十二章 †予期せぬ助太刀†
† † †
「調子はどうじゃ?魔獄王」
世界への降伏勧告から二時間ほどが経過した頃。
ヴァリアール城の玉座に佇む魔獄王ライザーの脳内に、そんな念話が送られた。
魔獄を統べ地上をも制さんとする冷徹にして最強の魔族に対し、まるで友人のような軽口を叩いたのは、少し歳を重ねた女の低い声だ。
「愚問だな。地上人類など我らの敵ではないわ。……とは言え、奴ら数だけは多いからな。時間は掛かりそうだ」
意外にもライザーはその軽口を気にも留めていない様子で、至って普通に返答し。
「貴様も少しは手伝え──マリカ・マウト」
と念話相手に協力を仰いだ。
恐らく魔獄のどこかだろうか、薄暗い洋風の建物の中の黒い椅子にその女は腰掛け、ティーカップを黒い口紅の塗られた口元へと運んでいる。
後頭部の左右で結ばれた縦ロールの黒髪と、漆黒のネイル、背中の大きく開いた黒いドレスが、怪しいながらも高貴さを醸し出す。しかし顔の上半分を覆う黒いジャッカルを模ったマスクは、その高貴さを掻き消すほどの薄気味悪さを放っていた。
その姿はまさしく"死の女王"といった雰囲気である。
「妾が?くくく、知っておろう、妾は支配など興味が無い。うぬが妾に頭を下げて助けを請うなら力を貸してやらんでもないがのう」
マウトは愉しげに笑みを浮かべる。
「フン、ならば黙っていろ。貴様の相手などしている暇はない」
「くはははっ、しかしうぬも強欲よのう。魔獄を支配しただけでは飽き足らず、本当に地上にまで手を出すとは」
円形のテーブルに置かれた丸い水晶には地上の光景が映し出されていた。
マウトはその水晶によって戦況を傍観しているようだ。
「言ったはずだ。地上など通過点に過ぎん。当然この世界を支配した暁には天域へ侵攻する。我は全ての頂点に立つのだ」
「くははっ、本当に面白い奴よ。じゃが、あまり気は抜かぬことじゃな」
「何?」
「敵はどこに潜んでおるか分からぬ、ということじゃ」
「フン、それこそ下らん。いかに不意を突かれようと、蟻どもの攻撃で我がダメージを受けることなどないわ。近頃魔界で噂となっていた"烈焔のカガリ"とやらも、我どころか、双魔統の足元にも及ばん実力だった」
不遜な態度で言い返すが、つい先程ポンダーから報告があったことを思い出し。
「……まあ、七落閻は一人やられたようだが……所詮は最弱の将だ。然して支障はない」
「キュートか。彼奴のことは妾も可愛がっておったんじゃがのう。七落閻の一角が落とされてもうぬは何も感じぬのか?」
「戦いに死を悼む感情など必要無い。部下どももそれを覚悟して戦っている」
「くく、そうかのう?死を覚悟して戦いに臨むなどなかなかできることではないぞ。むしろ、死ぬわけがないという油断が死に繋がったのではないか?そもそもうぬは力で部下を支配しておるのじゃから、うぬと同じ気概で部下が戦っておるとも限るまい」
「ならば勝手に死ね。我が部下に腑抜けは要らぬ」
「そう部下を軽んじておると、いつか痛い目を見るぞ?魔獄王」
「フン、最も不要なのは貴様の助言のようだな、マウト。貴様は精々一人で地の底に籠って見ているがいい、我らが覇道の行く末を」
ぶつり、と念話は強制的に遮断された。
「くく……まったく、人の話を聞かぬ奴よ。この戦、面白くなりそうじゃのう……くはははは!」
マウトは水晶に映る地上を見下ろしながら、館の中で一人、怪しく笑った。
† † †
数時間後、クリンゴ共和国・ワルチア。
ゼエゼエと息を切らしながら、娑卍那組若頭レオザーク・キングは未だ魔族と戦っていた。
「ったく……無限に湧いてきやがるな」
身体中に無数の傷が刻まれ、金の毛並みが赤く染まっている。
辺り一面に散らばった魔族の残骸を踏みつけながら、レオザークは耳と鼻に神経を集中させて周囲の様子を窺った。
「いよいよ銃声も聞こえなくなってきた……他の連中も皆やられちまったか」
深夜の闇の中で、魔族の唸り声と逃げ惑う民の悲鳴だけがこだまする。
──俺様ももう限界が近え……ウチの連中は無事か……?
飛び掛かってくる獣型を腕で叩き落としつつ、娑卍那組本部のある街の北側へ意識を向けた。
そこかしこで建物が破壊されて炎や煙が立ち上る中、その方角の空にだけは煙が上がっていない。
──アッチは静かだな……まだ潰されちゃいないと、信じるしかねえか。
そして再び目の前の魔族に集中する。
が、その一瞬の隙が命取りだった。
「ぐあっ!?」
空から急降下し襲ってきた鳥型の魔族への反応が遅れ、右肩にその嘴が突き刺さったのだ。
さらにその隙を突いて数体の獣型が手足に噛みつき、動きを封じられる。
「ウオオオオオオッ!!」
レオザークは雄叫びを上げながら、全身に纏わりついた獣型を無理やり振り払う。
肩に突き刺さった鳥型も首を掴んで引き剥がすと、地面に叩きつけて粉砕した。
「こんなモンでこの俺様がやられると思うなよ!」
レオザークは強がりの笑みを浮かべ、周囲の魔族に見せつけるように鳥型の残骸を放り投げる。
しかしダメージは大きかった。
肩に開いた風穴からの出血が酷く、右腕ももう使い物にならない。
これまでに受けた傷ですでにかなりの血液を失っていることもあり、レオザークの意識は朦朧とし始めていた。
次々と追撃してくる魔族を辛うじて迎撃するも、がくり、といよいよ膝をつく。
──くそっ、視界がぼやけやがる……ここまでかよ……。
「大丈夫?ライオンのおじさん」
「あ……?」
レオザークの肩に手を置いたのは、青いキャップを被った黒髪の少年だった。
恐らく十歳にも満たないであろう、エルフや獣人でもないただの人間の子供。
──な……なんでこんなとこにガキが……。
少し小突いただけで簡単に折れてしまいそうな華奢な体は、あまりにもこの戦場に似つかわしくなく、レオザークはただただ困惑した。
「ちょっと待っててね。すぐ終わらせるから」
少年はそう言って笑みを浮かべる。
その笑顔はレオザークを安心させるためか、それとも戦いに快楽を見出すタイプなのか──表情とは裏腹にどこか達観し澄み切ったその瞳からは、何も読み取れない。
「ちょっと待て何を──」
少年は周囲の魔族に対して狙いを定めるかのように両手をかざし。
次の瞬間、その手を上へ勢いよく振り上げる。
すると魔族たちの体は一斉に、ふわりと浮かび上がった。
魔族たちがどれだけ踠いても空中では全く意味を成さない。
そのまま高度は上がり続け、建ち並ぶビルを見下せる程度にまで上昇したところで静止した。
──何が起きてやがる……!?
レオザークは空を見上げて呆然とする。
浮かび上がっていたのは、見える範囲の魔族だけではなかったのだ。
街中に散開し暴れ回っていたであろう数百の魔族たちが、街の上空を埋め尽くしていた。
そして。
「どーん!」
少年がふざけた掛け声とともに両手を振り下ろすと同時に、上空の魔族たちは一斉に途轍もない威力で叩き落とされた。
アスファルトに身を打ちつけられた魔族は、原型が全く分からないレベルで粉々に砕け散る。
「………………!」
その衝撃的な光景に、レオザークは恐怖にも似た感情を抱き、言葉を失う。
「お待たせ、片付いたよ」
少年は振り返り、さも当然のように笑みを崩さず話しかける。
「………な……何者だお前……今のは魔法か……?」
「魔法?あはは、違うよ!ボクのは──"超能力"!」
「超能力だと……?」
「ボクはレヘン。十勇"アルケス・メガロドロン"の末裔だよ」
「……アルケス──最強の十勇と言われる万能の超能力者か……フッ、その末裔に命を救われるたあ光栄だな」
同じ十勇の末裔でもサイガとは大違いだ、とでも言いたげに苦笑を浮かべつつ、レオザークは仲間の待つ娑卍那組本部へと向かうため立ち上がろうとするが。
「ぐっ……!」
やはり力が入らず、再び膝から崩れ落ちる。
「無理しないでおじさん。ボクが病院に連れていくよ」
レヘンと名乗る少年はレオザークの肩に手を置き。
† † †
次の瞬間、レオザークは病院の前にいた。
「な、何だ……?」
「"瞬間移動"。超能力の応用だよ」
「……凄えな……本当に万能なんだな……」
レオザークはただただその力に感服していた。
「そんなことないよ。ご先祖様はどうだったか知らないけど、ボクなんてまだまだだ。ていうか……困ったな。病院閉まっちゃってる……」
レヘンは困った表情で後頭部を掻く。
「そりゃそうだろ、救急病院じゃねえし」
「何それ?病院っていつでも開いてるんじゃないの?」
「んなわけねえだろ……こんな深夜に受け入れてくれるとこなんてねえよ」
「え、そうなの!?」
「ああ。……今の街の荒れようじゃあ救急病院に行ったところでどこも開いてねえだろうな。まともな治療受けるなら魔族のいねえ別の街にでも行くしかねえ」
レオザークは初めてレヘンに見た目相応の子供らしさを感じつつ、状況を整理する。
「わ、分かったよ。じゃあ探してみる」
とレヘンは頭の中で何かを探るように、少し上を向いて目を瞑る。
が、レオザークはその頭に手のひらをポンと置いて。
「いや、いい。アテならある」
と制止した。
「え?でも開いてないんでしょ?」
「ああ──まともな医者なら、な」




