二十五章 †失われし記憶†
† † †
バラサ共和国。
ヴァリアール王国の北西に隣接し、陽気な国民性と独特な民族衣装で知られる小国家。
古来より伝わるバラサの歌と踊りで死者を弔う風習から、"弔いの国"というキャッチコピーが有名である。
しかし、そんな国も死者を弔う暇すらないほどの危機に瀕していた。
およそ二十四時間前、首都イバーグに魔族の侵攻が開始すると、軍事力の乏しいこの国の軍隊では太刀打ちできず、ものの数十分で陥落──さらに国の半分近くが魔族の手に渡ってしまった。
そんな状況の中で。
バラサ北西部・ラニョーサ──この小さな街にもおよそ十時間前に侵攻が行われたのだが、住民たちは穏やかだった。
解き放たれた魔族の数は数百体、それを率いる"魔人"は下っ端クラスが一人と、都市部への侵攻時と比べてかなり控えめな戦力ではあったが、それでも十勇の末裔などの圧倒的な存在がいなければ到底敵わない相手だ。
つまり住民たちが今も無事なのは、その"魔族に対抗しうる存在"がこの街にいたということだ。
「なるほど、ソイツを仲間にするんだな?」
「そういうこと♪」
バラサの国境を越え数十分、ラニョーサ付近の上空に差し掛かった筋肉大膨張号Xのトレーニングルーム内で、メルトたちはこの国での目標を改めて確認していた。
「ウチのスタッフたちの調べによると、その"アダー"って子は十勇"ラプラス"の血を継いでるらしいわ」
ハルクスは三百キロのダンベルを挙げながら説明する。
愛剣"起牙丸"の手入れをしながら、メルトは聞き覚えのある名前に反応した。
「ラプラス?それって宇宙人のオジさんが言ってた……」
「ええ、ガルンビカイナ人ね」
ラプラス・エトルキズ──超未来の技術を持つ宇宙の使者と伝わっている。
「んな馬鹿な……宇宙人が普通に街に住んでたらとんでもねえ騒ぎになってんだろ。それを世界連盟が把握してねえはずもねえし……」
カガリはトレーニングでかいた汗をタオルで拭いながら、怪訝な顔で言う。
ピグダスでの戦闘で汚れた黒セーラーは洗濯中のようで、今はぴっちりと体にフィットしたトレーニングウェアを着用し、ショート丈のトップスの下に美しく割れた腹筋が露わになっている。
「ふふ、宇宙人じゃないわ。人間よ」
「人間?どういうことだ?」
きょとんとした顔でメルトは片眉を上げる。
「イラルギちゃんが言ってたでしょう?ラプラスは生前この星に住んでたのよ」
「うん」
「つまりその時、この星の住人との間にひっそりと子を残していたの」
「おお」「なっ……!」
素直にそういうことかと納得するメルトと、耳を疑うカガリ。
「い、いやいや!できんのか!?子供!宇宙人と!」
カガリは思わず立ち上がって狼狽する。
「さあ?」
「……なんじゃそりゃ……」
ハルクスの適当な返事にカガリは力が抜け、どさっと座り直した。
「これはあくまで推測。実際のところどうなのかは分からないわ。でもそのアダーちゃん自身がそう名乗ったそうよ、自分はラプラスの血を継いでるってね。そして実際に未知の技術でラニョーサの街を救った」
「へへ、未知の技術か……ソイツもあの宇宙人たちみたいなスゴい機械を持ってんだな。楽しみだぜ」
心踊るワードにメルトが胸を膨らませていると。
「皆さん、そろそろ到着します。御着席を」
と乗組員からのアナウンスが流れた。
† † †
数分後、ラニョーサ。
ピグダスの時と同じように筋膨Xは着陸せず空中に停止し、ホイストで三人だけが街中へ降り立つ。
上空に浮かぶ巨大なジェット機を一目見ようと、周囲には野次馬が集まっていた。
それからハルクスが毎度のごとくパチンと指を鳴らすと、筋膨Xは飛び去っていく。
「どこ行ったんだ?筋膨X」
「空港よ。ずっと飛び続けてたから休ませてあげないとね。それにこんな時とはいえ国境越えたから、その手続きも必要だし」
筋膨Xを見送った三人は周囲を見回す。
野次馬の注目は三人へと移っていた。
「何なんだアイツら」「あのマッチョ、どっかで見たような……」「子供もいるぞ?なんか肌がゴムっぽい気がするけど」
ざわつき始めるのも当然のこと──魔族の攻撃があったばかりで、表面上は穏やかでも警戒心は高まっているのだ。
着替え直した黒セーラーのスカートを靡かせながら先頭に立ったカガリは。
「あたしは世界連盟のカガリ・スパイラルだ!」
と大きく名乗り。
「この街にアダーってヤツがいると聞いてきた!魔族を倒すために力を貸してもらいてえんだ!何か知ってるヤツはいねえか!」
その声量のままで呼びかけるが、やはりと言うべきか、住民たちは困惑しざわつきが増すばかりだ。
そこへ。
「ん~?ぼくに世界連盟が何の用~?」
ペロペロキャンディを舐めながら飄々とした態度で三人の前に歩いてきたのは、一人の若い女。
「あんたがアダーか?」
「うん、そだよ~?」
カガリの問いにその女は頷く。
歳はカガリと同程度だがタイプはまるで異なる。白くすべすべとした肌に、丸く大きな青い瞳。ピンクと金のツートンカラーのツインテールに、ぶかぶかの白パーカーとフリルの付いたミニスカート、レースの付いた黒ハイソックスを着用している。まさしく美少女アニメから出てきたかのような風貌だ。
そのモデルのように華奢な体型からは確かにガルンビカイナ人の面影が感じられなくもないが、しかし情報がなければただの人間としか思えないだろう。
「い、一応もっかい訊くが、本当にアダーか……?」
「なんでもっかい訊くの?」
アダーは苦笑する。
「い、いやすまん。あんたが魔族を撃退したって聞いてな……見た目が想像と違ったもんだからよ」
「やだな~、ムキムキの大男でも想像した?それとも頭のおっきいエイリアンみたいな感じかな?プププッ、おねーさんベタだねえ」
困惑しているカガリを見てアダーはからかうように笑う。
うっせえわ、といつもの調子でツッコミを入れかけるも、これから仲間に引き入れなければならない相手であることを思い出してカガリは踏み留まる。
「あんたが十勇ラプラスの末裔ってのはホントなのか?」
と、今度はメルトが尋ねた。
「うん。どう見ても人間だよね。不っ思議ぃ〜。でもそう言うキミもどうなってんのその体。不っ思議ぃ〜」
アダーはメルトの体に興味を示し近付くと、ジロジロと観察する。
カガリは気安くメルトに近付くなというオーラを出すが、当の本人は一年の旅でもう慣れっこなのか特に気にしていない。
「へへ、オレは風船族だ。風船の体なんだぜ」
「にゃにそれおもしろ〜!」
ゴム質の肌を引っ張って見せるメルトにアダーは目を輝かせる。
「あんたのことも教えてくれよ。やっぱりハルにゃんの言ってた通り、宇宙人と人間の間に生まれた子孫なのか?」
「さあどうかな〜。ぼくもぶっちゃけ分かんないんだよね〜そこんところ」
「どういうことだよ?」
カガリが二人を遮るように間に入りつつ訊く。
「記憶ないの、ぼく」
「は……?」
笑顔のままで告白したアダーに、カガリとメルトは戸惑った。
知っていたのかそれとも単純に動じていないだけなのか、ハルクスはいつもの微笑を浮かべたまま腕を組んでいる。
「十年前にぼくはこの街に落ちてきたんだ。隕石みたいに空からね」
アダーは空を指差して言う。
「空から……!?じゃあやっぱ純宇宙人なのか?」
「だから分かんないんだってば~。それ以前の記憶が綺麗さっぱり無いの。落ちた衝撃で無くなったのか元から無かったのか、それすら分かんないんだよね~。断片的に思い出せたのはアダーって名前と、ラプラスの力を継いでるってことだけ。……でも記憶喪失ってちょっと主人公っぽくて燃えるよね、プププ」
「楽観的だな……」
「ま、最初は気にしてたけどさ、十年もこの街で過ごしてたら前のことなんてどうでもよくなったよね〜。ここがぼくの故郷なの。それで良くない?」
ぺろっと舌を出してアダーは笑う。
「……ああ、そうだな」
カガリもその明るさに当てられてか微笑を浮かべた。
「それで、アナタの力を見せてもらえると嬉しいんだけど」
とハルクスが本題に入った。
「ぼくの武器のこと?あそっか、ネットに映像残んないように情報操作してたんだっけ~、プププ」
アダーは口に手を当ててわざとらしく笑う。
「どうりで見つからないはずね。でも全部打ち明けたってことは、もう隠すのは辞めたんでしょう?」
「まあね~。こんだけの人に戦ってるとこ見られちゃったし、今更隠してもしょうがないかな~って」
そう言ってアダーは肩に掛けていたピンク色のバッグから、一本の筆を取り出した。
「筆……?それが武器……?」
メルトは困惑する。
「そ!これは"夢想の絵筆"!描いたものがなんと現実に出てきちゃう!」
アダーがその筆で宙に円を描くと、ボールが出現した。
「な、なんだそりゃ!?どうなってんだ!?」
メルトは驚愕しボールを掴まえるが、僅か数秒後、スウ、とボールは消えた。
「でもこの通り、線の長さに応じて消えちゃうんだよね~。しっかり描けば描くほど長く現実に現れるってわけ。これでいっぱい兵器とか出して戦ったの。いっぱい描いて流石に手がしんどかったよ~」
「凄え……けど、なんかアイツらのと全然違うな?」
説明を受けたところで、メルトの困惑の表情は変わらなかった。
恐らくイラルギたちが装着していたような、もっとハイテクでメカメカしい機械を想像していたのだろう。
「アイツら?」
「つい数時間前に他のガルンビカイナ人と会ってきたんだよ、あたしら」
とカガリ。
「ガル……なんて?」
「ガルンビカイナ人!ラプラスもそのガルンビカイナ人だろ」
「へ~そうなんだ。まあぼく他の宇宙人に会ったことないしね~。その人たちとおんなじ武器使ってるわけないよね。ていうかコレ、元々武器として作ったわけじゃないし」
「え?」
「だってぼくただのか弱い一般市民だよ~?武器なんて作ると思う?ぼく昔からお絵描きが好きでね、コレはその延長で作ったオモチャなんだ~」
「くくっ、オモチャに撃退されたんじゃ魔族どもも浮かばれねえな。いい気味だが」
カガリは笑い。
「あんたがちゃんと十勇としての才能を持ってんのは間違いねえみたいだ。もう一度頼むぜ。あたしらと一緒に、魔族どもをブッ飛ばしに行っちゃくれねえか?」
そう言って手を差し出した。
「ん~、まああれから魔族来なくて暇だしね~。別にいいよ~?」
アダーがカガリの手を取ろうとしたその時。
「アダー!何やっとるんだお前はぁ!」
と、そこへ怒鳴り込んできたのは一人の老人男性だった。
もっさりと蓄えた口髭と頭頂部の辺りにまで後退した生え際が印象的である。
「ありゃ、おじいちゃんどしたの~?」
「おじいちゃん?」
「そ。身寄りのないぼくを引き取って育ててくれたおじいちゃんで~す!」
アダーは両手で大袈裟なジェスチャーをしつつ老人を紹介する。
「何を口走っとるんだ馬鹿者が!紹介なぞせんでいいわ!」
「な、なんかすごい怒ってらっしゃるけど……?」
メルトは気まずそうに頬を掻く。
「お前たちには関係ない!帰るぞアダー!」
そう言って老人はアダーの腕を掴み引っ張るが、アダーは踏ん張ってそれを拒んだ。
「もう遅いっておじいちゃん。筆も見せちゃったし、全部バレてるよ」
「……」
老人は眉間に皺を寄せたまま、へらへらと笑うアダーの顔をじっと見つめ。
大きく溜め息を吐いてからその手を離した。
「バレてるって、何が?」
きょとんとした顔でメルトは首を傾げる。
老人やアダー本人からは話せるわけもなく、ハルクスが空気を読んで口を開いた。
「アダーちゃん、空から落ちてきたって言ったでしょう?そんな得体の知れない存在を世界連盟が知らなかったってことは、隠蔽してたってことよ。この状況になるまで一切情報が出回ってなかったし、事実を知ってたのはおじいさんと、精々そこに居合わせた数人ってとこかしら」
老人はそっぽを向き。
「……そうだ」
と、静かに答えた。
「ワシの一人息子は若くして事故で死んだ。生存者ゼロの最悪の飛行機事故だ……。その翌年に家内も病で死に、ワシは孤独だった。そして十年前のあの日、アダーが降ってきた。息子にそっくりだった。……帰ってきたのだと……思った。だが事実を報告すれば、アダーはどこぞの施設にでも連れて行かれるだろう……研究室送りになる可能性だってある……そう考えたワシは、全てを隠してコイツを養子にした」
老人は寂しげな表情で語り。
「頼む……アダーを連れて行かんでくれ……!ワシの唯一の家族なんだ……!」
震えるほどに拳を強く握り締める。
「……ったく、そんなことかよ。あんた連盟を何だと思ってんだ」
カガリは呆れたように後頭部を掻きながら言った。
「大丈夫だ。あんたの育てたコイツはこれから世界を救う救世主になるんだぜ。そんなヤツを無下に扱うわけねえだろ」
「ほ、本当か……!」
「ああ。世界連盟の役目は世界を守ることだからな。コイツはその役目に則した行動をしてんだ。むしろコイツに正式な籍を与える方向で進むんじゃねえかな。まあ多少の取り調べはあるだろうが、そこは我慢してくれ」
「……そうか……」
それを聞いて安心したのか、老人は目を瞑り僅かに口角を上げた。
すると周囲の野次馬の中から、歳の近い数人の老人たちが前に出る。
「ケンさんの息子さんはそりゃあ立派な天才子役だったのよ」「ああ、街のスターじゃったわい」「初めての海外撮影って日にねぇ……」
と老人たちは口々に話し始めた。
「あんたらか。事情を知ってる数人てのは」
メルトの問いに老人たちは頷き。
「もし生きてたらあの子もこんな恰好してたのかしらねぇ……」
と一人の女性が頬に手を当てながら言う。
「……ん?似てるっつっても息子だろ?流石にこの恰好は……」
とメルトは苦笑するが。
「だから言ってるのよ」
と女性も苦笑し返す。
メルトとカガリはその意味が分からず首を傾げるが、ハルクスだけは。
「ああ、やっぱりそうなのね」
と見抜いていたようだ。自分と似たものを感じたのだろうか。
「うん、そだよ~?ぼく、男の娘で~す♪」
「……男ォ!?」




