二十章 †斬り裂きし者†
「熱っ……!な、何だぁ!?」
突如広範囲に降り注いだ大量の炎の熱気と輝きに、イラルギは思わず眼前を手で覆う。
しかし途轍もない大きさの火柱にもかかわらずイラルギたちには掠りもせず、結界から飛び出した魔族の大群だけを正確に次々と燃やしていく。
魔族たちは全身を焼かれて暴れながら、やがて灰となって消え去った。
「無事か!?」
建物の屋根や壁面を足場にして飛び移りながら降りてきたのは、カガリだった。
その上空には巨大なジェット機──筋肉大膨張号Xが滞空しており、下部の乗降口が開いている。
「無事か、じゃねえよカガリ!この高さから躊躇なく飛び降りて、お前こそ無事か!?」
乗降口から顔を覗かせたメルトが額に冷や汗を垂らしながら叫んだ。
「問題ねえよこれくらい!あたしを誰だと思ってんだ!」
上に向かって叫び返すと、カガリは両拳に炎を纏ったまま辺りを見渡して状況を確認する。
「ってなんだお前ら!宇宙人!?……と、天使か……!?」
見慣れない三人の姿にカガリは失礼とも取れる反応を見せるが、三人は特にそれには触れず──というかそんなことを気にしている状況でもなく──ただ突然現れたカガリたちに驚愕の目を向けていた。
「ぼ……僕らは"オルデナ"に所属するガルンビカイナ人……そんであっちのピンクの子は、天使だよ」
イラルギは戸惑いながらも、少なくとも敵ではないだろうと情報を開示。
「オルデナ……名前だけは聞いたことあるな。あたしは世界連盟のカガリ・スパイラルだ」
カガリも一言そう名乗る。
──スパイラル……今の"紅蓮拳"といい……やっぱり"レッカ・ヒノワ"の末裔か……。
イラルギはすぐに理解すると。
「後は任せていいかな?見ての通り、こっちは限界だ」
お手上げとばかりに両手のひらを見せ、最低限の言葉で頼んだ。
カガリの紅蓮拳によって焼却されたのは結界から溢れた魔族だけであり、未だ全てを焼き尽くしたわけではない。
ピレッタもかなりのダメージを負い、立ち上がることすらできない状態だ。周囲の魔族たちにいつ踏み殺されてもおかしくない。
呑気に状況を説明している暇はなかった。
「っしゃあ!任しとけ!」
カガリもその状況を即座に把握すると、口角を上げ紅蓮拳を強く燃え上がらせた。
そして両拳を後方にピンと伸ばし、ジェット噴射の要領で一気に加速する。
そのまま結界の割れ目から中へ入り、一直線に向かったのは、倒れたピレッタを今にも追撃しようとするオーク型魔族の元だった。
カガリはその足元まで一瞬のうちに辿り着くと同時に、高く跳躍し。
「"激烈紅蓮拳"!!」
魔族の頭部を殴り飛ばし、巨大な炎で焼き尽くした。
「あ……ありがとう……」
か細い声でピレッタは言う。
「気にすんな!」
と一言だけ応えたカガリは、すぐに別の魔族の方へと駆け抜けていく。
一体、また一体と、紅蓮拳によって魔族は焼却され、数十体いたその数はものの数十秒で半数以下にまで減った。
──す……凄い……!
ピレッタは朦朧とする意識の中で、ただただその光景に驚嘆するしかなかった。
結界の外でイラルギとリオも、カガリの出鱈目な戦いに目を奪われている。
すると、上空に浮かぶ筋膨Xの乗降口からホイストが垂らされ、メルトもビルの屋上に降りてきた。
メルトはカガリのように壁を蹴りながら器用に段階を踏んで降りるほどの身体能力はないが、その代わり風船の体で高所からの落下には強い──そのまま屋上から飛び降り。
「……っとっと……まったく、無茶するぜカガリ」
数回弾みながら不恰好に着地した。
「キ、キミも世界連盟の人?」
明らかに異質なその体と、若すぎるメルトに困惑しつつ、イラルギは訊く。
「いや、オレはただの旅人。勇者メルトだ」
名乗ると、メルトは腰に着けた鞘から剣を抜く──勿論訓練で使っていた木刀ではない、刃の付いた本物の剣だ。
「さあて、オレも行くぜ」
その新たな武器を片手に、カガリに倣って結界の中へ入ろうとするが。
「ってあっつ!やりすぎだろカガリ!」
とその熱気につい立ち止まる。
「なんだよ、これくらいで死にゃあしねえだろ!メルト、倒れてる天使を頼む!」
カガリは叫び。
「おう!」
と応えると、メルトは止まった足を再び進めて結界の中へ入り、暴れる魔族の下を上手く潜り抜けながらピレッタの元へと到達した。
「大丈夫か!?酷え怪我だ……すぐ外に出してやるからな」
ピレッタを起こして肩を貸し、来た道を戻っていく。
風船族の力は弱く、華奢な女子一人を運ぶだけでも時間を要する──が、カガリもそれは分かっている。
無防備な状態の二人が魔族に襲われないよう、炎を操りトンネルを造った。
「凄えなカガリ、こんな器用なこともできんのか」
メルトは感心しつつ、結界の外へ辿り着き。
「オジさん、この子任せるぜ」
「あ、ああ」
とイラルギにピレッタを預ける。
そして再び抜剣すると、結界内へ戻っていった。
「あ?何戻ってきてんだよメルト!これくらいあたし一人で充分だ!」
カガリは魔族を殴り倒しながら言う。
「へへ、分かってるよ。けど、オレにも手伝わせてくれ」
メルトは真剣な表情に変化し、両手で剣を構える。
そして低い姿勢で今にも突撃せんとする、巨大なサイのような魔族と対峙した。
「……これが魔族か……でけえ……」
初めて遭遇した魔族に、一切の恐怖がないわけではないようだ。
──でも、ビビってられねえよな。
とメルトは剣を握る力を強め、息を吐いて心を落ち着ける。
「オレの剣が魔族にどこまで通じるか……ここで試す」
──勝てるわけがねえ。
カガリはそう思ったが、声に出しはしない。メルトの覚悟を侮辱することになると思ったのだろうか。
カガリに今できるのは、邪魔が入らないよう他の魔族たちを倒しつつ、もしダメだった時にすぐ助けに入れるよう見守ることだけだった。
──メルトの力じゃ雑兵を倒せりゃ上出来だ。コイツらは同じ魔獣でも明らかにレベルが違う……そこらの魔人より強えかもしれねえ……。
つう、とカガリの頬を汗が伝う。
「メルトちゃんが心配?」
「うおっ!?ハルクス!?あんたいつの間に!」
振り返るとハルクスが腕を組んで立っていた。
カガリたちが魔族と戦っている間に筋膨Xから降りてきていたようだ。
「つうかあんたも危ねえぞ、こんな魔獣まみれの結界に入ってきやがって!」
「問題ないわ♪」
と、ハルクスは横から噛みついてきたオオカミ型魔族を見もせずに軽く裏拳でワンパンし、何事もなかったかのように。
「きっと大丈夫よ。あの子、カガリちゃんが思ってるよりずっと強いから」
そう言って口角を上げる。
次の瞬間、サイ型魔族が踏み込んだ。
その衝撃でアスファルトを捲り上げながら、メルトへ一直線に突進する。
「そうだ……来い……そのままだ」
メルトは冷静な表情でぶつぶつと呟く。
訓練で何度も繰り返した動きのイメージを、目の前の魔族に重ね合わせているのだろう。
魔族の突き出したツノが直撃する寸前──メルトは跳び上がった。
魔族もそれに反応して低く構えていたツノを勢いよく突き上げるが、メルトはさらにツノを足蹴にして跳躍し、その頭上を縦回転しながら跳び越える。
そして。
「ずりゃぁっ!」
と気合いを入れながら、一連の流れで生まれた全ての力を剣の先に集中させ、魔族の首筋を貫いた。
が、魔族は倒れず、背に乗ったメルトを振り落とそうと暴れ始める。
「メルト!」
カガリはつい声を掛けるが。
「へへっ、手え出すなよカガリ!」
メルトは笑っていた。
魔族の上で振り落とされまいと、突き立てた剣をしっかり掴み、強風の日の鯉のぼりのようにその体は上下左右に激しく揺り動かされている。
「どわああっ!くそっ、飛ばされてたまるかよ!」
──おいおい……こんなんでどうしようってんだ?メルト……。
ハルクスとともに周囲の魔族をあらかた倒し終えたカガリは、怪訝な顔でその"メルトのぼり"を眺め。
「ん……!」
あることに気付く。
剣の刺さった傷口が広がり、初めより深く突き刺さっている。
「くくっ、面白えこと考えるな……それが狙いかよ。魔獣が暴れれば暴れるほど、メルトがブンブン振り回されて、剣は深く食い込んでいく……!」
「それだけじゃないわ」
とハルクス。
「え?」
「あの剣、筋膨Xの武器庫に眠ってた"面白剣"なのよ」
「はあ?」
† † †
少し前、筋膨X機内。
「なあハルにゃん、ちょっとまずいことに気付いたんだけど」
百キログラムの巨大ダンベルを両手に一つずつ持ち上げているハルクスの元へ、メルトが声を掛けた。
「あらどうしたのメルトちゃん」
「いやあ……あのさ、オレ、あんだけ剣の練習してたのに、剣持ってないや」
気まずそうに苦笑しながら告げたのは、あまりに初歩的なミスだった。
が、当然ハルクスがそんなミスを許すはずもない。
「ついていらっしゃい」
ハルクスはダンベルを置いて、全て分かっていたと言わんばかりのドヤ顔で手招きする。
「へへ、そう言ってくれると思ったぜハルにゃん!」
メルトは信頼の笑みを浮かべて、颯爽と歩くハルクスの後を追った。
そしてトレーニングルームを出て通路を少し進んだ先の扉を開けると。
「武器庫よ。好きなのを持っていきなさい」
そこには銃火器や刀剣、打撃武器や、どう使っていいのかよく分からないものまで、大小様々な武器たちがずらりと並んでいた。
「うおおおっ!!すげえな筋膨X!こんなもんまであるのかよ!」
メルトは目を輝かせ、物色し始める。
「ふふ、はしゃぎすぎて怪我しないでね♪」
「おう!ありがとうハルにゃん!」
それから十数分後。
「決めた!コイツにする!」
メルトは一本の剣を掲げてそう言った。
「あら、面白いのを選んだわね」
「へへっ、オレの戦い方にはコイツが合ってると思うんだ。軽くて振りやすいし、気に入ったぜ。ハルにゃん、コイツの名前なんて言うんだ?」
「えっと、確か──」
† † †
「──"起牙丸"」
「それがあの剣の名前よ」
と、ハルクスはカガリに解説する。
「柄に付いたスイッチを押すとね、ちょっとした"返し"が剣の腹から飛び出る仕掛けがあるの」
「なるほど、どうりでなかなか抜けねえわけだ」
「……とは言えそこまで上等なモノじゃないし、普通あれだけ暴れたら慣性に負けてスポッと抜けちゃうんだけど……メルトちゃんは風船族──その"軽さ"が見事に起牙丸とマッチしてるわね」
「ああ。凄えよ……予想以上だ……けど……」
カガリの笑みが、徐々にまた不安げな表情へ戻っていく。
そしてハルクスもまた、ニヤニヤと浮かべていた余裕の笑みが曇り始めていた。
「ええ、敵の巨体に対して剣が小さすぎる。ダメージは入ってるでしょうけど、致命傷にはなってないみたいね」
魔族の動きは未だ衰えず。
「うおっとっと!あっぶね……!」
上に乗るメルトをいつまでも振り回し続けていた。
二人は助けに入ろうとする自分の足を意識的に押さえつけながら、メルトの戦いの行く末を見守る。
「……さて……こんなもんでいいかな」
メルトはそう言うと、爆薬を取り出して胸の板で着火し、飲み込む。
「え?……何をしようってんだ……?」
と片眉を上げるカガリ。
すると、メルトは起牙丸のスイッチを再度押すことによって返しを引っ込め、剣を魔族の背から抜いた。
そして矢継ぎ早に、そのぱっくりと開いた傷口に自らの右腕を手刀の形にして突っ込む。
「!?」
見守る二人は思わず目を見開く。
メルトは二の腕に巻いたベルトをぎゅっと締め、二秒ほどの後。
鈍い破裂音とともに魔族の首の辺りが膨張し、ブチブチと嫌な音を立てて頭部が千切れ落ちた。
メルトが得意とする"爆薬パンチ"を、体内で発動したのだ。
程なくして頭部を失った体も力なく倒れる。
「……ふうっ」
腕を引き抜いたメルトは立ち上がり、嬉しそうに白い吐息を漏らした。
「は……はははっ!本当にやりやがった!凄えぞメルトっ!」
カガリはすぐにメルトの元へ駆けつけ、わしゃわしゃと頭を撫でる。
「へへへ、イメージ通り上手くいったぜ」
メルトはなすがままに撫でられながら、柔らかい笑顔を見せる。
「最初からあれが狙いだったのか?」
「ああ。オレのパンチは柔らかすぎて弾き飛ばすことしかできねえし、敵が重けりゃ逆にこっちが飛ばされる。だからって剣でぶった斬れるほどの腕力もねえ。硬くて重いヤツを相手にどう戦えばいいか、ずっと考えてたんだ」
「じゃあまさか剣術習ったのも、最初からこの技のために……?」
「はは、んなわけないだろ。思いついたのは訓練の中で……っていうか、休憩中にな、ゾゾと話してる時に──」
「ゾゾ?」
「ほら、あのガラ悪いオオカミの」
二人は演習場で同じ剣術訓練を受けていたオオカミ獣人を浮かべる。
ガラは悪いが意外と優しく、メルトとはすぐに仲良くなったようだ。
「あー、アイツか……」
「ゾゾが爬虫類マニアらしくてな、ペットのイグアナが脱皮してる動画を見せてくれたんだ。それがヒントだった。外からじゃ壊せなくても、内側から膨らませてやれば壊せるんじゃないかって」
「うふふ、ヒントってどこにあるか分からないものよね」
と、ハルクスもゆっくりと歩み寄って二人の会話に混ざる。
「ああ。きっと里から出なきゃこの発見もなかったんだろうな……それに、ハルにゃんやカガリにも会えなかった」
そう言って二人の顔を順番に見つめ。
「へへ……オレ、良かったよ旅に出て。これまで逃げ続けてきたことも、無意味なんかじゃなかったんだ」
メルトは笑った。
その純朴な笑顔に、二人も釣られて笑みを浮かべる。
そしてメルトの成長と勝利を祝福するかのように、空を覆っていた雨雲はいつの間にかすっかり晴れ渡っていた。




