⑨
読んでいただいてありがとうございます。
人の噂って、何日で消えていくんだっけ?
昔、誰かに人の噂は○○日で消えるとか何とか聞いたことがある気がする。
そんな風に思いながらも、今、ラフィーネは少しだけ現実逃避していた。
「聞いていますの?」
綺麗な金髪が見事に結い上げられている。
お付きの侍女さんのものすごくいい仕事だなー、ちょっと紹介してくれないだろうか、と目の前で怒りに満ちている令嬢の頭を見ていた。
「いいですか。あなたはわたくしのトーゴ様に相応しくありませんわ」
「はぁ」
ラフィーネが相応しくないからと言って、目の前の令嬢が相応しいかどうかはまた別問題だと思う。
そして、選ぶのはトーゴであって、この令嬢ではない。
「トーゴ様は神秘の国とも言われるあのセオリツ国のご出身。それも相当良いところの家の方だということですわ。そんな方に相応しいのは、由緒正しい我が家のような家系の女性ですわ」
それを言うのなら、一応、ラフィーネも名門伯爵家の令嬢だ。
あまりにも自分自身でそう思えなくて、うっかり頷いてしまいそうになったけれど。
令嬢は身なりもしっかりしていて、着ているドレスもお値段がそれなりにしそうなドレスなので、きっと裕福な家の生まれなのだろう。
トーゴはけっこう気さくな感じだが、この手の女性は苦手そうだ。
ひょっとして彼女がトーゴの言っていた、しつこく言い寄ってくる女性なのだろうか。
もしそうなら、ここは、契約上お付き合いしている女性である自分がどうにかしなければ。
「あの、こちらこそお伺いしたいのですが、あなたとトーゴの関係は?」
「まぁ!失礼な女ね、トーゴ様のことを呼び捨てになさるなんて」
「本人からそう呼んでほしいと言われています。許可があるので問題はないはずですが?それとも、あなたはその辺の常識は持っていないのですか?夜会には出られる年齢だとお見受けしますが、どなたからマナーを学ばれたんですか?」
相手の呼び方などは、本人間の合意があれば他人がどうこういうことではない。
皇族とか公の場ならともかく、ただの伯爵令嬢と商人がプライベートでどう呼び合おうと自由のはずだ。
あまりにマナーに反した文句を言ってしまうと、この令嬢の家が娘にしっかりとした教育が施せていない、ということを宣伝しているようなものなので、令嬢だけではなく、家そのものにもダメージがいく案件になる。
「わたくしは……!」
「トーゴには、親しくしていた女性も婚約者もいません。本人にも確認してありますので、あまりあなたが騒ぐのは色々な意味でよろしくないかと……」
トーゴがこの女性のことをものすごく好みで狙っているというのなら協力するが、彼の好きなタイプは、穏やかで一緒の空間で読書が出来る女性、と言っていたので、間違ってもこの令嬢やラフィーネではない。
「それに、今のトーゴは商人として生きています。彼が祖国でどれほどの地位にいるのか私は知りませんが、あまり憶測で物事を言うのはどうかと思いますよ」
実際、学生時代からいいとこのお坊ちゃんなんだろうなとは思ってはいたけれど、しょせん憶測だ。
「それは!」
「失礼。先ほどから僕の友人の名前が聞こえているのだけど、彼がどうかしましたか?」
「え?」
令嬢が何か言おうとした瞬間にそう声をかけてきたのは、トーゴの友人でその笑顔に色々な意味で定評があるオルフェだった。
「あ、マークス子爵様……」
「トーゴは僕の友人なんです。ラフィーネさんと僕と彼は同じ年齢なので、学生時代から仲が良いんですよ。それで、どうかしましたか?」
「あ、そ、そうですの。学生時代からのご友人でしたの。そうでしたら、早く言ってくださればよかったのに。し、失礼いたしますわ」
とても令嬢とは思えない速さで去って行った。
動きやすい仕事着のラフィーネならともかく、けっこうゴテゴテしてそうなドレスを着ていたのに、ずいぶんと足が速いことに感心してしまった。
「……ありがとうございます、マークス子爵様」
「んー、何か僕だけその呼び方だとよそよそしいですね。あなたはリディの同僚で、僕たちは学生時代から仲が良かったのですから、どうぞオルフェと呼んでください」
「学生時代、一度もしゃべったこともなかったと認識しているのですが、私の記憶違いでしょうか?そして、いつからそんな設定になったのでしょう?」
「先ほど、僕たちの記憶が変更されたんですよ。トーゴにもこの設定で行くことを伝えておきますね。あ、リディにも言っておかなくちゃ」
「……要ります?その設定」
「何かと便利だと思いますよ」
あはははは、と笑うオルフェにラフィーネはさらに疲れが増したのだった。