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二十九章 †無常なる獅子†

 

「僕はゲンマ・ディメンザン。フウマの息子です」


「息子!?」


 それは予想外だったらしく、ハクも思わず声量を上げて聞き返した。

「いや、つうか"ディメンザン"!?そりゃ"セレーネ・ディメンザン"のことかよ!?」

「はい。父はフウマ、母はディメンザン家の最後の末裔です」

「おいおいおい、フウマに子供がいたのも驚きだが……ディメンザン家の血筋は途絶えたって聞いたぞ?」

 ハクは先ほどまでの冷静さが嘘のように狼狽する。

「え?セレーネの末裔って結構いるでしょ?」

 とレヘンは話についていけず首を傾げる。

 レヘンもセレーネの末裔には何度か会ったことがあるのだろう。

「あー……あんま子供の前で言うこっちゃねえが……十勇セレーネは、とんでもねえビッチだったんだよ」

 言いづらそうに目を逸らして後頭部を掻きながらハクは答えた。

「び、びっち?」

 言葉の意味が分からず口を尖らせるレヘン。

「世界各地で逆ハーレム築いて大量に子供産んで、男に育てさせてたのさ。だからセレーネの末裔自体は他の十勇と比べてもかなり多い。連盟ですら完全には把握しきれねえほどにな。今のご時世、剣を握る機会なんてあんまねえし、自分では一般人だと思ってたのに実はセレーネの末裔だった、なんてこともよくある話だ」

「そうなんだ」

「だがセレーネ自身が正統な後継と認めた"ディメンザン家"ってのは少なくてな。つい数年前に最後の一人が逝っちまった……はずなんだが……」

 と、ハクは怪訝な顔で青年──ゲンマの顔を見る。

「ええ、それが僕の母です」

「マジかよ……てことはお前アレか、若く見えるけど実は百歳くらいってことか?父親フウマはずっと封印されてたわけだし」

「十七歳ですよ、僕は」

「いやいやおかしいだろ……」

「ええ、そうです、おかしいんですよ。僕はいるはずのない存在なんです」

 ゲンマの言葉に、ハクとレヘンは顔を見合わせ。

「……どういうことだ?」

 再びゲンマの方を見てハクが尋ねる。


「僕を生み出したのは、正体不明の科学者です」


「科学者?」

「ええ。会ったことはありませんが、その科学者が採取したフウマの細胞から作り出したクローン遺伝子……それを母の胎内に人工受精させて僕は生まれたと、母は言っていました。恐らくフウマの持つ"霧の力"と、セレーネの持つ"最強の剣技"──その融合体を造るための実験だったんでしょう」

「科学者か……じゃあお前もそうなのかもな、レヘン」

 ハクは片眉を上げて顎に手を当てながら言う。

「かもねぇ」

 とレヘンも頷く。

「え?」

 ゲンマはぽかんとした表情で二人を見る。

「あ、実はボク、十勇アルケスの末裔なんだ。だけどハクさん曰くアルケスは子孫を残してない……つまりキミと同じ、いるはずのない存在なんだよ」

「えぇ!?」

 うっすらと笑みを浮かべて言うレヘンに、ゲンマは驚きの声を上げた。

「記憶も朧げでね、気が付いたらボクは旅をしてた。なぜかこのリュックにたくさんお金はあったから食べ物には困らなかったし、ただ気の向くままに旅を続けてきたんだけど……やっぱり気になるよねえ、自分の正体くらいは」

 レヘンは笑ったまま言うが、どこか寂しげに眉を寄せた表情からして恐らく切なる願いなのだろう。

「もしかしたらレヘンも、お前と同じ科学者に作られたクローンみてえなもんなのかもしれねえ。詳しく聞かせてもらおうか」

 とハクが詰め寄るが。

「……すみません。さっきも言いましたがその科学者については正体不明……母から伝え聞いただけで、詳しいことは何も分かりません。というか母自身もほとんど知らなかったんだと思います」

 俯き加減でゲンマは答える。

「そうか、そりゃ残念だ」

 ふう、とハクは溜め息を吐いていじけたような顔でその場に胡座(あぐら)をかき、頬杖をつきながらレヘンの方に目をやった。

 レヘンはやはり笑みを崩さず。

「フフ、まあそう簡単に辿り着けるとは思ってないよ。それよりゲンマさん、どうしてフウマに成りすましてたの?」

 と話題を変えた──と言うより本筋に戻した。

「強い人と戦うためです」

 ゲンマは率直に言う。

「ふーん……お前も俺と同じで自分とまともに()り合える相手が欲しかったのか?」

 ハクは頬杖をついたまま、取り立てて興味も無さげに尋ねる。

 強さは自分に及ばず、レヘンについての情報も得られそうにない今、ゲンマへの関心が失せたのだろうか。

 あるいは気付いたのかもしれない。戦うためにフウマに成りすましたと言うのなら、フウマの復活というのも恐らくゲンマの流したデマだろう。数日間楽しみにしていた戦いが嘘だったとなれば、失望するのも致し方ない。

「逆ですよ」

「逆?」


「僕は……強くなりたい。この世の誰よりも」


 そう告げたゲンマの顔から、その覚悟を読み取ったハクは「へえ」と笑みを浮かべる。

 さらにゲンマはハクに向かって正座すると、静かに頭を下げた。

「あなたの実力を見込んでお願いします、ハクさん。どうか僕を鍛えてくれませんか」

 真剣な眼差しでハクを見つめて返事を待つが。

「それはやだ」

 とのハクの即答に、ゲンマは虚を突かれたように目を見開く。

「ええ!?ハクさん、ちょっとぐらい相手してあげても……」

 流石にレヘンも動揺している。

「だったらお前がやってやれよレヘン。コイツよりお前の方が強えから」

 ハクは面倒臭そうに言う。

「い、いや十勇の末裔とは言えそんな子供に──」

「ほらな?レヘンの強さにすら気付けてねえぞコイツ。論外だよ。俺ぁ弱えヤツが嫌いなの」

 そう言ってハクは大きな欠伸(あくび)とともに伸びをすると、もはや何もする気はないとばかりに肘をついて寝転がった。

 ゲンマとレヘンはどうしたものかと目を合わせ。

「……えっと……レヘンくん?君は本当に強いの?先日君がここに来た時は、なんでこんな子供がって、仕掛ける気も起きなかったんだけど……」

 ゲンマは尋ねた。

「あ、もしかしてあの時もいたの?ゲンマさん」

「うん」

 レヘンはカディ村で四鎋戦犯の噂を聞いた(のち)、その真偽を確かめようと一度この祠の前まで来ている。

 その時にもゲンマはこの大木の上で息を潜めていたようだ。

「まあ、さっきの戦い見た限りじゃゲンマさんに負ける気はしないかな。でもそこまでの差はないと思うよ。ちょっと鍛えたら追い抜かれちゃうかも」

 レヘンは正直に言う。

 それが冗談などでないことは、そのあまりにも純粋な表情を見ればゲンマにも理解できた。

「し、信じられないな……その若さで……」

「えへへ、アルケスは最強の十勇だからね」

 レヘンを見れば見るほど、確かにどこか強者の立ち居振る舞いらしきものを感じ、冷や汗をかくゲンマに、レヘンは軽く照れ笑いを見せる。

「おいレヘン~……そんなヤツの相手してやる必要ねえぞぉ?」

 と、まるでやる気のない姿勢からやる気のない表情でハクが口を挟む。

 自分のお気に入りであるレヘンがゲンマとお互いに認め合っている雰囲気が気に入らなかったのだろうか。

「もう、ハクさんいつまでいじけてるの?元々四鎋戦犯の噂は信じてないんじゃなかった?」

 レヘンにはそのハクの態度の理由もお見通しだったようだ。

「だってよぉ、エルフのサムライなんて見たら期待しちゃうじゃんかよぉ。四鎋だと思っちゃうじゃんかよぉ。それがニセモノだったんだぜぇ?それで落ち込むなって方が無理だろぉ……」

 ハクはまた大きく溜め息を吐いた。

「戦う相手ならいくらでもいるって、ハクさんが言ったんじゃん!」

「でもよぉ~……」

 と、いい大人が少年に宥められているその光景を見てゲンマは若干顔を引き()らせつつ。


「いや、フウマの封印が解けるというのは事実ですよ?」


 と困惑したように言う。

「えっ?」「そうなの!?お前が強いヤツ集めるために広めたデマじゃねえの!?」

 レヘンとハクは食い入るようにゲンマへ視線を向けた。

「違いますよ。僕が最強になりたいのは、目覚めた父を止めるためなんですから」

「はあ?」

「生前の母に頼まれたんですよ。"もうすぐフウマの百年の封印が解ける、お前が止めろ"って」

 話をしながら亡き母の顔を思い出したのか、ゲンマは少し寂しげだ。

「……ん?百年?封印は九十九年って話じゃなかったか?レヘン」

「うん、そう聞いたよ」

 二人は目を合わせて確認し合い、再びゲンマに視線を戻す。

「噂を流したのは僕ですから。僕を鍛えてくれそうな強い人を見つけるのと、その修行期間も見越して、一年早く伝えたんですよ」

「じゃあフウマの封印が解けるのは……」

「来年です」

「かぁ~、そうなるよなぁ!そりゃ連盟も対応に来てねえわけだ!」

 ハクは肩を落とす。

「でも良かったじゃんハクさん。これで楽しみが増えたよ」

「くくっ、だな!おっし、そんじゃあ行くかレヘン、魔族んとこ!」

 ハクはすっかり立ち直ったようでやる気を漲らせ、レヘンを連れて引き返そうとするが。

「ちょ、ちょっと待ってください!僕の修行は──」

 それを引き留めようとするゲンマに。

「アホか!今それどころじゃねえんだよ」

 とハクが一喝する。

「……え、もしかしてお前ずっとこの樹海にいたから外の状況知らない?」

「え?」

「……その反応マジかお前……」

 どうやら本当に何も分かっていない様子のゲンマに、ハクは苦笑する。

「魔族が世界中にたくさん攻めて来て、大変なことになってるんだよ」

「ええ!?それってまさか戦争的な……」

「戦争も戦争、大戦争だよ!お前も来るか?凄えヤツらと戦えるかもしれねえぜ!」


 こうして新たに仲間を加えたレヘン一行は、魔獄王ライザーの待つヴァリアール城へと向かう。



 † † †



 ──そういやナントカ戦犯ってヤツ……もうそろそろ復活する頃か……?


 ──いや、それは明日だっけか……?ダメだな、俺様ももうすっかりオッサンになっちまった。


 ──あのボウズ……他に仲間は見つかったのか……?それとも二人だけで行っちまったのか……。


 ──ま、アイツなら大丈夫だろ……ありゃあこれまで会った中でもダントツ規格外だったしな……。


「フッ……なんでこんな時にあのボウズの心配なんかしてんだか……つくづく俺様は……優しすぎるヤクザだぜ……」


 息を切らして独り言を呟くレオザークの右半身は、無惨にも潰れていた。

「がははははっ!!惜しかったなあオメェ!頭ん中狙うってのはいい方法だったど!相手がオラじゃなけりゃあな!」

 ダイザンは高笑いしながら、虫の息になっているレオザークを見下す。

「……畜生……なんで死なねえんだよコイツ……」

 内部から爆破されたはずのダイザンの頭は、完全に再生していた。

 勝ちを確信し僅かに気が緩んだ隙に、レオザークは踏み潰されたのだ。

「がっはっは!簡単なことだべ!オラの回復は、オラの技じゃねえ!」

 ダイザンは腕を組んで勝ち誇ったように大口を開けて笑う。

「どういう……意味だよ……」

「コイツは昔オラが戦った魔導士からくらった"呪いの魔法"なんだべ。オラの魔力で回復してるわけじゃねえから、オラの脳を潰したところで回復は止まらねえ」

「……くく……テメエの能力じゃねえってことかよ……でけえナリして姑息な野郎だ……」

 レオザークは乾いた笑いを漏らす。

 ──あぁ……駄目だなこりゃあ……悪いベルジェーン……再会は……できそうにねえや……。

 少しずつ暗闇に包まれていく視界の中で、レオザークの脳裏にはこれまでの様々な出会いや経験の記憶が駆け巡っていた。

「そんな状態でまだ悪態つけるたあ……感心だべ!」

 そんな走馬灯に(ひた)るレオザークを嘲笑うかのように、ダイザンは足を上げ──勢いよく踏み潰す。

 アスファルトが砕け、大きな亀裂が入る。

 が、その足はレオザークの体を僅かに避けていた。

「……何の……真似だ……」

 レオザークは自分がまだ生きていることに驚いて目を見開き、ぼやけてよく見えていないその視線をダイザンへと向ける。

「レオザーク……オメェはよく頑張ったべ。でもその傷じゃあもう助からねえ。楽しませてくれたせめてもの礼だ。死体だけは残しといてやる」

 ダイザンは笑みを浮かべつつもどこか寂しげな顔でレオザークを一瞥し、その場を去っていった。

「……フッ……そりゃありがてえ……ゆっくり人生を……振り返れるってもんだ……」

 そう言ってレオザークは目を閉じる。

 レオザークの瞼の裏に浮かんだのは、長らく世話になった女闇医者・Dr.スルーの顔。

 ──スルー……お前の言った通りだったな……随分と迷惑かけちまったが……抗争の後にお前んとこに駆け込んで過ごす時間は好きだった……。

 次に浮かぶのは、娑卍那組の獣人たち。

 数十人に及ぶ舎弟たちや、対等な関係を築いていた幹部格の顔が(よぎ)っては消えていく。

 そこには少し先に逝ってしまった舎弟頭のヒョウや、喧嘩に明け暮れていたどうしようもない自分を拾って正してくれた、組長の顔もあった。

 ──ヒョウ……俺様ももうすぐそっちへ行くぜ……。

 ──組長(オヤジ)……すまねえな……組は継げねえみてえだ……こんな俺をここまで面倒見てくれて……ありがとな……。

 そして最後には、最も自分を慕ってくれていたチウス、ラビオ、黒ネコの三人。


 ──チウス……ラビオ……クロス…………なんとか生き残ってくれ……これからの娑卍那組を引っ張って行くのは……お前らだ……。


「……後は……頼む……」


 それが伝説のヤクザ、レオザーク・キングの最期の言葉だった。

 そして。



 ──…………あぁ…………死にたくねえなぁ…………──。



 破壊された道路の真ん中で、誰にも見られることなく──レオザークは息絶えた。


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