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十一章 †招かれざる客人†

 † † †



 クリンゴ共和国・ワルチア。

 ワルチア最大の組織"絶殺会(ぜっさつかい)"や殺人鬼サイガ・ジャーキスとの戦いに集中していた"娑卍那組(サバンナぐみ)"のヤクザたちは、魔獄王による全世界への宣戦布告のことなどつゆ知らず、突如出現した魔族の軍勢による侵攻に直面していた。

「キュ、キュートちゃんって言うのか……!可愛い……!」

 ウサギ獣人・ラビオはワンボックスカーの窓から顔を出し、"七落閻(ドミネイトセヴン)"と呼ばれる魔族幹部・キュートにメロメロになっている。

「呆けてねえで顔引っ込めろラビオ」

「へっ、へい兄貴!」

「雑魚どもは払った。今のうちに出すぞ」

 ワンボックスに大量に張り付いていた魔族たちを弾き飛ばし、再び乗り込んだレオザークは運転手の黒ネコ獣人に指示を出す。

「はい」

 冷静に頷き、黒ネコは即座にアクセルを踏んだ。

 倒れた魔族の残骸を轢き潰し、レオザーク一行withサイガはワンボックスで突き進んでいく。

「あっ、こら!待ちなさーい!これ以上うちの魔ーきゅんたちをいじめるならわたしだって容赦しないんだからね!」

 キュートは高速で飛行しながらそれを追跡する。

 靴底から炎を放出することで浮き上がり、さらに火力を上げて加速しているようだ。

「炎……やっぱさっきの火柱もアイツの仕業か。お前の推測は正しかったらしいな」

「そのようですね」

 サイドミラーで後方を確認しながら、助手席のレオザークと運転席の黒ネコが話す。

「め、めちゃくちゃ速えっスよアイツ!このままじゃ追いつかれちまいますぜ!?どどどどうするんスか兄貴!」

 冷静な二人とは対照的に、チワワ獣人・チウスはビビり散らかしていた。


「……仕方ねえ。俺様が降りて戦う。お前らは先に行け」


「えっ!?」

 チウスとラビオが驚くのも束の間、黒ネコは素早い判断で僅かに速度を緩めると、レオザークは躊躇なくドアを蹴り開けて飛び降りた。

 慣性によってゴロゴロと転がった(のち)、手と足で力強く道路を踏み締め着地する。

「レオザークの兄貴!お気を付けて!」

 そのまま走り去っていくワンボックスの方からチウスとラビオの声が聞こえると、レオザークは振り向かずに無言で片手を挙げ、任せておけと合図を送った。

「ったく、スーツがボロボロだ」

 全身に付着した砂を払いながら、レオザークは迫ってくる魔族たちとキュートをその両眼に捉える。

 待ち構えるレオザークに気付いたキュートも飛行速度を緩め、十メートルほど手前で停止した。

 靴底の炎が徐々に弱まるとともに高度が下がっていき、キュートは着地する。

「何よっ!わたしと戦おうっての!?」

 キュートは頬を膨らませて言う。

「ああ。俺様はこの街を守る優しいヤクザなんでな」

 レオザークは悪い笑みを浮かべながら、傷だらけのスーツを脱ぎ捨てる。

 と同時にその内側に隠していた拳銃を構えると、そのままスムーズに引き金を引いた。

「え──」

 放たれた銃弾はキュートの眉間にぶち込まれて血が飛び散り、その反動で体は大きく仰け反る。

 ビクビクと体を痙攣させ、やがてがくりと膝をつくと、力なく仰向けに倒れた。

 ──やったか……?

 レオザークは油断せずに拳銃を構え続けながら注意深く観察する。

 貫通した後頭部から流出する血液が、倒れたキュートの下に大きな血溜まりを作っていく。

 それから十秒程が経過し、ぴくりとも動かなくなったことを確認すると、それでも警戒は怠らず銃口を向けたまま、その死体に歩み寄り。

「念のためだ」

 レオザークはそう言って、更に頭部と心臓部に二発の銃弾を撃ち込んだ。

 やはりキュートは動かない。

「……ふぅ……流石だなベルジェーン。お前の作った"魔力貫通弾(まりょくかんつうだん)"、効果は確かなようだぜ」

 レオザークが放ったのは、魔族に対抗するために作られた特殊な弾丸だったのだろう。自分の握る拳銃を見ながら、それを作ったと思しき人物の名を口にしつつ、その効果を実感した。

「本当なら尋問でもして情報を引き出したいところだが、バケモン相手にそうも言ってられないんでな」

 キュートの死体に向けて言い。

「……さて、後は残った雑魚どもの掃除だが……この数は流石に骨が折れそうだ」

 と、周囲に群がってきた数百をゆうに超えるであろう雑兵たちを見回すと、指をコキコキと鳴らして拳を固めた。

 レオザークレベルの強者にとって一体一体はさほどの脅威ではないにせよ、圧倒的な数の力には敵わないこともある。

 とは言え魔族たちも、自身を率いた七落閻であるキュートをあっさりと倒してしまった男に警戒しているのか、無闇に飛び掛かりはせず、攻撃のタイミングを窺っているように見える。

 暫し睨み合いが続き。

「……銃声……?」

 ふと、冷静に聞き耳を立てれば、街のそこかしこから魔族の喧しい鳴き声に混じって、銃声や怒鳴り声のようなものが聞こえてきた。

 魔族と対面しているのはレオザークだけではないようだ。

 恐らくこの夜の街に蔓延(はびこ)るヤクザやチンピラ、裏社会に生きる者たちが、魔族なんぞに自分の縄張りを譲るまいと応戦しているのだ。

 レオザークを囲っていた魔族もそれに気付いたのか、僅かだがそちらへ意識を向け始めた。

「クク……まったく……普段なら絶対に分かり合えねえクズどもだが、今だけは頼りにさせてもらうぜ」

 希望を得たかのようにニヤリと笑い、レオザークもまた魔族との戦闘に身を投じていく。



 † † †



 数分後、ワルチア北部・娑卍那組本部。

 木造建築の大きな屋敷の前に、黒ネコ獣人の運転するワンボックスが停まった。

「着きましたよ。サイガの野郎を運びましょう」

「ああ」

 チウスとラビオは、拘束して後部座席に放り込んでいたサイガを担ぎ上げようとするが。

「……え……う、うわぁっ!?だ、誰だ!?なんで俺こんな縛られて……!」

 ずっと静かにしていたサイガはまるで自分の状況を理解していないかのようにびくりと飛び跳ねる。

「はぁ?」

「なぁに言ってんだテメエ。おら、行くぞ」

 二人は困惑しつつも、芋虫のように這って逃げようとするサイガを無理やり引きずりながら降車する。

「や、やめろぉ!俺が何したってんだよ!」

 涙目になりながら訴えるサイガをチウスとラビオは協力してなんとか担ぎ上げるが、サイガは叫びながら体をくねらせて抵抗する。

「ちょっ!暴れんじゃねえよテメエ!」

「ち、力強えなコイツ!さすが十勇の末裔!」

 二人が懸命に抑えつけていると、サイガはやがてゼエゼエと息を切らし、また静かになった。

「……ったく……勘弁してくれよ」

「じゃあ俺車入れてきますんで」

「おう」

 車庫は別の場所にあるのだろう。黒ネコはワンボックスを発進させて走り去った。

 停車していたワンボックスがどいたことによって、戦場と化した街の南部の空がチウスとラビオの視界に映る。

 そこには大きな煙が上がっているのが見えた。

「レオザークの兄貴……大丈夫かな……」

 チウスは思わず心配の声を漏らす。

「ア、アホかチウステメエ!兄貴に限って負けるわけねえだろうが!」

 ラビオは声を荒げるが、歯を強く噛み締めるその表情を見れば不安なのは同じだろう。

「そうだな。よし、装備整えて援軍連れて、とっとと兄貴の援護に行くぞ!」

「おうよ!」

 二人は決意を固め、屋敷の門を潜る。

 と。


「こんばんは。その人、返してもらえますかね」


 門の影から出てきて二人の前に立ち塞がったのは、サイガによく似たエルフの青年だった。

 と言っても似ているのは顔立ちだけで、美しく整えられた金髪は後ろにまとめ、小綺麗なグレーのコートを着用しており、とても粗暴なサイガの仲間とは思えないような風貌である。

 ただその腰には二本の剣を差しており、チウスらは十勇"セレーネ"との関係性を疑わざるを得なかった。

「テ、テメエ何者だ!?」

「勝手にウチの敷居跨いでんじゃねえぞコラ!」

 ヤクザはビビったら負けの世界。チウスとラビオは決死の覚悟で青年に凄む。

「いやいや、ただの知り合いですその人の。返してもらえればそれでいいので」

 爽やかな笑みを浮かべながら、サイガを指差して青年は言う。

 ヤクザの前に立ち塞がり要求を述べながら、何の怯えも敵意も感じない──チウスたちはそれを不気味に感じざるを得なかった。

 すると静かに担がれていたサイガはその状況に気付いたのか、突然首を捻って青年の顔を確認するやいなや。

「あぁ?誰が知り合いだ気色(わり)ぃ。テメエなんざ知らねえよタコ」

 と悪態をつく。

 が、青年はサイガの言葉を完全に無視し。

「あー、やっぱりいきなり過ぎましたかね?すみません。僕はカイ・ルプスと言います。お気付きかと思いますがその人と同じセレーネの末裔です」

 とチウスたちにそう名乗った。

「いやいや、コイツ知らねえって言ってるけど?」

 ラビオはサイガを指差しながら訊く。

「その人の言うことなんていつも支離滅裂ですよ。本当に僕の顔を覚えてないだけって可能性もありますけどね、はは……」

「ケケケッ、イカれてんのかよコイツ。マジで誰だよ、斬り刻んでやろうかぁ?」

 噛み合わない二人の話に、チウスたちが困惑していると。


「ん?どうしたんですか兄貴たち」

 と車庫入れを済ませた黒ネコが遅れて到着した。

「……ああ、あなたはルプスさんですね」

「え、僕のこと知ってるんですか?」

 とカイは驚くが。

「なんで知ってんだテメエ!?」

 本人以上に、チウスたちが驚く。

「レオザークの兄貴に頼まれてサイガのこと調べたの俺ですから。当然あなたのことも知ってますよ、カイ・ルプスさん。ワルチア大学の二年生で、サイガの友人。昼夜問わず、街で暴走するサイガを抑えている姿が何度も目撃されていますね」

「やっぱり知り合いなのかよ!?」

「なんで知らねえフリしてんだテメエ!」

 チウスとラビオはサイガを睨むが。

「知らねえっつってんだろ三下ども。その調べが間違ってんだよバァカ」

 サイガは依然として態度を変えない。

 それに対して黒ネコは。

「サイガには何らかの精神的な病があると考えています。記憶は常に混濁した状態にあり、頭ん中に別人格でもいるかのように性格が豹変することもあるとか。ルプスさんのことを覚えてないのが本当に記憶から消えているのかただの演技なのかは、定かじゃありませんがね」

「ふふ、話が早くて助かります。その人のお守りは僕の役目ですから、返してもらえますか?」

「それはできません」

「……何故?」

 カイは笑顔のまま僅かに眉を顰める。

「サイガは娑卍那組で預かることになったんですよ。サイガをウチに引き入れた暁には、もちろんあなたにも全てを説明するつもりでしたが」

「入らねえっつってんだろボケが」

「お前はちょっと黙ってろ」

 と口を挟むサイガを一蹴し。

「ルプスさん、確かにあなたは懸命にサイガの暴走を止めようと頑張っていましたが、結局サイガはこうして夜の街で犯罪を繰り返している。あなた一人でコイツを抑えるにはどうやったって限界があるんですよ。ウチに任せちゃくれませんかね」

 黒ネコは冷静に提案するが。

「はあ……その姿を見て任せると言う友人はいませんよ」

 ガチガチに拘束されて担ぎ上げられているサイガの姿を見ながら、カイは呆れたふうに言う。

「その人を連れ込んでどうするつもりなんです?その様子じゃ簡単にあなたたちの軍門に下るとも思えませんし、監禁して拷問でもするんですか?それを黙って見過ごせと?」

 話しているうちに、だんだんと苛つきが露わになってくる。

「そんなことをするつもりはありません。ただ粘り強く説得するだけですよ」

 対して黒ネコはやはり冷静に答える。

「あなたの方こそ、何故そこまでコイツに拘るんです?こんなイカれた殺人鬼に。友人とは言っても、サイガがこの街に来たのがおよそ二年前であることを考えれば、あなたとの付き合いもせいぜいその程度でしょう。ウチに喧嘩ふっかけてまで庇う理由が分かりませんね」

「……友情に時間は関係ないでしょう……まあ、これ以上話しても平行線だということは分かりました」

 スゥ、とカイは剣を抜き。

「穏便に済ませたかったんですがね」

 威圧的な声でそう言った。


 刹那。

 獣型の魔族がチウスたちの背後から飛びかかった。

「!!」

 カイは咄嗟に反応し、剣を一閃。

 次の瞬間には魔族は真っ二つになり、その体は左右に分かれて転がった。

「な、魔族か!?もうここまで来やがったのかよ!」

 チウスとラビオは狼狽する。

「テ、テメエなんで俺らを助けやがった……!」

「サイガを助けただけですよ」

 ラビオの問いに冷たく答え。

「まだ来ますね」

 と、カイは門の外を見据える。

 それに倣いチウスたちも外を見ると、凄いスピードでこちらへ突進してくる魔族の大群の姿があった。

「……話は一旦保留にしましょうルプスさん。今はヤツらの殲滅が優先です」

「いいでしょう。ただし……」

 黒ネコの提案に頷きつつ、カイはチウスたちの方を向くと、瞬速の剣を振った。

「ひっ……!?斬られ……てない……?」

 二人の体は無事だった──が、すぐに気付く。

 サイガを拘束していた鎖がばらばらと崩れていっていることに。

「サイガは解放してもらいましょう。どうせサイガを抱えながら戦えるほどあなたたちは強くない」

「離せや雑魚ども」

「のわっ!?」

 サイガは体が自由になるとすぐにチウスたちの手を振り払って着地する。

「……ふぅ~、やっと解放されたぜぇ」

 そして首をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がった。

 時を同じくして魔族の群れも屋敷に到着し、一行を取り囲む。

 それを見てサイガとカイは互いに背を預けるようにして立ち。

「サイガ、これ」

 とカイは懐に差していたもう一本の剣を適当に投げ渡す。

 サイガはその柄を掴んで、スムーズに鞘から抜き。


「……で?このカスどもを殺しゃあいいんだっけか?ケケッ」

「うん。一匹残らず駆除しちゃってよ」


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