⑥
読んでいただいてありがとうございます。「苦い恋」シリーズをよろしくお願いします。
夕方、外出届を出して裏口から外に出ると、トーゴがすでに待っていてくれた。
ラフィーネと目が合うとにやりとしたのだが、その姿が遊び慣れた感じがしてとても似合っている。
「よう」
「……ちゃんと迎えに来てくれたのね」
「当たり前だろ?俺は約束は破らんよ」
「そういうことを言う人ほど破るのよね」
「ふーん……それって、ラフィーネの経験?」
「えぇ、そうよ」
自嘲するようなラフィーネの笑みに、トーゴは髪を掻き上げた。
「何か、苦労してるんだなー。食事しながら、ちょっと俺に話してみないか?多少、スッキリするだろ?」
「いいけど、聞いてもあなたには楽しくない話よ?それでもいいの?」
「女性の憂いを取り除くのも男の役目だよ」
「その男に苦労させられたのよね、私」
「ぜひ、じっくり聞かせてくれ」
そう言うと、トーゴは待たせていた馬車にラフィーネをエスコートして、目的の店に向かった。
トーゴが連れてきてくれた店は、確かに庶民的な店だったが個室もある店だった。
「商人仲間と飲み食いすると、色々と外に漏れたくない話題が出る時もあるから、こういう店が便利なんだよ」
「そういう話は、もっと高級な店の個室とかでするものじゃないの?」
「はは、そんなのいかにも密談してますって感じになって、気付かれやすいだろ?それに肩肘張った食事は味がよく分からなくなるから、こういう店の方が気楽でいいんだ」
「ふーん、そういうものなのね。まぁ、確かにこの店の方が私も気楽に話せるわ」
「そうそう。気軽にいこう」
トーゴが呼び鈴を鳴らすと店員がやってきて、適当に食事と飲み物を注文した。
店の自慢は串焼きでエールによく合うが、ラフィーネはそこまで酒に強くないので弱い果実酒を頼んだ。トーゴは当然エールだ。
「じゃあ、再会を祝して」
「学生時代、ほとんどしゃべったことなんてないのにね」
くすりと笑ってラフィーネは果実酒を飲んだ。
こうして誰かと二人っきりでお酒を飲むのはどれくらいぶりだろう。
未婚の男女だが、ラフィーネは今更何と噂されようと別にかまわなかった。
というか、ラフィーネの噂話をしたところで誰も得をしないので、気にもされていないだろう。
もしあるとしたらトーゴ絡みだが、それはトーゴが何とかすればいい。
「それで、ラフィーネはどんな経験をしたんだ?」
「さして面白い話ではないと思うけど……」
ラフィーネはトーゴに、過去に父や兄に散々約束を破られて、さらにその二人のための借金が理由で婚約したのにそれを破棄され、何だかんだとその相手と結婚することになったのに式の当日にまた裏切られたことを勢いにまかせて話した。
他にも細かく言えばもっとあるが、ラフィーネを傷つけ続けた出来事の内、真っ先に挙げるのはそれらのことだ。
ラフィーネの話を、トーゴは真剣に聞いてくれた。
それがラフィーネには嬉しかった。
「なるほどねぇ。まぁ、確かに身内にそれだけ散々約束破りされてれば不信感も積もるというものか。しかも、父と兄が悪いと思っていないのがまた悪いな。どうせラフィーネとの約束を破ったという自覚もないんだろ?」
「よく分かるわね、その通りよ。いつも私がどうして約束を破ったのか理由を聞いても、二人してぽかんとして、これくらいいいだろう?って言うのよ!他の約束は守ってるんだから、こんな些細な約束くらい、って言うけど、他って私との約束じゃなくて私以外の人との約束じゃない。あの二人にとって私はさして重要な人間じゃないから、約束もどうでもいいのよ。いつも覚えてないんだから。私が責めたところで、何の痛みも覚えないわよ」
「さらにその元婚約者もすごいな」
「えぇ、本当に。もう二度と会うことはないと思うけど。相手のお父様は商人だったからか、私なんかにも丁寧に接してくださった方だったのに、どうして息子はああなったのかしら」
「本人の素質としか言いようがないな。なぁ、ラフィーネ」
「何?」
トーゴが何かを考えながら、エールを一口飲んだ。
「相手の父親のことは信用してたんだな」
「信用というか……言われてみれば、どうしてかしらね」
首を傾げたラフィーネに、トーゴは笑った。
「ラフィーネ、俺もその人も商人だ。俺たち商人にとって信用は何より大事なものだ。約束を破って信用を失えば、客は離れていくし取引きしてくれる相手も失う」
「そうね。私だって、評判の悪い店に行きたいとは思わないもの」
「そうそう。極端な話、俺たちにとって口約束だろうと、それは契約になる。契約は全うされるべきだろう?」
「なるほど、そういうことね。私、あの方を商人として見ていたのね」
「多分な。男という以前に、商人という種族とでも無意識に認識してたんじゃないのか?」
「そう考えると、少し楽になるわ。そっか、男じゃなくて、商人という種族なのね」
「だろう?そう考えると、俺がラフィーネとの約束を守ったのも商人という種族だから、で納得出来ないか?」
「斬新な考え方ね。そっか、トーゴという男の約束には猜疑心を持ってしまったけど、トーゴという商人との契約なら信用出来る気がしてきたわ。もっとも、あなたが契約を破棄しないという大前提があるけど」
「そこは、王都で何代にも渡って商売をしてきた我が店の名前にかけて、といったところだな。それに、取引きを始めたばかりなんだから、最初は多少警戒するのは当たり前だ。普通の店でも何回か取引きをして、契約通りに商品を納品してこそ信用を得られるというものだろう」
「つまり、あなたはこれから私と契約をしていくということ?」
「最初に、恋人未満の付き合いをしませんか?、という契約を持ちかけたのはラフィーネの方だろう?」
面白そうな顔で言うトーゴに、ラフィーネは、うっ、という顔をした。
「そうだったわ……でも、あなたはいいの?」
「同級生が闇堕ちする姿は見たくないからなぁ。時々、こうして食事でもして近況報告会でもすればいいんじゃないのか?俺としては、今皇宮や女性陣の中で流行っている物を知ることが出来れば商売にも繋がるしな」
「あんまり下手な情報は流せないわよ」
「いいよ、情報はおまけみたいなものだ。まぁ、愚痴でも何でも聞いてやるから、俺の愚痴も聞いてくれ」
「それはいいけど、恋人とかいないの?本当に迷惑じゃない?」
「楽しい独り身を謳歌中だから気にするな。ラフィーネこそ、気になる相手とかいないのか?」
ラフィーネの脳裏に一瞬、生真面目そうな騎士団長の顔が浮かんだが、公爵と貧乏伯爵家の訳あり長女では何もかも合わないので、すぐに彼の顔を脳裏から消した。
「いないわ」
だから、きっぱりとそう言い切ったのだった。