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二十二章 †表現せし破壊者†

 † † †



 同刻、アトスティ連邦。

 ヴァリアール王国から東へおよそ一万キロメートル──大陸の最東端に位置し、三つの国からなる連邦である。

 その中でも最も有名なのが、連邦南部・ドンボカン半島──通称"芸術の国"。

 世界中から集まった建築家の手によって様々な建築法で建てられた個性豊かな街並みに、あらゆる技法で創られた絵画や彫刻などが至る所に飾られており、その光景は世界文化殊宝(しゅほう)にも登録されている。


 そんなカラフルでパワフルでアーティスティックなこの国でも、ヴァリアール王国及びその周辺諸国に対する魔族の侵略は大きな波紋を呼んでいた。

 未だこの国は攻撃を受けていないものの、敵の圧倒的戦力を前に次々と陥落していく国々の姿が報道され、すでに数ヶ国が降伏宣言を出している状態だ。やがてこの国にも火の粉が降りかかることは目に見えている。

 アトスティの国民のみならず世界中の人々が、百年前の"五国大戦"をも超える巨大な戦いを予感していた。


 が、こんな時でも芸術を追い求めるのが芸術家の(さが)なのだろうか。

 ドンボカン半島の街中にポツンと存在する小さな円形の広場にて。


「うーん、いいねぇ……やっぱり次のモチーフはコイツで決まりだよ」


 ベンチの上に立って両手の親指と人差し指で長方形を作り、その中に筋骨隆々なウサギ獣人の銅像を収めながら満足げに笑みを浮かべるのは、僅か四十センチ程の、小人族の男だ。

 黒髪を頭の上で一つに結びその毛先だけを赤と黄色のツートンカラーで染めた、導火線に火をつけた爆弾のごときヘアスタイルに、ストライプ柄のシャツとベージュの短パンを合わせている。


「レ、レイボンまずいよ……!え、英雄像は……流石に炎上どころじゃ済まない……!」


 小人の男──レイボンに小さな声で必死で訴えかけるのは、同じく小人族の女。

 睫毛の長い青い瞳の美人で、歳はレイボンと同じくらいだろうか。白いシャツに黒のミニスカートを合わせ、ふわふわとした柔らかな茶髪は膝下の辺りまで伸びている。その小さな背には小人族が丸ごと一人入れそうな程に大きな黒いリュックを背負い、そのチェストストラップが胸の膨らみを押し上げ際立たせていた。


「フッ、何を言うんだフロン。芸術に犠牲は付き物だよ」

「そ、それでも……人に迷惑を掛けるのは……ダメ……!」

 フロンと呼ばれた小人の女は断固として抗議する。

「はあ……まったく、面倒だなぁルールというのは。これほどに素晴らしいモチーフがありながら、我が作品に加えられないとは」

 広場中心の三メートル程の台座の上でアップライトにより照らされる銅像を見上げ、不満そうにぼやくレイボン。

「我が作品って……そもそもこれ、他の人の作品でしょ……誰が作ったのかは……知らないけど……」

「そこがまた(そそ)られるんじゃあないか。製作者も製作時期も、この英雄というのが一体誰なのかすらも一切不明。森の中にぽつんと捨てられるように立っていたこの像が、発見した人々に愛されて、やがて周囲に街ができ、ついにはこの国の象徴かのごとく祀り上げられていた。実に面白い……!フロン、私の作品に惹かれてここまでついてきてくれた君になら分かるはずだろう?この気持ち……」

 大袈裟な身振り手振りで語り、最後に大きく両手を広げ。


「ああ……──爆破したい……!」


 夜空に向けて願望を口にする。

「ダメ……」

 テンションを上げるレイボンに対し、フロンは冷静に釘を刺す。

 ──もう……ホント何しでかすか分かんないんだから……私がしっかり見張っておかないと……!

 フロンは溜め息を吐きつつ、心の中で決意を固める。

 と。


「あのぉ……すみません……もしかして、X-TUBER(エックスチューバー)の"ボンたむ"さんでは……?」


 そこへ遠慮がちに話し掛けてきたのは、三毛ネコの獣人の青年だった。

 青いワイシャツにジーパンというカジュアルな恰好で、ジーパンの上から垂らした尻尾が揺れている。

 丁寧な言葉遣いではあるものの若干訛った発音や、背負ったリュックに赤いタグが付けられていることから、恐らくは旅行者だろう。

「やあ、その通りだよ。私のファンかな?」

 芸術の国として名を馳せるこのドンボカン半島では、観光客も住民と同じくらいの頻度で見かけるため、レイボンたちは特段気に留めることもなく対応する。

「は、はい!僕カフィって言います!ボンたむさんの"爆破してみた"動画、いつも見てます!」

 三毛ネコの青年──カフィはぱっと明るい笑顔になって駆け寄り、小人の身長に合わせて屈みつつ。

「あ、あの、握手とかしてもらえたりしますか……!?」

 と両手を差し出す。

 それをレイボンは、手の甲で強く振り払った。

「痛っ!?」

「え、ちょ、ちょっとレイボン……何して……!?」

 フロンは痛がるカフィを心配しつつ、レイボンに怒りの視線を送る。

 しかしそれ以上に、レイボンは冷たい視線でカフィを睨め付けていた。

「君、今……私のことを"X-TUBER"と呼んだね……?私は"芸術家"だ!あんなものは私の芸術を伝える手段に過ぎない!……訂正してくれないか」

「す、すみません!芸術家のボンたむさん!」

 即座に訂正するカフィ。

「ふむ。良いだろう」

 レイボンはニッと笑い、改めて手を差し出してカフィと握手を交わした。

「て、手はだいじょ──」

「カッコいいですその姿勢!芸術活動への強い誇りを感じます!やっぱり他のX-TUBERなんかとは全然違う!」

 払われた手の心配をするフロンを他所に、カフィは強く感動し目を輝かせていた。

「……」

 親切心を無下にされたフロンは僅かにピリつきつつも、裏方である自分が出しゃばるのも違うと弁えてぐっと堪えた──そもそも初対面の相手に意見を言えるほどのコミュ力は持ち合わせていないようだが。

「僕、ボンたむさんの爆破にはなんというか……"魂"みたいなものを感じるんです!セットや撮影角度なんかもこだわり抜かれているのが分かりますし、爆破するモチーフに合わせて爆弾の種類や威力も変えてますよね!きっと生で見たらもっと凄いんだろうなぁ……!」

 カフィの褒めちぎる言葉に気持ち良くなったのか、レイボンは目を瞑ってニヤつきながら、うんうんと何度も強く頷き。


「ふはははは!分かっているじゃあないか!」


 ハイテンションで叫んだ。

 反射的にカフィとフロンはびくりと体を跳ねさせる。

 その後少し間を置いて、心を落ち着けつつ。

「その通りだよ。爆破の真の魅力は生でしか味わえないんだ。熱気、爆風、爆音、火薬の匂い……生でしか感じられないものがたくさんある。動画なら様々な角度から撮って見返すことができる……勿論良いことだろう、だがそれも芸術としては良くない。肉眼で見る爆破は一度きり……その日の気温、湿度、天候、風向き、状況によって爆破は顔を変えるんだ。一つとして同じ爆発は存在しない……そしてそれはその瞬間、その角度からでしか味わうことはできない!それが、それこそが芸術たらしめる!爆破とは、一瞬の芸術なんだよ!」

 生き生きと早口で自身の芸術論を語るレイボンは、結局最終的にハイテンションに戻っていた。

 その語りに興奮して聞き入っていた大ファンのカフィとは対照的に、それをこれまで何度も聞かされてきたフロンは何の感情も湧いていない顔で虚空を眺めるだけだった。


「──と言うわけでだ!この模範的なファンのために生爆破を始めようじゃあないか、フロン!」

「ふぇっ!?」

 フロンは急に話を振られて目を見開く。

「い、いや、でも、始めようったって……次のモチーフがまだ……!い、言っとくけど英雄像はダメだよ……?」

「ケチ!」

「ケ、ケチじゃないっ!……こ、公共物にまで手を出し始めたら、いよいよ逮捕案件だよ……」

 行動を制限され苛立ちを露わにするレイボンを前に、気弱なフロンは困惑しつつもなんとか阻止しようと奮闘する──が。

「良いじゃないですか!逮捕なんて恐れないその姿勢!芸術のためならどんな犠牲も厭わない!まさに芸術家の鑑ですよ!」

 すでにレイボンに脳を焼かれているカフィもノリノリで後押しし。

「ふははははっ!そうだろう!?それこそが芸術だ!」

 機嫌を良くしたレイボンに、ダメだこりゃとフロンは肩を落とす。

 そんな危険な雰囲気の中。


「何言ってんのカフィ。良いわけないでしょ?」


 と、カフィの肩を力強く掴んだのは、薄緑色のワンピースを着たキツネ獣人の女性だった。

「ミ、ミチュア……」

 カフィが振り返って見るとその顔はブチギレ寸前であった。

 その女性──ミチュアはずっとカフィの後ろに立っていたのだが、ボンたむことレイボンに興味がなかったのかこれまで(だんま)りを決め込んでいた。

 しかし不穏な話の流れになってきたことを察し、とうとう割り込んできたようだ。

「あんたバカなの?やって良いことと悪いことの区別くらい付けなさいよね?」

「ま、まあそうか……そうだよね、ごめん……こんなところでボンたむさんに会えると思わなくてテンションがおかしく──」

「言い訳は良いからッ!」

「はいぃっ!ごめんなさいぃ!」

 鬼の形相のミチュアに怯えて滝のような汗を流しつつ、カフィはレイボンの方を向き直す。

「あ……あの、ボンたむさん、やっぱり……」

「うん?何だい?」

 するとレイボンも折角手にした強行爆破の名目を失うまいと、眉を顰めふんぞりかえってカフィを睨んだ。

 小柄な体躯で凄まれたところで大して怖くもないが、それが憧れの相手となれば、そのプレッシャーは計り知れない。

 カフィは板挟みになりつつも。

「す……すみませんボンたむさん……やっぱり人の迷惑になるようなのは辞めときましょう……」

 選んだのはミチュアの意見の方だった──冷静になれば至極当然の結果である。

 レイボンはしばらくの沈黙の(のち)

 横のフロンへと視線を移し、その不安げな顔を見つめて、小さく舌打ちする。

 それから英雄像を見上げ。

「……まあいい、今日のところはファンに免じて許してやるとしよう。命拾いしたね、名も無き英雄像!」

 不機嫌そうに捨てゼリフを吐くと、早足で去っていく。

「あっ、ちょ、ちょっとレイボン!ご……ごめんね、えっと……あ、ありがとう、止めてくれて……こ、これからも、"ボンたむ"をよろしく……!」

 口下手ながらも感謝を伝えてから、フロンも慌ただしくレイボンを追った。

「も、勿論です!これからも頑張ってください!」

 カフィは応援の言葉を叫ぶと、去っていく二人の背中が見えなくなるまで、その場で手を振り続けた。


「はぁ……まさかボンたむに会えるなんて……!新婚旅行、ドンボカンにして良かったぁ……!生爆破が見れなかったのは残念だけど……」

「良かったわね」

 興奮冷めやらぬ様子のカフィに、冷めた表情で言うミチュア。

「さ、さあ、早くホテルに帰ろう!明日は早起きして西地区のピケールツリーに──」

「早くって……遅くなってんのは誰のせいよっ!」

 ミチュアはカフィの尻に一発蹴りを入れ、そのまま腕を組んでずかずか歩いていく。

「痛い!ごめんって!待ってよミチュア~!」

 カフィは涙目になりつつ、ミチュアを追いかけるのだった。


 † † †


 一方、レイボン一行は。

「さて……英雄像を一旦諦めるとなると、次のモチーフはどうしたものか」

「い、いや、一旦じゃなくて……絶対ダメ……だよ?」

 顎に手を当てて考えながら早足で歩くレイボンを、もうツッコミ疲れたという顔でフロンはぐったりしながら追いかける。

 と、急にレイボンが立ち止まり。

 フロンは勢い余ってその後頭部に顔面をぶつけた。

「いだ!……ちょ、ちょっと、急に立ち止まらないで……ど、どうしたの?」


「──妙な風だ」


 レイボンは何やら神妙な面持ちで言うと、来た道を振り返った。

 その瞬間。

 数十メートル先で、爆発が巻き起こった。

「きゃあっ!」

 と咄嗟にフロンは頭を抱えて(うずくま)る。

 レイボンと行動を共にする彼女も勿論爆破には慣れているが、だからこそ不意の爆発には身の危険を感じざるを得ないのだ。

「レ、レイボン……いつの間に爆弾、仕掛けたの……!?」

「私じゃあない。大体爆弾は君のそのリュックに厳重に保管してあるだろう」

「じゃ、じゃああれは一体……」

 二人が見上げる夜空に黒々とした爆煙が立ち昇り、星を覆い隠していく。

「分からないが……しかしこの方向は……──」

 何かに気付いたレイボンはすぐに駆け出し、来た道を戻りながら。


「英雄像かッ!!クソォッ……!!先を越された!!」


 悲痛な表情で叫んだ。

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