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十章 †愚かなる虫†

 † † †



 数十分前。

 ヴァリアール王国では再び魔族によってヴァリアール城からの放送が開始されていた。

 国内の主要なテレビ局は侵略攻撃によってほぼ壊滅状態にあり、テレビはどのチャンネルを回しても砂嵐が流れるだけだ。

 小さな地方局はいくつか残っているが、現状ではまともな取材も行えずほとんどが放送を休止しており、辛うじて放送を続けている局も再放送やネットなどから掻き集めたニュースを垂れ流すばかりである。

 この魔族による放送は、僅かに生かされたテレビ関係者を奴隷のように働かせ、さらに機材の使い方を人型の魔族が教わることで成り立たせていた。

 また、世界中に知らしめるためか前回とは違いインターネット上でも同時に配信が行われている。


「どうも~。インフェルノで~す」


 挨拶と共に、紫髪の魔族幹部・インフェルノが軽いノリで名乗る。

 その傍らには前回と同じくバレットも不服そうに立っている。

 違っているのは、王を迎えるべく準備をしたのか、周囲に散乱していた死体や瓦礫が綺麗に片付けられていることだろう。

「この放送が始まったってことは、もう分かると思うけど前に言った通り、ライザー様がご到着されました~」

 と、手で示した先へカメラが向けられる。

 巨大な玉座に、二十メートル程の巨体を持つ怪物──魔獄王ライザーが腕を組んで座っていた。

 そしてその右隣には不敵な笑みを浮かべるメイド服のおかっぱ少女・B2(ビーツー)が、左隣には背筋をぴんと伸ばした燕尾服の女・ダークファイアが控える。

「我は魔獄王ライザー。人類よ、死にたくなければ降伏するがいい。貴様らを滅ぼす準備はすでに整っている」

 それはあまりにも端的な、世界への降伏勧告だった。

「フフフ……まあボクらの力を下等種の人間どもに理解しろって言っても難しいでしょうから、分かりやすくご覧に入れましょう」

 B2が言うと、カメラは再び別の方向へと向けられる。

 そこに映し出されたのは、一本道だった。

 一本道と言っても舗装された道路などではなく、建造物や岩や山が何か巨大な災害が通過したことにより粉々に破壊され大きく抉られたかのような一直線の跡だ。

「これは最初にボクたちが地上に出てきた街からこの城まで、ライザー様が立ち塞がるもの全てを破壊しながら歩いて来られた跡です。ライザー様のお力なら、地上など容易く平地にできるのですよ。フフフ……」

「貴様たちもこうなりたくなければ、我々の前に立ち塞がろうなどとは考えないことだ」

 ニヤニヤと笑うB2に対し、ダークファイアは冷徹に警告する。

「……これで良いのか?本当に人間どもに我々の声が届いているんだろうな?」

 と、台詞を言い終えたダークファイアは顎に手を当ててチラリとインフェルノに目を向け、怪訝な顔で確認する。

「ちょっと、まだ放送乗ってますから!せっかくいい感じに威厳出てたのにポンコツっぽいからやめてくださいよ!」

 インフェルノはしーっと口元に人差し指を立てるジェスチャーをしながら、声を潜めてツッコむ。

「まあ実際キカイに関してはポンコツですからねぇダークファイアさんは。フフ……」

「なっ!貴様とて"てれび"を見て感動していただろ、B2!」

「ボクは知ってた上で実物が見れたことに感動したんですぅー。カメラを見て"地上の武器か?"なんて言ってた人とは違いますよーだ」

 二人の大幹部が緊張感を台無しにする言い合いを始め、インフェルノは慌てて自分の方へカメラを向けるようカメラマンに指示する。

「え、えー……ゴホン」

 と咳払いをして気を取り直しつつ。

「まあそういうことだから、世界各国のお偉いさんたち、見てるよね?僕たちに国を明け渡す覚悟ができたらウチに連絡すること。明日の正午までに連絡がなければその国は滅ぼしちゃうから、くれぐれも決断はお早めにね」


 † † †


 時を同じくして、ヴァリアール西方に位置する某国の秘匿軍事施設では。

 大きなモニターに映し出される世界地図に、少しずつ移動する赤い三角マークが映し出されている。

「巡航ミサイルMKW(エムケーダブリュー)、まもなく国境を突破。予定通りヴァリアール城へ進行中」

 軍のオペレーターの一人が報告。

 三角マークが表していたのは数十分前に打ち上げられた、巡航ミサイルの軌道であった。

 ──すまんなヴァリオスの民よ。お前たちに恨みはないが、奴らはここで何としてでも食い止めねばならん。一都市と世界、比べるべくもない。

 司令官と思しき風格のある男は顎髭を撫でながら内心で申し訳なく思いつつ、モニターに表示されるミサイルの行方を見守る。


 † † †


「何か来ますな」

 理不尽な降伏勧告の(のち)配信を終えようとしていたヴァリアール城でそう呟いたのは、禿げた頭に大きな鹿のようなツノを生やした老人魔族。

 白い口髭を蓄え、その右目には漆黒の眼帯を装着。鼠色のローブに身を包み古びた木製の杖を突く姿は、まさに老練な賢者といった風貌である。

「来る?何がだ、ポンダー」

 その呟きを聞き、ダークファイアが腕を組みながら尋ねる。

 カメラには映らない位置に立っていた老魔族──ポンダーは、杖を突きながら数歩前に出て答える。

「ふむ…… ここより西方三百キロほど先の上空……いわゆる国境付近を、かなりの速さで何かが飛行しこちらへ接近しております。魔力は感じませぬゆえ、生物ではありませんな。これは……ミサイルなる兵器やもしれませぬ」

「ミサイルか。フン、人間の作った兵器など私が打ち落としてくれる」

 と、ダークファイアは背中の翼を大きく広げ飛び上がろうとするが。

「お待ちくだされダークファイア様」

「何?」

「ミサイルに積まれた弾頭が"核弾頭"であるならば、たとえダークファイア様でも無事では済みますまい」

「何だと……?貴様……」

 それを侮辱と受け取ったダークファイアは苛立ちを覚えるが、ポンダーは手のひらを向けて制止。

「核は人類が開発した最悪の兵器ですじゃ。ダークファイア様どころかライザー様ですらまともに喰らえばどうなるかは分かりませぬ」

「き、貴様っ!私のみならずライザー様までも愚弄するかっ!」

 ダークファイアは激昂するも。

「黙れ」

 ライザーの一声ですぐさま跪き。

「申し訳ありません」

 冷静に謝罪を述べた。

「続けろポンダー」

 跪くダークファイアには見向きもせず、脚を組んで頬杖をつきながらライザーは話の続きを促す。

「はい。これはあくまでまともに喰らえばの話ですじゃ。無闇に破壊しようと衝撃を与えたり、ミサイルを着弾さえさせなければ、弾頭が何にせよ炸裂することもありませぬ」

「なるほど。つまりその炸裂の届かない距離から撃ち落とすか、衝撃を与えずに軌道を逸らせばいいんですね」

「左様でございます」

 説明を聞いたB2はすぐに解決方法を提案し、ポンダーは正解だと言うように頷く。

「それなら僕が行きましょう。僕の魔法ならそれくらい簡単ですよ」

 名乗りを上げたのはインフェルノ。

「任せる」

「ありがとうございます」

 ライザーの許可を得ると、すぐにインフェルノはテレポートした。


 † † †


 そしてポンダーの言っていた西方三百キロメートル程先の上空にインフェルノは出現する。

「ありゃ?行き過ぎたか」

 何かが通り過ぎたかのように一直線に残された煙を発見し、それがミサイルの軌跡だと確信する。

 インフェルノは再びテレポートし、今度はミサイルの前に現れた。

「へぇ、あれがミサイルか。確かにすごいスピード……だけど僕の魔法に掛かれば……」

 と、高速で向かってくるミサイルに対し両手のひらをかざす。

「"反転大鏡(アンチミラー)"」

 インフェルノが技名らしきものを呟くと同時に、その手を交差するように動かすと、その正面に丸い鏡のようなものが現れた。

 その瞬間、ミサイルは吸い込まれるように鏡に直撃する──が、炸裂はせず。

 まるで光が鏡に反射するように、ミサイルは方向を百八十度変えて飛んで行った。


 † † †


 軍事施設では。

「え!?何が起きた!?エ……MKW、こちらへ引き返してきます!」

「馬鹿な……!!」

 突如としてミサイルの位置を示す三角マークの向きが反転し、オペレーターたちは混乱状態に陥っていた。

「クソッ、これが魔族の力だと言うのか……!やむを得ん、自爆させろ!」

 司令官は自爆を命じるが。

「だ、駄目です!自爆できません!」

「何!?」


 † † †


 彼方へと飛び去るミサイルを見送りながら、インフェルノはふわりと着地する。

反転大鏡(アンチミラー)は敵の攻撃を僕の攻撃に変換する魔法……あのミサイルは僕のものになったというわけだ。もはやキミたちのどんな命令も受け付けない──誰だか知らないけどね」

 誰に聞こえるはずもない荒野の中でインフェルノは説明し、ニヤリと笑う。

「キミたちは自分で撃ったミサイルに、なす術もなく殺されるのさ」

 静かに言い、再びテレポートした。


 † † †


「お待たせしました。ミサイル、お返ししてきましたよ」

 ヴァリアール城へ戻ったインフェルノは端的に報告する。

「……確かに、反応が離れて行っております。流石ですな」

 と、ポンダーもそのミサイルの動きを感じ取ったようだ。

「ポンダーさんに褒めてもらえるとは光栄ですね」

 インフェルノは思ってもいなさそうなニヤケ顔で言う。

「フフ……相変わらず化け物ですねぇインフェルノは。"双魔統(ツインルーラー)"の座、譲った方がいいんじゃないですか?ダークファイアさん」

「フン、こちらの台詞だ」

 相変わらずライザーの左右でいがみ合っている二人のことはスルーし、インフェルノは再びカメラの前に立つ。

「視聴者のみなさんも、お待たせしちゃったかな?何度もさっきみたいなのを撃って来られても面倒だから、見せておくよ」

 と、手のひらを上に向けるようにして前に出す。

 するとその上にバスケットボール大の光の球体が現れた。

 そして球体の表面に、先ほどインフェルノがミサイルを跳ね返した場面の映像が映し出される。

「これが、僕がさっきやってきたことだ。別に撃つのは構わないけどさ、何発撃ったところで被害を受けるのはキミたちだよ。力の差を分かっていただけたかな?」

 念を押すように警告する。

 が。

「──やめだ」

「え?」

 突然ライザーが口を挟み、その場に緊張が走る。

「我に攻撃を仕掛けんとする愚かな虫どもに煩わしい駆け引きなど要らん。いくら映像を見たところで虫には理解できまい。時間の無駄だ」

 話し始めたライザーの顔を、カメラマンは慌ててカメラに捉える。

 それに気付いたライザーは目線をそのレンズに合わせ、カメラ越しの人類に向けて宣言する。


「これより全世界に攻撃を開始する。即刻、降伏せよ」


 この台詞を最後に映像は打ち切られた。


 数十分後、某国の軍事施設に跳ね返されたミサイルが到達し──消滅。



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