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二章 †受け継がれし力†

「オレはメルト────勇者メルトだ」


 "風船族(ふうせんぞく)"の少年はそう名乗った。

「勇者?」

 集まった男たちは思ったことだろう。

 ──このご時世に勇者なんて名乗るとは、妄想癖か?中二病か?

 そんな視線を周囲からひしひしと感じ、少年メルトは弁明する。

「あ、違うぜ!?別にそういう意味じゃないぜ!?」

「……どういう意味だ?」

 男たちは首を傾げる。

「えっと……オレたちの里じゃ、家族ごとに肩書きが与えられてるんだ。オレはそれがたまたま"勇者"の家系で……他にも剣なんて持ってないのに"剣士"さんとか、魔法も使えないのに"魔導士"さんとか、一般家庭の"大富豪"さん、服屋の"花屋"さん、ボディーガードの"暗殺者"さんなんかもいるんだぜ。面白いだろ?」

「か……変わってんな……」

「へへ、オレの里じゃあそれが普通なんだよ」

「要はその勇者っていうのは職業じゃなくて苗字みたいなものなのね」

 と、筋肉アイドル"ハルにゃん"こと、ハルクス・ジェン・フートラッドが要約する。

「そういうこと!」

 分かってもらえてほっとしたという表情でメルトは頷いた。

 そこでパンパンと手を叩いて注目を集めたのは、大佐グィン・マキアだ。

「さあ、自己紹介はこれくらいでいいだろう。それでは気を取り直して訓練を始めるぞ!各自、隊員の指示に従って行動してくれ!」

「はい!」


 † † †


 それから集まった者たちは、基礎的な肉体訓練を行う者、武器の扱いを習う者、これまでの襲撃の映像から敵を研究し、対抗するための戦術やフォーメーションを研究する者など、各々の実力や経験、得意分野によって、いくつかのグループに振り分けられていった。


 その中で、剣術による近接戦闘を指南するグループの前に立ったのは、中佐ユネ・ムガだった。

「皆様の剣術指南を担当させて頂くことになりました、ユネ・ムガ中佐であります!どうぞよろしくお願いします!」

 集まった屈強な男たちも霞むほどの巨大な筋肉を有する大男は、丁寧な挨拶と共に頭を下げた。

 それから頭を上げ、こほん、と咳払いをした後。

「一応私は剣術には自信がありまして、少なくともこのニント村基地においては一番の腕だと自負しておりますが……はっきり申し上げます。それでも魔族には太刀打ちできないでしょう」

 と、ムガは正直に打ち明けた。

 事実ウートゥラーでの戦闘では、近代化により威力の上がっている銃火器ですら大型の魔物には通用しなかった。余程の切れ味でもなければ剣を弾かれ、反撃を食らうだろう。

 そもそも、剣術などこの時代の戦場ではほとんど使われることのない戦闘スタイルだ。

 このグループに集められた者たちもそこは疑問に思っていたところであり、それを集めた本人の口から打ち明けられたとなれば、どういうつもりだ、とざわつき始めたのも当然の結果だろう。


「皆様、静粛に!確かに今のままではヤツらには通用しない──しかし、それでもこの方の剣術には賭ける価値があると私は考えます。紹介しましょう。メイギス殿、こちらへ」

「は、はい」

 ずっとグループの脇に立っていた色白の中年エルフが、自信なさげにオドオドしながら、早足でムガの隣に移動する。


 イーストニントからスカウトされてきたあのエルフ──カルナ・メイギスである。

 勿論家の中でだらけきっていたラフな格好から動きやすい服装に着替え、ボンバーヘッドだった髪もある程度整えてゴムで二つ結びにまとめているが、やはりその猫背や歩き方などの雰囲気から、芋女臭は拭えない。


 全員の視線が集中し、それに気付いたエルフはびくりと身をこわばらせた後。

「あ……あの……どうもぉ……」

 と苦笑を浮かべながら軽く会釈する。

「先程私が剣術指南を担当すると言いましたが、あくまでまとめ役としてです。剣術そのものについては今回、こちらのカルナ・メイギス殿に特別指南役をお任せします」

 ムガは皆に向けエルフを紹介するが。

「いや、誰……?」「だ、大丈夫か?」「どういうことだ?」

 何者だと疑問に思うのは当然のこと、不安を露わにする者や、納得がいかない様子で首を傾げる者も多く見受けられる。

 ムガは紹介を続ける。


「この方は、かの十勇(じゅうゆう)──"セレーネ・ディメンザン"の末裔です」


 十勇。

 この世界に伝わる、かつて存在した十人の偉大な戦士たちをそう呼ぶ。

 しかし、グループの者たちは困惑した。

「十勇って……」

「おいおい何を言い出すかと思えば!ありゃただの"創作"だろ?」

 一般的には十勇など、御伽話に過ぎないのだ。

 それもそのはず、彼らの力はあまりに荒唐無稽で、とても常識では考えられない逸話を残しているからだ。


 ──無限のエネルギーを生み出す、万能の超能力者。


 ──全てを灰に帰す、灼熱の炎を身に纏う魔拳闘士。


 ──どんな肉体的・精神的苦痛をも一瞬で完治させる僧侶。


 ──史上最も巨大な体を持ち、戦場を更地に変える巨人族の王。


 ──生物の潜在能力を限界以上に引き出す大将軍。


 ──全身を凶器に変える不死身の吸血鬼。


 ──現代でも解明できない超未来の技術を持つ、宇宙からの使者。


 ──あらゆる魔法を使いこなす伝説の大魔導士。


 ──鋼鉄の肉体を持ち、一撃で山をも粉砕する格闘家。


 そして──空間をも斬り裂く、エルフの剣士。


 確かに実在していたという証拠は世界各地にあるものの、残された多くの記録は当時の人間が彼らを英雄視するあまり、大きく脚色されている──というのが、この世の大半の人々に共通する認識である。

「そうですね……日に二度も、皆様の常識を覆してしまい申し訳ありませんが……」

 とムガは言いづらそうに少し間を置き。


「十勇の逸話は、全て真実です」


 その言葉に、やはり皆一様に驚愕や動揺の表情を見せる。

「じゃ、じゃあ何か!?魔法なんてものが本当にあるってのか!?」

「はい」

「宇宙人もガチでいるのかよ!?」

「はい」

 ムガは淡々と頷く。

 それに対して、信じられない、などと言う者はいなかった。

 この国を攻めてきた魔族の存在──特に、現実離れした"魔獄王ライザー"なる怪物が現実に現れたのだから、もはやこの状況、目の前で起こる事実のみを受け止め、前に進むしかない。


「でも、それがガチだとしてもよ、末裔が先祖と同じ力を持ってるわけじゃねえだろ?そんなヤツに俺たちが何を教わるってんだ?」

 グループの中の一人、ヘビ柄のタンクトップを着たガラの悪いオオカミ獣人が、カルナを場違いだとばかりに睨みながら尋ねる。

 態度にこそ出さないものの、周りの者たちも意見は同じだった。


「ほ……ほんとまったくその通りですぅ!私なんか一般人ですよほんと!なんでこんなところに呼ばれたのかしら!?」

 カルナはその雰囲気に耐え兼ねたのか、涙目になりながら言った。

 オオカミ男もその反応には呆気にとられ、「えぇ……」と気まずそうにしている。

「いいでしょう。そう考えるのも無理はない」

 そんなカルナの反応を無視してムガは言うと、腰に差していた練習用の木刀を抜き、カルナの方を向いて構えた。


「メイギス殿、ぜひ私と一度お手合わせ願いたい」

「ええっ!?」


「見て頂くのが一番手っ取り早いでしょう。それに私自身も、貴方の力を体感しておきたい」

「そ、そんなこと言われてもぉ……」

 カルナはこの場から今すぐにでも立ち去りたいと思いつつ、全員の視線が集中し続けているこの状況で、逃げ出す度胸もなく。

「わ……分かりました……」

 と、別の隊員から手渡された木刀を握り締め、ムガと対峙した。

「ありがとうございます。では遠慮なく、胸を借りるつもりでいかせてもらいます!」

 ──十勇の末裔……実際にこうして向かい合うのは初めてだが、一体どれほどのものか……!

 ムガはいきなり仕掛ける。

 力強く地面を蹴って接近しながら、木刀を振り上げ。


「ん?」

 その瞬間、やけに軽い、とムガは自身の振り上げた木刀を確認する。

 その(つか)より先の刀身が──消えていた。

「なっ……」

 そして視線を離した一瞬の間にカルナはムガの懐に入り、(きっさき)を首元に突き付けていた。

 つい数秒前とは別人のような鋭い目つきでカルナはムガを見据える。


「……参りました」

 ムガは両手を上げて降参を口にした後、その眼力(めぢから)に圧倒され、バランスを崩して尻餅をつく。

 そしてそこで、消えた刀身が地面に突き刺さっているのに気付く。

「え?」「何が起きた?」「木刀折れた?」

 傍から一部始終を見ていたはずのグループの者たちも、それを目で追うことはできていなかった。

「え、えっと……ムガさんは力が強そうで、受けるのは怖かったので、攻撃される前に斬り落としてみたんですけど……あ、あの、もしかしてダメでしたか?」

 やはりオドオドしながら、カルナは言う。

「い、いや斬り落としたって……これ木刀なんですが……?」

 どれだけ目を凝らしてもカルナの握るそれはただの木刀で、当然刃など付いていない。

 しかし確かに、"叩き折られた"感触などなく、その断面はまさしく"斬り落とされた"ものだった。

「まあ木刀と言っても刀の形はしてますから、すごく速く振れば斬れます、たぶん……」

 あまりのレベルの違いに皆絶句してしまい、沈黙が訪れる。

 ──うわぁ、みんな「そんなわけねーだろ」って顔してるぅ!だからイヤだったのよ!人に教えるとか根本的に向いてないのよ私!こんなの先祖から受け継いだ才能としか言いようがないし!

 カルナはその反応に頭を抱える。


「すごいっ!すごいぜカルナさん!」


 と、明るい声で沈黙を破ったのは、グループの後ろの方で背伸びしながら見ていた勇者メルトだった。

「メルト殿?何故ここに……貴方は戦術研究チームに入っていたはずでは」

 メルトはその身体の特殊性から、通常の訓練を行うグループに混ざるより、敵を研究し独自の戦闘方法を考えた方が良いだろうと判断され、映像による戦術研究のグループに割り振られていた。

「そうなんだけどさ、大佐さんからここに十勇の末裔がいるって教えてもらって、見ておきたくてな!それにオレそんなに頭良くないから、戦術の話もあんまり理解できなかったし……」

 バツが悪そうに苦笑いするメルトの表情から、恐らく後者の割合が大きいんだろうな、とムガは気付きつつ、「そうですか」と流した。

 するとメルトは素早くカルナのところへ駆け寄って、目を輝かせながら。

「そんなことより、十勇の末裔って本当にすごいんだな!まるで本物の十勇を見てるみたいだったぜ!」

 と、興奮で体をぷるんぷるんと震わせる。

「い、言い過ぎよ。私なんて修行もしてないし、本物の足元にも及ばないわ」

 ここまで真っ直ぐに褒められたのは久し振りだったようで、カルナは気恥ずかしそうに頬を掻きながら、顔を赤らめる。

「まあ確かに……」

 とメルトはその運動していない中年女性の身体を見て。

「修行は全然してなさそうだな!なんというか、全体的にやわらかそうだし!」

「!?」

 にこやかに言う。純粋な心は時に人を傷つけるのである。

「なぁに大丈夫さ!オレだってほら、やわらかいし!」

 とメルトは服を捲って華奢な腹を出すと、それをぷっくりと摘んで見せた。

 ──いやそりゃそうでしょうよ!風船だもんね!

 カルナは内心キレつつも一切の悪意を感じないので、頬を引き攣らせながら苦笑するに留まった。


「なぁ、メイギスさんっつったか、さっきは悪かったな。あんたがすげえのはよく分かった」

 そこへ先程のオオカミ男が割って入り、軽くではあるが詫びを入れる。

「い、いやいいのよ!ほんとに言う通りだもの!」

「しかしよぉ……」

 と、今度はカルナの隣のムガへ視線を移し。

「こんなの教えてもらったところで、一朝一夕で身につく技じゃねえぞ。さっきあの大佐さんも言ってたじゃねえか、時間がねえって。どうするつもりだ?」

「確かに」

 メルトも純粋な疑問を覚え、ムガの方を見た。

 同じく末裔の実力に唖然としていた者や感服していた者たちも、それはそうだとムガの返答を待った。

「それでも学べることはあります。敵の攻撃を受ける前に、出所を潰す。さらにその流れで敵の懐へ潜り込む。これはメイギス殿ほどの速さではできなくとも、シンプルかつ強力な戦法でしょう。メイギス殿にはそういった技術的なところを伝授していただきたいのです」

 ムガは冷静に答える。

「……そういうことか」

 オオカミ男は得心が行ったようで、これ以上は何も言うまいと腕を組んで、傾聴に専念した。

「ただ、あの速度で動かれてしまうと我々も学びようがないので、加減はしてほしいですが……」

「わ、分かりました」

「よぉし!オレも本物の"勇者"目指して、剣術マスターするぜ!」

 メルトはやる気を漲らせ、配られた木刀を掲げて意気込む。

 それに引っ張られるように、周りの男たちも木刀を掲げ、気勢を上げた。


 こうして、十勇の末裔による剣術指南が始まった。



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