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読んでいただいてありがとうございます。

 リディアーヌに届いた噂は、バーナードの耳にも届いていた。

 主に情報収集を得意としているバーナードはその噂を耳にした時、団長に報告するかどうか真剣に悩んだ。

 通常なら、皇宮勤めの女性たちの間で交わされる噂話はよっぽどの内容でない限りスルーしている。

 重要な話が交じっている時があるので放置は出来ないが、下手に突くとたまに蛇どころか大蛇が出てくるので、取り扱いには細心の注意を払っている。

 けれど今回の噂話は、団長が気になっている女性の話だ。

 あの団長が、気になっている女性!

 それだけでとても貴重な存在なのに、その女性が他の男と食事に行ったという噂が広まっている。

 今のところ女性陣の中で広まっているだけだが、いつか団長の耳にも入るかもしれない。

 そうなった時、団長の心が穏やかでいられないかもしれない。

 かといって、今すぐに団長に報告したら、その女性の元に問い詰めに行くかもしれない。

 かもしれない、ばかりだが、可能性は捨てきれない。

 いや、別に団長と彼女は恋人ではないのだから、彼女が誰と付き合おうと自由なはずだ。

 団長にあれこれ言う権利などない。

 そうなると逆に、その女性の噂話を団長に報告するというのも、ちょっと違う気がしてきた。

 ただの侍女が商人と付き合い始めたという話を、いちいち騎士団長に報告するのか?という問題が出てきた。


「うーん、どうしたものか……」


 団長が彼女に恋をしているというのなら迷わず報告して背中を押しまくるが、現状はちょっと気になる程度の女性だ。

 他の男と付き合い始めた時点で、あっさりと興味をなくす可能性だってある。

 そんなことを考えながら歩いていたら、彼の職場に着いてしまった。

 考え事をしながらでも、ちゃんとここまで迷うことなく辿り着ける自分の無意識が怖い。

 ほとんどの人間が持っている能力なのだろうが、ある意味すごいと思う。


「おはようございまーす」


 着いてしまったからには仕方がない。

 いつも通り明るい声を出して入室したら、すでに机に座って仕事をしていたヴァッシュがチラリとバーナードの方を見た。


「おはよう」

「うわー、すでに書類が……すぐに仕事を始めますね」


 いそいそと自分の机に向かい、さっそく仕事を始めた。

 ヴァッシュはいつも通りだ。きっとまだ彼女の噂については知らないのだろう。

 書類を処理しながらヴァッシュの方をちらちら見ていたら、鋭い目と合った。


「さっきから何だ、うっとうしい。言いたいことがあるのなら、さっさと吐け」

「……それが、団長に言うべきかどうかで悩んでいて、とっても困ってるんです」

「なら言え。知らぬままよりはマシだ」

「怒らないでくださいね」

「内容次第だな」

「えぇー、でも噂話だし、俺は全然悪くない話なので」

「なら余計にさっさと吐け。お前が何かやらかしたのかと思っていたぞ」

「いやいや、悪さなんてしてませんって。団長が怒るかいらつくか分からない噂話を仕入れてきまして……」

「あくまでも噂話なのだろう?真実かどうかは調べれば分かることだが、今のままだと何を調べればいいのかも分からん」

「あははー、そうですよねー」


 そうだけど、色恋が絡むと人は思いも寄らない行動を起こすことがあるので、とっても怖いのだ。

 ヴァッシュに関しては、今までそういった話を聞いたことがないので、余計にどういう行動を取るのかが分からなくて怖い。

 しかし、ここまで言われたのだ。

 ヴァッシュ本人が望んだということで、決してバーナードは悪くない。

 意を決して、バーナードはラフィーネについての噂話を報告した。


「……ほう、出入りの商人と、か」


 結果、ヴァッシュはバーナードが拍子抜けするほど冷静だった。

 怒りもいらつきもせず冷静に話を聞くヴァッシュが、実は一番不気味で怖いのだということを初めて知った。

 

「ただの侍女なら放っておくんですが、団長が気にしていらしたので……」

「そのまま放っておけばいい」


 再び書類に目を通し始めたヴァッシュに、バーナードは近付いた。


「いいんですか?団長」

「何がだ?別に彼女は恋人でも何でもない」

「……もし彼女が遠くに行ってしまったら、団長はいいんですか?」

「……それが、彼女の選んだ道なら」

「彼女が本当にその商人のことが好きならそれでいいんですが、もし違っていたら?団長、二度と会えない、その意味を考えてください」

「……分かった……」


 バーナードは、一礼して自分の席へと戻って行った。


『二度と会えない』


 その言葉には、色々な思いが詰まっている。

 距離の問題ならばまだいいが、予期せぬ事態に遭って、神様に連れていかれてしまうこともあるのだ。

 ヴァッシュは、目を瞑って小さく息を吐いた。

 自分の想いにまだしっかり向き合っていない。

 出会ったばかりだから、とか、まだ時間はある、とかそういう言い訳をしてしまいそうになるが、その時間は突然なくなってしまうこともあるのだ。

 バーナードの言葉が心に染みる。

 今日、隣にいた存在が、翌日にはいなくなる。

 それはヴァッシュもよく知っていることだった。

 

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