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「……以上が、皇帝陛下からのご命令です。正式な書類はこちらです」
監査を担った文官が、かつてリンゼイル伯爵と呼ばれた男に、皇帝からの正式な命令を伝えた。
リンゼイル伯爵は、男爵に降爵。
領地はそのままだが、家名を変更すること。
今回の監査における資金の不正などの罪で伯爵から降爵となったラフィーネの父親は、書類を受け取って呆然としていた。その横で、嫡男が青ざめた顔をしている。
「ま、待ってくれ。リンゼイル伯爵家は建国からある古い家柄だぞ。名門とも言うべき家を、陛下といえどそう簡単に潰していいのか!貴族院が黙っていないぞ!」
正式な命令書が出ている時点で貴族院は黙らせてあるということなのだが、必死の男爵に何を言っても無駄なのだろうな、と文官は冷静に思った。
ラフィーネには、先に皇帝が話をしている。
彼女がその気になれば、もっと早くに情報が流れていたはずだが、今回の監査の件といい、ラフィーネが家族と連絡を取っていないのは、間違いないのが分かった。
だが、ラフィーネがリンゼイル伯爵の名を継ぐことは、調べなくてもそのうち分かることだ。
下手な人間から聞くよりは、ここでちゃんと教えてやれ、というのが、皇帝から下された命令の一つだ。
「ご安心を。リンゼイル伯爵家の名は残ります」
「どういうことだ?」
「皇帝陛下の命により、ラフィーネ・リンゼイル嬢がそのままリンゼイル伯爵の名を継ぐことになりました」
「な!」
男爵と嫡男のデリックが、口を大きく開けて驚いた。そのまま言葉を発さずにパクパクさせていたので、文官は池にいる魚を思い出した。エサの時間に、こんな風に口をパクパクさせている気がする。
「ば、馬鹿な!アイツは私の娘だぞ!」
「だから何ですか?あなたの娘かもしれませんが、彼女は真面目に皇宮で仕事をしており、皇帝陛下からの信頼が厚い侍女です。貴族院の者たちも、彼女ならば血筋的にも問題がないということで、承認したそうですよ」
「ならば、息子でもいいではないか!」
「何度も言いますが、ラフィーネ嬢は陛下の信頼する侍女です。そちらの息子さんは、陛下からの信頼があるのですか?」
「息子は留学していたんだ!仕方ないだろう」
「留学から戻って来て、どれくらい経ちましたか?今まで何をされていましたか?同じ時期に留学から戻って来た者たちのうち、何人かはすでに皇宮で働いていますよ」
「嫡男だから、領のことを優先しただけだ」
「嫡男なのですから、今回のことは同等の罪を背負ってもらいます」
男爵は内心で、小賢しい文官め!、とギリギリしながら思っていた。
こちらが何か言えば、生意気にもすぐに返してくる。
いや、それよりもラフィーネだ。アイツが伯爵だと?ふざけるな!
「もう一度言いますが、リンゼイル伯爵の名はラフィーネ嬢が継ぎます、リンゼイル伯爵の名は、ラフィーネ嬢の子供しか継ぐことは許されていません。あなた方には、この領地が残るのです。男爵にはなりますが、今までと収入もそう変わりはありません。残るだけでも有難いと思ってください」
「ラフィーネに領地はあるのか!?」
「リンゼイル伯爵です。あなた方より身分が上の方ですよ」
「そんなことはどうでもいい!領地だ!」
「ラフィーネ嬢は俸給ですから、領地はありませんよ」
「ないのか」
あったら、その領地を取り上げて、と思っていたのだが、俸給ならその分をこちらに回すように言うしかない。
今までだって、侍女の給料だけで暮らせていたんだ。伯爵の俸給の使い方なんて分からんだろうから、こっちで使ってやればいい。
それにアイツがそのうちどこかに嫁いだら、俸給も嫁ぎ先に持っていかれてしまう。そうなる前に、こちらに寄越すように言わなければ。
「……はぁ。あなた方は、序列というものをきちんと学んだ方がいいですよ」
ろくでもないことを考えていそうだが、これはこの帝国の頂点に立つ御方が発した命令で、ラフィーネは伯爵だ。降爵した男爵より身分は上になる。それなのに、男爵は父親であることを強調しようとしているように感じる。
「何か異議申し立てがあるのでしたら、陛下に言えばいいそうです」
「……分かった」
この文官の前で言うのは、さすがに体面が悪いと感じた男爵は、不満顔のままであったが、命令に従う素振りを見せた。
そんな男爵に不安しか感じなかったので、文官は急いでこのことも陛下に報告をしなければ、と考えていた。
文官が帰った後、男爵はイライラして部屋の中を歩き回っていた。
「父上」
未だに顔を青ざめたままの息子に、男爵はさらにイラついたが、さすがに八つ当たりはしなかった。
「いいか、デリック、ラフィーネに会いに皇宮へ行くぞ」
「父上もですか?」
「そうだ、今度は私も行く。私が直接言えば、ラフィーネだって大人しく従うだろう。ラフィーネから陛下に、リンゼイル伯爵をお前に譲渡する旨を伝えさせるんだ。本人からの申し出ならば、陛下とて否とは言えん。それがだめなら、お前がすぐに結婚して子供を作り、その子供をラフィーネの養子にさせろ。兄妹なのだから、その子とラフィーネには血の繋がりがある」
「し、しかし、そんなことをしていいのですか?」
「ラフィーネは娘だぞ!親の私より爵位が上など許されん!それに、留学していたお前の方が優秀なんだ。ラフィーネ如きが伯爵になれるのならば、こっちは侯爵になってもおかしくない」
「父上!」
さすがにそれは、と言いかけて、デリックは血走った目と目が合って黙った。
帝都でラフィーネと、そして騎士団長であるトリアテール公爵と会ったデリックは、さすがにそこまで父親の言葉に同調することは出来なかった。
実際、ラフィーネは皇宮全体に守られているような印象を受けたのだが、父は未だにラフィーネが出来の悪い娘で、自分の都合のいいように動かすことも出来る存在だと認識している。
このまま、帝都に行って皇宮で同じ様な主張をすれば、すぐに捕まってしまう気がする。
「ち、父上、皇宮でラフィーネに会うのはまずいです」
「何でだ?皇宮ならば、そのまま陛下に会いに行けるだろう?」
「冷静になってください。先ほどの文官の言葉が真実なら、陛下の命令に逆らおうとしているこちらが悪いと見做される可能性があります。周りの目がある場所で言うよりは、他のどこかでラフィーネに会って説得した方がいいです」
「……確かにそうか。皇宮内は人の目が多いな」
「はい。外で会いましょう」
監査も終わったことだし、ラフィーネの護衛だったトリアテール公爵ももういなくなっているはずだ。
デリックの言葉で幾分冷静さを取り戻した男爵は、大きく息を吐いた。
「……よし!デリック、帝都に着いたら、ラフィーネの住んでいる場所を探せ。見つからなかったら、何とかして皇宮の外に出てくるように仕向けろ」
侍女として働いていることは知っていても、住んでいる場所までは知らない男爵は、全てを息子に丸投げしたのだった。
もう一難。ざまぁを……。




