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二十四章 †反転せし怪人†

 † † †


「な……何が起きたんだよこりゃあ……」

 そこへ駆けつけたのは、赤い長髪の男と、ブルーグレーのショートヘアーの女。

 年齢はどちらも二十代後半といったところで、男は袖の短い黒のブレザーを着用し、その左頬には十字の古い傷跡が残っている。女は対照的な白いセーラー服を着用し、髪の隙間から覗かせる右耳には大量のピアスを付けていた。

 二人組は爆煙の立ち込めている広場の外から様子を窺う。

「見れば分かんでしょ。爆発したんだよ」

 と女はクールに状況を説明し。

「そりゃ分かるわ!なんで爆発したんだっつってんの!」

 男は不機嫌そうにツッコむ。

「っせえな、あたしが知るかよ。けど……魔法によるモンじゃないね。魔法で爆発起こしたなら広範囲に魔力が残存してるはずだ」

「つうことは……さっきの小人族の子が言ってた"友人"の仕業か?」

「ああ、"ボンたむ"ね」


 † † †


 数分前。

「だ……誰か……!誰かレイボンを……!」

 フロンは魔族の穴から遠ざかるように夜道を走りながら、助けを求めていた。

 そこへ男が声を掛ける。

「嬢ちゃん、何があったんだ!?あの爆発……」

「ま、魔族、です!レイボンが、まだあそこに……あ、レイボンっていうのは、えっと、"ボンたむ"で……あ、いや、私の友人で……!頭、怪我して……!」

 フロンは元々喋るのが苦手な上に混乱で目をぐるぐるさせながらも、懸命に状況を伝える。

「オーケー分かった!俺たちは世界連盟だ!後は任せてこのまま嬢ちゃんは避難しとけ!転ばねえようにな!」

「は、はい……!」

 男はふらふらと走り去っていくフロンを見送ると。

「行くぞレイナ!」

 隣の女に呼びかける。

「指図すんじゃないよアカリ。……つうか"ボンたむ"って……」

「知ってんのか!?」

「有名X-TUBER(エックスチューバー)だよ。爆破系の」

「爆破系!?」

 こうして二人組──アカリとレイナは、大爆発のあった方へと向かう。


 † † †


「アイツなぁ……動画見たことあるけど普通に迷惑系のX-TUBERって感じで印象悪いわ」

「お前……これから助けようって相手の悪口とかやめろよ……」

 二人組は軽口を叩きつつも、爆煙の奥に感じる敵へ警戒を強めた。

「……強い魔力を感じるね。魔人は倒せなかったか」

「いくら魔人でもこの規模の爆発モロに受けて無事な訳なくねえか!?相当だぞ!?」

「だから、そんだけ本気ってことだろ今回の侵略は。連盟からもすでに二十人以上死者が出てるし、魔人一体一体がかなりの強さだって各地から報告が上がってる。あの"烈焔のカガリ"もやられたって聞いたよ。気ぃ抜くな」

「……おう……!」

 アカリはその両手に青い炎を宿し、レイナは杖を取り出して構える。

 その能力からして二人は恐らくスパイラル家であり、それぞれが魔拳闘士レッカと魔導士マイナの力を継いでいるのだろう。

 徐々に風に流されて煙が引いていくと、道の真ん中に鋼鉄製のケースが落ちているのが見えた。

 表面はボコボコに凹み、煤に塗れて黒くなっている。

「あ?何だありゃ。落とし物?」

 とアカリが不用意に近寄ろうとするが。

「待て馬鹿。中に何かいる……」

 レイナがそれを止める。

 すると、ケースが独りでにガタガタと動き出した。

「な、何だぁ!?」

 次の瞬間ケースが勢いよく開き、中から一人の小人族が転がり出てきた。


「ゲホッ、ゲホッ!クソッ、折角の"零煩(れいぼん)"の爆発をこの目で見れないとは……!」


「ボンたむ!?」

 現れたのはレイボンだった。

「え?え?コイツがそうなの?」

 顔を知らないアカリは困惑しながらレイナに訊く。

「ああ、間違いないよ……あんたまさか爆発から逃れるためにそのケースに入ってたのか……?」

「ああ、そうだが……ぐうッ……!」

 吹き飛ばされた左腕の傷口から血が噴き出し、痛みに呻き声を上げる。

「な、なんつう無茶しやがる……!だがよくここまで戦ってくれた!ありがとう!」

 アカリはすぐに駆け寄って腰のポーチから止血バンドを取り出し、レイボンの二の腕に巻いた。

「レイナ、痛み止めを!」

「うっさいね。指図すんなっつってんだろ。もうやってるよ」

 レイナは杖の先端をレイボンの患部に向けていた。

 何らかの魔法により患部がうっすらと青い光に包まれ、レイボンの険しい表情は少しずつ和らいでいく。

 ──何だこれは……魔法というヤツか……?

 レイボンは初めて体感する魔法に戸惑いつつも、痛みが引いたことに気付き。

「……君たちは……誰だい」

 喋る余裕が生まれたレイボンは二人を見て尋ねる。

「世界連盟の者だ!こっからは俺たちに任せ──」


 と、言いかけて──アカリの頭部が消し飛んだ。

 煙の奥から恐らくパンチャーが放ったであろう見えない拳が直撃したのだ。

 飛び散った血液や肉片が隣のレイナの顔面に降りかかる。

「……!!クソッ……気ぃ抜くなっつったろボケ!!」

 レイナは驚愕し取り乱しつつも顔面を手のひらで拭うと、即座に魔力を探って敵の位置を割り出し、杖を構え直す。

 ──あそこか……!来るなら来い!返り討ちにしてやるよ!

 怒りと恐怖の混じった感情からか杖を握るその手は震え、敵を睨むその目は赤く血走っている。

 そして張り詰めた空気の中で徐々に呼吸は荒くなり、過呼吸の症状が出始めた。

 ──……あれ……?どこだ……!?ヤバい、見失った……!

 不意に視界が朦朧とし、捕捉したはずの敵の位置を見失う。

「後ろだ!」

 煙の中から飛び出してきたパンチャーをレイボンが捉えて叫ぶも、その速度は想定を遥かに超え。

 パンチャーは一瞬でレイナの真後ろに近付くと、その後頭部を片手で掴んで地面に叩きつけた。

 普通ならその時点で間違いなく死んでいる勢いではあったが、レイボンの声のお陰かレイナは反射的に何らかの防御魔法を用いて衝撃を多少和らげたようで、頭から出血しながらも腕を動かし、杖の先をパンチャーの胸部に向ける。

「"(スト)"──」

 と、詠唱させる隙も与えず。

 パンチャーはその頭部を踏み砕いた。

 二人の潰れた頭部から広範囲に血が飛散し、凄惨な光景が広がる。


「……クソッ、使えない援軍だ……!大体何だあの化け物は!零煩の爆発を喰らって何故死なない……!?」

 レイボンは絶望に打ちひしがれ、もはや文句を垂れることしかできない。

「私はこう見えて魔力の扱いに長けていますので。爆破の瞬間に魔力防壁を全開にしました。……それでもかなりダメージを貰ってしまいましたが」

 両拳を構えながら淡々と言うパンチャーの全身には、広く火傷が残っていた。

 間違いなく激痛が駆け巡っているのだがそれを感じさせない堂々とした佇まいのまま、パンチャーはレイボンの方へと拳を向ける。

 ──チッ……目が霞む……意識を保つのも限界のようだ……。

 止血したとは言え傷口が大きすぎるため完全とはいかず、未だ少しずつ血が失われ続けている。

 ──ここまでか。


「だめーーっ!!」


 と、横たわるレイボンを庇うように両手を大きく広げてパンチャーの前に立ち塞がったのは、フロンだった。

「フロン……!?何故戻っ──」

 刹那、フロンの胴体を見えない拳が貫き、風穴を開けた。

「……レイ……ボン……」

 レイボンの方を振り返りながら名を呼び。

 そしてどさりと仰向けに倒れる。

「フ……フロン……」

 レイボンは呆然とした顔で、ぴくりとも動かないフロンに這いずって近寄る。

 腹部に開いた穴から溢れ出す血がみるみるうちに大きな血溜まりを作っていく。

「あぁ……なんということだ……」

 レイボンはその姿を見て唇を僅かに震わせつつ、顔から血の気を引かせる。

「ご友人ですか……安心してください。あなたもすぐに同じところへ送って差し上げます」

 パンチャーはそう言うと、今度は確実に息の根を止めるためか、遠距離攻撃ではなく自らの手で仕留めようとその足を踏み出す。

 先程レイナを殺した時と同様に、人間では捉えきれない程の速度で一気に近付く──はずだったのだろう。


 レイボンの方へと進むパンチャーの腹部に、拳が捩じ込まれた。

「かはっ!?」

 パンチャー自身の速度が威力として加わった強烈なカウンターパンチ──そのダメージは大きく、パンチャーは咄嗟に後ろへ飛び退く。

 そして目の前に現れた新たな敵に視線を向けた。


「ヒヒヒヒッ!やーっと出てこれたわ!」


 そこに立っていたのは、またしても──フロンだった。

 だがその言葉や表情、仕草に至るまで、まるで別人のように変化している。


「──リヴァス……」


 レイボンが呟く。

「よおレイボン!元気しとった?随分久しぶりやなあ!」

 レイボンの声に振り返ったフロンは、先程までとは打って変わって明るく奔放な雰囲気を纏い、口調までもが変わっている。

 とても同一人物には思えないがしかし、その胴体に開いたままの風穴がそれを証明していた。

「チッ……最悪だ……私は君になど二度と会いたくなかったんだがね……」

「ヒヒヒッ、つれんこと言わんでや!ウチとあんたの仲やないか!」

 不快そうなレイボンに反して、フロンは愉快そうにニヤニヤと笑みを浮かべる。

 話の流れからして恐らくフロンは多重人格であり、このフロンはもう一つの人格なのだろう。

「……状況を分かっているのか?リヴァス……出てきたならばせめて……ヤツをどうにかしてもらおうか」

 と、レイボンは視線でパンチャーを指す。

「ああ。心配せんでもそのつもりや」

 フロン──もといリヴァスと呼ばれる人格はそう言ってパンチャーの方を睨め付け。

「そん代わり後でチューさしてや♡」

 とレイボンを横目に見てウインクを飛ばす。

「チッ……生きていれば、な……」

 やはり不快そうにレイボンは答えた。


「……何故……生きているのです?その傷で」

 距離を取り観察していたパンチャーが口を開いた。

「ああ?そんなモン決まっとるやろ。ウチが"吸血鬼"やからや!」

 親指で自身を指しながらリヴァスは得意げに笑い、鋭い二本の牙を見せる。

 そして同時に腹部の傷口も再生され、シャツにのみ残った穴からちらりとヘソを露出させた。

 ──吸血鬼……!

 パンチャーは少し驚きつつも、やはり表情筋はほとんど動かさず。

「……なるほど」

 と静かに納得する。

「まあ今は差別がどーのこーので"ヴァンプ族"とか呼ばれとるけどな。"吸血鬼"呼びの方がどう考えてもかっこええやろ!なあレイボン!」

「私に振るな……死にかけているのが見て分からないのか」

「ちぇっ、ノリ(わる)ぅ」

 そう話しているうちにパンチャーは痺れを切らしたのか、離れた場所からジャブを飛ばし。

 見えない拳はリヴァスの右肩に命中した。

 しかし。

「……あかんなぁねーちゃん。人が喋っとる時に邪魔するんは」

「!」

 その肩には傷一つ付いていなかった。

 ──馬鹿な……魔力防壁……?いや、魔力を操ったのならこの私が気付けないはずはありません……穴が開いた端から即座に再生した……?吸血鬼と言えどそれほどの再生速度は考えづらい……それにこの距離で貫通したならば、飛ばした拳は奥の建物まで届いているはず……つまり、貫通ではなく弾かれたと考えるのが自然──。


「なんやゴチャゴチャ考えとるみたいやなぁ。知らんのか?──吸血鬼の"変身能力"」


 そう言ってリヴァスはその右腕を巨大な刃に変形させた。

「変身……!そうですか……肉体を超硬質化して防御を……やはり、あなたは"シナン"の末裔なのですね」

 その姿を見たパンチャーは確信する。

「ヒヒヒッ、正解や」

「腹部の傷の再生速度から、並の吸血鬼ではないと感じてはいましたが……その変身能力……吸血鬼が変身できるのは基本的に骨格の近しい哺乳類などのみ。体を全く別の物質に変えることができるのは、十勇"シナン・デッドリー"をおいて他にはいません」

「へえ、詳しいやんか。まあ分かったところで……どうにもならんけどな!」

 と、リヴァスの右腕が今度は巨大なガトリングガンのような姿に変わり、そのまま有無を言わさず銃口から夥しい銃撃を放った。

 しかしその全てがパンチャーの体にぶつかると同時にへしゃげて潰れ、傷一つ付けられていない。

 ──確かに厄介な能力ですが、所詮は魔力の篭っていない弾丸……私の防壁を突破するには威力不足。

 パンチャーはそのままリヴァスの方へと踏み込み、一直線に距離を詰めていく。

 大量の弾丸を正面から受け続けているせいかその速度は今までより緩やかだが、それでも常人ではとても反応できる速度ではない。

 リヴァスまであと一歩、というところで。

「アホやなねーちゃん」

 と、リヴァスは笑った。

 ガトリングガンと化して暴れる右腕を支えるように添えていた左手が、右腕と融合して一つの大砲へと変わり、パンチャーの腹に巨大な砲撃が放たれた。

「がふっ!」

 至近距離で放たれた砲弾はその分厚い腹筋に()り込み、パンチャーは吐血しながら十メートル程吹っ飛ばされる。

 それでもパンチャーは倒れずリヴァスを視界に捉え続けるが。

「さーらーにぃ!?」

 リヴァスはその大砲となった両腕を今度は鞭のように変化させたかと思うと、一瞬にしてパンチャーの足元に巻き付け、勢いよく振り上げる。

 パンチャーの巨体が吊られて浮き上がり。

「オラァ!!」

 掛け声とともに地面に強く叩きつけた。

 大きく減り込まされたパンチャーの周囲の地面は砕けて大きなヒビが入る。

 だが魔力防壁によりダメージを軽減したのかパンチャーはすぐに両手をついて体を起こすと、逆立ちする要領で両脚を勢いよく振り上げる。

「うおっ!?」

 その脚に巻き付けた鞭に引っ張られ、今度はリヴァスが宙を舞う。

 そこから叩きつけようとパンチャーは脚を振り下ろすが、その前にリヴァスは鞭の変身を解いて難を逃れると、流れるように背中にコウモリの翼を生やしてグライダーのように滑空し、突き出した両手を鋭い槍先に変身させてパンチャーに突撃する。

 が、当たる直前に素早く屈んでかわしリヴァスの下へ潜り込んだパンチャーは、縮んだバネを解放するように一気に全身を伸ばしアッパーカットを放った。

「……ゴホッ……!!」

 拳はリヴァスの腹部を再び貫き、大量に吐血する。

 穴から噴き出した血液や肉片が雨のように降り注ぎ、パンチャーの腕に串刺しとなった全身がだらんと力なく垂れ下がる。

「リヴァス……!」

 力尽きて倒れたまま、朧げな意識の中で戦いを見ていたレイボンは、思わず名前を呼ぶ。

 側から見れば間違いなく死んでいる──が、パンチャーは吸血鬼の生命力を甘く見てはいなかった。

 そのまま腕ごとリヴァスを地面に叩きつけ。

 さらに腹部から腕を引き抜くと、両腕でラッシュを叩き込んだ。

 まるでマシンガンのごとき打撃音とともに地響きが起こり、リヴァスの体は原形が分からないほどに潰れていく。

 と。


「!?」


 ミンチと化して周囲に飛び散ったリヴァスの肉片が全て、ライフルに変わる。

 自身に向けられた数十もの銃口を目にしたパンチャーは、悟ったかのように目を細め。


 ──……呆れた生命力ですね……。


 直後、一斉砲火。

 パンチャーは即座に魔力防壁を全身に張り巡らせるも間に合わず、蜂の巣となる。


 ──申し訳ありません……バレット様……。


 パンチャーが消えゆく意識の中で浮かべたのは、自身の仕える男の顔だった。

 全身に穿たれた穴から血を噴き出しビクビクと体を痙攣させたのち、パンチャーは上半身をうつ伏せる形でどさりと倒れた。


 その後すぐ、ライフルとなっていたリヴァスの肉片の変身が解ける。

 肉片たちはウネウネと(うごめ)いて一箇所に集まり再生しようとはしているものの、流石にダメージが大き過ぎたのか、元の形に戻るのに時間を要しているようだ。

「……終わった……のか……」

 その光景を霞む目で見届けたレイボンは呟き、そのままがくりと意識を失った。



 †補足†

レイナが最期に使おうとした"スト"とは"心肺停止ストップオブライフ"という魔法で、文字通り一撃必殺の魔法でした。

緻密な魔力操作を必要とするため射程範囲が狭く、あそこまで近付かなければ使えませんでした。

なお仮に発動が間に合っていたとしても、あの頭部へのダメージを負った状態では不発に終わったでしょう。

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