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ラフィーネは、軽薄な男性に仮の恋人になってもらうという思い付きの計画を、とりあえず一晩考えてみた。
あの時はいい考えだと思ったが、果たして本当にそれでいいのかどうかをじっくり考えたのだ。
一口に軽薄な男性といってもさすがに誰でもいいというわけではない。
まず第一に、貴族はなるべく避けたい。特に嫡子や爵位を持っている相手は却下だ。
最終的に本当に結婚話まで出たら、逃げられない可能性がある。
たとえ次男や三男でも、上に何かあれば爵位が回ってきたり、家族からの圧が……とか言い出されたら大変面倒くさい。
騎士爵くらいならそううるさくはないだろうから、一考の余地ありだ。
次に、皇宮勤めの人間も却下だ。
周りに何を言われるか分かったものじゃない。それに上司や同僚などの目が怖い。
付き合ってるんですよね、的な噂が巡り巡ってどう転ぶか分からないのも怖い。
特に今は周りに婚約したての人たちが多いので、それと同列に考えられたら困る。
どちらかというと、彼らとは正反対の道へ進もうとしているのだから。
ならば平民は?となるが、平民でも皇宮のコネ目当ての人間は却下だ。自力でがんばれ。
けれど平民でもすでに皇宮に出入りしていたり、それなりの貴族との伝手を持っている人間ならラフィーネを利用してどうこうすることはないだろう。
というか、皇宮に住み込みで働いているラフィーネは、平民だとそういう人たちにしか出会えない。
だが、そういう人たちというのは、とても限られている。
考えれば考えるだけ、相手に求める条件が厳しい。
どこの世界に、王侯貴族に伝手を持っていて、皇宮勤めじゃなくても皇宮に出入りして、軽薄だけどラフィーネとの付き合いはたまに食事する程度で満足してくれる結婚願望のない平民、なんて貴重な人がいるというのか。
でも、そういう人がいいなって夢見てもいいじゃない。
そんなことを考えながらもしっかり仕事をしていると、前方を黒い髪の男性が歩いていた。
後ろ姿しか見えないが、あの服装はきっと商人だ。
文官というには、少し変わった模様の服を着ている。
商人も有りだけど、あまりお金を持っている人だと父にばれた時にきっと父はお金の無心に行く。
伯爵と名が付く人に言われたら、平民だと断りづらくなってしまう。
あ、でも、その人がもっと上の方の人との伝手があれば、外面重視の父はあまり無体なことは言えない気がする。
そう考えて、ラフィーネはとりあえず商人を候補の中に入れた。
そんなこと考えていたら、同僚の一人がきょろきょろと何かを探すように辺りを見回していた。
「どうしたの?」
「あ、ラフィーネ、黒い髪の商人を見なかった?どうもこれを忘れていったみたいなの」
同僚が手に持っていたのは、先端に花柄の丸い玉が付いた細い棒だった。
「何、これ?」
「髪飾りの一種でカンザシというそうよ。セオリツ国の物なんですって。見せてもらったのだけど、誰も使い方が分からなくて買わなかったのを忘れていったみたいなの」
「へー、たぶん私がさっき見かけた人がそうかな。急げば追いつけると思うから、私が持って行くわよ」
「いいの?お願いね」
「えぇ」
カンザシを受け取ると、ラフィーネは黒髪の商人を見た方向へと急いだ。
見かけたばかりだから、まだ外には出ていないはずだ。
そう思って探していると、一人で歩いている商人を発見した。
「待ってください!そこの商人の方!忘れ物をお持ちしました!」
その呼びかけに反応して、黒髪の商人がラフィーネの方を向いた。
その商人は、年齢的にはラフィーネとそう変わらなそうだった。
髪の毛と同じ黒い瞳とラフィーネの目が合った。
口元に少し笑みを浮かべた彼は、その変わった模様の服と相まって、とっても軽そうな男性に見えた。
「忘れ物ですか?何でしょう?」
商人だけあって、その声も耳に心地良い。
ラフィーネは思わず彼の腕をガッと掴んで、勢いよく言った。
「私と恋人未満の付き合いをしてください!」
「は?」
そうですよね、そうなりますよね。
誰だって、いきなり見知らぬ女に皇宮内でこんなことを言われたら、絶対にそんな顔になりますもん。
そう思いつつも、ぽかんとした青年の顔を、ラフィーネは一生忘れないだろうと思ったのだった。