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十四章 †隠されし学園†

 † † †



 クリンゴ共和国・マジポリア。

 クリンゴの最北端に位置し、冬には雪が降り積もる寒冷地。

 人口の少ない田舎のためビルはほとんどなく、三角屋根の古い一軒家が多く見られる。

 ここには未だ魔族の手は及んでおらず、夜が明けると人々はいつも通り活動を始めていた。


 マジポリア学園。

 マジポリアの南部に存在する広大な湖──マジポリア湖の湖心の島に聳え立つ、巨大な建造物。

 重厚な石壁にいくつもの煌びやかなステンドグラスが輝き、その上部にはいくつもの尖塔が並んでいる。

 ここでも、深緑色の制服に身を包んだ生徒たちが学園へ続く橋を通って当たり前に通学し、授業の準備をしていた。

 その一階に設けられた、初等部一年生の教室に。


「おっはよー!」


 勢いよくドアを開け笑顔で入ってきたのは、エルフ族のツインテ少女だ。

「おはよ~キルトちゃん~」

 おっとりとした雰囲気の癖っ毛のエルフ少女がそれに応えて挨拶をしながら、キルトと呼ばれるツインテ少女に近付く。

「ミノアおはよう!」

 癖っ毛の少女はミノアと言うようだ。

 二人は親密な関係らしく、両手を繋いでキャッキャとはしゃぎ始める。

「昨日の"ボンたむ"の動画見た?」

「見れてないの~。わたしのママ厳しくって、"X-TUBE(エックスチューブ)"は一日一本しか見せてくれないんだよ~」

「えーマジ!?ヤバくない!?超おもしろかったのに~!」

 といった具合にそのままお喋りに花を咲かせ始めた。

 すると、ノートを広げて何やら勉強中だった暗紅色の髪の七三分け少年は眼鏡をクイッと上げながら、じろりと二人へ視線を向け。

「まったく、朝から騒々しいですね……」

 嫌味ったらしくぼやいた。

 と。

「ギャハハハハ!!なに勉強してんだオマエ!まだジュギョー始まってないぞ!?」

 黒髪の悪ガキがそのノートを取り上げ、バタバタと教室内を走り回り始めた。

「あ!ちょっとフシオ君!返してください僕のノート!」

 七三分け少年も、悪ガキ──フシオを追って走り出す。


「止まるのです、お馬鹿さんたち!!」


 その怒声とともに、ゴゴン、と二発の鈍い音が響く。

「いてー!なにすんだドゥーズ!」

「が、学級長っ!なんで僕まで!」

 二人の頭頂部に鉄拳制裁を下したのは、およそ同学年とは思えない恰幅のいい少女。

 知的な丸眼鏡をかけ、セミロングの茶髪をおさげにして肩に垂らしている。

「黙るのです!まったく、教室の中で暴れるなと何度言えば分かるのです!?フシオ!ショウ!」

 ドゥーズと呼ばれる彼女は筋肉質な腕を組んで、痛みに頭を抱える二人を叱りつける。

「うるせーボウリョク女!」

「僕が何したって言うんですか!」

「口答えしない!」

 ゴゴン、と再び鉄槌が振り下ろされた。

 そして呻き声を上げるフシオの手からノートを奪い取ると、パラパラとめくり。

「ショウ!これは一体何なのです!?あなたが調べてるの、危険な兵器ばかりではないですか!」

「か、関係ないでしょ!ただ興味があるだけです!別にいいじゃないですか本当に使うわけじゃないんだから!」

 七三分けの少年──ショウはズレた眼鏡を戻しながら、そう言ってドゥーズからノートを取り返す。

「あなたたちは自覚が足りないのです!わたしたち十勇の末裔は、みなさんを導いていかなくてはならない存在なのですよ?」

「知るか!一番才能ないヤツがえらそーにすんなよ!」

「な、なんですって!?」

 舌を出し煽るフシオに、ドゥーズは腕まくりして三発目の鉄槌を今にも繰り出さんとするが。


「ケ、ケンカはやめようよ~」


 ミノアがそこに口を挟んだ。

「ちょっとミノア、そんなのほっときゃいいんだって」

「だって、わたしはみんな仲良くしてほしいの……」

 涙目になりながら訴えるミノアに、ドゥーズは狼狽え、ぐぬぬと唇を噛む。

 そしてふと、周囲の視線に気付く。

 ある生徒たちは机の陰に隠れ、ある生徒たちは教室の端で縮こまり、またある生徒たちは後ろのドアからそそくさと退散し小窓から覗いて怯えていた。

 平気な顔をしているのは、渦中の五人だけだ。

 ドゥーズはふうっと息を吐いて心を落ち着けつつ、オホン、と手を口元にあてがい上品に咳払いをすると。

「ミノアが言うならしょうがないのです……ですがフシオ!次はないのです!」

 そう捨て台詞を吐いて、自分の席へと帰ろうとしたが。


「どーん!」


「ぎゃうっ!?」

 指で銃の形を作ったフシオの掛け声とともに、ドゥーズがすっ転んだ。

 後頭部を打ち付け、床が凹む。

「ギャハハハ!上手くいった!昨日習った"浮遊(フロート)"!」

 無傷のドゥーズは平気で起き上がると、ギロリ、と振り返り、大笑いするフシオを睨めつける。

「次はないと言ったはずです……!」

「あ、そういえばオマエ、まだ一回も成功してなかったっけ浮遊(フロート)!良かったな!今ちょっと浮いたぞ?」

 ニヤニヤと煽るようにフシオは言う。

「フシオォ~……!!」

 ドゥーズは拳を握り締め、ずかずかと音を立ててフシオの元へ歩いていく。

 フシオも応戦する気満々で指鉄砲を再びドゥーズへと向ける。

「え、今のってどういうことですかフシオ。浮遊は文字通りモノを浮かべる魔法ですよね?なんでドゥーズはこけたんですか?」

 ショウは興味をそそられたのか、今にも戦いを始めようとしているフシオの制服を掴んで問い詰める。

「や、やめてってば二人とも~!」

 同じく、ミノアもドゥーズを引き留めようとその制服の裾を掴み。


「どーん!」


 フシオが指先から放った"浮遊"をドゥーズは驚異的な反応速度でするりとかわし、魔法はそのまま後ろのミノアに命中した──と言っても魔法は目に見えるわけではないのだが。

「きゃんっ!」

 バランスを崩して尻餅をつくミノア。


「おいフシオォ!いい加減にしろよてめえ!ミノア巻き込んでじゃねえよ!」


 その瞬間キルトは一瞬で怒りが頂点に達し、こめかみに血管を浮かべながらポケットから小さな杖を取り出すと、その先をフシオへと向け。

「"移動(ムーヴ)"!!」

 杖の先から、フシオと同じように見えない何かを撃ち放つ。

 フシオはドゥーズの拳をかわすついでにミノアの放った技の射線上からも離れると。

「ぐえっ!」

 という呻き声とともにその後ろのショウが吹っ飛ばされた。

 怯える生徒たちの悲鳴が響く。

「こら!逃げるな!鉄槌を!受けるのです!」

「ギャハハ!バーカ!こっちだよー!」

「"移動"!!"移動"!!"移動"っ!!」

 ドゥーズの振り回す拳とミノアの杖から放たれる攻撃を、フシオはおちょくるように笑いながらかわし続け、そのたびに教室内の窓が、机が、椅子が、黒板が、壁が、床が、天井が、次々に砕けていく。

「も、もうやめてよぉ~……」

 その光景にとうとうミノアは大粒の涙を流し始めた。

 しかし熱くなった三人の喧嘩は止まらず。

「このっ、ちょこまかとぉ~……!だったら……!」

 キルトは力を溜めるように杖を上に掲げる。

 これまで見えない小さな弾のようなものを発射するだけだったが、その杖の先には一メートル程の光球が出現し、さらに少しずつ大きくなっていった。


「これでもくらいなさいっ!"超移動(ちょうムーヴ)"!!」


 杖をフシオへ向けて振り下ろすと、その二メートル程にまで膨れ上がった光球が撃ち出される。

「ギャハハ!魔力ちょっと多く込めただけの"移動"じゃん!そんなデカいだけの技当たるわけないだろバーカ!」

 とフシオは素早い身のこなしで射線から外れる。

「あっ、やば──」

 キルトは気付く。

 その射線の先には、怯えて縮こまっていた生徒たちがいたのだ。


 その瞬間。

 同じような光球が横から放たれ、二つの光球はぶつかり合って消滅した。

「え……」

 キルトは驚きと安堵が混じったような小さな声を漏らす。


「やれやれ……先生のいないところじゃ魔法は禁止だと言ったはずだよ?」


 二つ目の光球を放ったのは、黒いマントを羽織った水色の髪のエルフの青年だった。

 ドアを開けて入ってきたような痕跡はなく、彼もまたインフェルノやレヘンのように"瞬間移動"の使い手なのかもしれない。

「ウルマロ先生!」

 怯えていた生徒たちは安堵の笑みを浮かべ、ウルマロと呼ぶその青年に駆け寄る──中には腰が抜けて動けなくなっている生徒もいるようだが。

「遅くなってごめんね」

 そう言ってウルマロはへたり込んだその生徒に歩み寄り手を差し伸べる。

 そして。

「フシオ君!」

「げ」

 ウルマロに名を呼ばれ、こっそり教室を後にしようとしていたフシオがびくりと立ち止まる。

「それとキルトさん、ドゥーズさん」

「は、はい……」「は~い……」

 順に名前を呼ばれた二人も決まりが悪そうな表情で小さく返事をする。

「授業の後、指導室に来るように」

 ウルマロはにっこりと笑みを浮かべる。

 それから、キルトの攻撃を受けて床に這いつくばるショウに歩み寄り、上体を起こしてその口元に青い液体の入った小さな瓶を当てる。

魔法薬(ポーション)です。これくらいの怪我ならすぐに治りますよ」

 ショウは口に流し込まれた薬をゆっくりと飲み込む。

「……え……!ラ、ラクになりました!すごい!」

 するとみるみるうちに元気を取り戻した。

 ウルマロはふう、と溜め息を溢して立ち上がり、仕切り直すように二回手を叩くと。

 砕け散った教室内の至る所が、まるで時間が巻き戻るかのように修復されていった。

「さあ皆さん席についてください。授業を始めますよ」


 ここはマジポリア学園──真の名は、"マジポリア魔法学園"。

 この世界で唯一の、魔導士を育成する学園である。



 † † †



 数時間後、昼休み。

 指導室らしき場所に、フシオ、キルト、ドゥーズの三人は集まっていた。

「はあ……ウルマロめ……なんでオレだけセッキョー長いんだよ……」

 机に突っ伏しながら、納得のいかない表情でぶつくさとフシオがぼやく。

「いいから早く反省文を書くのです。連帯責任で、全員一緒じゃないと提出できないのですよ」

 とドゥーズ。

 三人は説教を受けた後のようで、その机の上には反省文用と思しき原稿用紙が置かれている。

 すでにドゥーズの用紙は半分以上埋まっているが、フシオとキルトは白紙のままだ。

「あんたがとっとと謝んないからでしょ。大体あのケンカだって元はと言えば全部あんたが悪いんじゃない」

 とキルトはそのデコを人差し指でつんと突く。

「ふん、ボウリョクでしか解決できないバカドゥーズにもモンダイがあるだろ」

「何ですって!?」

 ドゥーズは反射的に腕まくりをして拳骨を作る。

「あーもうまた始まった。先生呼ぶよ?」

「……ごめんなさい」

 キルトに咎められ、しゅんとしながら拳骨を下ろす。

「まったく、なんてチノケの多さだ。ガッキューチョーが聞いてあきれるぜ」

「あんたもいい加減にしときなさい」

 とフシオにも釘を刺しつつ。

「……はあ……それにしても……カッコよかったなあ、あたしの"移動(ムーヴ)"を相殺した時のウルマロ先生……♡」

「はあ?」

 頬杖をついて頬を赤らめながらうっとりとするキルトに、怪訝な顔をするフシオ。

「さすが"A級魔導士"って感じよね……説教中のウルマロ先生もイケメンだったなぁ……♡うっふふふ……こんなに説教してもらえたの、は・じ・め・て……♡」

 目を瞑ってウルマロの顔を思い浮かべながらくねくねと気持ち悪い動きをするキルトに、二人は横から冷たい視線を送る。

「……あんな芸当、いつか私たちもできるようになるのでしょうか……」

 将来を案じて呟くドゥーズに対し、キルトは腕を組んでふんぞり帰り。

「はんっ、ムリムリ!あたしたちなんてC級の補欠合格が関の山ね!一生かかっても精々B級止まりよ!ウルマロ先生に並ぼうなんておこがましい!夢見るのは幼稚園までにしときなさいっ!」

「ず、随分オトナですね、キルトは……」

 ドゥーズは苦笑する。

 フシオもキルトの信者っぷりに呆れてようやく熱が冷めてきたのか、ペンを握って原稿用紙に向き合い始めた。

「さっさと終わらせよ、コイツらキモいし……」


 † † †


 学園内・研究開発棟廊下。

 ウルマロは歩きながら、重厚なハードカバーの本を開いていた。

「はあ……やっと書き始めてくれたか……」

 その開いたページにはまるで監視カメラのように、三人のいる指導室の様子が映し出されている。

 これも恐らくは魔法の一種なのだろう。

 ──フシオ君とキルトさんは魔法に関しては文句なしに天才なんだけど……もう少し落ち着いてくれたらなあ……こう毎日問題起こされるとこっちの身が保たないよ……。

 と。

 ウルマロは本をぱたんと閉じ、ある扉の前で立ち止まった。

 そして、"第一開発室"と書かれたその部屋の扉をスライドさせ。

「ムレファ先生ー?いますかー?」

 真っ暗で先が見えない部屋の奥へと呼び掛ける。

 パチ、と壁のスイッチを押して電気をつけると、大小様々な気色の悪い器具や薬品が、棚や床や机や天井にまで敷き詰められ、足の踏み場のない程に散らかった汚部屋が露わになった。

「あーもう、またこんなに散らかして……ムレファ先生ー?」

 ガサガサと邪魔なものを"移動"で掻き分けながら進んでいくと。


「あ、ちょっと待ってウルマロ。そこ"アレ"があるから踏まないで」


 掠れたような女の声に、ウルマロはその足を止めた。

「いるんならさっさと返事してくださいよムレファ先生。明日の講義の件で話が──……アレって何ですか」

「研究中のアレだよぉ……"性別を変える魔道具"」

「なんつうモン床に放置してんですか!」

「あ、実験体になりたいんなら別にいいけど」

「いいわけないでしょ!ていうかいい加減に片付けてくださいよ!」

 と、怒鳴りながらガラクタたちを移動させ、ようやくウルマロの視界にその女の背中が捉えられた。

 ヨレヨレのタンクトップにベージュ色のパンツ一丁のだらしない格好で、机に向かって工具を持ち何かを作っている。ゴワゴワの黒髪は床につくほどに長く伸びており、植物のツルのようにそこらに転がったガラクタに絡みついているが、本人は特に気にも留めていない様子である。


「おー、そんじゃ片付けといてー」


 目の下にできた途轍もない濃さのクマからして明らかに数日は寝ていないそのエルフの女──ムレファは、不気味な笑みを浮かべながら振り返り、適当に手を振った。

「やですよ!僕はあなたの世話係じゃないんですよ!」

「え、違うんだ」

「ぶっ飛ばしますよ」

「ごめんて……」

 ウルマロは深く長く溜め息を()く。

「まったく……それでも高潔なエルフ族ですか」

「む、それは違うぞウルマロ。ほんの二百年前まで我々は"耳長族(みみながぞく)"と呼ばれていたんだ。当時それがダサいと抗議した者たちが、見た目や寿命の長さから童話に(なぞら)えてエルフと名乗り始めただけであって──」

「言い訳は結構です。風呂にも入ってくださいね。めちゃくちゃ臭いますよ」

「そ、それはさすがにデリカシーがないぞウルマロ。私だって女子だ」

「……何日入ってないんです?」

 その問いに、ムレファは目線を上へ上げて自身の記憶を探る。


「………………三週間?」


「…………??」


 ウルマロの思考が停止する。

 ──さ……さん……しゅう……かん……?……三週間……?三週間と言ったのかこの女……なぜ平気なんだ?なぜ平気な顔して生きていられるんだコイツは……?

「ま、まあ落ち着けウルマロ、そんな怖い顔をするな。ほ、ほら見てくれこの新しい魔道具を!風呂キャンがなければこれも未だ完成しえなかっ──」


「風呂に入れぇ!!!!」


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