三十一章 †囲まれし円卓†
† † †
ライトウ洋──大陸の東西を繋ぐ、二大洋の一つ。
その海上の日付変更線と赤道の交差する地点に、小さな人工島が浮かんでいる。
島の全てが機械的な直線と鋭角で構成され、まさしく未来の城塞を思わせる巨大建造物。
ここは"世界連盟本部"──現在この星のあらゆる施設の中で最も重要な人類の拠点とされる場所である。
その一室に、五人の人物が円卓を囲んでいた。
とは言えうち二人はリモート参加のようで、設置された縦型モニターに顔が映し出されているだけだ。
そしてその周囲には何台かのカメラが黒服のスタッフたちによって回され、会議の様子を撮影している。
「四十秒の遅刻だディーン卿」
氷のような声でそう言ったのは、褐色肌に長い銀髪を七三分けにした四十代程度の女性。
その美しく整えられた髪、眉、化粧、皺一つない白スーツやその所作一つ取っても、彼女が規律正しく厳格な人間であると理解できる。
「いやぁすまんすまん!わしゃ機械がどうも苦手でな!ほら、わし魔導士じゃから!」
と、対照的にガサツな声を上げたのは、モニターに映されているリモート参加の人物。
後ろで一つに纏めて三つ編みにした長い金髪と、同じく顔の下で三つ編みにした長い髭が特徴的なエルフの老人。
「関係あらへんでしょう、御老公。仮にも魔導士協会のトップの貴方がそんなことじゃ困るんですよ」
手を顔の前に組んで訛り混じりに言うのは、知的な黒い眼鏡を掛けたオールバックの男。
年齢は女と同じく四十代前後。揉み上げは長く伸ばし、フェイスラインに沿って生える髭と繋がっている。僅かに尖った耳と、開いた口から覗く鋭い犬歯から、ヴァンプ族だと思われる。
「まあまあ皆さん落ち着いて。もうカメラが回っていますよ。ここは穏便に行きましょう」
怒りを露わにする二人を落ち着いた雰囲気で宥めるのは、逆立った赤髪の老人。
歳は七十代前後だろうか。襟足の方だけがサラサラの黒髪になっている特殊な髪質だ。黒と白を基調とした軍服を着用し、老人とは思えないほどにぴんと胸を張り優雅な姿勢を保っている。
そしてもう一台のモニターに映った人物は何も言わず腕を組んだまま、その状況を黙って見ていた。
後頭部まで綺麗に頭皮を露出させた小人族。顔の下半分を覆うもっさりとした髭もさることながら、左右に僅かに残った黒髪をまるでツノのようにワックスで固めたスタイルが特徴的だ。
「失敬」
と褐色女性は立ち上がると、壁に掛けられた菱形の時計を見て、円卓の四人と周囲のスタッフにぐるりと視線を送った後、円卓の中央に設置されたカメラへ向けて口を開く。
「それではこれより公開連盟代表会議を始めます。初めての試みのため至らぬ点があるかもしれませんが何卒ご容赦ください。私は世界連盟会長ペトロナ・セア・デイジーです。以後お見知りおきを」
女性──ペトロナが粛々と名乗り終え腰を下ろすと。
次に、左隣の席に座るオールバック眼鏡の男が顔の前で組んでいた手を解いて立ち、口を開いた。
「私は世界連盟・情報管理委員会会長、エキチェス・アヴァン・アスパイアードと申します。まずは、このような場を設けさせていただきありがとうございます」
と軽く頭を下げ。
「我々情報管理委員会は連盟結成時から現在に渡って、各国上層部に働きかけ、魔族や十勇などに関する情報操作を行ってきました。これは国家間のバランスを考え、戦争などによる武力衝突の被害や混乱を抑制するための措置でしたが……これまで世界中の皆様に秘匿していたこと、心よりお詫び申し上げます」
そう言って今度は深く頭を下げる。
エキチェスが頭を上げ、座るのを待ってから、左隣の赤髪の老人が立ち上がって口を開く。
「次は私ですね。世界連盟・実働部隊司令官、アウクストゥス・J・スパイラルです。世界各地に出現した魔族の元へ実働部隊を派遣しています。ではお次は……」
と老人──アウクストゥスは変わらず穏やかな表情のまま簡潔に説明すると、静かに左隣のモニターに映されたエルフの老人を手で指してから腰を下ろした。
「ふむ、わしの番じゃな。わしは魔導士協会会長、ソリテール・ディーン・U!今まで隠されとったが、魔導士というのも実在しとる。そしてわしはその魔導士たちを纏めるリーダーというわけじゃのう。よろしく頼むぞい」
ソリテールを名乗るエルフは金色の髭を弄りながら気さくに挨拶する。
そして最後にその左隣、同じくモニターに映されている小人族は──腕を組んで沈黙したままだ。
「……うん?イディオン殿?次はあんたの番じゃぞ?」
とソリテールは覗き込むような動作を見せるが、モニター越しなので特に意味はない。自分でも言っていた通り機械には疎いようだ。
すると映像の小人族は徐ろに立ち上がり。
「おいらはイディオッ……オオオッオン…シ……インンッ……スタタタタタ……」
壊れたCDプレーヤーのような機械音声が流れた後、目や鼻や口や身体中の至る所から煙を噴き出した。
「な、なんや……!?どうしはったんです、イディオンさん……!?」
エキチェスは目を疑うように眼鏡のつるを摘んで困惑を顔に浮かべる。
すると。
「あ、あわわわわ、す、すみません!ちょ、調整不足でしたっ!」
慌てた顔で言いながら、腕を組んでいた小人族と全く同じ姿をした小人族がその横からフレームインしてきた。
水色の作業服にゴム手袋、両手にはレンチとドライバーを持っている。
「何をしているシーンスタイン……」
苛立ちを露わにしてモニターを睨むペトロナ。
エキチェスは頭を抱え、アウクストゥスは苦笑している。
「い、いや我々連盟代表者の初のお披露目ですからっ、せ、せっかくなら何かみなさんを驚かせるようなことをしたいと思いましてそのっ……ロボットを……!」
「遊びではないのだ。席に着け」
「はいぃっ!」
ペトロナの冷たい視線に、小人族は思わず背筋をぴんと伸ばし、椅子の上に座らせた自分型ロボットをどかしてカメラの前に立つ。
煙で映像は白く曇ってしまっているが、焦りからか構わず小人族は口を開く。
「あ、えっと、お、おいらは世界連盟・次世代開発室室長、イディオン・シーンスタインです……あの、連盟で使う機械とか色々、開発してます……」
自分のモニターで円卓の反応を窺いつつ、小人族──イディオンは不安げな表情で自己紹介を終えて腰掛ける。
ペトロナは特に何か言うこともなく、再び静かに円卓の四人を見回し。
「それでは早速会議に入りましょう。アスパイアード、お前からだ」
と隣のエキチェスに振る。
「はい」
エキチェスは軽く頷き、手元の資料を手に取って話し始める。
「まず情報管理委員会の現状ですが、知っての通り今や魔族の存在も、それに対抗する十勇の末裔の存在も民間に広く目撃されており、情報操作なんて言うてる場合じゃありません。で、今ウチが何してるんかと言いますと、魔導士たちによる感知を元に次なる魔族の侵攻地点を予測、実働部隊と連携し共有しています」
そう言って隣のアウクストゥスに視線を送ると。
「ええ。そのお陰で円滑に部隊を向かわせることができていますよ。ただ戦力が圧倒的に足りておらず、対応が追いついていないのが実態です。本当に、不甲斐ないばかりです」
アウクストゥスは悔しさから僅かに俯き眉を顰める。
「今朝方刻銘魔導士ベルジェーン殿に"魔力貫通弾"の量産と、世界連盟及び各加盟国の技術者へその製造方法の共有を行うよう要請を出した。現状十勇の末裔でもない限り魔力を扱えねば魔人に対抗できんが、彼奴の作った貫通弾ならその限りではない」
とソリテール。
「魔力貫通弾……あれは実働部隊の魔導士たちにとっても脅威になるとして開発を中止させていたはずだが?」
ペトロナはソリテールに鋭い視線を向けるが、エキチェスが口を挟む。
「今はそうも言ってられんでしょう。その後のことなんか考えたって、今負けたら終わりや。目の前の魔族に集中しましょう」
「そうだな」
とペトロナは頷き、次にモニターのイディオンへ視線を移す。
「それでその貫通弾の製造はどうなっている?」
「あ、は、はい、こっちでは順調に取り進めてます!し、しかし、構造上かなり繊細な技術がいるので、い、今の状況の中で量産するのはその、難しいでしょう……特に現在も戦いが続いている国では、弾薬にも限りがあるでしょうし……」
イディオンは自信なさげに小声で報告する。
「今できる中ではそれがベストじゃな。ベルジェーン殿には製造を簡略化する方法を考えてもらっとるところじゃ」
「そ、それって、おいらにも何か協力できませんか?魔力貫通弾は魔道具とは言え魔力は使わないので、おいらにも何か手伝えることがあるかも……!」
「うむ、いい提案じゃな!ベルジェーン殿に相談してみよう!」
イディオンの申し出に、ソリテールは快諾する。
そして二人のやり取りを踏まえてペトロナが総括する。
「では連盟と魔導士協会で可能な限り製造を続け、各国へ配給する。シーンスタインはベルジェーン氏と連携して研究を進めろ」
「は、はい!」
「しかし、運搬中に狙われる可能性は?敵に奪われればそれこそ魔導士に危険が及ぶんと違います?」
エキチェスの問いにペトロナは。
「全ての輸送機にB級以上の魔導士二名を同乗させる。本部の守りが薄くなるがやむを得まい。スパイラル、ディーン卿、人員の確保を頼む」
と二人に視線を向け。
「うむ」「了解しました」
ソリテールとアウクストゥスは頷く。
「では次の議題に──」
突如。
円卓の五人を取り囲むように、十人ほどの魔人が出現する。
「これはまた随分と大胆な客人だ」
と真っ先に反応して立ち上がったのは、やはり実働部隊のアウクストゥス。
「な、なんや!?お前らどうやって入った!?」
次いで立ち上がったエキチェスが声を張り上げる。
ペトロナは座ったまま、ただ周囲の魔人たちを睨め付けた。
「はは、やだなあ、前に見せたあげたでしょ?僕の"瞬間移動"」
「!!」
背後から聞こえた声に三人が振り返ると、円卓の中心にインフェルノが立っていた。
「どうも~。やっと見つけたよ──人類の拠点」




