二十三章 †爆ぜし芸術†
英雄像の元へ辿り着いたレイボンは唖然とする。
爆発の余韻で煙が立ち込め見づらいが、像どころか周辺一帯の地面が消えているのが分かった。
幸い夜道であまり通行人がいなかったお陰か特に誰も巻き込まれた様子はなく、音や震動に驚いた住民たちが窓から顔を覗かせる程度ではあったが。
「これは……!」
ニュースで見覚えのある光景──レイボンの頭にはすぐそれが過ぎった。
──魔族の穴……!
「はあ……はあ……な、何なのレイボン……急に走り出して……」
そこへ遅れてフロンが到着し、膝に手をついて息を整えていると。
「ダメだフロン!!来るな!!」
レイボンが振り返り叫ぶと同時に、煙の中から真っ赤なコウモリ型の魔族が飛び出した。
「!!」
視線を外していたレイボンはそれに気付くのが遅れ、後頭部に鋭い爪の一撃を貰う。
瞬間全身の力が抜け、がくり、と膝をつく。
「レイボン!」
フロンは慌てて駆け寄るが。
「来るなと言ったはずだフロン!」
とレイボンは手のひらをフロンへ向けて制止する。
「レッ……レイボ……ち、血が……!」
後頭部から流れ出た血がぽたぽたと落ちているのに気付き、フロンの顔が青ざめていく。
「大丈夫だ!この程度で私が死ぬと思うのか!?私は世界最高、至高にして孤高の芸術家!レイボン・ラルバルだぞ!!」
心配させまいと立ち上がったレイボンは、背後から再び迫り来るコウモリ型魔族の脚を驚異的な反応で鷲掴みにすると、そのまま地面に叩きつけた。
プギャァ!と断末魔を上げたのち、魔族は粉々に砕け散って消えていく。
「ふはははっ!やっぱりね!魔族など多少強い動物に過ぎないんだ!我々小人族のパワーをもってすれば取るに足りない!」
人間より小さく寿命も短い小人族だが、身体能力だけなら獣人族にも引けを取らず、腕力に関しては人間の倍ほどにもなる。フロンのような女性が爆弾の入った大きなリュックを背負って当たり前に歩けているのも、その強靭な筋力のお陰だ。
とは言え、無論そう簡単な話ではない。
どれだけ筋力があろうと、魔族の鋭い牙や爪は人類の皮膚など容易く切り裂く。そんな生きた凶器かのごとき化け物たちが一つの意思を持って一斉に襲い掛かってくるのだ。
「チッ、また来たか……」
次から次へと爆煙の中から魔族が姿を現す。
レイボンはボクシングのような構えを取りつつ。
「フロン!君は今すぐ荷物を捨てて全力で逃げろ!離れたらすぐに警察かどこかに通報するんだ!」
「レ、レイボンも──!」
「私がここを離れたら誰がコイツらを食い止めるんだ!?私に構うなッ!」
言いながら、襲い来る魔族に拳で応戦する。
が、所詮は素人の動き──雑兵相手だからと言って、十勇の末裔やどこかの獣人ヤクザのように容易く捩じ伏せられるわけではない。
「む、無理だよ……!レイボンも一緒に──」
「私を殺したくなければさっさと応援を呼んで来い!フロン・ミデュアール!!」
フロンに意識を割く余裕もないといった必死の形相でレイボンは怒号を飛ばす。
「…………っ!」
流石に自分がいては邪魔になると気付き、涙目になりながらも言われた通りにリュックを下ろしてフロンは駆け出した。
「フゥ……やっと行ったか……さて」
レイボンは去っていくフロンの背を見て少し安堵しつつ、フロンが置いていったリュックに視線を移す。
「どけ!」
と噛みついてきた獣型魔族の顎に蹴りを入れて吹っ飛ばし、すぐさまそのリュックへ飛びついた。
流れるようにファスナーを開け、厳重な鋼鉄製のケースを取り出すと、十箇所のロックを素早く解除し。
「さあ、芸術の時間だ!!」
笑みを浮かべて言い、ケースから出てきた小型の爆弾を両手の指の間に一つずつ、合計八個挟んで手に取る。
口を使ってその内一つの安全ピンを抜き取ると同時に、一気に魔族の群れへと投げつけた。
ピンを抜いた爆弾は魔族にぶつかると同時に炸裂する。
大きな爆発ではないが、巻き込まれた隣の爆弾も連鎖するように次々と爆発することでその規模は巨大化していき、魔族たちは瞬く間に消し飛んだ。
レイボン自身も発生した爆風によって吹っ飛ばされ、地面を転がり体を何度もぶつける。全身に傷や打撲を負いながら、それでも。
「ふはははははははっ!!」
レイボンは顎が外れんばかりに大笑いしながら立ち上がった。
そしてさらにケースから中型の筒状爆弾を取り出すと、それを半分に折る──そうすることで作用する爆弾なのだろう。くの字に曲がった爆弾をブーメランかのごとく"穴"に向かって投げ入れる。
「ニュースで世界連盟の連中が説明していたね!魔獄へ通じる穴は内部に一定以上のダメージを与えることで破壊できると!」
次の瞬間、轟音とともに大きな爆炎が上がり、空を明るくさせた。
オレンジ色の光が辺りを包み込む。
「ふははははっ!!美しい!これぞまさしく芸術──」
「そんな情報まで出回っているのですか。現代の戦争では情報が鍵だとポンダー様が仰っていましたが……面倒なことですね」
「!!」
爆煙の奥から平坦な口調で話す女の声が聞こえ、レイボンは正体を確かめるべく目を凝らす。
──"魔人"か……?多くの場合、人型の魔族が雑兵を率いていると聞いたが……。
すると煙の一部が渦を巻いて、その中心から拳大の見えない何かが途轍もない速度で飛来した。
運良くレイボンは頬を掠めただけで済んだが、背後にあった街路樹と看板と建物の壁が全て貫通されていた。もし当たっていればレイボンも間違いなく即死だっただろう。
流石のレイボンもこれには死を覚悟したのか、全身に鳥肌を立たせ滝のように発汗する。
「私はパンチャー。バレット様の忠実なるしもべです」
煙の奥から姿を現したのは、褐色肌に黒縁眼鏡を掛けた筋骨隆々の女だった。
長い睫毛と艶っぽい唇の端正な顔立ちに似合わない、黒くワイルドに逆立つ髪と百九十センチを超える巨躯。そして側頭部から突き出した、上へと湾曲する二本のツノ。身につけた赤銅色のホルターネックトップスとハイレグのビキニのようなパンツは、その豊満な筋肉によってはち切れそうになっている。
綺麗に足を揃え胸を張った立ち姿が、その巨躯をさらに巨大に見せていた。
「……小さいですね。地上の人間というのはこんなにも小さいものなのでしょうか」
パンチャーは無表情のまま首を傾げ、目の前に立ち塞がったレイボンを見下しながら言う。
対峙するレイボンはより一段と小さく見えた。
「そんなことも知らずに来たのか?私は小人族だよ」
明らかに雑兵たちとは異なる圧を感じつつ、レイボンは答えた。
「なるほど、これが小人族……魔獄にはいない種族です」
「ほう?それはラッキーだったね」
「はい……しかし残念です」
「何?」
「折角の珍しい種族を、この手で殺さなければいけませんから」
そう言うとパンチャーは腰の後ろで組んでいた手を胸の前に構え。
ぴんと背筋を伸ばしたままの姿勢で軽くジャブを放つ。
その瞬間、先程の見えない何かが拳から真っ直ぐに放たれた。
レイボンはそれをギリギリでかわし、後ろの建物に穴が開く。
「……かわされましたか。反応速度は上々……新たな発見です」
パンチャーはレイボンを目で追いながら無表情で呟く。
「反応じゃあない。予測しただけだ。そんな離れた場所で構えるなんて、遠距離攻撃してくるとしか思えないだろう」
「確かに……訂正します。頭の回転は早いということでしょうか。しかし……それではこの攻撃は捌き切れないのではないでしょうか」
と、今度は両手を構えて連続ジャブを放つ。
「その通りだッ!」
レイボンは全力で横方向へ駆け抜ける。
遠距離から次々飛んでくる見えない拳がレイボンの通った跡を破壊していく。
──クソッ、なんて威力だ……こんな攻撃を何発でも撃てると言うのか……?
まさしくボクサーのジャブ感覚で当たり前のように連発される技からレイボンはなんとか逃れつつ、反撃の機会を窺う。
しかし、敵はパンチャーだけではなかった。
「っ!」
新たに現れた数体の獣型魔族がレイボンの前に立ち塞がったのだ。
「馬鹿な!穴は破壊したはず──!」
「できていませんよ。私が魔力で防ぎましたから」
「な……!」
魔族に怯み立ち止まったレイボンへ、容赦ないパンチャーのジャブが放たれた。
レイボンは咄嗟に、脇に抱えていた爆弾ケースを盾にする。
「ぐぅッ……!」
ケースは凹みこそしたが貫通には至らず、レイボンは吹っ飛ばされるだけで済んだ。
とは言っても先程の爆風以上の衝撃で、長い距離をゴロゴロと転がされて全身へ大きなダメージが襲う。
「私の攻撃で壊れないとは……随分頑丈な箱ですね」
「ふっ……これは爆弾を持ち運ぶための特別製でね……安全のために強靭な特殊合金で作られているのさ」
と笑みを浮かべて説明しつつ、レイボンは体をガクガクと震わせながらも立ち上がる。
そしてパンチャーが様子見している隙に、ケースから一つの球状爆弾をバレないように素早く取り出した。
──我が最強にして最美なる爆弾"零煩"……コイツが通用しなければ、私はここで死ぬだろう……。
手中に掴んだテニスボール大の小さな爆弾を確認してから、再びパンチャーへ視線を戻す。
これ程の力の差を見せつけて尚対峙し続けるレイボンを見て、パンチャーは呆れたように小さく息を吐き、尋ねる。
「理解できませんね。何故逃げないのですか?貴方では私には勝てません」
「逃げる……?ふっ、馬鹿な」
「何故です。見たところ貴方は軍人でも何でもないでしょう。街を守るために命を賭ける必要などないと思いますが」
「街を守る?何を言ってる……」
「……?」
「君は私の……私の大事なモチーフを奪った!!英雄像には私が先に目をつけていたんだッ!!絶対に許さないぞッ!!」
レイボンは叫んだ。
パンチャーは言っていることが全く理解できずに目を見開く。
そしてその瞬間、叫び声に反応したのか獣型魔族たちが一斉にレイボンを襲った。
「どけ邪魔だ!」
レイボンはケースをぶん回し、飛び掛かってきた獣型を弾き飛ばす。
二体、三体と前方へ飛ばしながら、少しずつパンチャーとの距離を近付けていく。
獣型が邪魔で狙いが定まらないのか、パンチャーは攻めあぐねている様子だ。
──そうだ、来い!雑兵どもに意思はなく、音や匂いに反応して襲いかかる!ニュースで見た通りだ!お前たちを壁にしてヤツに接近し……この"零煩"をブチ込む!!
それがレイボンの作戦だった。
しかし。
──何……!ヤツがいない……!
次の瞬間、レイボンはパンチャーを見失った。
レイボンが獣型を盾にしているということは、パンチャーからレイボンの姿を隠すと同時に、レイボンからもパンチャーの姿を隠してしまうことに他ならない。
それに気付いたパンチャーは獣型の影で素早く位置を変え──別方向からジャブを放った。
「ぐああああああっ!!」
レイボンの左腕が吹き飛び、絶叫を響かせる。
それでもパンチャーの位置が分かるとすぐにレイボンはギロリと目を光らせ、その距離を目算し。
──この距離なら……充分!!
右手に持っていた"零煩"を投げつけた。
「!!」
刹那、閃光が景色を埋め尽くす。
衝撃が全方位へ途轍もない速度で広がり、周囲のあらゆるものを巻き込んで破壊する。
その爆音は街中に響き渡った。




