十三章 †怪しき勧誘†
† † †
ワルチア北部・とある古びたビルの地下。
「うおっ!?なんだぁ!?」
散らかった室内に突如"瞬間移動"で現れたレヘンとレオザークに驚き目を丸くするのは、白髪のショートヘアに赤い眼鏡を掛けた白衣の女。
白衣の下には胸元の大きく開いた黒のミニワンピースを着ており、豊満な胸と太ももを晒している。
「この人?」
「ああ」
レオザークは女の顔を見て、間違いないと頷く。
「て、てめえキング!こんな夜中に何なんだいきなり!そのガキは誰──ってなんつう怪我してんだあんた!診せろ!」
女はすぐにレオザークに駆け寄り傷の具合を確認する。
「悪いなDr.スルー……」
「この傷……魔族ってヤツか?あんたほどの男がただのヤクザにここまでやられるわけはないよな」
「お前気付いてねえのか……まあこの地下じゃ仕方ねえか。街はパニックだよ。大勢やられた」
地下室から外の様子は見えず、ごく僅かに戦闘音は入ってくるものの、普段からヤクザやチンピラが群雄割拠するこの街ではありふれた生活音でしかない。
「アイツらクリンゴにも攻めてきてんのか……?」
「ああ……このボウズが救ってくれたがな」
「……何者だ?」
二人の視線がレヘンに集まる──が。
「あ!」
とレヘンは突然何かを思い出して声を出す。
「どうした?」
「いや、あの魔族が出てくる穴、塞いどかないとまた次のが出てきちゃうと思って」
「ああ、確かにな……できるのか?」
「やってみるよ。あ、治療終わったら呼んでね。おじさんにちょっと話したいことがあるんだ」
そう言い残すとレヘンは再び瞬間移動を使い、姿を消した。
「……本当に何者なんだよ、あのガキは……おい、キング、聞いてるのか……?」
白衣の女──Dr.スルーは呆然としながら尋ねるが、急にズシリと自分に体重が預けられ、慌ててレオザークの体を支える。
見れば、レオザークは白目を剥いて気絶していた。
「キ、キングーッ!」
† † †
およそ一時間後。
「……ん?」
ベッドの上でレオザークはぱちりと目を開ける。
その腕には点滴と輸血パックが繋がれていた。
「目が覚めたかキング。まったく無茶をする。そのうち本当に死ぬぞ」
Dr.スルーは寝かせたレオザークの腕に包帯を巻きながら言う。
「ああ、悪いな。そう言われ続けてもう二十年近く経っちまったよ、Dr.スルー」
レオザークは軽口を叩くが、スルーはフンと鼻で笑って流し。
「ほら、終わりだ」
最後の包帯を巻き終え、バン、とぞんざいにその腹を叩いた。
「いってえな畜生……!患者だぞ俺様は!」
「これくらいじゃ死なないんだろ?」
「くっ……このババア鬼か……」
「うるせえジジイ。大体あんた重いんだよいきなり気絶しやがって……ベッドに運ぶのも大変だったんだからな」
「……それはスマン……」
悪態をつき合うやりとりから、二人の信頼関係が窺える。
随分若く見えるが、スルーの方もレオザークと同じくらいの年齢、あるいは歳上なのかもしれない。
それからスルーは気怠げにオフィスチェアに脚を組んで座ると、胸ポケットから煙草を取り出し火をつけながら。
「おい、取り敢えず応急処置は終わったぞ」
ドアの方へ呼びかける──外には誰の気配も感じないが。
「……これでいいのか?呼べと言われたが、連絡先なんか聞いてねえぞ」
ドアを見つめながら、スルーは独りごちる。
しかしドアは開かず。
「おじゃましまーす」
そう言ってレヘンは再び瞬間移動で室内に出現した。
「ほ、本当に来やがった……」
スルーは苦笑する。
「おう。悪いなこんな恰好で」
ミイラのごとく包帯を巻かれつつも平気な顔をしてレオザークはレヘンを迎えるが、レヘンはその姿を見て怪我の酷さを改めて実感したのか、口籠ってしまう。
「いやあしかしここが無事で助かったぜ。患者の前で煙草はやめてほしいがな、闇医者とは言え」
場を和ませようとレオザークは冗談っぽく毒を吐く。
「だったらあんたが出て行きな」
口から煙を吹きながらスルーもそれに応える。
レヘンはバツが悪そうに頬を掻きながら、口を開いた。
「そ、その傷……大丈夫なの……?」
「なぁに心配すんな。それより穴はどうしたんだ?塞げたのか?」
「あ、うん。こっちは上手くいったよ。……でも……ごめんね……ボクがもうちょっと早く助けに来れてたら、おじさんもそこまで怪我せずに済んだのに……」
今にも泣き出しそうな震え声で、拳を強く握り締めながらレヘンは言う。
「いやいや、謝るこたあねえだろ……ボウズが来なけりゃ死んでたぜ。ありがとうな」
何の落ち度もない少年に謝らせてしまった申し訳なさからか、レオザークは見た目にそぐわぬ優しい表情と声で礼を言う。
それに対するレヘンの反応は意外なものだった。
「ふふ、感謝なら言葉じゃなく行動で示してほしいな」
イタズラに引っ掛けた子供のように、レヘンはニヤリと意地の悪い笑みを浮かべながらそう言った。
「あ……?」
レオザークは虚を突かれ目を丸くする。
「おじさん、レオザークさんでしょ?有名なヤクザの」
「ん?ああ……」
ただでさえ目立つライオンの獣人にして、ヤクザでありながら治安を守る自警団のような活動を行う──レオザークはこの街ではかなりの有名人であり、自身の名が知られていることに関して驚きはなかった。
「ボクはね、協力者を探してるんだ」
「協力者……?」
「おじさん、"四鎋戦犯"って知ってる?」
「あー……昔学校で習ったような気がするが……よく覚えてねえな……」
レオザークは顎に手を当て懐かしき学生時代を思い返すが、二十年以上も前の授業の内容などまともに覚えてはいなかった。歴史に興味があるわけでもなく、ましてレオザークは学校自体サボり気味の不良だったため、それも当然のことだろう。
「あんたそんなことも知らないのか。ったく、これだから反社は……」
スルーは呆れた様子で口を挟んだ。
闇医者のお前が言うな、と心の中でツッコみつつ、レオザークはその話に耳を傾ける。
「"四鎋戦犯"──百年前の"五国大戦"で暴れた四人の戦争犯罪者だ。それぞれが単独で数万人もの被害を出したと言われてる。それも敵味方問わず、一般市民さえ無差別にだ」
「何だそりゃ。目的は何だよ」
「さあな。あんまり凄惨な話だからか歴史の闇に葬られて、詳しい記録は残ってないらしいんだが、イカれた快楽殺人者だって説が有力だ。戦争に乗じて自分の欲を満たしてたんだろうよ。四人とも別々の国の軍人だったが同時期に似たようなヤツらがいたんで、全員まとめてそう呼ばれてる」
「へえ……で、なんでそれが今出てきた」
とレオザークはあまり興味無さげに聞き終えると、レヘンに話を戻した。
「その人たち、教科書なんかじゃ処刑されたことになってるけど……本当は違うんだ」
「何?」
「封印されてるんだよ。世界のどこかに」
内緒話をする子供のように、レヘンは笑みを浮かべたまま囁いた。
「封印……?なんで……」
「不死だからだよ」
「不死……!?」
レオザークは言わずもがな、これには思わず無関心だったスルーも驚愕の目を向けた。
「あはは!なんてね!」
「……はぁ?」
掴みどころのないレヘンにペースを狂わされ、気が抜けた二人はがくりと肩を落とす。
「実際はどうか分からないんだよね、ボクも噂でしか聞いてないから……けど、当時の処刑方法では彼らを殺すことができなかったらしい。だから封印された」
冗談めかして言いつつも少しずつ本題に近付き、真面目な声色へと変わっていく。
「そして今、その封印が解けようとしてるんだ。封印の効力は九十九年間……あと三日だ」
三本の指を立てて見せ、神妙な面持ちでレヘンは告げた。
嘘と真実が錯綜する裏社会を生き抜いてきたレオザークは、レヘンの話が作り話ではないことはすぐに理解した。
「……しかし、そもそも封印ってのは何だ?どっかに閉じ込めてるって口振りでもねえよな」
「全員がそうかは分からないけど、その内の一人は、カディ山の樹海に祠を作って、その中に魔法で封印されたんだって」
カディ山──ここクリンゴ共和国の中央部に聳え立つ、標高三千五百メートルの巨峰である。
「……戦争犯罪を裁く"世界連盟"は魔導士とも通じてるらしいし、まあ無い話じゃないかもな」
そういった仕組みも知らなさそうなレオザークのためか、スルーがぼそりと呟いた。
レオザークは少し考えてから訊く。
「封印が解けるってのは間違いねえのか?」
「さあ」
「さあってオイ……」
聞けば聞くほど眉唾物のような話に、レオザークはつい溜め息を溢す。
「だって噂で聞いただけだから」
「どこで聞いたんだよ?よっぽど信用できるツテなんだろうな?」
「旅の途中で寄ったカディ村の人が話してくれたんだ」
「……カディ山の麓の?」
「うん」
「……オイオイ、まっっったく信用できねえだろ……」
「えぇ?」
がっくりと項垂れ頭を抱えるレオザークに、レヘンは困惑した様子で眉を顰める。
「あそこの人らは噂好きで有名だ。旅の人がよく登山のついでに訪れるから、いろんな噂が集まって来るんだよ。村自体はなんにもねえ普通の村だから、そういう噂話にすぐ食いつくんだ」
「そうなの?優しそうな人たちだったのに……」
「噂話に人柄は関係ねえさ。まあいいじゃねえか、嘘なら嘘で。その方が平和だろ?」
落ち込むレヘンに子供らしさを感じつつ、レオザークは諭すように言う。
「でも、確かにあったんだよ、祠」
「何?」
「カディ樹海の奥まで行って、実際に確かめてみたんだよ。そしたらあったんだ、封印の祠が」
「……なるほどな。それが噂のタネって訳か」
「え」
「たぶんその祠を見つけた誰かが、そういう噂を思いついたのさ。あるいは自分でその祠を作ったのかもしれねえがな」
「むぅ……」
レヘンは納得いかない様子で口を尖らせる。
「……まあ要するにボウズは、その四鎋戦犯とやらの封印を解かせない、もしくは封印が解けた時に一緒に戦ってくれるようなヤツを探してたってことだろ?」
「うん」
いじけた顔のままレヘンは素直に頷く。
参ったな、とレオザークは後頭部を掻き、悩んだ後。
「……悪いな、今は無理だ」
言いづらそうに告げる。
「そんなぁ……」
とレヘンはあからさまにショックを受け肩を落とした。
「仕方ねえだろ。魔族どもが侵略しに来てる最中に、事実かどうかも分からねえ不死のバケモンのことまで考える余裕はねえ。この戦いが終わった後なら付き合ってやってもいいが、いつまでかかるか分からねえしな……」
「そっか……」
「まあそう落ち込むなよ。ボウズは充分強え。むしろ俺様なんかが一緒に行ったところで足手纏いにしかならねえだろう」
レオザークはレヘンの肩にぽんと手を置き慰める。
「……分かったよ。確かに今の状況じゃ難しいよね」
「すまねえな。それでも、ボウズは命の恩人だ。今後何かあったら力になるぜ」
「うん、ありがとう」
レヘンは名残惜しそうに眉をハの字にしたまま、諦めを含んだような笑みを浮かべた。
「それじゃあボクはもう行くよ。さすがにボクの力も街全体には届かないから、まだ残党が残ってるだろうし」
「お、それなら俺様も──」
と立ち上がろうとしたレオザークの顔面スレスレをハサミが素早く横切り、その勢いのまま壁に突き刺さった。
「あんたは安静にしてろ」
それを投げたのはスルーだった。
「チッ、このババア……さっきは出て行けっつったくせに……」
「戦うつもりなら話は別だ。また大怪我して駆け込まれたら溜まったもんじゃない」
レオザークは大きく溜め息を吐いて座り直す。
そのやり取りを見たレヘンはクスリと笑い、ドアノブに手を掛ける。
「早く行ってハクさんを手伝わなきゃ」
「ハクさんって……仲間がいたのか?」
「うん。まだ一人だけだけどね。ハクさんはボクより強いよ」
「ボウズより……!?冗談だろ……」
「ホントだよ!」
──流石に過剰戦力じゃねえか……?なんで目え付けられたんだ俺様……。
純粋な疑問を抱きつつ。
「頑張れよ、ボウズ」
レヘンの去り際、レオザークが声を掛ける。
「ボウズじゃないよおじさん。ボクはレヘン」
「おじさんじゃねえ、レオザークだ。……またな、レヘン」
「またね、レオザークさん」
こうして二人はそれぞれの使命を全うすべく、違う道を行くことになった。
レヘンが出て行き、しばらくの沈黙の後。
「……で、あの子供、何者なんだ?いきなり瞬間移動で飛んできた時は驚かされたが……」
ふぅ、と溜め息と同時に煙草の煙を吐きつつ、スルーはずっと気になっていたことを尋ねた。
「十勇の末裔だとよ」
「やっぱりか。十勇って言うと……マイナ・スパイラルか?魔導士の」
「いや、確かアルケス・メガロドロンっつってたかな。魔法じゃなくて超能力なんだと」
「アルケス!?」
「うおっ、何だようるせえな……」
突然立ち上がって大声を出したスルーにレオザークは困惑し耳を塞ぐが、それ以上に困惑した表情のスルーを見て、首を傾げる。
「……アルケスだとなんかまずいのか?」
「まずいとかじゃない……いるはずがないんだよ、そんなもんは……!」
「はぁ?」
「アルケスは子供を作ってないんだよ……生涯独り身だったはずなんだ。事実この"命暦"が始まった二千二十五年間、一度たりともアルケスの末裔は確認されてない……!」
「何じゃそりゃ……一体どういう……」
「私に分かるもんか……だが確実に……水面下で"何か"が動いてる……!」




