゃない?それともガスマスクみたいなのがあるのかな?」
薄ら笑いを浮かべつつ、インフェルノは周囲の連盟スタッフたちに注意を向けた。
だが、誰一人動きもせず──毒が回ったのか、魔人たちよりも先に倒れてもがき苦しむ者も現れていた。
「そんなものはありませんよ、この施設内のどこにもね。奪われてしまっては元も子もないですから」
死が迫っているにもかかわらず、穏やかな笑みを浮かべたままアウクストゥスは言う。
「これが我々の覚悟だ。念のためディーン卿とシーンスタインはリモート参加にして正解だった。これで全滅は免れる」
同じくこの状況で眉一つ動かさず、ペトロナは言う。
インフェルノは僅かに眉を顰めた。
「はは、流石は人類のトップ、ってとこかな?覚悟決まりすぎて引いちゃうよ」
そう話しているうちにも連盟のスタッフたちはバタバタと倒れていき、そしてついに侵入した魔人の数人も毒の餌食となって苦しみ始めた。
「インフェルノ様、ここは一度退きましょう!」
魔人の一人が駆け寄って進言する。
「はあ……仕方ないね」
インフェルノは溜め息とともに後頭部を掻きながら、瞬間移動を発動させ脱出しようとしたのだろう。
が──突如、インフェルノの笑みが崩れる。
「……何これ?何したの?」
周囲をキョロキョロと見回しながら言う。
平静を装ってはいるが、その表情には動揺が滲み出ている。
「ほっほっほ!瞬間移動できんじゃろう!捕獲成功じゃ!」
モニター上のソリテールは腕を組んで笑う。
「……捕獲……だって……?」
「うむ!其奴らは囮!おぬしはまんまと罠に掛かったわけじゃな!」
「……わ……な……?」
インフェルノの頬に一筋の汗が伝う。
そして。
「ぐっ……!?くそっ……毒が……」
いよいよインフェルノも毒に侵され、目を血走らせながら胸の辺りを押さえて崩れ落ちる。
跪いたインフェルノの前に立ったペトロナは冷たい視線で見下しながら。
「魔族……貴様たちは人類を舐め過ぎだ」
意趣返しのように吐き捨てる。
「はあ……はあ……ば……馬鹿な……!こんな……こんなところでこの僕が……っ!人間なんかに……!」
もはや取り繕う余裕もなく、インフェルノは険しい表情でペトロナを睨め付け。
「くそっくそっくそっ!どうやった!?なんで瞬間移動できない!?」
自身の胸を掻きむしりながら癇癪を起こす。
「ほっほ!敵に手の内を晒す馬鹿はおらん──」
と勝ち誇ったように笑うソリテールのモニターを、インフェルノは指から放った赤いビームで消し飛ばす。
さらに。
「ふざけるな、くそっ……なんで……!なんでなんでなんで!!くそおおお!!」
そのまま怒りに任せてビームを敵味方問わず全方位に放ちまくった。
瞬く間に部屋中を血で染め上げる。
ペトロナも肩から股にかけて体を左右真っ二つに裂かれ、同じくアウクストゥスも心臓部を貫かれ、ともに死亡。
「ふふ……そうだ……はははははっ!!そうだ!!僕は強いんだ!!見ろ!!これが僕の力だ!!ポンダーにだってバレットにだって、あの双魔統にだって負けない!!」
血塗れの部屋で一人虚しくインフェルノは叫ぶ。
「……ちくしょう……」
そして毒が完全に回り、死亡した。
† † †
「な、何が起きたんだ……?大丈夫なのか?」
「魔族みたいなヤツが出てきたように見えたけど……」
「おいおい……映像動かねえぞこのクソサイト」
「配信環境カスすぎだろ」
「お母さんパソコン壊れたー」
世界各地でライブ配信を観ていた視聴者たちは画面の前で困惑していた。
魔族が円卓の部屋に現れてからすぐに配信画面はブラックアウトし、そのまま数分間映像が止まっているのだ。
「皆様、お待たせして申し訳ございません」
と、ようやく動き始めた映像には、殺されたはずの連盟会長ペトロナが映っていた。
「この公開会議は皆様への説明責任を果たすとともに、魔族を誘き出すための作戦でもありました。現れた魔族にはすでに対処しましたのでご安心ください。そしてこれで、魔族が我々の情報をある程度監視しているということも確認できました。したがってここより先、戦いが終わるまで、メディアやインターネットでの情報発信は控えさせていただきます。ただし──必ず人類が勝利することだけは、約束いたします」
そう言って配信は幕を閉じた。
† † †
ある島の巨大建造物の一室で、先ほどと同じように五人の代表者が円卓を囲んでいた。
「思惑通り、幹部の一人を討ち取れましたね」
ペトロナと同じく殺されたはずの実働部隊司令官アウクストゥスは、これまで通り落ち着いた様子で言う。
「思惑通りなものか。あれだけの準備をして幹部一人とは……」
毅然とした態度でそう言ったのは、ペトロナ。
「いやいや、幹部の他にざっと数えて二十五人もの魔人がおったんや。充分でしょう」
ほっとした様子で言うのは、脚を組んで座る情報管理委員会のエキチェス。
「ほっほっほ!協会に所属する全A級魔導士──総勢六十七名の魔力を結集し作り上げた、特大の"分裂"!魔人と言えど見破れんかったようじゃな!」
と得意げに笑うのは、モニターに映された魔導士協会会長ソリテール。
その隣のモニターには苦笑いを浮かべる次世代開発室長イディオンも映っている。
"分裂"──マジポリア学園が襲われた際にムレファも使用していた、対象と全く同じ姿の分身を作り出す魔法だ。
それを用いて、この"世界連盟本部そのもの"を、もう一つ作り出していたのだ。
「まあ、一番厄介そうな"瞬間移動"の使い手を潰せたのは及第点と言えよう」
ペトロナは顎に手を当てながら、あくまで冷徹に言う。
「攻めて来るとしたら飛行能力持ちか瞬間移動使いやという読みが当たりましたね、アウクストゥスさん」
「ええ。偽の連盟本部はライトウ洋のど真ん中でしたから」
エキチェスの言葉にアウクストゥスは頷く。
どうやらこの作戦を主導していたのはこの二人のようだ。
「ヤツの移動が"魔力遮断壁"を越えられないと見抜いたディーン卿の観察眼も見事だった」
「ほっほ!ペトロナ殿に褒められるとは珍しいこともあるもんじゃ!彼奴の移動は明らかに"召喚"とは違っていたからのう!」
自身の三つ編みの髭を触りながら、ソリテールは得意げに語る。
「そう言えば、急ぎの作戦で細かいこと訊く暇ありませんでしたけど……それ何が違うんです?」
とエキチェス。
「おお、言っとらんかったか」
ソリテールは間の抜けた表情をしつつ、説明する。
「まあ一般人には分からんでも無理はないの。召喚は空間を捻じ曲げ、別の場所から対象を呼び寄せる、または対象の元に自身を送り込む魔法なんじゃ。言わば対象よりも、空間そのものに働きかけておる。じゃから魔力を遮断されても関係ない。じゃが彼奴の使う瞬間移動は、"魔力の糸"を飛ばしてそれをケーブルのように辿ることで高速移動しておった」
「なるほど……その魔力の糸が通らないようにバリアで封じてしまえば、移動もできんというわけですね」
ソリテールの説明に、エキチェスは合点がいったように眼鏡の位置を直しつつ頷いた。
「うむ。ありゃあ言わば"門"の応用じゃな」
「門の……そう言えばあれも世界と世界を繋ぐ小さな"空間の穴"に魔力の糸を通して、そこに魔力を注ぎ込むことで穴を拡大しとるんでしたね」
「ああ。じゃから彼奴らが門を開く時、その魔力の余波でいろんな現象が起きる。爆発やら火柱やら雷やらな」
「何も起きないケースもいくつか確認されてますが」
「そりゃあ門を開いたヤツの魔力の扱いが抜群に上手かったんじゃろう。確か、魔獄王とかいう輩がヴァリアールに出てきた時もそうじゃったろ?開いたのが彼奴本人かは分からんがのう」
それから二人が話し終えたのを見計らって、ペトロナが口を開く。
「……それでは、各々持ち場に戻れ。決して魔族に遅れをとるな。人類の勝利のために馬車馬のごとく働き続けろ。それが我々、世界連盟の仕事だ」




